A氏の冒険5日目
A氏はひさしぶりにパーティを組むことにした。
A氏は、ひさしぶりに、パーティで動いている。
人と一緒に組むなんて、何年ぶりだろう。
パーティの人数が多ければ、荷物や食料もたくさん持てる。
回復魔法や攻撃魔法を使えるやつもいる。
索敵のうまいやつもいる。
今晩のダンジョン内のキャンプは、久しぶりにゆっくり寝られそうだ。
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そう、A氏は、今回、ダンジョンの中にいる。
ダンジョンと一言に言っても、多種多様だ。
洞窟もあれば、レンガで組まれた地下迷宮もある。
高層の塔もあれば、水中神殿タイプもある。
いずれも、自然にできたものではない。
以前はなにもなかったところに、いつのまにか出来ているものだ。
魔法学者の見解では、魔王の強大な魔力によって、次元や空間がねじ曲げられ、ダンジョンが生成されているのだという。
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ダンジョンには、つねに命知らずの冒険者が潜っている。
だいたい数パーティが、多いときは数十人の冒険者が潜り、モンスターたちを狩っている。
それというのも、ダンジョンのモンスターには常に懸賞金が懸けられているのだ。
ダンジョンは、放っておくと、モンスターを排出する。
モンスターが、ダンジョンの出入口からほとんど無限に湧き出てくるのだ。
これは、ダンジョンの最深部で待つ「ダンジョンのボス」を倒すか、ダンジョンそのものを破壊するまで止まらない。
いままで、ダンジョン自体が破壊された例は数例しかなく、それも勇者に比する戦力のパーティが、自分たちの命を賭けてダンジョンごと爆死したものだ。
ダンジョンのボス格は、ダンジョン内をうろついているモンスターより数段強く、並みの冒険者では歯が立たない。
もちろん、A氏も、ボスモンスターを単独で討伐しようなどとは考えていない。
A氏にできるのは、ゴブリンの集落に油を流し込んで火矢で焼き討ちして集落ごとバーベキューにするとか、水棲モンスターの住む湖に毒を流し込むとか、そういうことくらいだ。
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A氏が今回、パーティに潜り込んで挑むのは、いわゆる「塔型」のダンジョンだ。
A氏が外観から推測した限りだと、地上50階くらいあるのではないだろうか……。
こういったダンジョン討伐型の仕事の報酬は、日払いのものと、モンスターの討伐数で決まるものとがある。
今回の塔は、毎日決まった額の報酬もあるし、モンスターを倒した出来高払いもある。
A氏は数合わせみたいなもので、10人単位のパーティで、取りこぼしたモンスターに短剣を突き刺す役目だ。
ガーゴイルやオークなど手強いモンスターは、前衛の戦士が倒すのだ。
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塔に入ってから10日が過ぎようとしている。
負傷者も死者も出たが、僧侶の治癒魔法でなんとかなっている。
後衛的な役目のA氏はたいした仕事もしていないが、手傷も負っていない。
いま、40階くらいだろうか。
ぼちぼち、ダンジョンの主が本腰を上げて襲ってくる頃だろう。
今まで出てきたモンスターの質から言うと、これから出てくるモンスターもたいしたことあるまい。
A氏は、今回の報酬で、何を買うか考えながら、パーティについていく。
王都から冒険者ギルドに直接依頼があっただけあって、今回の10人パーティは精鋭揃いだ。
先頭の戦士たちが、A氏からずいぶん遠くのほうをズンズンと先に進んでいく。
階段を登り、出てきたスケルトン戦士などをなぎたおし、パーティは進んでいく。
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ダンジョンの主は、元ノームの爺さんだった。
ノームといえば、A氏のようなヒューマンと比べると、精霊魔術に長け、信仰心の厚い連中だ。
神を信じる連中が、なぜ魔族を操るダンジョンの主になったのだろう……
ダンジョンの主になれば、そのダンジョンの中でだけはあらゆる願いが叶うと聞いたことがある。
こんなカビ臭い塔で、願いもクソもないだろうとA氏は思う。
ダンジョンの主は、大量の精霊を召喚し、A氏らのパーティに抵抗しようとした。
腕利きの魔術師が結界魔法を張り、僧侶が戦士に耐性魔法をかける。
また別の魔術師が精霊を撃ち落とす。
結局、ダンジョンの主にとどめをさしたのは、パーティのリーダーの戦士だ。
ダンジョンの主は、一見するとただの爺さんだ。
あれだけの精霊を兵隊として使うのは、普通の人間の魔力量では無理だ。
やはり、魔族というか、魔神とか悪魔とか、そういったものとの取引があったのだろう。
ダンジョンの主が力尽きた直後、ダンジョン内の空気がふっと緩んだ感じがあった。
攻略完了ということだ。
A氏は、後衛なので、手弓でダンジョンの主を狙って矢を放っていたが、聖霊に阻まれ、あんまり役に立たなかった。
まあいい。
今回の報酬で、なにか、魔力の込められた武器を買うんだ。
ダガーとか短剣がいいかな。
手斧もいい。
魔力の込められた武器は、使い込んでも研ぎ味がほぼ落ちないので、とても便利だ。
ものぐさのA氏には、都合のいい武器だ。
寝袋も新調しよう。
靴も買おう………