10.猟犬の森・起
ライオネル近郊の森林奥地。
「せい!」
「キャウン!?」
ガラの一撃が、魔獣を弾き飛ばした。
「よっと」
その魔獣が体勢を整える前に、ハントの剣撃がその命を刈り取る。
「ふぅ、こりゃ領域型の迷宮だな」
周囲に別の魔獣がいないのを確認して、ハントが呟く。
迷宮と呼ばれるのは、魔力の集積地である魔力特異点全般だ。実際の迷宮の形態は様々である。
地下に続く複雑怪奇な洞窟と化した迷路型。
天高く聳える神の試練が如き巨塔型。
魔力利用の盛んだった古代文明の廃都が呑み込まれた遺跡型。
未だ攻略者は冒険王以外に存在しない悪魔の棲む異界たる魔宮型。
そして、今回の迷宮のように環境をそのまま影響下に置いた領域型。
他にも細々とした分類はあるが、基本的な形態はこの五つだ。
「さしずめ、猟犬の森とでも呼べば良いか」
ハントの視線の先には、先ほど斃した魔獣の死体があった。
その魔獣の名は、ファング。
牙犬とも呼称されるF級指定の最弱魔獣。厄介な点は、他の魔犬系統の例に漏れず群れること。
例のC級魔獣のことを考えれば、順当な種族だろう。
「構えろ、ガラ。追加だ」
「わかった!」
ハントの注意にガラが返事をした直後、暗がりに沈む木々の間より現れたのは、犬の頭をした小鬼が三匹。
「「「ガァ!」」」
その咆哮は獲物を見つけた悦びであり威嚇。
ゴブリンに似たその魔獣の名は、コボルト。
狗鬼とも呼称されるこれまたF級魔獣ではあるが、油断は禁物だ。
一匹がハントに、二匹がガラに迷わず迫る。
コボルトは、ゴブリンと違い連携する。対応を間違えれば、ベテラン冒険者でも崩されることがある。
ハントに向かった一匹は、牽制のようだった。ハントの目前に止まり、待ちの姿勢。
実力が把握されていた。
ただ、正確ではなかった。
ハントは迷わず踏み込み、目前のコボルトに急接近。その首を断ち斬った。
「雑魚だな」
ハントは血振りをしつつ、ガラに目を向けた。
一方、ガラに迫った二匹は挟み撃ちで決めに掛かる。
「はぁああ!」
慌てず騒がずガラは片方のコボルトに突進を仕掛けた。
「ガウ!?」
驚愕に硬直するコボルトは、そのままガラの盾と接触。撥ね飛ばされる。
運悪く、大木に頭部から激突。首の骨を折りくたばった。
その結果を見ることなく、ガラは反転。
視界に映るのは、最後のコボルトと、自身の戦い方を観察するハントの姿。
コボルトは油断なくガラを様子見しており、突進は躱されそうである。
ガラの胸中に自省が過ぎる。
守手である自身は、常に仲間と魔獣との間に立たねばならないのに。
だが、それは戦後にすること。今においては明確な油断。
僅かな葉音。
それが足音であると気づくのに、ガラは一拍遅れた。
「なっ!?」
反射的に振り向けば、四匹目のコボルトの姿。
「ぐっ!?」
その一撃に盾を構え受ける。
「ガァ!」
その後背に迫る三匹目。
「油断するな」
「すいません!」
ハントが三匹目を斬り殺す。
「せい!」
盾を突き出し四匹目のコボルトを怯ませる。
「はぁ!」
「キャイン!?」
続けて横殴り。弾き飛ばされたコボルトが沈黙。
それにハントが剣を突き入れ、入念にトドメを刺す。
「ありがとうございます、ハントさん」
「いや、お前はよくやってるさ。連れてきたのは俺だ。お前に死なれちまったら、旦那に殺されちまうしな!」
緊張が過ぎるガラを解すように、ハントが茶化す。
だが、ガラの気配に変化はない。
ハントは頭を掻きながら、口を開く。
「まぁ、気負うな。俺は先輩だ。ホントの仲間ができたときの練習だと思えよな!」
「うお!?」
ハントに背中を叩かれたガラが蹈鞴を踏む。
思わずハントを非難するように振り向くが、直前まで励まされていたのを思い出す。
「ありがとうございます。俺、頑張ります!」
ガラは笑みを浮かべ応えていた。
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