30.選択肢
本日三話更新!三話目!
件の女占術師ギーネは、未だ王都カロメットに滞在していた。
その寝所は、王都住宅街の一角にあった。王都を訪れた際のあれやこれやの事情によって、運良く知己を得た彼女は居候の身となっていたのである。
ガラたちが探しても、彼女を発見できない理由の大部分はここにある。冒険者の多くは宿暮らしで住宅街など訪れることはないのだ。
「まだ諦めてない……」
球体水晶を覗き込みギーネは消え入りそうな声で呟いた。ギルドから伝達されるまでもなく、彼女は占術によってガラたちの勧誘を知っているのだ。知っているからこそ、彼女はここ最近、外に出掛けていない。
「……噂も知ったはずなのに」
無論、それが彼の諦める理由にならないことはギーネも知っている。それでも、占術の結果は絶対ではない。淡い期待は常に抱いてきた。それが失望にしかならないことも常のことであったとしても、彼女は運命が覆ることを期待せずにはいられない。
彼女にまつわる噂は要約すれば、『死神の娘』という言葉となるだろう。
ふらっと現れる黒に包まれた美しい娘。警告の言葉は、鈴の音のように美しく、逃れ得ぬ死を予言する晩鐘となる。
概ねそのような噂がつくられている。勿論、実際には彼女の警告によって救われた命もある。ただ、占術は絶対ではない。死を予見したからといって、それがいつどこで起こる出来事なのか。あるいは予言を聞いたからこそ、そのような状況に陥ってしまうようなこともある。
占術への不信感と悪い結果が擦れ合って煙となれば、酒に酔ったホラ吹きどもが油を注ぐ。悪印象の噂というのは広がりやすい。今やそれを知らぬ王都暮らしの冒険者はいないほどである。
無論、命を救われた者の中には、ギーネを勧誘した者もいた。しかし、彼女自身がそれを拒絶する。占術は絶対ではない。それに頼りきりとなるような者たちの元では到底、長続きしないことを彼女は知っていた。素気無く拒絶された彼らが抱く感情の中には逆恨みのようなものもある。ギーネの美貌がそれに拍車を掛けていた。恩人であるといっても、曖昧な占術によるものである。ただの偶然だったと心で納得する理由をつくってしまうのは簡単だった。
ただ、ガラたちの勧誘を拒絶する理由は他にあった。
成功を手にした栄光の未来。
絶望に染まった破滅の未来。
そして、平穏に終わる日常の未来。
彼らに訪れる三つの未来の可能性。ギーネの才能をもってしても確定しない運命。
幸福の未来が存在しないことだけが確定していた。
彼女が選ぶことができるのは、栄光と破滅どちらかに続く英雄の道と日常の平穏に終わる凡夫の道の分岐路だ。
「彼らには申し訳ないけれど、選べるというのなら私は、日常を選ぶ」
ギーネは知っている。運命は容易く覆ったりしないのだと。
日常を生きることが、どれほど幸運であるのかということを。
そして、今日も彼女は二度寝を決め込んだ。
「起きろ、寝坊助〜。買い物付き合え〜」
ただ、家主には逆らえない。ギーネはゆっくりと身支度を整え始めた。
窓辺では灰色の毛並みをした猫がそれを眺めていた。
……
ガラとギョクトは、東区ギルドに併設された酒場で向かい合っていた。今日も今日とて仲間探しだ。
「で、どうするよ?これだけ探して見つからないんじゃもう王都にはいないんじゃないか?ギルドにだって来ないんだしよ」
「もう少し、もう少しだけ」
「まぁ、俺はどっちでも良いけどさ。期限くらい決めねぇと、冒険王なんて夢のまた夢だぞ」
ギョクトの説得に渋るガラ。ここ最近いつもの光景だった。
指に摘むやみつき芋スティックをガラに向けながら言葉を述べ、ギョクトは言葉終わりにそれを齧る。ホクホクとした食感が堪らない。
「ナァ〜ォ」
「ん?」
その匂いに釣られたか。彼らの足元より鳴き声一つ。
灰色の毛並みの猫だった。
「何だお前、よくこんなとこに入ってきたな」
血と汗にまみれた冒険者たちのギルドである。そのような臭いを漂わせる場所に好んで近寄る鳥獣は滅多にいない。少なくとも、ギョクトの認識はそうだった。
「何だ腹が減ってんのか?」
「痩せた様子はないから、同業の飼い猫じゃないか?」
新しく指に摘んだやみつき芋スティックを猫に向かってゆらゆらと誘うように上下させながらギョクトは言った。それを目で追う猫はどちらかというと遊んで欲しそうだ。ガラは観察した様子から、その素性に見当をつける。
「飼い猫ねぇ。猫好きそうなヤツは見えんけどな。新しく人が出入りした音もなかったし」
「探してる様子のヤツもいないな。迷い猫か?」
ガラとギョクトは首を傾げる。辺りの様子から猫の素性が判明しそうな様子はなかった。
二人の意識が猫からその飼い主を探すのに移った、その僅かな隙を灰色の泥棒は見逃さなかった。
「ニャッ!」
掛け声一つ。猫が俊敏に突撃したのはガラの腰元。
「あ!?」「は!?」
着地して悠然と振り返る猫の口には咥えられた小袋一つ。
「俺の財布!」「泥棒猫かよ!」
二人の叫びを満足げに聞いた様子で猫は駆け出した。
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