37.指名依頼
「あははは!だっさ!だっさいねぇ!最後の最後でしてやられたのかい!若いヤツはこれだから!あははは!」
エンソが無遠慮に笑い上げる。ギョクトとシャルセの決闘の顛末を聞いたのだ。当事者が目の前にいるにも関わらず、盛大に、態とらしく、木板のカウンターを軽く殴りながら全身で愉快な心持ちを表現していた。
エンソの反応に、ガラは苦笑い、ギョクトはへの字口、ギーネとシャルセは我関せずグレグレを構っている。灰色の猫は尻尾がユラユラとご機嫌だ。
なお、シャルセは身体の節々が青痣だらけで痛んだが、見物客に混じった癒手たちに治療され健康そのものである。なんなら今の方が調子が良い。
「まぁ、ホント。決闘で良かったじゃないかい。死合だったら死んでるよ」
「……そうだな。あぁ、そうだな」
笑いが治まり一転、世間話のようなトーンの注意喚起。ギョクトは反発の表情を浮かべながらも、それを噛み締めた。
「さてと、そろそろ店仕舞いかね。さぁ、居候ども手伝っとくれ」
ここはエンソが店主をしている薬屋であった。
鼠人は、種族全体で薬学に造詣が深いとされる。その由来は、薬物耐性や病毒耐性、いわゆる免疫力の高さにある。彼らの先祖は、その特性を活かして自らを実験台とすることで数々の研究成果を挙げてきたのだ。その知識の継承と研鑽は、他種族の追随を許さないほどだ。
エンソもまた、その例に漏れず先祖の薬学を受け継ぎ、腕の良い薬師としてカロメットでの生業としていた。
薬は需要の途切れない商品だ。特にカロメットは迷宮群のお陰で冒険者の負傷が絶えず、また、国軍には常備薬が必要で定期的な注文が入る。
その稼ぎは中流階級に近いと言える程度には多い。その分、持ち家が大きくギーネの仲間ということで〈盾の誓い〉は宿代を浮かせられると居候の身となっていた。ただし、薬草の納品を融通することや店の手伝いなどをやらされてはいる。
持ちつ持たれつだろ、とはエンソの言葉であるが、結局、薬を割安で譲ってくれるので〈盾の誓い〉の面々には照れ隠しのように思われ、敬意を抱かれていた。
……
翌朝。同居人に変態が増えたが、特に問題は起こらず迎えた清々しい晴れ空。各々、朝支度を進めていつも通りの食卓を拵える。
朝食を囲うなかでおもむろにエンソが口を開く。
「あぁ、そうだ。霊人族のお調子者がいるなら頼めるかね。ちょっと素材が不足気味でね、『人喰いの薬草園』で採取してきて欲しいもんが色々あるんだ」
「『人喰いの薬草園』ってB級迷宮じゃないか。奥で採れるようなもんは無理だぞ」
反応するのはギョクトだ。他のメンバーは食事に集中している。このメンバーだと、少し擦れてはいるが世間慣れを一番しているのがギョクトであるため最終的な判断はともかく内容の交渉段階では自然とお鉢が巡ってくるようだ。
「わかってるよ。付き合いの短いアンタらならともかく、ギーネも一緒に行くんだ。みすみす死なせるような無茶は頼みゃしないよ。一番厄介なのはアルラウネの素材だろうけど、アンタらの実力ならイケるだろ?あとは、浅層でマイコニドやバロメッツの素材を確保してほしいぐらいだね」
「アルラウネはC級指定の格上だぞ。俺らはD級冒険者なんだからな」
「あ、アタシE級よ!」
シャルセが能天気に自身のランクを申告した。それにギョクトが渋面で視線を向ける。
「あの実力でか?いや、そういやお前らは変態種族だったな。ランク上げに興味もなければ、引き起こしたトラブルによるペナルティで低ランク帯を行ったり来たりしてるアホだったな」
「ふふん!そうでーす♪ランクなんてアテにならない謎の美形種族でーす♪」
「うぜぇ。それでテメェは薬草園に対処できんのか?」
「余裕余裕!単独で散歩してたこともあるし、アルラウネへの対処も万が一の逃走成功までは保障するわ!なんならわざと捕まって遊んでも大丈夫よ?」
「そうかよ。で、どうするリーダー?」
軽い言葉ながら自信溢れるシャルセに、ギョクトは嘘はないだろうと相手にするのではなく受け流してガラに話を振った。
「これって指名依頼?」
「あぁ、もちろんギルドを通して正式な依頼にしてもらうよ。報酬は安くなるけどね、評価が上がるからトントンだろうさ」
「安いのは大丈夫だ。エンソさんにはお世話になってるからな。……うん、その依頼受けるよ。〈盾の誓い〉初の指名依頼だ。これを断るんじゃ栄光なんて夢のまた夢だ」
僅かな検討を挟んでガラは依頼を受けることを決めた。穿った言い方をすれば依怙贔屓、エンソの優しさに御膳立てされたこの依頼。こんな絶好の機会が偶然に舞い込むのを待っていれば、いつになるかわからない。
少しズルかもしれないが、不正や不当があるわけではない。貪欲に願うモノに魔力は微笑む。ガラは己が小心を呑み込んで不敵に笑った。




