ダサい女から変わるために
「え? 全部私に?」
なんで。小さめの木箱を開けてみると、中にはぎっしりと化粧品が詰まっていた。どれもこれも一目で見て高級品だと分かるほどの品物だ。試しに別の箱も開けてみると、そちらには装飾品がボックスごと入っていた。触るのも怖すぎて、早急にお父様に箱を押し付ける。お父様もびくびくしながらそれらを部屋に運んでいく。
「以前お会いした方、覚えてるでしょう? 全部あの方からのプレゼントよ」
「あの方って」
脳裏にあの夜会った儚げな美人が映し出される。お母様が仕えているマチルダ様だ。
「話は聞いてるわ、イヴァンに浮気されたって。それで婚約解消に応じてくれなくて困ってるんですって?」
「そ、そうなんです。昨日も言いたいように言われて、私悔しくて」
「私、その話をあの方にしたのよ」
そんな恥ずかしい話をよりにもよってあの美人さんに。恥ずかしくて沸騰しそうだ。それと同時に身内の話までできるお母様とマチルダ様の関係性にも疑問が湧く。
「そうしたら、シエナにって」
それとプレゼントをもらうことが全く結びつかない。どうしてマチルダ様が大量にプレゼントをくださったのかは置いておいて。はてなマークが浮かんだ顔でお母様を見つめる。お母様は盛大にため息をついた。
「いい? シエナは一言で言えば芋っぽいの。ダサいのよ」
突然のお母様の悪口に私は固まってしまった。
半年ぶりに家族揃って朝食を取った。お父様はお母様が帰ってきてご機嫌らしく、食事の準備も食後のコーヒーも手ずから用意していた。我が家のパワーバランスはお母様の一強なのである。食後のコーヒーを飲みながら私たちは「対クソ浮気男緊急家族会議」を行っている真っ最中だ。
「それで、イヴァンが私をなめているのは、私がダサいからだと、そういうわけですね?」
「ええ、そうよ。お母様はシエナのことが大好きだから、あなたの良いところも悪いところも全部知っているし、それも含めて大好きよ。だけど、あの男はそうじゃないのよ」
お母様は「浮気男の思考なんてワンパターンよ」と言い放つ。それはつまり、奴は顔と体にしか興味がないということで。
「大体、お母様はずっと自分磨きを怠らないようにと伝えていたはずだわ。別にあの男に好かれるためにじゃなくて、シエナが自分に自信を持つためによ。あなた、薄々気づいてるんでしょう?」
お母様は王宮に長年出仕し続けていることもあって、洗練された風貌だ。元は男爵家の貧乏令嬢だったお母様は人一倍自分磨きを行っていたのだとよく聞かされていた。栗色の長い髪はよく手入れされていて、仕草も綺麗だ。今は仕事中ではないため、ラフな服装をしているけれど、この前王宮で会ったお母様はとっても格好良かった。
私はお母様の問いかけに小さく頷いた。イヴァンとの結婚は特に疑うことも拒否することもなく受け入れてしまっていた。日頃から見下されていたにも関わらず、だ。浮気現場を見たときも「仕方ないか」と受け入れてしまって。
「誰かのために自分を着飾るということが、分からないんです。私は平凡で、綺麗とは言えないし、髪のお手入れも化粧も全部後回しにして……」
か細い声で口にする。言葉にするとどうしようもなく不安で情けない。お父様は眉を八の字にしてしまっている。しんみりした雰囲気になってしまった。
「着飾る相手ならいるじゃない」
「……え?」
「私たち家族はいつだってシエナの可愛い姿が見たいわ。あの方だってそう思ってプレゼントを贈ってくださったのよ。それに、今アシルと付き合ってるんでしょう?」
「待ってください、それはふりで」
「どっちだっていいわよ」
有無を言わせない一刀両断。アシル兄様は少し苦笑してお母様の言葉に頷いてみせた。
「アシルのために着飾ればいいじゃない。アシルの隣に立って最高に自信が持てるようになりなさい。アシルだって喜ぶわ。ねえ、そうでしょう?」
「はい、母さん。シエナが僕のために可愛くなってくれると想像するだけで嬉しくなります」
「ほら。ですって」
兄様の隣に立つ、私。昨夜の私は兄様の輝きに霞んで、それでもいいと思っていた。にやにやするお母様と少し顔を赤らめたアシル兄様を見比べる。
「私、頑張ります。アシル兄様のために、私のために」
「その意気よ。いい? あのクソ男を見返すために綺麗になろうと思ってはだめよ。目標にする価値すらないんだから。シエナはシエナのために綺麗になるの。それを私たちにも見せてほしいのよ」
にこりとお母様は笑った。本当、どこまでもかっこいい。お父様がべた惚れしたのも納得だ。こうしてお母様の指揮のもと、会議は進行していった。私の目下の目標は自分磨きをして、最高に綺麗になることだ。お母様もお父様も婚約解消のために動いてくれることになった。
そうして会議を終えた後、私は自室で化粧品を持って仁王立ちしているお母様と対峙していた。
「私が滞在している3日間、シエナに化粧の全てを叩き込むわ。最終日には自分で全部用意をしてアシルとデートに行ってもらうわ」
「はい! ……って、今なんて?」
聞き返すも、お母様は同じ言葉を繰り返すだけだった。どうやら聞き間違いではないらしい。なぜアシル兄様とデートを? と尋ねることもできないまま、私は化粧品の山とお母様の化粧技術に埋もれることになるのだった。