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   ◇11◇ 隼人


 また京とケンカした。最近、そればかりだった。

「普段は可愛いのによ……。やっぱ根本的になんか違うんだよなーぁ……」

 俺はまた、カップ酒のいづみ橋を一口飲む。

 今日はちょっと飲み過ぎの気もしたが、酒は強いし、普通に好きだったから飲み続けた。

「雀荘隠んないだけ、いい彼氏じゃんかよーぉ……」

 麻雀も特別好きではないが、付き合いを重ねるうちにずば抜けて強くなってしまった俺。

「あ~あ……、っとと!」

 足に来ていた。俺にしては珍しい初夏の夜。人通りの少ない交差点を、あっさり信号無視で渡ろうとしていた。

 ――パッパー……!

 なんか聞こえた気がしたが構わず進む。

「お前! 危ないぞっ」

 遠くで、誰かが叫んだ気がした。

 ――パ、パパー……!

 視界が一回転か、最低半回転はした気がする。ブルル……と音を立てて去っていく軽トラ。じわりと、腕や足がヒリヒリしだした。

「お前……、どこ見てんだ!」

 誰かに抱えられれていた。ダークスーツ、俺よりもやや細身の……女だろうか?

 顔を見る。京と違ってマニッシュな、イイ女だと思ったら胸がなかった。

「聞いてんのか! 人の胸をまさぐるなっ」

 拳で軽く頬を殴られた。少し正気に戻る。

 カラン――と近くで音がした。仄かなガス灯の下、目を凝らす。

(……拳銃?)

 身を翻した男は、すぐにそれを回収した。サッと辺りに巡らす視線、――鍛えられるという印象を受けた。

(暗闇でも見惚れる……鋭利で、真摯な瞳だな)

 男は、無言でこちらに戻ってきた。

「他言無用だ」

「あんた、警察なんだな。バカな市民を護ってくれて、ありがとうございます」

 酔ってやる気の無い俺は、十字路の道の端の、だだっ広いスペースに胡座をかいたまま頭を下げた。

「……」

 反応がないから、頭を戻したついでに夜空をみる。星が瞬いていた。

「綺麗だなぁ……」

 俺につられて、男も空を見た。

「――ああ、ほんとだ……」

「――あの」

 その声が、あんまり切なく聞こえたせいで、思わず声をかけてしまう。

 既に足はあちらを向いていたが、一瞬だけこちらを向いてくれた。

「あんた……恩人の名前が知りたい。――俺は、神原隼人です」

 絶対そのまま行ってしまいそうだったが、ちょっとくらいならと思ったのか答えが返ってきた。

「――俺の名は、ギムレット」

「酒の名前だな。クールだなぁ、外人さん」

「……」

 もう少し話したかった。手招きをして、隣をポンポンと叩く。

「少し、付き合わないか? まだまだ酒が余ってるんだ……」

 ガサッと、ギムが護ってくれた、ビニール袋を持ち上げた――。

   ※

 沢山のネオン、少しだけスぺーシーな高架下。

 灰色の瞳、ミステリアスなギムレットに興味を持った俺は、次々と酒を勧めた。取り澄ました様は最初と全然変わらないが、口調はとても静かだった。最初が厳しかっただけで、――恐らく元来は穏やかなのだろう。

 ペット・ショップ・ボーイズのファンで、一人っ子らしく気ままな大学生をしていると軽く自己紹介した。俺はよく褒められる巧みなトークで、彼からも簡単なプロフィールを引き出した。

 判ったことは、「妹が巻き込まれた極秘事件の謎を追ってきた新米警察官」と言うことだった。その割に、経験からくる冷静さみたいなものを感じた。

「ギムは、なんか不思議な男だな。英才教育なのか、スラスラ喋りやがる。……俺なんて語学のテストやべーのに」

「勉強しろ」

一蹴された。そんな完璧主義な気配と共に、人の許容量を軽くオーバーした理論が見え隠れした。

「なんかさ。あんまりムチャとかすんなよ……って助けてもらって言う事じゃないけど」

「全くだな」

「――でも、気をつけてくれな。俺の勘、あたるんだよ……」

 尻が痛くなり、座り直した。その時、硬いものが手に当たったから、手を伸ばしてみたら灰色プラスチックで四角いフレームの眼鏡だった。それは度がない――伊達眼鏡のようだ。

「それは俺のだ……」

 ひょいと奪い去り、装着した。

「なんでそんなものを……邪魔じゃない?」

「俺の自由だ」

「似合うけど、素顔もかっこよかったのに」

「お前、男同士でそういうこと言うな!」

 また怒鳴られてしまった。――何故だか気が惹かれる、ギムレットに。


   ◇12◇ ラベンダー


「――オレの名は、ギムレット」

 人に助けられたり、人を傷つけてばかりだった俺。初めて人を助けたのは、偶然だった。

すぐに立ち去ろうとしたが、ふと気が緩んでしまい、何故か酒盛りに至った。

(こんなの、久しぶりだ――)

 いつ振りだろう。――だがよく考えると、そもそも酒が飲めて、俺に対して気軽な同性の友人なんて、存在した記憶がなかった。

(初めてか……)

 次々と酒を勧められた。日本人は皆、こんな風に――ゆるすように、他人を優しく巻き込むのだろうか?

 そいつは学生で、ペット・ショップ・ボーイズの熱心なファンで、一人っ子だと言った。

 先行して言われたせいで、行きずりの酒盛りとはいえ、真実と嘘を脚色しなくてはならなかった。まあ他人だ、すぐに忘れるだろう。そう考えたオレは、妹も係わって不愉快な思いをした、極秘裏の事件を調査している、なりたての警察官だと自己紹介した。

「ギムは、なんか不思議な男だな。英才教育なのか、スラスラ喋りやがる。……俺なんて語学のテストやべーのに」

「勉強しろ」

少し厳しすぎたのか、黙り込んでしまった。

「――なんかさ。あんまりムチャとかすんなよ……って助けてもらって言う事じゃないけど」

「全くだな」

「――でも、気をつけてくれな。俺の勘、あたるんだよ……」

 気をつけろ――そんな言葉、かけてもらった覚えがなかった。

(なにか、いたい……)

ふと横顔を盗み見ると、隼人は何かを熱心に見ていた。

「それはオレのだ……」

「なんでそんなものを……邪魔じゃない?」

「オレの自由だ」

「似合うけど、素顔もかっこよかったのに……」

「お前、男同士でそういうこと言うな!」

「――本当に俺はそう思ったんだから、仕方ないだろ」

 ムッとした声で、開き直られた。思わず沈黙してしまう。

「あと、俺の名前はお前じゃないけど……」

 更に、澄んだ瞳で睨まれる。目の前の、グダグダとしているが大柄の男に、オレは少しだけ畏れを抱いた。

(――ジョン)

「すまない……ハヤト」

 オレはこういった口答えをされた経験がなかったから、素直に謝った。すると隼人は声を殺して笑い出した。

「案外、スムーズに直したな」

「謀ったな」

 睨みつける。

「許せよ。――友達なんだから……」

静かに後に続いた言葉。

 急に、目の奥と頬が熱くなった。俯くオレは、前髪と眼鏡で表情を隠した。――でも、微笑む口元は隠せなかったかもしれない。

それが、初めてオレから湧き出た感情だった。

   ※

 延々と、なんの実にもならない話をした。

 その中には精神論めいたものも含まれていたが、年下のくせに、意外と思慮の深い男だったらしく、静かに聴いていた。隼人は、自分自身型破りだと自覚のある、社会に対するあらゆる批判精神さえも感受してくれたのだ。

多分、「日常的な罪でさえ、しかるべき対処や処罰を受けるべきだし与えるべきだ――公正に」というような事も言った。隼人は、オレにいくつか質問をしたが、全てに確実に答えを返すと、「わかってるなら、否定しない」と微笑って受け入れてくれた――そう感じた。

 意見の相違が有ったんだろう箇所は「そうだな」といった風に、とりあえず意見を聴き届けるなり、「そういうこともあるかも知れないな」という反応を返してきた。

そういった全てを重ねて、――オレは少しだけこの出会いに感謝した。

 途中からは隼人の音楽談義を聴いていたのが、途中でパタリと途絶えた。横を見ると、案外近くに頭がある。

(――こいつ)

 肩に当たりそうだった。寝ている。――のみ過ぎだろうか。

(父親とかって、――こういう感じか?)

 オレの半身だけが、温かだった。

そしてオレは静かに、胸元から出したラベンダーのサシェを見つめていた。

   ※

 いい花の香りで目が覚めた。ちょっと寒い。

「あ……、アタマ溶ける……」

 重いような、気分がいいような。

 ふと肩の重みで横を見やると、ギムまで寝ていた。つまり、二人とも立派な酔っぱらいである。時計は夜中の三時半を示す――夜明けまでまだ時間があった。

(そうだ。久しぶりに日の出でも見よう)

 肌寒い中であろうと、もう少し寝ようと考え、ギムの肩を抱く。

(ん?)

 なにか握っていた。そっと手から外すと、花のような――匂い袋みたいだった。好きな香りだ。

(なんでこんな可愛いモノを……)

 プッと吹き出す。でも起こしちゃ可哀相だと、頬を引き締める。

 力を無くした手には返すことができなかった。その代わりにギムの腹の上で、俺が大事に持っておいた。ギムはよく見ると、輝くピアスをしていた。

 ものすごく、ゆったりとした時間の流れを感じた。

 願わくばもっと早く、こういう男に出逢いたかった。


   ◇13◇ 追憶


「シェリー、似合うよ」

「ありがとう、ギム。――こんなにちゃんとドレスアップしたの、初めて。嬉しいわ」

 ミモザの精みたいな黄色いオーガンジーのカクテルドレスの裾を、鮮やかに翻すシェリー。髪も久しぶりに編み上げてやった。アクセサリーまでは手が回らなかったが、十分清楚で美しかった。

「ありがとう、おにいちゃん――」

 きっと兄と呼ばれた、鮮やかな記憶になるだろう。――そう、思った。

   ※

 レストラン、ジーズ。オックスフォードの北西部に位置する、ガーデンが美しいブリティッシュ料理の店だ。

 今日は立食パーティーだった。

「ちょっとお化粧室に行ってくるわね」

「ああ」

 後ろ姿を見送る。

「あらギム。呑んでる~?」

 すかさずリズに話し掛けられた。リズは、軍人みたいなオレとでも普通に会話できる、なかなかイイ奴だった。

「いや。今日はあまり、気分じゃないんだ……」

「あらそう。なら、好きなのだけ食べときなさいな!」

マイペースな彼女の言葉に、思わず笑みが漏れる。

「……そうするよ」

 彼氏が着いたらしく、それだけ言って人混みに消えていった。俺の視線はトイレの在る外の方をさまよう。――その時、遠くからジョンが俺を見ているのに気づいた。

   ※

 十五分立ってもシェリーが戻らない。どうしたことかと、シェリーの事が気になった。

 外に出た。トイレ付近の娘に確認させたが、シェリーはいなかった。胸騒ぎがした。

「ギム? どうしたんだ、青い顔して」

「セシル、他にトイレはあるか?」

「腹を壊したのか? トイレはここだけなんだよ……」

 眉を寄せるセシル。

「シェリーがいない。お前も探してくれ」

「シェリー? さっき俺にドレス見せてくれたよ。ギムが買ってくれた! ってね」

セシルの笑顔は眩しすぎた。それどころじゃない。

「微笑ましくしてる場合じゃないんだ! 早く……早く見つけてくれっ」

 頭までガンガンしてくる。酷い胸騒ぎ。

「あ……わかった。俺は反対側探してくる!」

「ああ」

 オレ外を出た。通りがかりのカップルに黄色いドレスの少女を見なかったか尋ねると、あっちで大柄な男と話していたと教えられた。

 指さされた方へ、礼もせずに一目散に走る。

 上品な婦人に出会った。また尋ねると、物騒な様子だったと囁かれて最後まで聞かずに走り出す。

(――あんなに危険性を露わにしていたのに!)

 後悔からか、目から涙が吹き出していた。

(シェリー――!)

 子供がいた。構わず聞いた。なにか焦げ臭い。

「黄色いドレスの、ゴホッ……女を……見なかったか?」

「みたよ。あそこに行った」

それは最近珍しくなった、古びたレストハウス――もしくは廃墟と化した店だった。不思議なことに、なにかもやもやと煙が見えた気がした。近づくオレ。

(まさかそんなこと)

 嘘だと思いたかった。しかし視界の端に、どす黒い煙が細くたなびくさまが映る。後ろに子供の母親の声を聞いた気がしたが、助けを求める前に、オレは閉ざされていなかった戸の間から、建物に侵入した。

 ひどい煙の中、どこかでガラスの割れる音がした。ヘビースモーカーだったジョンの姿が頭をよぎる。

折り重なった塊を見つけた。まるで、シェリーがジョンを背負ったまま倒れこんだような。

(見つけた!)

 シェリーをジョンの下から救い出す。良い顔色だ、よかった――と思ったのが、最後の記憶だ。

    ※

(何故オレも、殺してくれなかったんだ?)

ジョンは鈍器による軽傷を負った死体の姿で回収された。

シェリーを抱いたオレは、セシルによって救出されたらしい。

シェリーは事切れていた。一酸化炭素中毒死だった。

 形式的な司法解剖の結果、シェリーは乱暴はされていなかった事が証明された。それでもオレの気が納まる筈もなかった。この辺りでは遺族は火葬に立ち会うことができなかったから、尚更オレの神経を逆撫でした。

 遺灰で戻ってきたシェリー。

オレはフェローに金を握らせて、学内のクラレンドン・ラボラトリーで、それを合成ダイアモンドにした。  

いつでも身に着けていられるように――。

(……ゆるさない。生きてるお前を、オレは絶対に赦さない……)


   ◇14◇ 友愛 


 ゴツンとイイ音がした。膝上に抱きかかえていた幼い妹の頭を、うっかり窓ガラスに軽くぶつけてしまった。

(ごめん! 泣かないでくれっ)

 何も言わないが、眉がきゅっと寄ってしまっている。

(プリンセス、ごめん――)

 目が訴えていたのか、もう少しのところで堪えてくれたようだった。ホッとして、抱きしめる。代わりに、お気に入りを歌ってやる。

それはニューヨークカフェでの出来事だった。

   ※

 目を覚ますと、クラシカルな天井が目に入った。

(そうだよね、今は日本に居るんだ――)

 もう少ししたら、瑠璃に逢える。6つも年が離れていると、ちょっとパパの気分だ。

(最近はどうしているだろうか?)

 マリーンにいたころと同じスピードで身支度をすませ、同フロアの皆と合流する為部屋を出て、廊下を行く。――琥珀だ。

「おはよう」

「おう。ここの絨毯、音の吸収ヤバいのによく気づいたな!」

「琥珀なら、長年の匂いで気づくよ」

 たとえ死角な真後ろであろうと、それは例外ではない。

羨ましがらせるのは可哀相だと思い、夢の話はしなかった。ボクより少し大きく成長した琥珀は、今二十一。そろそろ妹離れさせる時期だった。

 まだセシルの起床時刻ではなかったから、琥珀を誘ってホテルのロビーへ向かう。キングスチェアにどっかり座った琥珀に、昨日の報告をする。

「やはりギムレットは、神戸ではなく横浜に来ている」

「ミスターローズの、嘘の情報を信じなかったんだな」

「どこまでも、セシルを追う気なんだ」

「恩人を犯ろうとするなんて、どこまでもぶっ壊れてるよなぁー」

 心の底から訳が分からない――といった風なジェスチャーをする琥珀。

「そうかな……。生き甲斐が見つからないのかもよ?」

「肩持つじゃん。まあ、来てくれた方がこっちは助かるけどな」

 瑠璃の仇の事だ。アサシン、ギムレットは他人を巻き込まない事を信条としているらしく、気配はするのに滅多に目の前には現れなかった。ボク達は接近戦を得意としていたし、今日の街中でライフルマンになる訳にもいかず、それなりに気をもんでいた。

「でも――、彼だって、妹を亡くしているんだ……」

 瑠璃の事を差し引くと、ボク自身はギムレットの痛みがわかり過ぎるほど解ってしまって、それも最近の悩みの種ではあった。

(目の前で妹が死んでいったら、ボクだったら耐えられない……。二人きりの兄妹なら、尚更だ!)

「……」

 この話題になると、意見の相違が出てくるから仕方のないことだった。

   ※

「こちらが俺の愛息、セシルだ」

「はじめまして。どうぞ宜しく……」

 友人を一度に二人も無くしたのだから、気落ちするのは仕方のないことだった。

「はじめまして、ボクは珠璃です。こちらの黒豹みたいなのが弟の琥珀です。これからお願いします、マスター」

 ある晴れた日の朝、ボク達はその日からセシルの護衛についた。まだ、髪は短かった。

「俺はちょっと急なアポで出なくちゃならない。宜しく頼んだぞ、クラウンズ」

「イエス、サー!」

 笑顔のミスターに、揃って返事を返す。ゆっくり、ここは戦場じゃない――。ボク達は、わざわざ名誉除隊してここまで来ていた。

目の前のセシル・ローズ――彼は暗殺されれば、盛大なスキャンダルになること間違いなしの超重要人物だった。

ただの学生ならまた違ったかもしれないが、彼の祖母ドロシーは、大富豪の上にローズ奨学制度をつくった人物だ。各国がその動向を窺っていた。セシルが亡くなれば、オックスフォードは優秀な学生を一人失うだけではなく、犯罪者を出すという不祥事にさいなまれるだろう。

「セシル、オレ達はマリーン・コーアから来た。珠璃なんてもうサージャントだったのに……」

「琥珀、余計なことはいいから」

 セシルへの笑顔のまま、琥珀を叱る。

「セシル。先に二、三確認しておきたい事があるんだ」

「ああ、なんでも聞いてくれ」

 やっと少し、笑みを返してくれた。

「キミもある程度武道の嗜みがあるんだよね? ミスターから伺ったんだけど」

 アハハと笑いだすセシル。

「パパは親バカなんだ! でも、自分を守れるのは本当だよ。俺もフェンシングは強いんだ」

 資料で見た。ギムレットはフェンシングの名手だった。

 しかし、本気で来る場合、何をしてくるかはまだ読めなかった。もう少し質問を続けた――。

その時、コンコンとノックの音が聞こえた。

「どうぞ」

 セシルが言う。開くドア、現れたのは、

「こんにちは、はじめましてっ。二人の妹の瑠璃です」

「瑠璃、待ってろって言っただろー」

 琥珀がそれなりの事を言った。バカンスの為、瑠璃もアメリカの実家から一緒に来ていた。

「うわカッコイイ! セシルさん、でかけましょー?」

 滅多にないくらいに明るすぎるノリだった。知人のミスターから話を引き受けたのは瑠璃だったから、きっと心を砕いているのだ。

「――そうだね。ありがとう」

 それを察したんだろう。セシルは、すぐに瑠璃のバッグに手を伸ばした。

   ※

 瑠璃も昔から訓練された武道派だから、少し油断していたかもしれない。

 セシルと瑠璃、オレ達は後ろから着いて行った。

 オックスフォードをいろいろ案内してもらった。アリスのところでは、瑠璃はとっても楽しそうだった。


 この一年ばかり、マリーンでの珠璃の様子がおかしかった。元々オレとは違ってデリケートなタイプだから、幾ら腕が立っても、志が同じでも、マリーンとの‘ズレ’が出始めていたのかもしれない。

 その頃、瑠璃からオックスフォードの学生のボディガードの仕事の依頼が来た。‘できれば’との事だったが、すぐに除隊の希望を出し、三か月と経たずにここへ来た。

 その間依頼主はどうしていたのか気にもなったが、恐らく暗殺者の方がまだ立ち直っていなかったらしく、逢うこともなかったという――。

 ちょっと離れて様子を窺っていたが、周りに人もいるし平和な学内だった。

 それは唐突に起こった。オレ達は暗殺者が‘学内の人間’だという事を、キレイに忘れていたのだ。

「セシルさん!」

 瑠璃は落ちた。セシルを庇って。

 ギムレットはどこからともなく現れて、セシルを突き落とそうとした。しかし、反射神経の良い連れによって目的は断たれた。

「瑠璃!」

 叫んだ珠璃の声が、耳から離れない。

   ※

「彼の性格を考えると、毒殺とかはないと思う。あと、他人もできるだけ巻き込まないように配慮してくるはずだ。でも万が一の事がある――だから、俺は護らなくいい。代わりにこの先事件が起こる時、俺に巻き込まれる不幸な‘他人’を護ってほしい――」

 あの言葉が蘇る。――確かに、ギムレットの狙いは最初から最後までセシルだったんだろう。でも、現実に瑠璃が瀕死の状態であった時、その言葉は願いになりつつあった。

琥珀は姿を消した。おそらく何もできない苛立ちからだろう。そのうち帰ってくる。

考えたくもないけれど、瑠璃が即死だったらボクは狂っていたかもしれない――。

でも不幸中の幸い、一命は取り留めた。……少しセシルと話そうと思った。

「葬儀からこっち、ギムに眼力で何度殺されそうになったか……」

 セシルも少し、神経をやられていそうだった。

「現実に、狙われていたことが判明したね……。ねえ、事件について教えてくれないか?」

「噂は真実じゃない。……ジョンは思い余ったんじゃなく、シェリーへのけん制目的でレイプしようとしたんだ。

あいだに俺を挟んだ三角形だよ。――しかも、病室のギムレットに言われて初めて気がつくなんて、本物の馬鹿だよ、俺……。――シェリーは引っ掻く等の抵抗と、鈍器の一撃で身を守った。その後に火災が発生したけど、優しいシェリーはジョンを助けるために、その場に立ち往生してしまった。――だから、逃げ遅れたんだ……ジョンの煙草が原因だった」

 はらはらと涙が頬を伝っている。本人は気がつかないようだった。

「ジョンは、有るはずだった兄の愛情が受けられなかったことを常に残念がっていた――それも、俺やシェリーに何かを感じた原因だったのかもしれない……」

「すべて、神のみぞ知る――なのか……」


 ◇15◇ 京まで早起きして

はやとと隼人

隼人がサシェなんて持ってる!

「これだから男って……!」

「これはー! 一晩飲み明かした男の持ちモンだよっ」

「……ふ~ん?」

 朝帰りの男の台詞、鵜呑みになんてしてやんない。

(バッカ!)

 どうせ、惚れた方が立場弱いってセオリーはいつの時代も変わらないのだと思う。

最近、岬が家出してくれたお陰で、なんとなく一番の危険人物(間違いがあるならこの女しかいない)がいなくなってホッとしてたっていうのに……。

娘の家出で、いきなり大人しくなった岬パパの様子を伺いに行く。なんてったって、うちのケーキ屋と岬の理容室は三軒隣なのだ。――外に出れば視界に入る。

なんと! 岬が帰ってきてた。ガラスのドア越しに中を窺う私。あんまり近づきすぎて、ガラスに私の自慢の睫毛を押しつけてるみたい。でも、かまわない。

「――お騒がせで、ごめんね。でも私、セシルに着いてって世界を見てみます。そして本を書くの!」

「そうか。顔を見せてくれただけでも……、好きにしなさい。パパはずっと店やってるから」

「では、うちのワトソン社を通して、常に連絡は取れるように手配しておきますので」

 よくわっかんないけど、岬はまたどこか行ってくれるみたいで助かった。

(よかった♪)

 そう思ったのも一瞬だった。

「なにーっ、俺もついてくぞ!」

 私の背中に張りついて一緒に聞き耳をたててたみたい。

「なんで! 人のハネムーンに隼人がついてくのよっ」

「俺はあいつの‘まともな’父親代わりだかんな」

 昔からこう。ひとりっ子の隼人は、兄貴のいる私になんて目もくれずに、同じくひとりっ子の岬の世話ばかり焼くのだから、耐えらんない。

「~~~ばか!」

 結局、言い出したら聞かない隼人は、一週間くらい岬について行って安全を見届けてくるのを強行する事に決定・私に報告したのだった。

「……ふざけんな、馬鹿隼人!」

 もうすでに泣きそうな私。でも止めても無駄なのは経験上解り切ってるから、反対に約束をさせた。

「今日一日、私に付き合うこと! ……絶対、一週間で帰ってくんのよっ」

   ※

 岬達も明日出発するらしく、隼人はちゃんと私の言う事を聞いた。

行きたい場所があった。隼人に車を出させて、首都高速大黒パーキングまでドライブ。

「なーんで浜っ子なのに、わざわざベイブリッジだよ?」

「こっち! スカイウォークってのがあるんだって」

 よく晴れていた。さっきまでの鬱なキブンもちょっとどこかへ行っていた。

「いい景色~」

 建築中のランドマークタワー、やっと半分くらいだろうか? 潮の香りだ――。

「てか、承諾してくれてありがとうな」

 傍にきた隼人をちょっと睨みつける。

「……渋々よ。ホントは、少しだって離れたくなんかないのに!」

 ちょっと切なくなってくる。

「あいつ、……岬はほんとに面白すぎて、ほっておけないだけなんだ。ペトショも詳しいしな……」

「いーな―、岬」

 はやく、隼人の隣にいられるように、お嫁さんになりたかった。

「なあ、京。俺ちゃんと、お前の事考えてるよ」

「何を、どう具体的に?」

 思わず畳み掛けてしまう。……少しだけイライラしていた。

「――大学卒業して就職したら、プロポーズする」

 意外すぎて、ビクッと後ずさりしてしまった。

   ※

 行きたい場所はもう二つあった。でも、その場所はさっきより全然近い。

 最近、フェリスの生徒で囁かれている噂。普段なら噂なんて完全無視の私だけど、急に気が変わった。

――‘愛か奇跡か平和’を祈るときは、それ相応の場所がある――

 所謂、横浜の三塔を一望できるスポットだ。

 神奈川県庁、横浜税関、横浜市開港記念会館……これらを一望できるスポットは、二ヶ所判明しているが、一ヶ所は自力で見つけなければいけないのだった。

 最近の私はこればかりずっと考えていた。勿論、隼人の愛を得る為。

 でも今朝は違った。隼人の身の安全を願っていた――。

「お、確かに見えるな」

「でしょう? 赤レンガでも、こっちの先端まで来た事なかったわよねー」

 そして最後は、日本大通り――三塔に一番近い場所だった。

「おー、視界ギリギリだな。でも、ここが良いな」

「確かに。……うんでも、良い景色♪」

 そう、この二ヶ所は有名だった。ベイブリッジという見晴らしのいい場所が、私の出した答えだった。

(神様ありがと……)

 脳裏に焼き付けておこう。いつかまた喧嘩しても、許せるように。

「腹減ったー」

「うん、だねー」

 朝から忙しく動き回っていた。

「今日は、ふりむけば……って気分じゃねーな」

「角曲がったとこに、ペリーって喫茶店あるよ。パンが美味しいって」

「じゃソコにする!」


   ◇16◇ アン・ガルド 


 夜明け前に起こされ、横浜美術館まで歩いた。そこで見た朝焼けも、なかなか良かった。

 家に帰る前に送ると言われたが、特にベースを設けてなかったから駅まで送ってもらった。有名な観光スポットであるキーカフェミュージアムより、本社を探るつもりだったからだ。

 セシルがCM撮影の為日本に渡った、これはオックスフォードでは有名な噂だったが、土産を頼んだ者でさえセシルが正確にどこに行ったのか把握していなかった。

ラッキーな事に、セシルの番犬を見つけた。――隼人のお陰だ。

どうやら、セシル達は今夜、ニューグランドに泊まるようだった。今日は妙に攻撃的な気分のオレは、夜を待ってセシルをおびき出した。

――‘アン・ガルド’ 拳を握って待つ――

どう捉えてくれようと、構わなかった。

   ※

 部屋のドアに手紙を見つけた、岬も一緒にいる時に。

 本当は連れて行きたくなかったが、ついて行くと言ってきかない。でも俺は、‘拳を握って待つ’に少しだけ望みを抱いていた。一対一の勝負だろうか――と。

 夜中、指示通りに単独で――岬もいるが――、赤レンガ倉庫の隣の旧税関事務所前に立った。

「うーん、薄気味悪い……」

 岬が言う。

(来るなら、どちらからだろう?)

 ――パン!

 軽く、銃声が響いた。倉庫の二階バルコニーにギムはいた。

「ゲット・ダウン! 見ないで走れっ!」

 珠璃の声だった。

 威嚇なのか? ギムならば、この距離ならば、一発命中もおかしくなかったのに。もう一発、二発。

 視界の端で、琥珀が応戦していた。

ある程度倉庫から距離を取ったところで、後ろを振り返ってみた。ギムレットと思われる影はひらりと着地すると、海の方へと消えて行った。

「死ぬかと思った……、セシル?」

「迷いがあるから、してこないんだ。決定的には、徹底的には――」

喉の奥が、潮辛かった――。

   ※

「なんだよ……あれ……」

 銃撃戦? まさか――。

 日本の、――しかもこんなに身近な場所で、こんな映画の中みたいなことが起こるなんて思わなかった。

 岬の保護者代わりなんて思っている俺だけど、この状況に、ひたすら困惑していた。

「それにあいつ――」


   ◇17◇ ゴースト


 薔薇色の宝石のペンダントを拾った。

旧税関事務所のレンガの淵。白い雲の垂れこめた朝を、ぼんやりと歩いていた。昔のプラットホームのようなものがあって、そこの階段を上り、ベンチに座った。頭を抱える……鈍く重く、なにかぼんやりとしていた。

紅い色に魅了された心地のオレ。……日本に来てからろくに寝ていなかった。


「……ギムレット……」

「シェリー?」

「……私を覚えてる……」

「当然だ――」

「……私、忘れないで貰えて嬉しい……」


 こんな幸運、ありえる筈がない――。

そう考えながらも、オレは脳裏に響く妹の声に応える。

「……セシルか?」

こんな大きな宝石、滅多な持ち主ではないのはすぐにわかることだった。

(――どうしてこんな簡単な事)

それにシェリーの言動もおかしい。

優しいシェリーならば、すぐに“復讐なんてやめて”と言うはずだった。これはなんだろう、オレの心を仄めかすのか、夢か――。


「……ジョンは構わず逃げろって言った――。でも、私は、――優しさじゃなく人道的に――見捨てるなんてしたくなかったし出来なかった……」

「なくしてしまったよ、ごめん」

「……すまない――。ジョンの心からの懺悔で、……私は赦そうとおもえたのよ……」

「シェリーに貰ったサシェ、確かに昨日、この手にあったのに――」


今の君は覚えてるだろうか?

コッツウォルズのスノーズヒル、あのラベンダー畑を。あの時が、オックスフォードに来たばかりの頃が、一番自由を幸福に感じたよな――。


隼人の言葉を借りれば、これは最期まで、とどかぬ想い? 

 君は、生ることが出来たのか? 哀しみの天使――。


   ◇18◇ アサシン


 岬の番犬としての、素晴らしい主張で、同行を認めてもらった俺。

 そして数時間前、少し怖気づいた俺。

しかーし。岬のハッピーハネムーンの為! 

何故ボディーガード付きなのか質問しまくった結果。とりあえず、セシルが果てしなく仇とみなされて、やや危ない身分である事(俺が銃撃をみていたのは話していないけど)、そして俺の中では、ギムが嘘を吐いていたことが分かった。

あとクラウンズの二人も。珠璃は大和撫子になれそうなくらいに優しいし、琥珀はかなり気が合いそうだった。

なにかあったらこいつらに、俺一人分負担になるかもしれない――という気がぶっちゃけしないでもなかったが、それは岬を見守る事には代えられなかった。

セシルの護衛についてからのクラウンズは、どうやら交代で休暇をとってアメリカの家族に会いに行っているようだった。次は珠璃の番で、アメリカ経由でまたセシルと合流するそうな。

「無いの~! 命のペンダント!」

 朝、ニューグランドにもう一度行ってみると、岬が喚いてセシルを困らせていた。

「また、プレゼントするよ?」

 今にも探しに行きそうな岬。セシルは、岬を外に出すのも控えたいようだった。顔色がよくない。

「ばっか! あれでいいの……あれがいいのよー」

真実、大切なのだろう。――昔からよく、モノを無くす岬。

(あーもう! でも危ねぇし!)

「俺が、探してきてやるから、泣かないで待ってろ! な!」

「あんたって、凄い――。……ほんとお願いします……」

 まったく。泣きたいんだか、驚いているんだか、――はっきりしろよといいたくなる顔だった。

   ※

赤レンガまで、来た。憂鬱な曇り空。

岬達が走った辺りにそれはなく、俺は旧税関事務所の周りをぐるりと迂回する。

あれを、知っている――。

旧横浜港駅プラットホーム、頼りなくベンチに座っていた。

「ギムレット」

 ゆっくりと顔を上げるギム。何故か濡れている。――小雨まで降ってきた。

「俺も座るぞ」

 少し間を取って、隣に座る。雨の香りで思い出した。

「そうだ……、これ返す」

「……お前が持っていたのか……」

 絞り出したような声、少しだけ見開かれた瞳――今日は眼鏡をしていなかった。

   ※

(シェリー、ごめん――)

 少しでも妹の声が聴けるのはいい。

しかしオレはどんどん気分が悪くなっていった。――セシルのペンダントを手放すことにした。

「ギムレット」

 その声に、顔を上げる。

いつのまにか小雨が降り始めていて、視界も曖昧だった。

「俺も座るぞ」

 隣に座った途端に、隼人はハッとした顔つきになる。

「そうだ……、これ返す」

「……お前が持っていたのか……」

 帰って来た、シェリー。

「ギム、妹の仇を追ってきたんだな」

 驚いた。そんな所まで知っているのか。

 隼人の顔は、責めるでもなく笑うでもなく、曖昧に――静かだった。

 雨が静かに潤いを重ねている。肌寒い。

 意識がはっきりしている内に、誰かに話してしまいたくなった。

「――シェリーは生きることに肯定的だった。……言い換えると、家族の中で唯一、人並に自己肯定感があったんだ……」

「……」

 いきなり饒舌になったオレに、今度こそ感情を……とまどいを露わにする隼人。

「自分自身を無条件で愛すること。……それがもともと難しかったオレが、シェリーという鏡を亡くして――どうして生きていける?」

「――どういうことだ?」

(……聴いてくれるのか――)

   ※

「――どういうことだ?」

 もう目の前の男が、一体何者か分からなくなってきていた。

 未知のタイプだった。こんなに複雑な人間、知らなかった。

「オックスフォードで出会ったふたり。……エクセレント過ぎたんだ――。仕事を極めても、子供を授かっても、自滅主義? ……人生ここまでという絶望感。知人にもならないような、遠い親戚に子供を託して、しんだ」

「……」

 もう、なにも言えなかった。

「言い訳なんかじゃない……。オレは先天的に、――精神が弱い!」

 もっと――、いや数日でも早く出逢えたら、俺はこいつの味方になってやれたかもしれない。そう思った。

   ※

 てっきりすぐに高飛びするもんだと思っていたが、俺は持っていたけど、岬は持っていなかったらしい。

パスポートの都合で、結局数日国内に留まっていた。

その間に京とのタイムリミットになり、且つ安全性も感じとった……自己満足した俺は、泣く泣く別れを告げる――空港で。

「岬が選んだから、危なくてもとめねーよ」

「……うん」

「逢えそうだったら、逢いに来いよ!」

「……うん。逢えそうだったらね! 絶対!」


   ※


なんだかもう、生きる目的がそれしかないんだ。

……運が良ければ、神に見放されていなければ、なにか見つかるだろうか……。いや、

ここからまたオレは、アサシンだ。


俺は、ギムをとめられるだけの真実を何も持ってないんだ。……なにか見つかることを、祈ってる。


   ◇19◇ ローズガーデン


「水辺が好きなのよー」

灯台下暗しで、ロンドンに来ていた。

今日ようやく、アメリカから珠璃が到着した。セシルと琥珀と四人で、リージェンツ・パーク内のクィーン・マリーに来ていた。

これからは、私とセシル、身の振り方を考えながら各地を回る予定だった。できれば定住したいから、候補地を探しながら――。

 珠璃とふたり、湖を見にきていた。

セシルと琥珀は、野外劇場の‘ボーイフレンド’のチケットを買いに行っていた。

「岬は……セシルの事も好きなんだよね?」

久しぶりの珠璃が、話をすっ飛ばした。でも、労る様な物腰は健在だった。

「……やっぱりそうかしら?」

「いいじゃないか。恋愛は自由だ」

 意外なコメントだった。ありふれたキーワードだけど、なにか特別な響きを持っているような気がした。

「珠璃は、恋人は?」

「今はいないよ。好きな人も特に……って感じかな?」

「えーもったいない。優しくて、かっこいいのにー」

「ありがとう。今は、岬ってプリンセスと、二人の弟君のお世話をしなくちゃ。とっても充実してるよ?」

「あはは。……んでも、なんか考えてるでしょ? ――いつも」

 驚くほどサッと顔色が変わった。

家族との再会でリラックスして、ポーカーフェイスを忘れてしまったんだろうか?

「珠璃? どうしたの?」

「岬、ボクは迷っているんだ……」

「なにを……」

「皆、どうして、会話をするだけの勇気が持てないかな……って。話せるのは人間だけなんだ。だから喜怒哀楽、それ以外にもいろんな感情のバリエーションがでてくる。それを壊すのも、整理するのも人。生かすのも、人なんだよ」

「――そう、よね……」

 畳み掛けるように言われて、少し驚いた。

「あ、ごめん――最近ホント、岬の言うとおり結構行き詰っちゃってさ。多分マリーン抜けてから、気が緩んでるんだと思うけど……。ちょっと、いさかいとか……ゴゾーロップ? に、響くんだよね」

「そんなの、珠璃の優しさだわ。そのまま大事に、すればいいのよ……」

 ちょっと投げ遣りな顔をする珠璃に、そんなことはないって言いたかった。サンクス――と静かに囁かれた。  

続いて言われた言葉に、戸惑う。

「あと、――どうしてもギムレットに深く感情移入してしまうボクがいるのも、事実なんだ――」

   ※

しばらく話したあと、野外劇場に戻る。――雨音が少し強まっていた。

日本とは違い、多少虫食いがあっても咲き乱れるバラはとても荘厳だ。特に、今日のような曇り空の日には。

 ミュージカルは毎日雨天決行の筈なのに、人がいなかった。

「えー? どうしちゃったのかしら……」

「おかしいな……二人はどこだ? とりあえず――」

 珠璃が次に何をいうのか気にしていた私に、圧迫感が襲った。

   ※

「こりゃ岬が残念がるなー」

「そうだね」

しばらく待ってもチケットが発売される様子がない。通りすがりの婦人に聞いてみたところ、‘今年から安全性に配慮して、野外ミュージカルは雨天中止’になったと判明した。そのうち戻ってくるだろう岬達の為に、とりあえず傘を買って戻ってきたところだった。

「……! 岬!」

 急に傘を捨て、走った琥珀。何が起きたか分からない。

傘の下から見た光景――珠璃と岬の後ろから、ギムが襲いかかったところだった。

「みさき!」

 ギムは岬をホールドし、銃口を俺に向ける。

 ――ドン!

 この国の銃声は重いなぁ――そう思いながら死を感受するのは、俺だったのに!

「シュリ!」

 まず俺が叫んだ。次に岬。

「珠璃ぃ!」

 ギムは琥珀の一撃を受けた後、すぐに逃走したようだった。

「なんで……珠璃!」

 琥珀は、自分と交差した銃声で、一拍遅れて振り返った。すぐに珠璃に駆け寄る。もう、ギムには目もくれないようだった。

「どうして!」

 俺は……叫んだ後何をしたのか――。

   ※

「シュリ!」

「珠璃ぃ!」

 ギムだった。追ってきていた。

「なんで……珠璃!」

 琥珀の悲痛な声。私が圧迫から解放された瞬間見たのは、セシルに弾が当たるのをギリギリで護った珠璃の背中だった。

「どうして!」

 セシルは瞬間的に、自殺したくなったようだった。

 無我夢中でとめた。

 しばらくして、琥珀の方を見た。

 たくさんのローズの上に倒れたらしい珠璃、まるで幻想的だった。

あの場にいた三人、何を思ったのか――。

 涙が溢れて止まらなかった。


  ◇20◇ エアメール


  パパへ。


 日本を離れて半年も経ってしまいました。ずっと電話も手紙もできなくてごめんなさい! いろいろあったの。

 二週間前に結婚しました。相手はセシルです。

とりあえず、文句はありませんよね?


 結局、パリもスペインも却下してイギリスに向かいました。最近は、海辺の街の路地裏にカフェを開きました。  

 元々ウエイトレスだったからね。結構上々だよ!


たまに納豆とおソバがものすごーく恋しくなります。でもこっちの食材も、いろいろとっても美味しいから、大丈夫です。


さいごにひとつ、赤ちゃんもできました。三ヶ月目。

パパはおじいちゃんになるんです。


それまでは、日々をエッセイにしたり、沢山たくさん物語をストックしておこうと思います。

だって小説は私の子供だから、書いてあげないとイキイキできなくてかわいそうだもん。


まあ、そんなかんじです。

そっちも寒いのかな? 隼人と京は元気?

風邪ひかないよーにね!


  じゃあ、またね☆      Misaki



*PS*

あの頃の情熱を私自身に思い出させてくれる。

そんな作品を今の、色々経験した此処にいる瞬間の、私で書きたい!

 そう思ってます。



つづく>>>



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