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第4話 不穏な空気

 居心地の悪そうなイングリッドに対し、ケルンは平然としている。好奇の視線を向けられるのに慣れているようだ。そこへ1組の夫妻が近づいてきた。2人とも30代前半くらいの上品な紳士と淑女である。


「レーガー侯爵、それに奥方も。お招き有難うございます」


 2人に向けてケルンが軽くお辞儀をする。


「思ってもいないくせに」

「それは言わない約束ですよ、フラウ・レーガー」


 くすくすと笑うレーガー夫人にケルンはおどけた様子で答える。


「まぁ、何にせよ、君が来てくれて嬉しいよ。招待しても君はなかなか出て来ないからな」


 レーガー侯爵が苦笑する。


「それで、そちらが君の奥方というわけだね」


 視線を向けられ、イングリッドは慌てて礼をする。


「イングリッドで御座います」

「可愛い方じゃない。良かったわね、ケルン」


 夫人が楽しそうに微笑んでいる。


「それじゃ、女同士で早速お話しさせてもらおうかしら?」


 レーガー夫人はイングリッドの手を取り、そのまま歩いていく。イングリッドはケルンに困惑の表情を向けるが、彼は1度頷いただけでレーガー侯爵と直ぐに何か話し始めた。

 夫人はイングリッドをホールの隅の丸いテーブルへと連れていく。メイドにスパークリングワインを持ってこさせた。


「どうぞ」

「あ、有難うございます」


 夫人に優雅に微笑まれて、イングリッドは更に恐縮してしまう。


「そんなに固くならないで」

「は、はい」


 そう言われても、公爵夫人なんて身分の高い人物と2人きりで話したことのないイングリッドには無理な話である。


「でも、貴女は幸運よ。ケルンは色々言われているけれど、良い人だもの」

「良い人……」


 人を攫って無理やり妻にするような男が?

 

イングリッドは反論しなかったが、顔には怪訝なものが浮かんでいた。


「貴方をあの男から守ったのですもの。感謝しないと」

「あの男から守った? ……それは、どういうことでしょう?」

「あら、ケルンから何も聞いていないの? それなら私からは何も言えないわ」


 夫人はしまった、とでも言うように困った顔になる。


「一体ケルンは何を……」


 イングリッドが問い質そうとしたとき、周囲が急に騒がしくなった。人々が一ヶ所を指差したり、注目している。イングリッドとレーガー夫人がそちらを見ると、ケルンが誰かに食って掛かられている。


「ケルン?」

「行っては駄目よっ」


 レーガー夫人が止める間もなくイングリッドは眉間に皺を寄せて彼の許へ急ぐ。

 ケルンが言い争っている相手にイングリッドは見覚えがあった。彼が彼女を攫った日に一緒にいたヘルマン子爵だ。

 少し前からイングリッドの父と親しくなり、おそらく彼女の結婚相手に、と考えていた人物。2人の妻を殺したと噂されているが、イングリッドには親切だった。彼女には何が真実かは分からないが、何となく彼には嫌なものを感じていた。

 そういう疑惑のある人だから、と偏見の目で見てしまっているだけだと、イングリッドは自分に言い聞かせてきた。


 でも、その彼が何でケルンと言い争ってるの?


「妻殺し対父親殺しか」

「なかなか面白い対決じゃないか」


 物見高い人々が2人を遠巻きに囲むように集まっている。その所為で、イングリッドはそれ以上先に行けず2人のやり取りを見守るしかなかった。


「盗人猛々しいとはこのことだな、山賊風情が!」

「ほう、それはどういうことですかな?」


 顔を真っ赤にして叫ぶヘルマンに対し、ケルンは冷ややかに答える。


「何を抜け抜けとっ……ベルク家の娘のことだ!」


 イングリッドはぎくりとした。ベルク家の娘とは彼女のことだからだ。


「私の妻が何か?」

「あれは私の物になるはずだった!」


 ヘルマンは苦々しい表情になる。 


「ベルク家は貴方への借金を返した。もう、貴方に娘をくれてやる理由はない」


 借金? 何、どういうこと?


「うるさい! いくら伯爵家とは言えこのような無礼許されんぞ!」

「では、どうするおつもりで?」


 ケルンが挑発するように鼻で笑う。


「私と彼女の結婚は既に正式に認められたものだ。今更覆しようがない。いくら騒いだところで無駄だぞ」

「決闘だ!」


 ヘルマンが叫んだ。周囲が興奮したようにさらに騒めく。


「ほう、決闘ですか」


 ケルンが目を細める。


「まさか、怖気づいたわけではあるまいな?」

「いいえ。ヘルマン子爵を殺してしまったら申し訳ないと思って。私は騎士団に居たものでね。多少の心得はあるのですよ」

「だから何だっ、田舎伯爵のくせに生意気な!」

「まぁ、そこまでおっしゃるならお受けしましょう。ハーヴェイ!」


 ケルンは凄みのある笑みを浮かべ、一人の従者の名を呼ぶ。すると、その瞬間を待っていたかのようにその従者がケルンに剣を恭しく差し出した。ヘルマンに突っかかられた時からこうなるのでは予想していた。


 イングリッドの前ではこうならない方が良かったんだが。


 ヘルマンの方も従者から同じく剣を受け取り鞘から引き抜く。彼は始めから決闘するつもりでケルンに近づいて来たのだった。そのことをケルンは訝しむ。


 はて、ヘルマン子爵は特別剣術に優れているとは聞いていないが……。そんな御仁が決闘とは。どこかから飛び道具でも出てくるかもしれんな。


 ケルンは従者達にそれとなく目配せすると、その意を察し、それとなく周囲へ散っていく。


「許しを乞うなら今だぞ、リーフェンシュタール伯。ベルク家の娘を渡せば許してやるぞ」


 ヘルマンが意地の悪そうな笑みを見せる。


「何故私がそのようなことを?」

「ふん! 死んでもらうぞ、リーフェンシュタール!」


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