16.交流
燦々と輝ける恵みの光は、ガラの旅路を祝福するようだった。
快晴となった空模様の下、街道を行くガラの顔には微笑が浮かぶ。ウキウキワクワクとした心地好い興奮が、その歩調を早めている。
街道の両脇は雄大なる緑広がる草原地帯だ。魔力は薄くそのために魔獣はおらず、茶毛兎をはじめとした草食動物とそれを狙う暗緑蛇や赤毛狐などの肉食動物の姿が散見される。
助けた子どもとの邂逅の後、ギルドを訪れ配達物を受け取ったガラは、予定通りにライオネルを出発した。
隣町であるソーンウォールまでの道程は、およそ三日だ。
見晴らしの良い草原に引かれた街道は、整備に乏しいデコボコ道だが見失うことはないだろう。
歩調の早まるガラは、昼と夕の境目のような時間帯に野営地だろう小さな広場に辿り着く。
少し早いが、これ以上を進んでも中途半端な位置で夜を明かすことになるだろう。ガラは街道の暗黙の標に従って野営をすることにした。
草原地帯とはいえ、樹木の類も散見されはするものの、薪となるほどの落ちた枝があるわけもない。準備するものといえば、寝床とする周辺の小石を取り除き寝心地を確保することや夜の暗がりで探す手間を省くために夕食となる干し肉や黒パンの類を取り出しておくことくらいであろう。
そうこうしているうちに、ソーンウォールの側から数人の人影が現れる。剣や弓、軽鎧の類で武装する彼らは冒険者だと判断して差し支えないだろう。
「おう、坊主。ライオネルから来たのか?」
集団のリーダーなのであろうガタイの良い壮年の男がガラに声を掛ける。
「そうだよ。おっさんたちは冒険者か?」
「あぁ、そうだ。ほれギルドカードだ」
客観視するならば一対多の状況、警戒心の滲むガラに、冒険者の男はギルドカードを見せて自身の身元を証明する。
辺境に野盗の類は滅多にない。それこそ偽の身分証を用意するほどの手練れが蔓延るなんてことは、得られる儲けと釣り合いが取れずあり得ないと言っても良いだろう。
冒険者そのものが落ちぶれ者であることもないではないが、前時代ならいざ知らず今の時代、冒険者に仄暗さがあればギルドが徹底的に調べ上げることとなる。折角のイメージアップとそれに伴う高い実利を手放すほど組織というのは愚かではない。
「うん確認したよ。俺も冒険者だ」
警戒を幾分か下げたガラもまた自身のギルドカードを示す。
挨拶が終われば、このような野営地での干渉は極力控えるもの。誰も余計なトラブルに発展することは御免である。今回もそのように倣うだろうかと思われたが、冒険者の男は続けて発言した。
「俺たちは、ライオネル近郊に新しく迷宮が発生したと聞いて向かっているところなんだが、実際、迷宮はあるのか?」
「……耳が早いんだな」
ガラの言う通り、彼らは耳が早い。
早馬の伝令が駆けて、一日の間にソーンウォール自体には連絡が入ったことだろう。しかし、迷宮という儲け話に目が眩み次々と人の群れがライオネルに移動したのでは混乱は避けられない。慎重に町の執政部はことを運ぼうとしていたはずだ。つまり、一介の冒険者程度では知る由のないところ。さらに、連絡から三日と経っていないのでは、彼らは連絡を受けてからすぐに出発したこととなる。
「あぁ、そう警戒するな。俺たちは専属冒険者だ。緊急性が高いってんでギルドから調査依頼を受けてきたんだよ」
「専属冒険者?」
「ん?あぁ、そっからか。あのおっさんまたテキトーな仕事してんな」
「なんだライオネルに来たことあんのか?」
冒険者の男は、ガラの警戒心の上昇を感じ取って弁解する。その過程でライオネル唯一のギルド職員を懐かしみ、ガラがそれに気づいたことで話が脱線しそうであったが、冒険者の男の仲間が咳払いで嗜める。
「あぁ、まぁそうなんだが。それはともかく専属冒険者についてな」
冒険者の男が説明するには、専属冒険者とは、その地域のギルドと提携して半ばギルド職員として活動する冒険者のことである。活動拠点を自由に移動できなくなる代わりに、毎月、契約料が支払われ、安定した生活が行える仕事だ。当然、ギルドからの依頼に応えるために一定の実力を有していなければならず、守秘義務などの観点から人格なども考慮される一種のエリートで、その活動内容上、所帯を持ち腰を落ち着けたいが堅苦しい騎士を遠慮する冒険者たちがこぞってなりたがる職種である。
「そう言ったわけで俺らは一足早く迷宮の話を知ってるわけだ」
「ふーん、なるほどな。まぁ、迷宮はあるよ。既に攻略されたけど」
「なに?!もう攻略されたのか!?ライオネルでそんなことができる奴ってぇと、懶ハントか!」
納得のいったガラが迷宮攻略の話をすれば、冒険者の男は驚愕とともにすぐさまそれを成した人物を言い当てる。ただその人物名には余計な形容が付いていた。
「懶って、ハントさんに失礼じゃないか」
「なんだ坊主、ハントの世話になったのか。だがな、異名持ちってのは認められた証拠だぞ。それがどんな悪名であれな。そもそもアイツは熱意が足りん。あれだけの素質と実力を持ちながらこんな辺境に留まる馬鹿野郎だ。懶と呼ばれるのも仕方ねぇのさ」
「まぁ確かに勿体無いのかもしれないけどさ」
世話になった人物への侮辱だとガラが不機嫌そうに言えば、冒険者の男は気持ちの良い笑みを浮かべながら弁解する。その言葉に納得しつつもガラはどこか不満げに口を尖らせた。