呪いの西洋人形
これは、おばあちゃんっ子だった、ある女子学生の話。
その女子学生の家は三人家族。
両親とその女子学生の三人で、都会の一軒家で一緒に暮らしている。
田舎にある父親の実家では、祖母が一人で住んでいて、
先日、その祖母が亡くなった。
高齢だが病気らしい病気をしたことがない祖母の急逝だった。
その女子学生は幼い頃、
祖母と一緒に父親の実家で暮らしていたことがあって、
大層なおばあちゃんっ子だった。
数年前に、両親の仕事の都合で都会に転居。
両親は仕事で忙しくなったが、収入は豊かになり、
立派な一軒家を構えることになった。
その女子学生は、近所の学校に進学させてもらって、
忙しい学生生活を送っている。
家族が忙しくなるのに従って、祖母の待つ実家に帰省する機会も減って、
近頃は顔を合わせることもめっきり無くなっていた。
たまに祖母と電話で話した時などは、寂しい寂しいとなじられたものだった。
家族三人は祖母の死に目にも会えず、
両親に至っては、祖母の葬式の日以外は仕事を続けている有様だった。
祖母の葬儀が一通り終わった、ある日。
その女子学生の元に小包みが届けられた。
差出人は、祖母が住んでいた実家の近所にある占い屋。
祖母は早くに祖父を亡くした影響か、
まじないや占いといったものにのめり込んでいて、
その女子学生が子供の頃には、占い屋に連れて行って貰ったものだった。
そんな祖母との思い出に耽りつつ、その女子学生は言葉を漏らす。
「この小包みの差出人の名前には見覚えがあるわ。
昔、おばあちゃんによく連れて行って貰った占い屋さんね。
でも、どうしてわたしのところに荷物が送られてきたのかしら。
おばあちゃん宛ての荷物が、転送されてきたのかしら。」
小包みの宛て先を確認する。
しかしその小包みは、確かにその女子学生宛てになっていた。
小包みを開封して、中身を確認してみる。
桐の箱の蓋を開けて、真っ白な布に包まれた塊を取り出す。
布に包まれていたのは、古めかしい西洋人形。
それと一枚の手紙が添えられている。
手紙には短く、
「形見分けです。お納めください。」
とだけ書かれていた。
西洋人形を手に取って詳しく確認する。
青い目に白い肌をした陶器で作られていて、
フリルの付いた黒いドレスを着た、女の子の西洋人形だった。
その西洋人形をぐるぐると見回して、その女子学生はピーンと閃いた顔になる。
「これ、おばあちゃんの人形だわ。
子供の頃、一緒におままごとをしたから覚えてる。
確か、おばあちゃんがお嫁に来る時に、
嫁入り道具と一緒に持って来たって聞いたわ。」
その西洋人形を見ていると、祖母と一緒に遊んだ記憶が蘇る。
祖母は年甲斐もなくいたずら好きで、
幼いその女子学生とは気が合ったものだった。
「おばあちゃんが亡くなった時に、この人形は見当たらなかったから、
てっきり処分されてしまったのだと思っていたのだけれど。
この占い屋さんに預けられていたのね。
事情は分からないけれど、戻ってきてくれて良かったわ。」
祖母の思い出と共にあるその西洋人形は、
まるで祖母の生まれ変わりのように感じられた。
その女子学生は、その西洋人形を箱の中に入れ直して、
押し入れの中に大切に仕舞っておくことにした。
西洋人形を入れて箱の蓋を閉める瞬間、
血の通わない無機質なその目に生気が宿ったような気がしたのだった。
祖母の形見の西洋人形がやって来てから。
その女子学生の身の回りでは、不可思議な出来事が相次いだ。
押入れに仕舞ったはずの西洋人形が、ふと気がつくと机の上に座っている。
洗面所で顔を洗っている時、ふと気配を感じて振り返ると、
背後に西洋人形が座っている。
夜、布団の中で寝返りを打つと、目の前にいる西洋人形と目が合った。
それらは全て、あの西洋人形に纏わることだった。
最初こそ気のせいか、
あるいは父親か母親の仕業だろうと思ったのだが。
仕事で忙しい父親と母親がそんなことをするはずもなく、
話を聞いてみても鼻であしらわれてしまった。
あの西洋人形をきちんと仕舞ったことは確認したので、気のせいでも無いだろう。
それと関係があるのか無いのか。
好調だった両親の仕事に、陰りが見え始めていった。
毎日飛ぶように駆け回っていた両親だったが、
手持ち無沙汰で家にいることが増え始め、それに伴って収入も減っていった。
このまま収入が減り続ければ、その女子学生の学費を工面することも難しくなる。
急に降って湧いた不幸に両親は荒れ、
原因は祖母の西洋人形なのではないかという話になった。
父親が仁王立ちになって、その女子学生に詰問する。
「その人形が家に来た辺りから、俺達の仕事は上手く行かなくなった。
原因はやっぱり、その人形だと思う。
おばあちゃんは昔から、まじないだのが好きだったからな。
きっと、その人形にも何かしたんだろう。」
母親が続く。
「その人形が独りでに動いてるって、そう話してたわよね。
きっとその人形は呪いの人形なのよ。
あなたが処分しないのなら、
私が神社にでも持っていってお祓いしてもらうわ。
学費が無くなって学校に通えなくなったら、あなたも困るでしょう?」
捲し立てる両親。
このままでは祖母の西洋人形が処分されてしまう。
気味が悪いところがあるとはいえ、
その女子学生にとっては、大好きな祖母との思い出が詰まった大切なもの。
それを処分するなんて、祖母を二度亡くすことのように感じられた。
両親に向かって必死に訴える。
「わたしが、わたしが何とかするから。
だから、もう少しだけ待って。」
その女子学生は一方的にそう宣言すると、
祖母の西洋人形を抱えて家を飛び出して行った。
祖母の西洋人形は呪いの人形だと両親に言われ、
その女子学生は西洋人形を抱えて家を飛び出した。
このまま家に置いておいたら、大切な西洋人形を処分されそうだったから。
祖母との思い出が詰まった西洋人形を両手で抱きかかえ、
トボトボとあてもなく道を歩いている。
両親に言われた言葉が、頭の中を駆け巡る。
急に両親の仕事が上手く行かなくなったのは、
やはりこの西洋人形のせいなのだろうか。
この西洋人形が独りでに動いていると両親に話したのは自分。
この西洋人形には何かがある。
それは間違いない。
しかし祖母は、本当に自分達家族を呪ったりしたのだろうか。
家族が顔を見せることが少なくなって、
寂しい思いをさせられたことを恨んでいたのだろうか。
もしも呪いが事実なら、やはりお祓いして貰った方が良いのかも知れない。
しかし、人形のお祓いと言えば、まず思いつくのはお焚き上げ。
つまり燃やして処分してしまうこと。
それでは、祖母との思い出が詰まった西洋人形を失ってしまう。
それは最後の手段にしたい。
では、他にどんな方法があるだろう。
誰か相談できる人はいないだろうか。
そう考えてその女子学生が思い付いたのは、
祖母の西洋人形を送って来た占い屋だった。
電車に揺られること数時間。
もうすぐ夕方になろうかという時間になって、
その女子学生は目的の占い屋の最寄り駅にやっとたどり着いた。
駅から出ると、駅前にしては寂れた風景を見渡して言葉を溢す。
「久しぶりにこっちに来たけれど、
子供の頃と変わってないわね。」
子供の頃以来に訪れる田舎は、あの頃とほとんど変わっていない。
自分の背丈が伸びた分、周りの建物がミニチュアになったように感じられた。
目的の占い屋に向かいながら、道々思い出に浸る。
「あの公園、おばあちゃんとよく遊びに行ったな。
帰りにソフトクリーム屋さんで食べさせて貰って、
後で夕飯が食べられなくなって、二人でお母さんに怒られたっけ。
あの頃は家族揃って夕飯が食べられて、裕福ではないけれど楽しかったな。」
亡くなった祖母との思い出に耽りながら、田舎の町を歩いていく。
都会では駅前とは呼べない距離を歩いて、ようやく目的の占い屋にたどり着いた。
目の前に立っている古い建物は、地上四階建てくらい。
建物の入り口には、一階へ続く通路とは別に下り階段があって、
真っ暗な地下へと続いている。
目的の占い屋は、その階段を下った先の地下にある。
その女子学生はおっかなびっくり、地下への入り口を覗き込んだ。
「ここの入り口って真っ暗だから、
子供の頃は怖くて、おばあちゃんにしがみついていたっけ。」
しかし今、その女子学生は一人っきり。
手を引いてくれた祖母はもういない。
今、一緒にいてくれるのは、祖母が遺した西洋人形だけ。
その女子学生は覚悟を決めて、自分の足で階段を下っていく。
子供の頃は果てしなく長く続くように思われた階段だったが、
大人になって下るとそれほどでもなく、せいぜい半地下といったところ。
下り階段の中程に、目的の占い屋の入り口が待ち構えていた。
装飾が施された木の扉を引いて、その女子学生は占い屋の中に足を踏み入れた。
占い屋の中は真っ暗で、並べてある蝋燭の灯りだけが頼り。
受付の類は無く、入ってすぐ目の前に椅子が置かれていて、
その先には目隠しをする簾のようなもので仕切りが設けられていた。
その女子学生が占い屋に足を踏み入れるや否や、
簾の向こうから声が聞こえてきた。
「いらっしゃい。
どうぞ、その椅子に座ってください。」
声は中年の男の声で、どこかで聞き覚えがあるような声だった。
その女子学生は勧められるがままに腰を掛けると、名前と用件を伝える。
ここに来る前に、小包みの伝票にあった連絡先を見て、
訪ねることを電話で伝えてある。
改めて説明するまでもなく、簾の向こうの相手から要件に入ってきた。
「呪いの人形のご相談ですね。
なんでも、亡くなった御祖母の遺品だとか。
それをお持ちいただくことはできますか。」
「はい、ここにあります。
この西洋人形なんですが、
箱に仕舞っても、いつの間にか独りでに出てきてしまうんです。」
その女子学生が西洋人形を掲げたのを確認して、
簾の向こうの相手は頷いてみせた。
その動きはギクシャクしていて、どこか人形のようだった。
「なるほど。
確かにその人形は、私があなたにお送りしたものに間違いありません。
結論から申しますと、あなたの御家族に起こっていることは、
亡くなった御祖母のしわざでしょうな。」
「おばあちゃんのせい、ということはやっぱり呪いですか。
晩年の祖母とは疎遠で、わたしも両親もその死に目にも会えなかったんです。
それを祖母は恨んで、この呪いの人形を遺したのでしょうか。」
その女子学生の懺悔に、簾の向こうの相手はギクシャクと首を横に振った。
「いえ、違いますよ。
私は、呪いとは言っていません。」
「と言うと?」
キョトンとするその女子学生に、簾の向こうから声が聞こえてくる。
「死者の行いが呪いなのか呪いなのか、
それは受け取る生者次第だということです。
その人形は、あなたの御祖母から、
自分が亡くなったらあなたに届けるようにと預けられていました。
人形には古来から、願いや魂を込めることができると言われています。
あなたの御祖母は御家族をとても心配されていて、
その人形を預けられる直前まで、
何か願いを込めるために祈祷しておいででした。
それは呪いだと言えるでしょうか。」
そう問いかける、簾の向こうの相手。
簾から透けて見えるその姿はやはりギクシャクしていて、
どこか人形のような動きだった。
それには気が付かず、言われたその女子学生は考えている。
祖母は自分達家族が遠く離れて寂しいとは言っていたが、
それが恨めしいとまでは言っていなかった。
そんな祖母が、自分達家族を破滅させるようなことを願って、
呪いの人形を遺したりするだろうか。
思案するその女子学生に、簾の向こうの相手が語りかける。
「もしも、その人形をお焚き上げしたいのであれば、
今すぐにでも行うことができます。
でもその場合、御祖母が込めた願いも消えてしまうでしょう。」
それが呪いだったのなら、
お焚き上げで祖母の願いを消すことで、両親の仕事も元に戻るだろうか。
そうすれば、自分も学校に通い続けることができるだろう。
でも、もしそれが呪いではなく呪いだったとしたら。
祖母は自分達家族のために何を願ってくれたのか、
それも分からないままに消し去ることになる。
その女子学生は結論を出すことが出来ず、ぐるぐると考え込んでしまった。
それから時間が経って、その日の夜遅く。
その女子学生は両親が待つ家に帰ってきた。
呪いの人形をどうしたのかと詰め寄る両親に、その女子学生は、
お焚き上げをして供養してもらったと応えると、
早々に自分の部屋に引っ込んでしまったのだった。
それからしばらく日付が過ぎても、
両親の仕事が以前のように上手くいくことは無かった。
収入が減った結果、家を手放すことになり、
家族三人は手狭なアパートに移り住むこととなった。
以前の一軒家とは違って、雨の日には雨漏りに悩まされるようなボロ屋。
しかし、その女子学生は自分の選択を後悔してはいない。
両親が家を手放すことで学費を工面してくれたので、
学校には通い続けることができている。
それは確かに幸せなことだが、後悔していない原因はそれだけではない。
理由は、両親と一緒にいられる時間が増えたから。
今回のことが切っ掛けだったのか、
どうしたことか両親の考え方が変わったらしい。
収入を第一にするのを止めて、
家族で一緒にいられる時間を増やしてくれるようになった。
両親共に家に帰ってくる時間が早くなって、
祖母と一緒に住んでいた頃のように、家族揃って夕飯を食べられるようになった。
今日も家族三人、豪華ではないけれど心が込められた手作りの夕飯を囲んでいる。
家族三人の表情は穏やかな笑顔。
そして、それを見つめる祖母の顔もまた、穏やかな笑顔になっていたのだった。
終わり。
お金はあるに越したことはないけれど、
そのための代償はどこまで許容できるだろう。
その一例を考えて物語にしてみました。
お金が無ければ往々にして時間も無くなるもので、
収入は減るけれども時間が手に入るというのは、稀な場合かもしれません。
この物語の世界では、人形に願いと魂を込められるという前提で、
女子学生が西洋人形をどうしたのか等、いくつかの場合が考えられます。
祖母の願いは叶ったのか、叶ったとしたらその願いは何だったのか。
家族揃って食事をしているのをどこから見ていたのか。
祖母の願いが呪いなのか呪いなのか、
変わってくると思います。
お読み頂きありがとうございました。