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賊の狙い

流血表現があります。

「えっと……」


 なぜですか、とは聞きにくかった。相手はあのコーデリア様だ。第一王子殿下の婚約者で、将来王妃になるお方。私が王宮に出仕する身になれば、お仕えするお方である。そもそもこうやって気軽に話ができる関係ではないのだ。


「こうやって会えて嬉しいのよ。わたくし、シエナさんみたいな妹がほしくて」

「妹」

「愛着が湧くのよね……なぜかしら、昔飼ってたシェリーちゃんに似てるからかしら」


 首を傾げてころころと笑うだけでも優雅さが伴う。聞けばシェリーちゃんというのは小さい頃に飼っていた猫だそうで。猫に似てると言われたのは初めてだったけれど、私が猫ならアシル兄様は犬だろうか。


「まあ、その手どうしたの」

「手? ああ、これは元々こんな感じで」

「だめよ、女の子は手を大事にしなくては」


 コーデリア様は控えていたメイドにポーチを渡してもらうと、そのポーチからハンドクリームを取り出した。私の荒れに荒れたガサガサの手を取るとクリームをもみ込んでいく。手が柔らかすぎる。


「申し訳ないです、またすぐに荒れてしまいますし……」

「こうやって日頃からケアしていれば荒れるのも治まってくるわ。医師を志すなら自分の手のケアもするべきではなくて?」


 おっしゃる通りです、と縮こまる。コーデリア様は縮こまった私を見て困ったような笑みを浮かべてから私にハンドクリームを握らせた。反射的に瞠目して見上げてしまう。


「わたくしのおさがりで申し訳ないけれど。今度お会いしたときにちゃんとしたものをプレゼントするわね」


 コーデリア様はそれだけ言うと、くるりと方向転換をしてしまう。背中に向かってお礼を伝えると、顔をこちらに向けて微笑んだ。コーデリア様はそのまま騎士たちの様子を見たりねぎらいの言葉をかけたり、差し入れを手渡したりして、騎士たちのやる気を存分に回復させてから帰っていった。



 その日の夜、テントの中で仮眠を取っていると慌ただしく伝達役の騎士が駆けこんできて目が覚めた。

 どうやら夜間に届く予定だった荷馬車が襲撃されたらしい。幸い、御者と貿易を管理するアグリータ王国の役人は目立った怪我はなく、荷物も大方無事だったそうだ。けれども襲撃の手口などから、以前のものと同一犯ではないか、とのことで騎士たちが追跡しているとのことだ。

 私はその説明を聞きながら、応急処置用の治療道具一式を籠につっこんでいた。


「御者と役人の方をすぐこちらに連れてきてください。終わったら私もすぐそちらへ向かいます」


 伝達役の騎士は頷くとすぐにテントを出ていく。騎士たちは少し困惑したようだったが、私に数人の騎士をつけることを条件に、近場まで移動の許可が下りた。

 思いのほか御者と役人が早く到着した。目立った外傷は見られなかったが、馬車が横転させられたようで、少し朦朧としている様子だった。すぐに確認をして正解だった。頼まなければあのまま馬車の傍で待機させているつもりだったのだろうか。


 横転した馬車からは荷物が散乱していた。絹といった素材に食料が入った袋が主だ。食料が入った袋は開けられた形跡があったけれどそのほかはほとんど手つかずだ。


「これは、鉱石……?」


 鉱石のようなものの破片が散らばっていた。といってもほとんど粉々状態で、ほぼ全てが持ち去られているらしい。アグリータ王国の輸出物を思い浮かべる。金になりそうな絹織物を持って行かずにこの鉱石を持ち去ったわけを考える――もし、私の考えていることが正しければ。

 騎士の持っている明かりに鉱石をかざすと黄色く光る。間違いない。これは硫黄だ。


「すぐに伝達してください。賊は火薬を所持している可能性があります」


 火薬、と騎士はたじろいだ。それもそのはず、火薬を使った重火器はまだこのヴェルテ王国にはあまり出回っていない。


「早く行きますよ。テントから距離もありますし、処置が遅れたら大変なことになります」


 私は騎士を急かして山の奥へ駆けていく。少し進んだところでかすかな金属同士がぶつかる音が聞こえた。火は上がっていないが、野が焼けるような臭いもした。騎士に「これ以上は進まない方が」と待機するように告げられてしまう。戦力にならない私は大人しくそれに従うことにした。騎士たちは仲間の元へと駆けていく。

 火を使った痕跡があるということは、私の予想通り、賊は火薬を使っているに違いない。馬車を襲ったのも火薬を作るためか――そのあたりはおいおい分かることだ。私はひとまずそこで道具を広げる。背後からかさりと葉の触れる音がする。


「はは、こっちに逃げてきたら、まさかガキまでいるとはな」


 歪んだ表情を浮かべている男だった。抱きつかれそうになるのを咄嗟に肘でガードする。


「瘦せすぎだな、肉もない」


 悪かったな、と心の中で叫んだ。「まあ、ないのが好みのやつもいるしな」と下世話な考えをぼやいている。賊の一味だろうか。騎士たちが応戦しているところから1人逃れてきたのだろう。


「おれはちょっと苛ついてんだ。あのままじゃあ豚箱行きだ。そんなら女攫って売った方がましだよなあ」


 強引に手首を掴まれる。片方の手には紐が握られていた。無鉄砲でずさんな計画だけれど、それでも私の腕力では敵わない。抵抗しながら打開策を練る。股下を蹴り上げるのが一番だが、背後にいる相手に的中させるのは難しいだろう。頑張ってもせいぜい数分動けなくできる程度か。それでもやらないよりは、と足に力を籠める。

 突如男が横に吹っ飛んでいった。ぐしゃりと鈍い音がして男はダウンしている。視線を元に戻すと、そこにはなぜかアシル兄様が立っていた。


「えっ、えっ、アシル兄様、なんで」


 アシル兄様に続けて何人か騎士がやってくる。


「そこに転がっている男を締め上げろ。その他は逃げた残りを追跡」


 冷たい声色で騎士たちに指示をすると騎士はさっと散っていった。アシル兄様は息を吐きだすと、顔についた血を拭う。


「兄様、手が」

「ああ、これ。さすがにあの距離で切りつけたら死んでしまうからね。こいつには賊の構成や狙いとか洗いざらい吐き出してもらうつもりだから、生け捕りにする必要があってね」

「そうじゃなくて。これ返り血だけじゃないでしょう」


 握り拳には血がべっとりとついていた。顔についているものも手についているものも、大方兄様の血ではないだろうけれど、あんな殴り方をしていたら痛めていないはずがない。アシル兄様はきょとんとしたように私と手とを見た。


「本当だ。シエナのこと助けたら急に痛くなってきた気がする」

「ほら、やっぱり。治療しますから」

「うん。お願い」


 私は困ったようにアシル兄様を見てから、治療道具を取り出した。

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