18.期待の新星
駆け出したガラは、なんとか宿を確保した。
安堵するとともに、赤く染まる空模様にまだ多少の時間があることを知ると、改めて、ソーンウォールの冒険者ギルドを目指して宿を出た。
冒険者ギルドの構造の大枠は何処であっても変わらない。町の規模に合わせて、ライオネルより多少、大きい程度。ただ、そこを出入りする人の多さは段違いだ。
騒々しいギルド内に期待した何かを感じながら、ガラは受付の列に並んだ。
仕事帰りの冒険者というのは気が立っているもので、肩が触れ合う程度で因縁をつけてくることさえある。御多分に洩れず、今日は運悪くそれが起こった。
「何見てやがる!」「あぁ!テメェのツラなんぞ誰が見るか?!」「何だと!」「文句あっか!」
このような罵倒の嵐が、併設された酒場の方から聞こえて来る。ガラはそれを覗き込もうと体を捩らせるが、後ろに並んだ冒険者が声を掛ける。
「やめとけ、坊主。野次馬になったら巻き込まれるぞ」
「うげ、それは勘弁だ。ありがと、おっさん」
「あぁ」
それからしばらくすると言い争いは、拳の語り合いに移行した。そして、その頃にはガラの順番が回ってきた。
「お疲れ様でした。本日のご用件をお伺い致します」
ソバカスが素朴な印象を与える妙齢の受付嬢が応対してくれた。
「今日、ライオネルから来ました。明日からお世話になります。これ、そのライオネルからの手紙です」
「なるほど、宜しくお願い致します。お手紙の方、拝見致します」
互い丁寧なやり取りで手早く用件を確認していく。冒険者の列はまだまだ続いているのだ。
受付嬢が手紙の封蝋を確認する。押印されているのは、竜の姿を象った支部長権限印だ。支部長間の直接的なやり取りで使用され、支部長以外が勝手に開くことは禁止されている。
「確かにお預かり致しました。依頼完了手続きを行います。ギルドカードの提出をお願いします」
受付嬢は手紙を懐に仕舞い、ガラに向き直る。ガラは素直にギルドカードを提出した。
「おめでとうございます。先程の依頼達成により、Eランクへの昇格となります」
「!ありがとうございます!」
ギルドカード返却に添えられた言葉に、ガラは喜色満面の笑みを浮かべる。
返却されたギルドカードには確かにEランクの文字が刻まれていた。
……
昇格に浮き足立って帰る少年冒険者を見ながら受付嬢は席を立った。同僚に受付業務を引き継ぐと、二階への階段を登る。
二階に着くと、迷わず廊下の奥へと進んでゆく。
足を止めたのはギルドの最奥。支部長室だ。
「支部長、ライオネルからお手紙です」
ノックとともに受付嬢が声を掛ければ、嗄れた女声が入室を促した。
扉を開いて部屋に踏み入れば、綺麗に整えられた典型的な執務室が姿を見せる。床に敷かれた落ち着きのある絨毯、来客用の向かい合わせの二つのソファ、その間に置かれたローテーブル、壁一面には書類棚、一角だけは簡易な茶器置き場。そして、窓を背にして木目美しい執務机に艶のある革張りのシングルチェア。
部屋の主は、執務机に積まれた書類の向こう側、シングルチェアに深く腰掛けていた。
傍らに置かれた長杖と紅蓮のローブが彼女の印象を決定付ける。刻まれた深い皺と鋭い知性を滲ませる目元と合わせれば、老獪なる魔女だと十中八九、誰もが見做す。
「根を詰めすぎないようにお願いします、支部長」
「小言は結構さ。それより鼻垂れ小僧からの手紙をさっさと寄越しな」
受付嬢の気遣いを一蹴して、ヒラヒラと手紙を催促するソーンウォール支部長。その様子にこれ見よがしの溜息を吐きながらも、さっと手紙を渡す受付嬢だった。
支部長は、片手間の魔術で封蝋だけを溶かすという無駄に高度な技術で綺麗に手紙を開けた。内容に目を通せば通すほど、苛立ちを表す縦皺が深くなる。
「どうされましたか、支部長?」
手紙を読み終わり、それでもなお不機嫌を隠そうともしない魔女に、受付嬢が仕方なく問い掛ける。それを待っていたとばかり怒涛の言葉が浴びせかけられる。
「あのボンクラ小僧!新人を死地に送りやがった!それを止めるのが何よりの仕事だってぇのによぉ!?挙句の果てに、期待の新星だから目を懸けてやれだと!?一体何様のつもりだい!?自分じゃ扱いきれないからって半隠居の老体に鞭打つとは!恥を知れってんだい!!」
「それで、新生迷宮の件は何と?」
「見て分からないかい?!攻略しちまったそうだよ!!期待の新星と懶の小僧の二人でね!でなきゃ、今すぐあのボンクラを吊し上げに行くところだよ!!」
魔女の激情は言葉以外にも執務机を乱暴に殴打させた。バサバサと積まれた書類が落ちていったが、それを気にする者はいない。
冷静に本題を問い掛ける受付嬢への返答は、喜怒混じった複雑な表情の魔女による怒鳴り声であった。
「ちっ、それでこの手紙を持って来たって言う期待の新星は、お前から見てどうだった?」
最後に舌打ちを一つして幾分か落ち着いた支部長が受付嬢に問い掛ける。
「普通の少年でしたね。昇格に浮かれて、まぁ、冒険者としては礼儀正しく、熱血少年のような振舞いながら明らかに賢明な性格の見え隠れする、……次男坊、でしょうか?」
「そうかい。そりゃ腹に何か抱えてそうな、普通の少年だねぇ」
受付嬢の印象評を疑いなく支部長は受け止める。
そして、手紙を一撫でした。
「ロウラクにでも預けるかね」
「手元から離れますが」
「小僧の思惑通りは気に食わないからね。それに、奴なら悪いようにはならないさ」
「承知致しました」
支部長の決定を伺い、受付嬢は一礼して退室した。