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婚約者の浮気相手

 私よりも前方の席にミレイユさんは座っていた。隣には少し年のいった小太りの男性が座っている。父親にしてはべたべたしすぎな気もするし、婚約者にしては年が離れすぎている気がする。ミレイユさんは身体を男性の方に向けて腕を絡ませたりほっぺたをつんつんしている。胸元がかなり空いたドレスを着ていて、谷間まで見えかかっている。


「シエナ、はい、飲み物」


 戻ってきたアシル兄様にサイダーが入った瓶を手渡される。それとほとんど同時に開始を知らせるトランペットの音が響き渡ったため、視線は下の試合場へと移った。



「すごかったですね……!」

「白熱する試合ばかりだったね」

「もう剣が弾き飛ばされたときなんてひやひやしてしまって。そこからの身のこなしと逆転勝ちには興奮しましたね!!」


 迎えの馬車が待っている通りまで、試合の話ばかりしながら歩いていた。会場内は熱気に包まれていて、試合の流れが変わるたびに応援する声や落ち込む声が上がったり、それはそれは一体感を感じる空間だった。私があーだこーだと熱弁をふるっていると、兄様は隣で楽しそうに聞いてくれる。


「シエナが楽しそうでよかった」

「本当に楽しかったです、また一緒に見に来ましょうね!」

「うん、またすぐに来ようね」


 今から楽しみだな、とにこにこする。試合の熱量がまだ抜けきらないのか、心拍数はやっぱりおかしなままだったけれど。


「そうだ、帰る前に行きたいところがあるんだけど」

「今から? もうお迎えが来ているのではないですか?」

「少しくらい平気だよ。どうしてもシエナと行きたいんだ」


 もうだいぶ日が落ちてきている。少し心配そうに空を見上げたけれど、兄様に手を引かれて歩き出した。アシル兄様はパンやマフィンなどつまめるような食べ物を購入すると、少しずつ城下町の大通りから脇道へとそれていく。少し足早に歩いている。どうやら急いでいるらしい。しばらく脇道を歩いていると、今度は斜面のあまり舗装されていない道を上がっていく。少しすると、開けた原っぱのようなところに出た。小さな木が目に映る。


「ここは……?」


 兄様に尋ねると、「見てみて」と木の奥を見るように促された。そこからは城下町の様子が一望できた。王宮も小さく見えている。明かりがぽつぽつと灯りだした町並みはすごく綺麗だ。


「ここから見える景色が好きなんだ。今の時間はちょうど空の色も綺麗で」


 日が落ちかかった空はオレンジと紫が入り混じったような神秘的な色をしている。風も心地いい。


「素敵ですね。どうしてこんなところを知っていたんです?」

「前によく来てたんだ。ここで昼寝したり、考え事したりしてね」

「私に教えてしまってよかったんですか?」


 兄様の指す「前に」がいつ頃のことなのか分からなかった。城下町に兄様が1人で行くことは今もあることだし――そうなると私の知らない、ブランシェット家に来る前のことだろうか。なんにせよ、兄様が1人でゆったり過ごしてきた場所に他ならない。


「シエナだから良いと思ったんだ。シエナに知ってもらいたくて」

「ありがとうございます。これから王都に来たらここに寄りたいです」

「そうしようか。今度はここでピクニックでもしよう」


 兄様は私を見て微笑んだ。それから紙袋からマフィンを取り出して「食べる?」と尋ねる。


「ヒールなのに急な道を歩かせてしまってごめんね。お腹も空いているだろうし、少し休憩できたらと思って買ってきたんだけど」

「なるほど。じゃあお言葉に甘えてちょっとだけごろごろしてから帰りましょうか」


 原っぱに座ってマフィンを頬張る。景色を眺めて、気持ちいい風に吹かれながら過ごすのはゆったりしていて時間を忘れてしまいそうだった。アシル兄様とひとしきり今日の楽しかったことを話して、しょうもないことで笑い合う。時折兄様は景色をじっと眺めていて、私はその兄様の横顔を綺麗だと思った。


 城下町の脇道に戻ってくる頃にはすっかり日は落ちてしまっていた。脇道には明かりも少なく、道が見えにくい。頭上には怪しげなお店の看板がちらついていて、あまり関わり合いにならない方がよさそうな客寄せもいる。兄様は「早く通り抜けようか」と小声で言いながら私を人目から避けるように庇いながら歩いていく。

 不意に前方にこちら側に歩いてくる女性の姿が映った。見覚えのある髪色とドレスだった。その女性は私たちのことは全く気にも留めていない様子で、客寄せの男性に話しかけるとその男性の頬にキスをして店の中に消えていった。


「どうかした?」

「その……イヴァン様の浮気相手の女性がそこのお店に入っていったので」


 昼間見たばかりなのだから間違えるはずがない。アシル兄様にミレイユさんのことを説明すると、うかがうように店の方向を眺めた。


「あの店は男娼館だね……でも昼間は年が離れた男性といたんだよね?」

「はい。婚約者にも父親にも見えないなと思ったんです」

「ミレイユ……リース男爵家の令嬢にそんな名前の女性がいたような気がする」


 アシル兄様によると、リース男爵家は王都の外れにある新興貴族とのことだった。兄様はパーティーには参加しないわりに、令嬢や令息の名前を憶えている。不思議なことだが、兄様はずば抜けて記憶力がいいので、一度見聞きしたら覚えてしまうのだろう。

 王都の男爵家のご令嬢となると、婚約者もいるだろうし金銭的にも困ってはいないはずだ。この前の夜会で見かけたときも、先ほど見かけたときもドレスもアクセサリーも高級そうなものを身に着けていた。


「あまり憶測でものをいうのはよくないけれど……もしかしたら彼女は男娼館にいる若い男性に貢ぐために婚約者以外の男性たちと過ごしているのかもしれないね」

「……お金のやり取りがある交際を色々な男性としているってことですか」


 アシル兄様は何とも言えない困ったような顔をしながら頷いた。先ほど会場で一緒にいた男性も、もしかしたらイヴァンもミレイユさんにお金を渡している可能性があるということだ。男娼館のことは詳しくないけれど、足繫く通っているのだとしたらかなりのお金もかかるはず。

 そのまま脇道を抜けて大通りに戻る。明るい大通りから見ると、脇道は暗くて不気味に見えた。


「もう少し調べてみる必要がありそうだね」


 アシル兄様は少しだけ脇道の方を振り返ってから呟いた。

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