14.凱旋
モーザ・ドゥーグの瞳から光が消えるとともに、無数にいたように見えていたヘルハウンドたちが僅か数匹に減んじた。
残された魔犬たちは主の死を認識し、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「勝った……」
それを見届けて、糸が切れたかのようにガラが倒れ伏す。
その視界に映り込むのは、青々とした大空ではなく、鬱蒼とした木々の枝葉だ。太陽の恵みを独占する彼らのせいで薄暗く、なんとも言えない虚脱感を増長するような心持ちが、ガラに馴染んだ。
「ゔ、おーい、感傷に浸ってないで、こっちの心配してくれぇ」
思考の海に沈むガラを引き上げたのは、ハントの呼び声であった。
「あっ、はい」
間の抜けた返事をして、ガラは起き上がる。
ハントは、足を伸ばして座り込んでいた。
ガラは駆け寄って、怪我の具合を確認する。
「派手に吹っ飛びましたけど、大丈夫でしたか?」
「あぁ、まぁ、受け身はとったからなぁ。それより聖水出してくれ、呪毒がキツい」
「わかりました」
ガラが荷物を漁り、一つの小瓶を取り出す。
そして、その中身をハントに飲ませた。
「ん、あんがとさん。……で、なんか思うところあったか?」
「まぁ、魔獣も生き物なんだなぁって」
「何、当たり前のこと言ってんだよ。生存競争だよ、生存競争。ヤらなきゃ死ぬ」
ガラの心情に、ハントが淡々と告げた。そして、笑みを浮かべて言うのだ。
「ま、別に冒険者をやめるってわけでもないんだろ。良かったじゃねぇか。早いうちに実感して。実感できねぇ奴は足を掬われておっちんじまうもんだ」
「なるほど……」
ガラの表情は気持ち晴れやかになった。
それから、動けるまでに回復するまで彼らに会話はなかった。
……
辺境の町ライオネル、冒険者ギルド。
「帰ったぞ、おっさん!」
ガラの大声がギルドの入口から響き渡る。
職員の男は、跳ねるように顔を上げて、その表情には笑みが浮かぶ。
「よく帰った、坊主!さぁ、酒を飲むぞ!」
「もう飲んでんじゃねぇか!」
恰も無事に帰ってきたことを喜んだかのような職員の男のセリフは、片手に握られた酒杯と傍に置かれた酒瓶で台無しであった。
「まぁまぁ、旦那は飲兵衛なんだから仕方ねぇさ。それより、酒を飲むぞ!」
「あんたもか!」
ガラに続けてギルドに入っていたハントが、フォローすると見せかけて職員の男に同調する。
「「「くっ……ぷっ、は、あははは!!」」」
三人は互いを見合って、我慢ならないとばかりに大笑い。
「さぁて、酒場に行くぞ。武勇伝を聞かせてもらおうじゃねぇか?」
「それは良いけど、旦那の奢りか?」
「けっ、わかってるさ。今夜は俺の奢りだ!」
「おっさん、太っ腹!」
一頻り笑えば、三人は騒々しくギルドを出て酒場に向かった。
酔いが回れば口も回る。酒場で面白おかしく武勇伝を語り、気づけば他の客を巻き込み大宴会。
明け方までのどんちゃん騒ぎに、職員の男の財布が素寒貧となったのはご愛嬌。
……
翌朝、冒険者ギルド。
晴れ渡る澄み空の元、ガラはギルドを訪れた。中では、職員の男が二日酔いと財布の軽さに唸る様子が目についた。
「よぉ、ガラ。お前は大丈夫か?」
挨拶をくれるのは、しこたまに酒を飲んだはずなのにケロッとしているハントだ。
「平気だ!村で散々酔ったから加減は分かってる!」
「ぐぁ〜、やめろ坊主、頭に響く……」
ガラの元気な声に呻く職員の男。ガラとハントは顔を見合わせ、悪戯げな笑みを浮かべた。
「旦那ァ!どうしたってんだよ!?」
「おっさん!大丈夫かぁ!?」
「ぐわぁ〜、テメェらわざとだろぉ……」
ハントとガラがわざとらしく大声で心配の言葉を掛ける。それを受けても、職員の男の反応は弱々しいものであった。
「ありゃりゃ、こりゃ重症だな」
「仕方ねぇおっさんだな」
ハントが肩を竦めれば、ガラも呆れ顔で背負い袋を漁る。
「ほら、酔い覚ましだ」
「あぁ?いいもん持ってんじゃねぇか、んじゃありがたく」
ガラが取り出したのはカーボネックの村の狩人衆たちが常飲する特製酔い覚ましだ。
それを、職員の男がグイッと呷った。
「にっが!?なんじゃこりゃぁああ!!」
主な材料は、薬草と苦味の強い野草の類だ。ほとんど野草のごった煮である。
「あははは!良い反応だぜ、おっさん!」
「わははは!旦那、油断し過ぎだわ!」
「テメェら笑ってんじゃねぇぞ!ったく」
ガラとハントの笑声に、職員の男の怒声が飛ぶ。どうやら二日酔いは治ったようだ。
「まぁまぁ、ちゃんと治っただろ?」
「当ったりめぇだ!これで治らなかったら、ぶん殴ってやるわ!」
ガラの宥めの言葉に、怒気に染まった職員の男が勢いよく言葉を返した。