31.選択
「待て!」「逃げるな!」
街道に響く二人の声が道行く人々を振り返らせる。肝心の猫はスルスルとこれ幸いとばかりに動きの止まった通行人たちの足元をすり抜けた。
「通してくれ!」「俺は上からいくぞ!」
混雑とまではいかないもののギルド前の通りはそれなりの人数が行き交っている。ガラとギョクトでは道を開けてくれるように大声を上げる手間を挟まざるを得なかった。見失っては堪らないと、ギョクトは目立つことにも構わず手近な壁を蹴って屋根に登った。
「中心の方に向かってるぞ!追いついてこいよ、ガラ!」
「わかった!」
ギョクトは猫の進行方向を確認して即座にガラと共有した。ガラからの返事を聞くまでもなく、ギョクトは屋根の上を疾駆して猫を追いかける。
……
王都カロメット南区市場。
時折、馬鹿にするように立ち止まり振り返る泥棒猫に散々に煽られながら、ガラとギョクトは南区にまで走り抜けていた。
「はぁはぁ、どこいった?」
息を乱すガラは、目標を見失い立ち止まった。朝イチの盛りは過ぎたものの、一国の首都にて開かれた市場である。その人通りは容易く小さな獣の姿を覆い隠した。
「チッ、見失った」
その隣に降り立ったギョクトもまた目標を見失っていた。兎人の視力は人間と同等か少し悪い。一瞬しか捉えることのできないようなこの辺りの人通りで猫を探すのは屋根の上であっても困難であった。優れた聴覚にしても、足音を抑える身体構造と本能的動作を行う猫が相手である。雑踏の生む雑音も合わされば判別は不可能であった。
「ナァ〜ォ」
聞こえてきた鳴き声が、二人には勝ち誇るかのようだった。
「おや?グレグレじゃないか。ん?その小袋は何だい?」
しかし、続けて聞こえてきた声は内容からして飼い主のもののようであった。
それを認識した二人は顔を見合わせ、すぐさま行動に移した。
「おーい!その小袋は俺のだ!返してくれ!あんたの猫に取られたんだ!」
「あははは!とんだマヌケもいたもんだ!わかった!そっちにいってやるよ!」
ガラが呼び掛ければ、飼い主らしき人物は無遠慮に笑い上げながら返事をした。
程なくして小柄な人影が人混みから顔を出す。特徴的な丸っこい獣耳と細長い尾を持つその姿は鼠人のそれだ。
「さーて、マヌケは誰だい?」
鼠人の女は不敵に笑ってそう言った。
「俺だよ」
「格好からして冒険者だね。気をつけなよ。猫に取られてるようじゃまだまだだ」
「あ、あぁ、精進するよ」
「ほら、あんたのだ」
「おっと、ありがと」
名乗り出るガラを見て一言。ガラがそれに無難に返せば、鼠人の女は渋ることなく小袋を投げ返した。
「待って、エンソ」
さて、話はそこで終わりかと思われたその時、鼠人の女エンソの連れが遅れて人混みを抜けてきた。
腕に泥棒猫ことグレグレを抱えたその女は、ガラの探し人ギーネであった。
「あ!?」「あ……」
ガラとギーネが異口同音に驚愕する。
「見つけた!」
「何だいギーネの知り合いかい?」
ガラの続く言葉に反応したのはエンソであった。
端的に事情を説明して、ガラたちはまずは場所を移すことにした。
ところ変わってカロメット住宅街の一角、エンソの家。
「ここのところ引き篭もっていると思ったら、コイツらに見つからないためだったみたいだね」
「うん……」
「脈無しだ。帰るぞ、ガラ」
「ちょ待てよ、ギョクト!理由くらい聞いたって言いだろう!」
「聞くまでもない。占術師なんだから、そっちの方がお互いに幸福になれる可能性が高いからだろうが。違うか?」
エンソとギーネのやり取りに、ギョクトは即座に席を立つ。止めるガラに、ギョクトは言い含め、最後はギーネに確認をとる。それにギーネはゆっくりと口を開いた。
「そう、その通り。私と共に歩む道のりは必ずしも栄光には繋がらない。何かを違えれば待ち受けるのは破滅だけ。私があなたたちの仲間にならない選択をするだけでその破滅は回避できる。あなたたちは平穏に終わる日常を過ごすことができる」
ギーネの言葉は重く響いた。静寂が場を支配する。
予知の占術は、対象が曖昧なほど精度を落とす。ガラたちの未来に対するその予言は、未来の一点だけを述べているのではない。その終着点まで、残りの人生全てを占うとても広く大雑把な、曖昧な予知である。それでも、その予言は真実となってしまうのだという感覚に陥らせる。それだけ的中させてきた過去があるのだと、ギーネの声が言外に物語った。
「それがどうした。運命がなんだ、予言がなんだ、破滅がなんだ」
静寂を破ったのは、ギョクトだった。
「俺は、座長の仇をとる。そんな俺に平穏に終わる日常があるだと?あるわけないだろ!」
激情が溢れる。同性さえも見惚れる美貌が恐ろしく、なる。
「そもそもだ!覆して欲しくてあんな予言をしたんじゃねぇのかよ?!責任とれよ!変わり映えのない平穏な日常を選ぶだと!ふざけんじゃねぇ!じゃあ、なんで冒険者なんてやってんだ!否応なく嫌な未来を見せられることになるはずだ!あんたの願いは、別にあるはずだ!」
感情のままに吐かれる言葉は支離滅裂だ。それでもその一つ一つが重く響く。最後の言葉に、ギーネは奥歯を噛み締めた。
「……うるさい!」
ギーネは瞳に涙を溜めながら、それでも真っ直ぐ射抜くような視線をギョクトに向けて言い放った。
「簡単に言うな!運命は容易く覆ったりしないから運命なんだ!あなたたちの運命だって、覆ったりしないんだ!」
「じゃあ、せめて栄光の未来を選択しよう」
「え?」「は?」
落ち着いた声でガラは言った。
「どうしたんだ、二人とも。別に予言は、栄光の未来がないなんて言ってないじゃないか。だったら、そこを目指すのは当たり前だろ?」
「そうだな。栄光を得た先には強さがある。俺の求める強さが」
ガラの言葉に、ギョクトは納得した。
「でも、その道に至るのは困難で……」
「困難なのは当たり前だろ。英雄譚が、平凡な日常で描かれていたら変じゃないか。試練を超えてこその英雄だ。それに、俺たちは冒険者だ。冒険者の栄光は何だ?」
「最強……」
「そうだ。そして、それは願いを必ず叶えるということだ。そこに至れば運命だって覆せるさ」
納得しないギーネはどこか縋るように言葉を漏らす。ガラは気負うことなく答えた。
「知ってる。でも……」
それでもあと一歩足りない。ギーネは俯き、ガラとギョクトはこれ以上の言葉を紡げなかった。
「ナァーォ」
ギーネの足元よりグレグレが覗く。そして、半ば空気と化していた家主が口を開く。
「ギーネ、グレグレの行動は予知できなかったのかい?」
「うん、この子はいつもそう。私の希望」
「希望があるなら、願いは捨てられないだろう?どこかで一歩踏み出さない限り、あんたは一生、『死神の娘』のままだ。あんたの希望が選んだ連中だ。これが生涯最高の機会かもしれないよ?」
「うん……」
エンソは真面目な顔で語り掛け、そして、悪戯げな顔に変わった。
「それに家主としては、ちゃんと働いてほしいんだけどね?追い出すよ、ホント」
「ふふ、それは困る。……ありがとう、エンソ。そして、あなたたちにはごめんなさい。色々と身勝手だった。こんな私で良ければ、私をあなたたちの仲間にしてほしい。運命を覆せるようになりたいから」
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