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FINAL


A different point of view




■■B3arts■■


スタッフの皆へ   B3arts代表 京飛鳥


横浜美術館に程近い場所、ニュークラシックな佇まいが当時話題になったB.B.hotel。この場所を拠点にし、クリエイター及びスクール講師陣などの作品を中心に、美術・演劇・建築・まちづくりなどに貢献していく。(リーフレットから引用)

これが、プロトタイプではなくなった私達の目指すものです。

これからは、開国博Y150タイアップイベント‘Baybridge ART 2009’に向けてのヘルプがメインです。そして、天井までの空間を活かした、高さや立体感のある個展も、同時に企画していきましょう。

私なんかを選んで頂きまして、ホントに有難うございます。これからもアイデアのある限り……パッション果てるまで! 尽力していきたいと考えていますので、どうぞ宜しくお願いします。


   ☆



ありふれた私で構わない

今はまだ踏み切る事が出来ないけれど

いつか思いがけず早く別れるかもしれない

でもなりたいと願うのは、紙に枠にとらわれない

この関係性



BLUE――ベイブリッジの塔の先端は、毎晩白く、また、青く染まる。

 何故かあの日と同じように来てしまった。無人の、プラットホーム。

このベンチには、座りたくないのに――。

「お前には、……分からないよ」

(説明してくれなきゃ、分からない――!)

「知りたいわ、教えて――?」

 ジェンダー、だから?


 ――ントトン……トントントトン……

 ねえ知ってる?

 貴方が好きなPSBの、one and one make fiveを始めとする、……ゴシップ物をテーマにする音楽って、必ず心臓の音みたいなビート音が、底辺に流れているのよ。


 懐かしい、――ライバルの香りがする。


   ☆


 あの京、……母さんが、このまま寝てるわけがない――。

これがオレの、フィーリングだった。ったって、馬鹿にならない。オレは昔から、これで色んな危機を脱してきたからだ。


 母さんの手がよく動く……って葉夜が教えてくれたから、見舞いに来ていた。

 みなと病院に転院してきてからは、結構近いから、結構通っていた。自然、葉夜とはダチになる。

 葉夜と言えば、お綺麗な彼方に誘われてモデルの卵になったせいか、最近結構イイ感じにモデルっぽくなってきていた――。

 コンコン

 ノックの音がしたから、ドアに近い葉夜が開けてやった。

「こんにちは」

マリーンルージュ――あの船の名に例えたくなる様な、クールで、ほのかに甘いマリンを香らせて現れた。 

知らない女だ。高校生位に見えるから、二つ三つ上だろうか?

「どなたですか?」

 葉夜は家族じゃないから、オレが聞いた。

「はじめまして。えっと私、隼人と京さんの、幼馴染の娘の咲です」

「……へえ。あんたが咲か……」

「アキト知ってる人?」

 葉夜に聞かれた。

「ああ。――あんた、一人で来たのか? 確か……イギリス住まいだっただろ?」

「ええそう。多分、すぐに隼人も来るわ。今、ランチタイム狙って、琥珀が迎えに行ってるから……」

(琥珀……?)

「それより、京さんっ……」

 咲は何も言わずに、母さんの枕元に立った。

「初めてお会いするのが、こんな形で――」

 嗚咽が聞こえるのは気のせいか? 葉夜も目を丸くしている。

長くひとつに編んだ髪が、母さんの頬に垂れていた。大きな瞳から、ポロポロ涙を零している――あの時の葉夜レベルに。

(やさしー奴……)

「あ……見て、アキト」

「……ああホントだ……」

 母さんの手が動いていた。その時。

 ガラッ

「咲ー! 隼人連れて来たぞー!」

 思わず俺と葉夜はそちらに注目した。また知らない奴だったからだ。――でかくて、眼つきが鋭い。

 そしたら今度は隼人が居て、ホッとしたのもつかの間、――親父は何故か目を見張っていて、その目線はベッドの方だ。

(どした?)

 ベッドに振り返る。ああ、そうか――。

「京――」


   ☆


 母さんは明日退院することになった。いや、もう今日か。

 例の如く、朝日を見るのが好きな隼人に、ゴーインに夜明け前に叩き起こされた。

「マジざっけんな、馬鹿隼人……」

 オレは成長期。今スグ、夢の世界に戻りたい。

「まーそう言うなって。京が復活したら、あんまり二人きりで話せないだろ?」

「んだよ、その言い方……」

「他意はない、まんまだ」

 横浜美術館。母さんが色んな面を持っているのを、父さんは気づこうともしない――。

 母さんは自殺を謀ったんじゃなく、大事な書類とともにダイブしてしまったのだった。……恐らく、趣味が高じて責任者になったB3美術スタッフとのトラブルや、本業――敏腕編集者なのだ――の疲労も溜まっていたのだろう。

 それなのに、父さんは――。

「俺な……京に、離婚を迫ったんだ……」

「はァ? 初耳だぜ。――理由は?」

「わかんね」

「……隼人がそう言うのは、本当に分かんないん……だよな……」

 朝から物凄く疲れてしまう。

「――でも。……それでも許せるのは、確かにふたりに愛してもらった記憶があるからだ……」

今度は隼人が、オレを見る番だった。

「オレは隼人によく似てる方だと思うけど、オレと隼人はやっぱり違う生きモンなんだぜ……。だからもう、あんまりオレの事を過剰に気にすることなんて――ないんだ」


   ☆


 京さんは、明日退院することになった。

 目覚めた時は、隼人さんと空人以外は「誰?」という顔をしていたけど、隼人さんが私と彼方をきちんと紹介してくれたから、仲良くなる事が出来た。

 偶になんとなく、夢現レベルまで浮上していたようだ。京さんは、「女の子の気配はしてた……」と、私にとって嬉しい言葉をくれた。

 聞いてみたい事が、あった――。

「葉夜はなんで、ずっと……私に逢いに来てくれていたの……?」

「知りたいことが、あったから……」

「――なあに? 何でも聞いてちょうだい」

 不思議そうに、ふふふ――と笑う京さんは、本当に女優さんみたいで、近づくのも勿体ない感じだった。

「‘リアル・ベイブリッジ’――」

 京さんが驚いた顔をする。――当然かもしれない。

「なんで――……あ……」

 私はこくりと頷いた。

「あの資料の、一枚目の名前でわかったんです」

「そーか。――アレを知ってる子、まだいるんだ……」

 京さんが、泣きだしてしまった。


   ☆


 雨。

 雨で思い出すのは、隼人との事――。

 事故前最後のデートの日は平日で、偶にはがら空きの赤レンガ倉庫にでも行こうと思った。

 でも急に自分の担当作家が‘工作船’の資料を欲しがっていたのを思い出した私は、隼人と一緒なのにもかかわらず、先に海上保安資料館に行くことに決めたのだった。

 つつがなく資料と写真を揃え終わり、ホッとする。二人でランチの為に、赤レンガまでと、移動した。

でも、ほんの少しの所で、かなり大粒の雨。ぽつんとある、旧横浜港駅で雨宿りしようと、隼人を誘った。

 そこで、何故か……隼人はぽつりぽつり、ここでの昔の、冗談ともつかない思い出話をしたんだわ。

「昔のダチに、古風な奴がいてさ。――仇討ちを仕事にしてるんだぜ……それがまた、スペシャリストな上にゼネラリストで――」

「え……ほんとう?」

 あの時私、笑ってたけど、本当は聞きたくなんかなかったのに……。

 そして、離婚の申し込みをされて、ちょっとだけ口論になって――。

「なんでなの? さっきの人、関係あるの?」

「お前には、……分からないよ」

「知りたいわ、教えて――?」

 ジェンダー、だから?


「リアル・ベイブリッジには、モデルがいるの……」

「そう、なんですか。――気になります……」

 私はあの頃、つぶさに見ていたから、隼人の気持ちが、どっか行っちゃってるのに気づいていた。

「あくまで、モデルだけどね……。隼人と、隼人の友人――」

 これでも高校当時から、悲恋モノの名手って言われてたのだ。

「犯罪に手を染めたせいで、星時に決別されちゃうキルシュ――彼女みたいな凄い人が、いたんですか……」

 あの会話で、私の予感が的外れじゃなかった事を確信したの。

「私は、書く事で消化しようと思ったの――。

だって……、だって私は隼人を愛してるんだもの……!」


   ☆


 京さんは、少し治まると、遠くを見つめて話し始めた。

「リアル・ベイブリッジには、モデルがいるの……」

「そう、なんですか。――気になります……」

 なんてったって、京飛鳥オタなのだ。

「あくまで、モデルだけどね……。隼人と、隼人の友人――」

 ずっと、京さんだとばかり思っていた。――タイプが違う気もしたけれど、……誰かを愛する姿勢は、似ている気がしていた。

「犯罪に手を染めたせいで、星時に決別されちゃうキルシュ――彼女みたいな凄い人が、いたんですか……」

「私は、書く事で消化しようと思ったの――。

だって……、だって私は隼人を愛してるんだもの……!」

 本格的に、泣いてしまった――。


 やがて、面会時間が終わりに近づいた。

「今度B3artsで、沖浅先生の原画展やるの……あの空の騎士のSF!」

「わーいいなー、いいなー。観に行っても、いいですか?」

 あなたがそうするなら、もちろん私は、合わせます。

「なんなら、オブジェ造り、手伝ってくれてもいいわよ?」

「ぜひとも!」

 でも、我慢できなかった。泣く意味が、解ってしまったから――。

「納得、……していますか?」

 京さんが、息をのんだ。そして――。

「なにも。……でも確かなのは、やっぱり。隼人が私を愛してくれたのは事実だったって事。そろそろ、解放してあげるべきかしら……ね」


   ☆


二月、ロンドン――。

十八年ぶりの大雪。交通機関も麻痺して、街中パニック状態だった。

 

私は一歳の時から、ボディガードの琥珀と、父方の祖父母のお屋敷で暮らしていた。

小さい頃はよく分からなかったけれど、パパとママが月に一度逢いに来てくれるのがとっても楽しみだったことだけ覚えてる。

少し大きくなった私は、ママの国について知りたくなった。そこでママが紹介してくれた‘ハヤト’と、文通してみたりした。

パパんちはよく分かんないけどお金持ちで、Watsonっていう宝石商をしていた。

だからか知らないけど、私が十の時に、ママ……っていうか元はパパの持ち物だったガーネットのペンダントを譲り受けた。大事な物だ。

今では、……形見になってしまったのだけれど。

 私にとって、一緒にいた時間が少なかったのにもかかわらず、いたる所に両親との思い出があるロンドンにいるのは辛すぎた……。

 私は日本にやってきた。

 隼人と、その家族にも逢ってみたかった。――だって、隼人の話だと、とっても愉快な家族だったんだもん……。


 日本に来て良かったと思う事の一つは、勿論、元気な京さんに逢えたこと。

 もう一つは、そうね――。

「咲っ! 今度はどこ行きたい?」

「そうね、美味しいコーヒーが飲みたいなー」

 空人が、噂よりずっと、テンダー・ハートの持ち主だった事かな?

「よっしゃ、どこがいっかなー?」

 脳内で、サーチしてるみたい。


 いつか飲めたらいいなぁとは思っていたけど、本当に、キーカフェのコーヒーを飲める日が来るとは思わなかった。

喫茶‘ふりむけばヨコハマ’、……まだあったらしい。感動だった。

「ここのコーヒー、昔は不味かったらしいんだけど、隼人が文句言ったらキーカフェのに、変わったらしいぜ?」

「そうなんだ……。隼人ってホントおっかしいね」

 可笑しさと共に、何故だか涙が出てきた。

(パパ。ママ……)

ちょっと、しんみりしちゃったかな?

「――なあ。なんか、想い出話しろよ」

 やっぱり、空人はやさしい。

「……うん。そうね……」

 何がいいかと、考える。

「……そうだ。あのね、パパね、太陽系の小惑星を執念で見つけたのっ! すごいでしょう? 97年に見つけたの!」

「へえ! それはすげぇよ……名前は? なんてゆーんだ?」


   ☆


 夜ならば、特に、大さん橋のからの遊園地が好きだ。

「ここが、横浜が好きだ……」

同じ気持ちだった。

「キラキラしてて……綺麗ですよね――」

「んー。なんか、俺は昔のヤクニンと同じ気持ちで、此処を守りたいんだ」

 恐らく、ペリーの時代の事を、……あの時代の税関は、日本の門番だった事を指しているのだと思った。

「ふむ。夢がでっかくて、良いと思いますよ?」

 思わず、ちょっと笑ってしまう。

「ちょ、笑うな……」

 なんだか、見られている気がした。首をかしげて見せた。

「最近、よく笑うのなー彼方!」

「え、……そうですか?」

自分の事だと、気がつかないものだ。

まあ確かに、仕事は順調だし、京さんは奇跡の復活を果たしたし、夜景は綺麗だし……。自分の病気以外は、まあまあハッピー、かも知れなかった。

「笑うのは、メンタル的にはいい事だ……もっと笑えっ!」

 襲いかかる影。――鬼っ!

「え? ……えーっ! ~~~ひゃはひゃひゃ……ちょっと! いい歳して、人をくすぐるの、止めて下さい!」

「歳はひでぇなー」

「自業自得です!」

ひとしきりウケた後、唐突に質問された。

「彼方、遊園地で何が好きだ?」

「えーっと。僕結構、絶叫系大好きなんですよ」

「へえ。確かに意外だな……今度、どっか行こうぜ? 今からでもいいしな」

「あー、ええ是非。……でも今日は止めときます。せっかく、綺麗ですし――」

見えなくなるのは、不安だった。

夜の遊園地はキセキや希望に満ち溢れていて……入ったら、きっと迷ってしまうから。

「歩くお化け屋敷はヤなんで、そこんとこ配慮して下さるなら……」

「あっはは。そーか」


   ☆


「今日か……」

 やっぱり、緊張してるっぽかった。

「葉夜? リラーックスよ!」

「はーい!」

 あやめさんは、朝から元気だ。近くに、長身のあやめさんよりもさらに長身の美女がいると思ったら、なんと女装の男性で、あやめさんの彼氏だという。

(いーなー!)

 少し外の空気を吸いに出た。よく晴れている。

 ここはショーの通り近くの、控え室に借りた建物。通りの端には、出入りの為のスタイリッシュなブースも建てられていた。

「葉夜」

「あれ? 京さん、おはようございます。咲ちゃんと、琥珀さんも」

 確か、二人はネズミーがてら、ヒルトンステイしている筈だった。

朝早くここまで来てくれたのだろうか?

「忙しくなる前に、応援しに来たのよ。ハイ差し入れ」

「あ、ありがとうございますー。お二人もスミマセン、朝早く……」

「いえいえ! 私も楽しみにしてるんでー。ね? 琥珀っ」

「ああ。頑張れよ、なんだっけ……ハヤ? 隼人と似てんなー」

「あはは。ありがとうございます。――あの、つかぬ事をお聞きしますが、なんのスポーツをやられてるんですか?」

「んー一応軍隊上がりだし、格闘技も全般……かな」

(あれ?)

 一言でバーンって返ってくると思ったら、案外ちゃんと答えてくれた。ちょっと、悪戯心が湧いた。

「人間関係とかけて成功と解く――その、心はっ?」

「……許すことだ」

海外暮らしらしい、素敵なスマイルまで頂いてしまう。

(うーん。クールだわ……)

 正確には、失敗が抜けていたけど、構わなかった。


 あかねーの、い~いなずけっ♪

控室に、何故か空人がいて、らんま1/2を見ている。――私に気づくと、声を掛けてきた。

「オレ、コレ見て空手やり始めたんだぜっ!」

「へぇ、そおだったのー?」

(……)

 気づいてしまった。これって、究極的ジェンダーかも? という事に。


   ☆


 アッシュピンクがかったブラウンの髪をハーフアップにしている。ルビーのピアス、顔立ちは涼しげだ――。

彼がプリンスと呼ばれる、倉橋冬琉だった。

舞台袖で控えるチーフデザイナーの彼方のかわりに、ディレクターがてら進行までするのだそうだ。

『ハロー皆さん。倉橋冬琉です。本日はお集まり頂きありがとうございます! ――では、いよいよ始まります。

Edgeプレゼンツ。Y150ヒストリカル・ビュー・ショー!』

 海の日の午後、――盛況すぎて、そこら辺り一帯が寿司詰め状態だった。

 空人は咲を誘いに行ったから、俺と京は久しぶりに夫婦水入らず、優雅にショーを眺めていた――税関が管理しているビルの屋上から。

「この場所……ありがたいわー」

「そりゃあ、よかった」

 俺達は、行き着くとこまで行ったのか、かなり平和な関係になりつつあった。

「あ、始まったわ!」

 京は葉夜と仲良くなったらしく、喜々としてオペラグラスまで持参している。

 まあ俺は俺で、休日よろしく、職場関係の場所だというのにいづみ橋持参だった。……もちろん京の分も、つまみも。

どうやらトップバッターは、ロングヘアーがトレードマークのあやめさんだった。

『コスモコール・ルック。

大胆な幾何学的カットを配したワンピース、シルバーグレーがクール』

確かに、不透明なバイザーをしている。

近未来から、スタートらしかった。

『ブルー・ライト・ヨコハマを思い出させてくれるようなパンタロンスーツがドレッシー♪』

葉夜だった。パンツルック。

「あの髪の毛だと、すげぇ似合うな~」

続々とモデルが現れる――今のところ全て女性だった。

『四十年ほど前に流行した、フィット&フレアー。首もとのスカーフがエレガント』

『戦後のニュー・ルック! 後のAラインに似て――』


やがて、一通り時を逆行し、そろそろ終わりかと思い始めた頃――。また、彼女だった。

『あやめラスト!

バッスル・スタイル。ドレスの腰当て部分にシースルーのオーバースカートを重ねてます。全体がシャーベットカラーのグラデーションなのが、彼方のこだわりです――』

十九世紀にタイムスリップしたみたいなドレス、海の様な爽やかさがあった。

「いいなー、いいなー。私もあーゆーの着たい!」

「後で、彼方にお願いしてみれば?」

「そーしよっかな~?」

次は葉夜だと思ったのに、最後の最後に、男性モデルが二人現れた。

「……あれ、葉夜よ」

 オペラグラス片手に、確信的にそう言った。

(……え?)

片方はトップモデルの萩、オーラが違うからわかる。――もう片方の少年が……葉夜?

『ラスト、ペリーの時代だよ。

愁には、ペリーと同じ時期の米海軍提督の夏服をアレンジしたものを着てもらったよ。シンプルで爽やかなホワイト、そしてゴールドの肩章がクール。――そうそう、ターンしてね。

お隣は……。ドレッシーなコートはチェスターテイスト。比翼仕立てのカラーにベルベットを配した細身のシルエットが美しい』

サングラスを掛けていた――それを投げ捨て、萩にコートを脱がして貰っている。

『――葉夜だよ。

プリムローズの黄色いエンパイア、パフスリーブがエレガント。ハイウエストで締めて、高い位置からくるぶし辺りまでなめらかだ……』

 とても正統派で、見る者に全く嫌な感じを与えない。色のグラデーションと、過不足の無い刺繍がとても素晴らしかった。

(彼方っ)

「……!」

「隼人、よかったわねー」

音楽が変わった。さっきまでもファニーな洋楽だったけど、俺の好きな、PSBのA different point of viewに転調した。

『まだ終わんないから、みんな帰んないでねー!

さて、もともとゴシックファッションを得意とする望月彼方は、今季、赤白紺のトリコロールカラーを推す――。

 そして、オルタナティブより迎えた有馬美海はブライトカラーを多用した、セレブカジュアルを得意としてきた。……二人のコラボレーションだ。

これ以降はEdgeの最新コレクション、テーマはモノセックス!』

 ここからは男性モデル解禁らしい。

少しヒッピーテイストもありの、ユニセックスファッションに少し近い……その最新バージョンといった感じだった。

(すげぇな。お前は、こうゆう世界の人間なんだ――)


   ☆


ヒストリカル・ビュー以降、宣伝効果も相まって、オレの秘蔵っ子の葉夜も、瞬く間に売れっ子になってしまった。――まあ元々、ダイヤの原石みたいなのが、ひねくれてただけだからな……。


オレの父は、横浜に本社のあるARCILLA Co. Ltd.の取締役だ。全国規模で、大型書店とフラワーショップを展開している。

書店は祖父の代からあるし、都会の女性をターゲットにしたflower palaceは、父が展開した。

今では僕がflower palaceの代表で、お花のスクールもしながら、新規事業を開拓している――。


 最近身辺に滅茶苦茶ストーキングの痕跡があったから、すっぱ抜き予防の為、仕事帰りに葉夜が入り浸っているB.B.hotelに寄ることにした。

 夏の夕暮れ時。オレはビールと、帝の作ったタパス片手に鼻歌交じりでここに来たのだ。

(げっ……)


   ☆


京さんはお酒に弱いのかもしれない……。

さっきからポラロイドを取り出しては、パシャパシャやっている。

「葉夜~スマイル!」

「ハイハイ」

 パシャ

 肩を抱かれて、一緒に写る。

 京さんは笑って私にキスをした。あらあら。

 パシャッ


   ☆


案の定、外から隠し撮りしている人影を発見してしまった。

「お前、何やってるんだよ……」

 こいつは見覚えどころじゃあなかった。

オレが高校でシェークスピアの女役をやった頃からの、切りたいのにスクープを狙ってつきまとわれるという、非常に不愉快な関係だった。

「これはこれは、フラワープリンス?」

「真柴サンさぁ……。もう、オレ達張るのやめてくれないかな? つまんないでしょ」

「いやァそれが、全然」

もう軽く十年位の付き合いになるのに、あの頃と変わらない、ナルシストな嫌な奴だった。

「チッ……。とりあえずネガ返せ」

「ハイハイ――で?

葉夜と彼方に関する、リーダーからのスキャンダルは?」

「ノーコメントだよっ!」

オレは、黙認派なんだっつーの!

「目障りだ。さっさと消えろバーカ!」


   ☆


『本当かっ! 本当に、ガンが消えたのか?』

「ああうん、そうなんですってば。ちゃんと、‘いくつか検査をして……’って、今言ったばかりでしょう?」

 ちょっと、……いや大分暑い日だけど、気分は爽やかだった。

『――よかったな! 俺、今、滅茶苦茶感動してるしっ』

「あはは。オーバーですよ」

『嘘じゃねえよ! 愛してるぞー、彼方!』

 耳元で、叫ばれる――。

 めちゃめちゃ、テンションが高かった。

「何、バカ言ってるんですか――?」

 海辺まで、あと少し。


   ☆


見事に葉夜の写真入りで、すっぱ抜かれた――。


■今一番!クールな葉夜と美女のキスシーン!■

  ◆◆‘Edge’にかかる、ゲイ疑惑◆◆


「ひどいな……」

 雑誌を買ってきた帝だ――。でも言葉とは裏腹に、あっけらかんとしている。

(あ・い・つ~!)

 カメラの両刀とか、マジ死ね!

「俺達は公然の事実だからいいんだよっ! ――でも、葉夜は違う……」

 どうするか――。勿論、華麗に放置プレイという手もある。だけど、なんか葉夜のイメージとは違う。

 オレにしては珍しく、考え込んでいた。その時。

 コンコンガチャ

 ちょっとした音速みたいに、素早く。葉夜が扉を開け閉めして現れた。

「葉夜?」

「お前! どーやってここまで来たんだっ?」

 うっすら、葉夜は執念でここまで来たような気はしていた。

「お願いがあります!」


   ☆



「ここに来るのは、久しぶりねー」

「そうだな」

 また、二人で出歩ける事が嬉しかった。

「ここ、名前が変わったんだな……」

 隼人が、懐かしそうに言う――。

‘ペリー’から、‘ペリーの庭で’に。

 パンの美味しさはそのままに、リニューアルオープンしていた。

「私、アップルパイにしよーっと」

 くすんだローズピンクの壁が綺麗な、開港資料館。

 思い出の場所。隠れ家的な感じが好きだった。

「そのうち……、別れてあげるよ」

「――え?」

 貴方から言い出したことなのに、淋しげな顔をするのは反則だよ?

「そろそろ、ステージアップだよ」

 ね? という風に。私、思わず笑顔が零れてる……。


「当直でしょ? ここでいいわ」

「そうか……」

「そんな顔しないで」

 やっぱり、少し寂しげな顔。まだ、離婚すらしていないのに!

「ずっと! 隼人が一番、かっこいいわよ……!」

 やっと少し、元気になってくれた。

「京」

「――でも、葉夜ってナイトも見つけちゃったけどね!」

「……え?」

 私達は、ひっそりと育った椨の木の下で始まって、――この下で終わるのだ。


   ☆


「二人もスクープされたぞ」

「こんなスキャンダルないぜ」

 そうなのである……。

 今回、葉夜だけじゃなく、オレの可愛い彼方までも! 微妙に絡んでるヤツを撮られてしまった。

本人に聞いてみたら「めちゃめちゃ、くすぐられてました……」っていってたから、多分そうなんだろう――。

今回は葉夜の申し出だったし、病み上がりの彼方は、向こう三年は仕事をセーブして与える予定でいる――。だから、オレの用意したこの記者会見場に現れるのは、葉夜一人なのだ。

(今日は、葉夜のバースデーなのに……)


暑い時間を避け、夕方。赤レンガパーク内の、Y150で使われていない旧税関事務所遺構辺りに、仮設ステージを作らせた。

今夜の主役が現れた――。

あらかじめ、質問は制限してる――普段ロウ・テンションな葉夜には珍しく、今回は結構キレていたのだった――。

「今晩は。お集まり頂きまして、有難うございます。

早速本題ですが――、残念ながら私はまだ、京さんに対して好きだとかそういう気持ちはありません。

でも、もし仮にそうだとしてもいったいどうだっていうのでしょう? 人の気持ちはその人だけのものです。

 人に迷惑をかけない限り……いえ、例え家族なりに迷惑をかけてしまったところで、それが罪ならば、いずれ自分に何かしら――私のイメージは罰とは少し違いますが――何かしらの形で跳ね返ってくるでしょう。

 それすら、当事者の問題であって、周囲が裁く事はできない筈、です!」

葉夜はそこまで一息に言うと、ちょっと息継ぎをして続けた――。


そこに集まった記者以外の者のうち。――ファンの男性は葉夜に対してちょっと泣いて、相手の美人さにときめく者もいたようだった。

そう、何故か渦中の京さんは、少し離れた位置から葉夜を見守っていた――。

(えー? マジで?)

 これにはオレも、驚きだった。

女性ファンの大部分も、葉夜のぶっ飛んだ発言の数々に少し戸惑いながらも、概ね受け入れていたようだった。

一番困ったのは、コイツ。

「ふざけるな! 犯してやるッ……アイドルの癖に――」

 延々暴言を吐いて煩いから、葉夜は「私はアイドルになった覚えはないです。あなたを軽蔑します」と、斬り捨てた。

これには賛成だ――。

「やだやだ葉夜ちゃん! 汚いよ!」

 そういって喚いてる高校生には、

「ごめんなさい……。私も意見のある人間なの。あなたの理想を押しつけないで…ね?」

 天晴れ……葉夜、いつの間にそこまで大人になったんだ――? といった位、スマートな対応だった。

「わたしはっ! ……私は幸運な事にというか、今まで恋する対象は異性、且つ同い年で私より背が高いっていう、非常に狭い視野の中でした……けど、愛に人の定義みたいなものなんて必要無いのだと思う! ってのが最近のまとめです。

きっと社会の秩序や、バランス上の話。

必要ではあるかもだけど、やっぱり押しつけないで欲しいってのが、今ンとこの結果です。以上!」

 そう言って、葉夜は舞台上から降りようとした――が、

「さ・い・ご・に! このバックの方で流れてる、A different point of view は、お気づきの方も多いでしょうけど、ショーでも流れてました!

‘a different…a different…’ここが、私は嫌いじゃないんです。クリスはそーでもないみたいだけど! ……だって、非常に重要だと思います。――よく、耳を澄ませて聴いてみてください。

 宜しくお願いします!」



◆◆◆

オックスフォードにいるふたりへ




こっちにきて、1ヶ月以上経ちました。

お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、元気?

私はというと……、隼人さんも京さんも、理想のふたりでした。特に、京さん。元気な姿に逢えて、本当によかった。

 あと、空人とも結構仲良くなって、最近よく遊んでます。

 夢だった、ふたりのキーカフェのコーヒーも飲むことができました!

 そうそう、空人に星の名前を教えました。‘ギムレット’。


 ギムレットと言えば、私、なんで十八年目でやって来たのか、気になったから色々考えてみました。予想――

●ずっと見張っていたけど、少しの慈悲で、ここまで待ってくれた。

●ドラッグか何かで、発作的に。

●ギムレットにも、シェリー以外に大切な人が出来たのに、何かのきっかけで失って、哀しみに耐えられなくなってパパとママを……。


 これ位しか思いつかなかったわ。

 でも、これだけ考えられるって事は、私はかなり癒されたのね……。

 もし、三番目の理由が正しい答えだとしたら――。私はギムレットを許してしまうかもしれない……とさえ思ったわ。

 だって、誰もいないなんて、きっと耐えられないと思う。

 違う視点の人と交流する事で、得る大事なものがあるから、人は生きて行けるんですよね?

 ちょっと、しんみりしてしまいました。


 またすぐに、メールします!

☆Saki☆

            








      Fin.



ありがとうございました~!



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