A氏の冒険3日目
この世界には魔王がいる。
この世界には、「魔王」がいる。
といっても、彼は一代限りのものではない。
魔王も、時代が過ぎれば、寿命を迎え、あるいは勇者に討たれ、代替わりする。
いまの魔王は、太古から数えて、15代目だったはずだ。
魔王は、魔族の統領だ。
ゴブリン、オーガ、スライム、ゴーレム、レイス、リザードマン、……その他もろもろの悪鬼たちの王。
魔族の王の中の王。
それが魔王だ。
優れた腕力、多種多様なモンスターたちを統率するカリスマ力、無尽蔵ともいえる魔力と多様な魔法、呪術。
あらゆるモンスターたちの頂点に立つ存在だ。
魔王が腕を一振りすれば、モンスターたちの群れは人間の村や町に襲いかかり、多くの人たちが死んでいく。
もちろん、A氏は、魔王など会ったこともないし、見たこともない。
これまでもこれからも、A氏と魔王が面識を得ることはないだろう。
いまもA氏は、小さな町の場末の酒場で、安酒をあおっているところだ。
A氏の旅の目的は、村から出て行って行方不明になった兄と妹を探すことだ。
しかし、それも半分あきらめている。
いまは、生き抜くことで精一杯だ。
A氏は、考える。
冒険者となって、モンスターどもと1人で渡り合うようになり、A氏は初めて人が寄り集まっている理由がわかった。
人は、弱いのだ。
ゴブリン1匹倒すのでも、1人ではなかなか苦労する。
ところが、男たちが10人も集まれば、ゴブリンの襲撃も、小規模ならば撃退できる。
やっぱり、数は力だ。
酒を飲み、寝ているときだけ、A氏はジブの旅の目的をしばし忘れられる。
もちろん、飲みすぎないように気はつけている。
こんな小さな町でも、酔い潰れれば荷物をまるごと盗人に持ち去られる。
A氏は、今晩の晩酌をほどほどに切り上げ、自分の安宿に戻ることにした。
自分の部屋に入り、ドアに鍵をかけると、A氏はベットに寝転がった。
いま受けている仕事はなにもない。
このままだと、1ヶ月も経たないうちにすっからかんだ。
気は進まないが、またゴブリンの討伐でも請け負うかな……