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出張王宮騎士団専属医

 お母様が王宮に戻っていった朝、入れ違いでクラレンスおじさまがブランシェット家に顔を出した。第一王子付きが朝から田舎にいていいのかと思ったけれど、今日のおじさまは仕事をしにきたようだった。

 私宛にと渡された手紙には王宮騎士団の紋章とユリウス第一王子殿下のサインが入っていた。クラレンスおじさまはこの第一王子殿下からの手紙を渡すために我が家に来たらしい。


「えっと、第一王子殿下自ら、私にお仕事の依頼をされているということで合ってます……?」


 クラレンスおじさまは私の問いかけに頷いた。王子直筆のサインが入った手紙を持っているのは怖くて、隣で話を聞いていたアシル兄様に手紙を預けた。兄様も困惑したようにその手紙を見つめている。

 賊の被害が多いルルクワント公爵領に出張王宮騎士団専属医として出仕するように、とのことだった。先日アシル兄様と「その場ですぐ騎士の治療ができたら」なんて話をしていたばかりだったが、実現してしまった。しかも驚きなのは、私がその専属医を率いる立場であることだ。てっきり王宮騎士団専属医の先輩医師さんたちと一緒に、などと思っていたけれど「これ以上人手を減らせないから」と私だけの仕事となったらしい。ルルクワント公爵領の敏腕メイドや医師がお手伝いをしてくれるらしいけれど、不安なものは不安だ。


「どうして急にそんな話に?」


 アシル兄様が怪訝そうに尋ねる。私も全く同じ疑問を抱いていた。クラレンスおじさまは少し困ったように頭をポリポリかく。


「それがなあ、殿下がシエナ嬢ちゃんのことをえらく気にいったみたいでなあ」

「な、なぜ……?」


 気に入られるようなことなどしたことがあっただろうか。そもそもなぜ第一王子殿下が私のことを認識しているのかも謎だし、むしろ晩餐会を無断欠席したことで嫌われただろうと思っていた。


「……殿下は一体何を考えてらっしゃるんでしょうね?」

「あはは……さあな」


 クラレンスおじさまは乾いた笑みを浮かべている。アシル兄様は心底うざったそうにため息をついてから、私の方に向き直った。


「何か分からないけど、ユリウス王子にあまり近づかないようにね」

「は、はい……?」


 近づくも何も、もうお会いすることなどないと思うけれど。アシル兄様の気迫に押されつつ頷いた。その後、クラレンスおじさまに連れられて私はルルクワント公爵領に向けて出発したのだった。



 ルルクワント公爵領は国境付近の貿易で栄えている領だけあって道が舗装されていたり城壁があったりして、他の貿易口に比べたら万全な対策が引かれていた。しかしながら麓付近にある城壁の向こう側はまだ整備が行き届いていないようだ。

 私がルルクワント公爵家のメイドさんたちと共に麓付近にテントを張っている間、王宮騎士団の騎士たちは賊が出ると情報のあったところを見回ったり、陰になりやすい木々などを伐採したりトラップをしかけたりしていた。どうやら以前アシル兄様が調査にきた際の指示をもとに動いているらしい。


「ああやって視界が開ければ道を舗装していなくても多少はましになるな」


 クラレンスおじさまがテント内の設備を確認しながら声をかけてきた。アシル兄様が指示を出すまで誰も考え出さなかったのが不思議に思うけれど。様々な場所からの角度や月明かりの差し方を計算して、賊の行動パターンを予測するのは案外難しいことなのかもしれない。お父様はそれを感覚でこなすし、アシル兄様はそんなお父様の仕事を手伝っているから慣れているのかもしれない。


「そうですね。後は等間隔で明かりを置いて、城壁付近の警備を強化するだけでも大分変わると思いますよ」

「あっはっは、シエナ嬢ちゃんもそういうことがわかるのか」

「いや、誰でも考えつくようなことを言っただけですよ……」


 持ち上げられるのが恥ずかしい。明かりがある場所には賊はあまり寄り付かない。バレるリスクや自分たちの退路の確保を考慮すれば当然そうするはずだ。


「アシル殿と一緒にそういう仕事もできそうだけどなあ。シエナ嬢ちゃんは政治には興味ないのか?」

「私の専門は医学ですからね」


 一応内政や外交についての本も読みはしたけれど、私の興味はやはり医学に向いていた。王宮騎士団専属医に勤める上で政治事情も知っておいて損はないとは思うし、兄様がそういう知識にも長けていたから同じレベルで話をしたいがために色々学んだことが懐かしく思い出された。


 午後からやってきたため、日中は夜に備えた準備でほとんどが終わってしまった。夜食を取ってテント内で待機したものの、その夜は賊が姿を現すことは無かった。


 翌日の昼からは貿易でやり取りされた物資がいくつか運び込まれてきたため、少し警戒も強まる。私もぴりぴりした雰囲気の中でテントの中にいた。待機中に数人の賊が現れたようだけれど、騎士たちを煩わせる程度のものではなかったらしく、大人しくお縄についていた。切り傷などの簡単な治療をしたり、体調管理をしたりと比較的穏やかに時が過ぎていく。


 お勤めが始まってから3日目、テントの中で薬剤を整理しながらぼーっとしていると、眼前に影が落ちた。ふわりと良い香りがして見上げると整った美人と目が合った。ここ数日間騎士たちとメイドさんとしか顔を合わせていなかったため、一瞬反応が遅れてしまう。ルルクワント公爵家のご令嬢、コーデリア様ではないか。


「ごきげんよう、シエナさん。調子はどう? 大変でしょう。きちんとお休みになってらっしゃる?」

「は、はい。私は元気です」

「よかった。テントの中での寝泊まりは身体に堪えるでしょうから心配で」


 コーデリア様が微笑むと、待機していた騎士たちの頬が赤く染まった。コーデリア様の後ろにはメイド1人が控えているのみだ。格好もかしこまったものではないから、どうやらお忍びでねぎらいに来てくれたようだ。

 コーデリア様は銀色の長くウェーブがかった髪で、肌も日焼け知らずの真っ白だ。指の先まで綺麗。第一王子殿下の婚約者とあらば、容姿も中身も素晴らしいはずだ。こうしてお会いするのは初めてだけれど、雰囲気から良い人だということがひしひしと伝わってくる。


「あの、以前はドレスをお貸ししていただいてありがとうございます。結局晩餐会にも出られなくて、ご厚意を無駄にしてしまったのですが……」

「あら、いいのよ。とても大変だったと聞いているわ。あの日、シエナさんに会えると思っていたから会えなくて残念だったけれど」


 第一王子殿下もそうだけれど、変に認知されて期待をされている気がするのはなぜだろう。コーデリア様の場合は第一王子殿下からお話を聞いているのかもしれないけれど。


「だからね、わたくし、シエナさんに会いにきてしまったわ」


 コーデリア様はつやつやぷるぷるした唇で弧を描いた。

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