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さて、一騒ぎして落ち着いた面々は本題に移った。
「んじゃ改めて、迷宮攻略お疲れさん。これで猶予はたっぷり確保できた。安心して冒険して来い、坊主!」
「そうだぜ、ガラ!お前はもう一丁前の冒険者だ!このハントさんが認めてやろう!」
職員の男とハントが揃って、ガラに送る言葉を掛ける。
「むっ、なんだよ、その厄介払いみたいな言い方は?」
「……これから忙しくなるし」
「そうそう、忙しくなるんだ」
ガラはハントたちの微妙な対応に、眉根を寄せて問い糺す。それに対する返答はあくまで無難なもの。ガラの頭にピンとくるものがあった。
「で、本音は?」
「……別に淋しいとか思ってねぇし」
「旦那、本音出てんぞ。まぁ、あれだ。こっちを気にして、若い芽を腐らせるわけにもいかねぇからな。勢いよく飛び出せるようにしたかったのさ」
ガラの直裁な問いに、職員の男がそっぽを向きながら呟き、ハントが淡々とその思惑を説明した。
「余計なお世話だっての。俺は冒険王になるんだ。こんなところで、足踏みなんてするつもりはねぇよ」
ガラの堂々とした物言いを聞いて、二人の男は顔を見合わせる。そして、耐えきれぬとばかりに大笑いを始めた。
「くっあははは!そうか冒険王か!良いじゃねぇか坊主!やっぱり男の夢はでっかくなけりゃあなぁ!」
「ぶははは!いやこいつは大物だぜ!今の時代に、そんなさも当たり前のように言えるなんてな!頑張れよ未来の冒険王!途中で野垂れ死ぬんじゃねぇぞ!」
「なんだよ、二人して。茶化すならもう行くぞ」
二人の様子に、機嫌を悪くしたガラが踵を返す。すると、すぐにそれを引き留めたのは職員の男だ。
「おう、待て待て悪かったって。で、ここはいつ旅立つつもりなんだ?」
「早けりゃ明日だな。隣町ならまだ徒歩で行けるし」
「そうか、んじゃ依頼だ。今回の件の報告書を配達してくれ」
顔だけ振り向いて答えるガラに、職員の男は気を悪くした様子もなく言葉を続けた。仕事の話に、ガラは身体も向き直す。
「受付に見せればいいのか?」
「そうだ。物は今日、書き上げるから明朝に取りに来い」
「わかった。じゃあ、また明日な」
「おっと、そう急ぐな。まだ要件はあるんだ」
必要なことを聞いて手を振って帰ろうとするガラを、職員の男が引き留める。
「なんだよ?」
「昨日、武勇伝として聞いたが、もう一度、報告してくれ」
「ハントさんに聞けば充分じゃないか?」
「わかって言ってやがるな?面倒がるな。当事者からは必ず聴取する規則なんだよ」
「はぁ、わかったよ。さっさと済ませちまおう」
ガラは渋々と迷宮攻略の報告を開始した。
……
「さてと、聴取はこんなもんか。あぁ、ガラ、ギルドカード預けていけ。手続きにいるんだ」
「はいはい、んじゃまた明日な、おっさん」
ギルドカードを渡しながら挨拶するガラに、職員の男はそれを受け取りながら手を挙げて応えた。
「ハントさんもまた明日」
「あぁ、また明日」
先輩冒険者にも挨拶をしてガラはギルドを後にした。
ガラはその後、明日の旅立ちに向けての準備に忙しなく動き回ってから、宿で眠りについた。
……
翌朝。安宿の粗末なベッドで目を覚ましたガラは、ググッと伸びを一つ。
温暖な季節の涼しげな清々しい朝に旅立ちの吉兆を感じながら、機嫌良く支度を始めた。ものの数分でそれを終えると、ギシギシと古い音を掻き鳴らす階段を降り、世話になった女将に別れを告げる。
この町でガラがお世話になった場所は、この宿と冒険者ギルド、ゴブリン騒動の時の衛兵詰所くらいである。あとの住民とは挨拶を交わす程度の仲でしかなかった。
もっと長居するならば親しむ者もあったかもしれないが、若者が辺境を飛び出すのは世の常か。それに慣れ切った住民は積極的にガラと関わろうとはしなかった。
「兄ちゃん!」
ギルドまでの道行でガラを呼び止める子どもの声。
ガラが振り向けばその視界に映るのは、ゴブリン騒動で助けた子どもであった。
「どうした坊主?」
「今日、街を出るってホントか!?」
「あぁ、本当だ。冒険者だからな、冒険しに行くんだよ」
子どもとの関わりは騒動の時だけだ。その後に会う機会はとんとなかった。それでも恩人の旅立ちを聞いて駆けつけるこの子どもは既に義理堅い価値観を形成しているように見える。
「んと、助けてくれてありがとな!」
「あぁ、どういたしまして」
「俺も、兄ちゃんみたいなカッコいい冒険者になりたいんだ!どうしたらいいんだ!?」
「っ!?」
ガラの受けた衝撃は如何程か。未だ新米冒険者の域を出ない彼に憧れる子どもの存在は、自身が夢に近づいているという実感を、確かな報いを感じるのだ。
「そうだなぁ、この町から目指すならハントさんに弟子入りすれば良い。そんで、目標は高くしろ。男なら冒険王になるとでも言っておけ!」
かつての憧憬の言葉を、ガラもまた自身に憧れる子どもに送る。
子どもは無邪気に瞳を輝かせ、大きく頷いた。