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兄様とデート

 アイシャドウは薄いピンクを。チークは頬に軽くのせて。

 姿見には化粧を施した私が映っている。教えてもらったばかりの簡単なものだけれど、肌の色と合った化粧が顔色を明るく見せてくれる。さすがに髪は短期間でどうにかなるものではなく、枝毛とぼさぼさ感をごまかすために、編み込みをしておだんごにした。おくれ毛を出して抜けた感じを演出するのも忘れない。城下町に遊びに行くため、動きやすいワンピースながらもフリルやリボンがあしらわれたものをチョイスした。ワンピースも装飾品もどちらもマチルダ様からいただいたもので、どれもこれも見惚れてしまうほど可愛い。

 少し手を入れただけでここまで変わるのか、としみじみと姿見の私と見つめ合ってから部屋を出た。


「お待たせしました、アシル兄様」


 アシル兄様は玄関前に停めてある馬車の隣で待っていた。アシル兄様もあまり見たことのない洋服を着ている。ベストを着ていて締まった雰囲気だけれど、シャツのボタンが外されていたりと少しラフな印象だ。アシル兄様は私の姿をとらえると、目を見開いた。


「すごく可愛い、びっくりした」

「そうでしょう。ふふ、頑張ったんです」

「どうしよう、可愛い」


 アシル兄様は少し顔を背けながらもエスコートをして馬車に乗せてくれた。お父様とお母様はまさか玄関から覗き見しているのがバレていないとでも思っているのだろうか。2人の微笑ましいものを見る顔つきと兄様のたどたどしい様子に、なぜだか私まで変に緊張してきてしまった。アシル兄様とお出かけするのはいつものことなのに、変なの。



「さて、今日は何をしましょうか。買い出しの必要もないし、今日は鍛冶屋とか薬屋には行くなとお母様に釘を刺されてしまいましたし……」


 はて、王都でのデートとは何をしたらいいのだろうか。アシル兄様とお出かけすることはよくあるけれど、どれもこれも必要なものを買いに出かける程度だった。兄様の方を見ると、突然手を握られた。


「僕に任せて。デートプランは練ってきたんだ」


 少しはにかみながら兄様は手を引いて歩き始める。お母様と私が化粧の特訓をしている間、アシル兄様とはあまり顔を合わせていなかったのだけれど、もしかしたら兄様とお父様で何か話し合いをしていたのだろうか。デートプランを練っている2人の姿を想像して微笑んだ。


「世間の恋人さんたちはどんなデートをしているんでしょうね?」

「うーん、カフェに行ったり食事をしたり。後は劇を見たり、服を見たり?」

「なるほど……」


 確かに数か月に一度イヴァンと出かけたときもカフェに行ったりしたな、と考える。ただこうして王都に来て町を並んで歩いて、というのはしたことがなかった。今だからこそ分かるけれど、連れ立って歩きたくなかったのだろうな、と思う。馬車移動の間もカフェにいる間も沈黙が息苦しかったことしか思い出せない。


「服はたくさんいただいたばかりだし、シエナは劇を見てるとすぐ眠ってしまいそうだし」

「うっ……歌声が心地よくて眠ってしまうんです」


 小さい頃に数回見たことがある程度だけれど、最後まで起きていられたためしがない。アシル兄様は楽しそうに昔の話を持ち出してくる。そう考えると、私はとことん一般的なデートには向いていないのでは。


「でも僕たちのデートなんだから、世間一般と違くたっていいと思わない?」

「確かに?」

「僕がどれだけシエナのこと見てきたと思ってるの。シエナの好きなことなら全部知ってるんだよ?」


 兄様の余裕たっぷりの笑みにあてられて、なんだか心拍数がおかしなことに。


「まずは腹ごしらえしよう。まだ始まるまでには時間があるから」


 何か予定しているものがあるのか。兄様がせっかく考えてきてくれたデートなので、楽しみにしておこう。アシル兄様は少し周りを見渡すと「あっちにおいしそうなものが」と私の手を引いて駆け出す。列ができていたので兄様と一緒に並んでみる。近づいてくるといい匂いがした。


「わあ、串焼き!」

「大きいね、熱そうだから気をつけて」


 大きなお肉が長い串にいっぱい刺さっている。パプリカやトマトも刺さっていて彩りもある。はふはふと頬張りながら「おいしい」と言っている兄様はなんだか可愛らしい。


「兄様のおいしいものセンサーは相変わらず的確ですね。あんな遠くから、おいしそうなものが! って走って行ってしまうから、私おかしくて」


 お肉を頬張りながら笑うと、アシル兄様は少し照れながらむっとした表情を浮かべた。兄様は昔からこういう屋台で売っているような食べ物が大好きだ。家に来たばかりのころは子爵領の朝市にも目を煌めかせていたな、と思い出してまた笑ってしまった。今日は兄様の好きなこともいっぱいしよう。


「あっちにも屋台がありますよ。あ、なんか広場で催し物をしているみたい。行ってみましょう!」


 小さな噴水がある広場にはたくさんの屋台があって数人のブラスバンドが軽快な音楽を奏でていた。その音楽に合わせてみんな思い思いにダンスを踊っている。酒瓶を持って踊っている人までいて、兄様と顔を見合わせて笑ってしまった。兄様のおいしいものセンサーにまかせて屋台を回って、食べたり飲んだり、踊ったり。そうしているうちにあっという間に時間が過ぎていった。


「ああ、そろそろ行かないと」

「そういえば、これからどこへ行くんです?」


 尋ねると兄様はチケットを2枚見せた。王宮騎士団の紋章が入っている。私はぱっと兄様の方を見た。


「王宮騎士団の公開試合!」

「そう。こういう方が好きでしょ、シエナは」


 大きく頷いた。楽しみすぎる。

 さっそく公開試合が行われる会場に向かう。観客席がぐるりと取り囲んでいる。下に行くほどチケット代も跳ね上がっていく。私たちは中間ほどのちょうどよい見晴らしの席に腰かけた。この辺りは男爵家や子爵家あたりの貴族層が多く、ちらほら富裕層の一般市民もいる。アシル兄様がワゴンに飲み物を買いに行っている間、周囲の客の様子を眺めていた。


 そこに1人見覚えのある女性がいた。ピンクブラウンの肩くらいまでの髪に、柔らかそうな身体。

 あの夜、イヴァンと睦みあっていたミレイユさんだ。

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