3.見習い冒険者
この世界には、冒険者という職業がある。
迷宮と呼ばれる危険地帯にして資源の宝庫たる土地の探索を専門とし、強大な魔獣の討伐や稀少な霊草の採取などによって日々の生計を立てながら、世界最強の称号を得ようとする夢追い人。
『冒険王』の引退より始まった大冒険時代における花形職。
死と隣り合わせのこの職業には、古くからその活動を支えるための組織として冒険者ギルドが存在する。
しかしながら、冒険者ギルドの体制は、『冒険王』の活躍の前後で異なっている。
『冒険王』の活躍以前、冒険者に好き好んで就く者はいなかった。死と隣り合わせでありながら、騎士のように国に尽くす誇りも国の英雄となる名誉も得られない、力があるだけの荒くれどもという印象であったからだ。
故に、無駄飯食らいの厄介払いとばかりに、自己責任とは名ばかりの杜撰な管理であった。ただ、犯罪者予備軍と見做され、その動向を追うための組織だったのだ。
対して、『冒険王』の活躍以後、冒険者は誰もが一度は憧れる花形職となった。その人口は増加の一途を辿り、徒にその命を散らすことは各国の国力の低下を招くほどである。今や、冒険者出身の騎士など珍しくもないほどに好意的な印象がある。
故に、現在のギルドの体制は、厳格で公正で慈善的だ。
大怪我による引退や死亡における保険、新人たちに対する基礎講習、当人に適切な依頼の斡旋等々、多岐にわたる施策が講じられている。
その中でも目に見える変化の代表は、闘級制度の導入である。
冒険者たちの実力を評価しランク付けするこの制度は、上からS、A、B、C、D、E、Fの七段階に分けられる。これによって冒険者たちの実力を客観視し、適切な依頼を斡旋することで、彼らの死亡率を下げることに役立てられている。
また、高ランクになれば、その武力が認められ、国によって様々な恩恵を得られることになる。
……
辺境の町ライオネル、冒険者ギルド。
「薬草の束がちょうど三十か。ほら、報酬だ」
日暮れも間近な時間帯、ギルドの受付カウンターでは職員の男が淡々と仕事をこなしていた。
依頼の精算を終え、その報酬を受付の前に立つ新米冒険者に投げ渡す。
「おっとと、危ねぇだろがおっさん!」
危なげなくキャッチしながらも文句を言うのは、黒い短髪の逆立つまだ幼さを残した意思の強い黒瞳をした少年、ガラだ。
「そのくらいでいちいち文句言うんじゃねぇよ、坊主」
「文句も言いたくなるさ!俺はいつまで草むしりをやってりゃいいんだよ!」
ガラがこの町に来てより一週間。その活動は、町近くの森林からの薬草の採取依頼に限定されていた。
「あのなぁ、薬草採取だって立派な仕事だぞ。これから薬を作って、この町の怪我人の治療の役に立ってるんだからな?」
「わかるけど、わかるけどさぁ。そんなのこの町の子どもですら片手間にやってるじゃねぇか!」
ガラの叫びが、伽藍としたギルド内に空しく響き渡った。
「はぁ、まぁ、そうなんだけどさぁ。ギルドの規定があるからなぁ」
職員の男も事情はわかるため、同情的に呟いた。
平和な辺境故の弊害というべきか。ガラの状況は不運に尽きた。
ギルドに登録された冒険者は、まず基礎講習を受けることを義務付けられている。それまでは危険性を伴う一切の依頼を受けることはできない。
ガラは、この基礎講習を未だ受けることができていなかった。
問題の基礎講習は、現役のDランク以上の冒険者を講師として実施されるのだが、現在、ライオネルにはDランク以上の冒険者は一人しかおらず、そして、その冒険者はある依頼によって遠征中であった。
「規定、規定って、俺のギルドカード作っておいてよく言えるな!」
「それとこれとは、話が別だ。ギルドカードはただの鉄板でしかないが、基礎講習はオマエの生き死に関わるんだぞ」
ガラの責め句に、男は無駄に真面目くさった態度で反論した。
なお、ガラの言う規定とは、ギルドカードの発行が本来なら基礎講習を終えてから行われることを指す。それまでは、仮の証として木板が渡される。俗称としてGランクカードと呼ばれる物だ。
「……」
「そう膨れっ面をするな。もう二、三日すれば、アイツも帰ってくるさ」
「本当かよ?」
「ほんと、ほんと」
「ふん、今日のとこは勘弁してやる」
「おう、ありがてぇこって」
最近のお決まりのようになってしまった遣り取りをして、ガラは受付から踵を返し宿に向かって行った。