8:学院編:メインヒロインと望まぬ邂逅
おまたせしました。
秋の蒼穹。小鳥達が食い物を探して飛び回る昼前時。王都ルナルダン郊外、王家所有の猟場に差し掛かる街道。
“偶然”に猟場遊歩へ行幸する王族御一行と、“偶然”遭遇したアイヴァン・ロッフェローの冒険者クラン『幼獣団』は王家尊崇の念から街道路肩にびしっと整列した。大事なことだから念を押す。“偶然”だ。“そういう事”になっている。
アイヴァン・ロッフェローが頭目を張る冒険者クラン、通称『妖獣団』は全員が黒い装備をまとっている。体育会系脳味噌のアイヴァンが手っ取り早く仲間意識を持たせようと“ユニフォーム”を採用したためだ。
ただし、単に装備の配色を黒で統一しただけで装備の規格統一を意味しない。
着衣は平服から冒険者用着衣など様々で、衣服の上にまとう装備の種類も雑多だ。中古の硬布防具から皮革装備、金属防具。盾のカタチも不揃いで、得物は刀剣類から鈍器、長柄物、弓、弩、弩銃とばっらばら。
悪し様に言えば、チームカラーを揃えた少年少女山賊団みたいなものだ。
そんなロッフェロー・ダンジョンワーカー・クラン『幼獣団』の先頭に立つアイヴァンは不機嫌面を隠さず、不満顔の団員達へぼやく。
「仕方ねェだろ。お前らは忘れてるだろうがな、俺にゃあ貴族のしがらみって奴があるんだよ」
アイヴァンを始めとする王都学院生冒険者――腕の立つ貴族子弟達は普段、学業があるためクラン総出の本格的なダンジョン・アタックの機会は週1、2回程度。また、アイヴァンは団員個人のダンジョン潜りに厳格な制限を課し、日々を訓練に当てていた。よって、団員達がダンジョンに潜れる機会はクラン総出を含めて週3回程度なのだ。
貧乏冒険者が毎日休まずダンジョンに潜って、ようやく食いつないでいることを考えれば、アイヴァンのダンジョン・アタックが相応に稼いでいることが分かろう。
ゆえに、幼獣団の団員達は貴重なダンジョン・アタックの機会を、王族の閲兵という“一銭にもならないイベント”へ費やすことに不満を抱いていた。底辺平民である彼らにしてみれば、王族のお褒めの言葉より、本日の飯代だ。
では、王都学院の貴族子女達は閲兵の栄に喜んでいるかと言えば、
「下手に王族関係者と関わり合いを持つからだ」「付き合う相手を選べっつの。デカパイか? あのデカパイに目が眩んだのか?」「面倒ごとに巻き込みやがってボンクラ団長め」「実家への仕送りが減ると『お兄ちゃん、おかずが一品減った』て手紙が届くんだぞコノヤロー」
ブチブチと文句を垂れていた。
大身貴族や有力貴族になれば、政治や利権の絡みで王族と関わることに意義や価値もあるし、立場上そうした面倒事を避けられない。
ロッフェロー家のような木っ端男爵家や下っ端世襲騎士家なんぞが王族と下手に関わっても、複雑な利害関係や人間関係などで磨り潰される危険性が高く、メリットよりデメリットが大きい。
王都学院卒業後は実家から放逐されるような次男坊以下の連中も似たようなものだ。王族の知己を得て仕官や就職のクチを得られるかもしれない。ただし、その場合は自動的に派閥へ組み込まれて面倒と厄介の絶えない人生が待つ。凡百転生者のほざくスローライフなど夢のまた夢だ。
要するに王族という強力な権威を利用するには、当事者に相応の身代や器量、能力が求められる。が、『幼獣団』に所属する王都学院生はモブ貴族子弟で、実家の身代も当人の器量や能力も平平凡凡。そんな彼らは王族と関わってもデメリットしかないことを重々理解していた。
だから『名誉? それより金だ。金を稼がせろ』というのが本音。
「ああああああっ! どいつもこいつもブチブチうっせェなっ! 黙ってろぃっ!」
アイヴァンが怒鳴り飛ばしていると、王族御一行の先触れ(先行偵察ともいう)がやってきた。
煌びやかな軽甲冑を着込み、美しい白馬にまたがった女騎士見習い――エルズベス・フォン・アイトナだ。大きな曲線を描く胸甲がエロい。
「各々方御苦労っ! 間もなく御一行が通られるっ! 粗相無きようにっ!」
「聞こえたな、お前ら。きっちりお行儀よくしろよ」
「ロッフェロー。貴殿の物言いは完全に山賊頭目のソレだぞ」
エルズベスはくすりと笑い、巧みに馬首を返して道を引き返していく。
「ほえー……あれぞ御貴族様のお嬢様って感じ」
エルズベスの背を憧憬の目で見送った貧困街出の少女が呟くと、学院生達が不機嫌面を浮かべる。
「おい、俺達も御貴族様だぞ」「おうコラァ。私だって貴族御令嬢だぞ。チヤホヤするんだよ、あくしろよ」「貧乏じゃなければ……貧乏が憎いっ!」「金があったら筋肉ゴリラの下で冒険者なんかやってねーっつの」「これもそれもあれも貧乏が悪い」
底辺貴族子女達が次々と愚痴と怨嗟と泣き言をこぼし、
「一緒にご飯食べて駄弁るだけでお金くれるオジサンとかいないかなー……」
副団長として冷静冷徹なアーシェが頭の悪い戯言を吐く。
アイヴァンは思う。
こんな連中が貴族の坊ちゃん嬢ちゃんとか終わってんな。
★
騎乗した数人の護衛騎士と徒歩の雑役を伴い、瀟洒な馬車が悠々とやってきた。馬車には三頭鷲の王家紋旗と王女が乗車していることを示す白薔薇紋が掲げられている。
「総員、礼っ!」
副団長のアーシェが凛とした声で号令を発し、黒衣の幼獣達は被り物を脱ぎ、胸に手を当てて目礼の姿勢を取る。
叙任された騎士でも王家の兵でもないので、剣を捧げたりといったことは“できない”。また、拝謁の栄もないのでひざまずくこともない。車上からの簡易な閲兵ならこんなもんである。
後で寸志くらいくれねーかなぁ。アイヴァンはそんなことを考えながら、王女御一行へ目礼していた。
事前にエルズベスから受けた説明では、アイヴァンの前で馬車が一旦停車し、一言二言『お言葉』を賜って閲兵は終了。ま、貧乏ガキンチョ冒険者クランには十分な栄えであろう。
予定通り、馬車が停車した。
護衛騎士長らしき壮年男性が下馬して馬車の乗降ドアの許へ行く。
後は馬車内の王女が護衛騎士長に『お言葉』を伝え、騎士団長から『お言葉』を聞かされ、へへーありがたやぁ、と頭を深々と下げるだけだ(絶対的身分制度社会では貴顕が許さない限り、下々と直に会話することは無いんやで。どっかのラノベみたいに主人公が無礼な口を利いたら首がちょんぱもあり得るゾ)。
護衛騎士長が困惑気味にアイヴァン達へ顔向け、
「王女殿下のおなりであるっ!!」
は? と言いたげにアイヴァン達は目を瞬たかせた、直後。
がちゃり。
馬車のドアが開き、優美な白絹の着衣に紺色のショールを羽織ったピンク髪の美少女が姿を見せた。
「そ、総員、平伏せよっ!」
泡食ったアイヴァンの号令に、慌てた幼獣達がガチャガチャと装備を鳴らしながら無様に跪く。平民は両膝を。貴族子女は片膝を地につけ、深々と頭を下げた。
心臓に悪いサプライズかましおってっ! メインヒロインAめ、俺を殺しにきたのかっ!
冷や汗顔のアイヴァンが被害妄想に励んでいると、アンナローズが小さく首肯し、護衛騎士長が野太い声を放つ。
「王女殿下の御尊顔拝謁を許すっ! 者共、顔を挙げよっ!」
アイヴァンは心中の激憤を見事に隠して顔を上げた。前世サラリマン生活で体得した表情筋制御術は伊達ではない。
「代表者は誰かっ!」
「自分であります。ロッフェロー男爵家家督相続予定人アイヴァンと申します。この者達を率い、冒険者クランの代表を担っております。此度の無礼の段、なにとぞ御寛恕賜りたく」
卑屈なほど丁寧に名乗るアイヴァンに、アンナローズが小さく首肯して騎士団長が告げた。
「王女殿下が御言葉を下賜されるっ! 心して拝聴すべしっ!」
”白薔薇”アンナローズはその美麗極まる容姿に相応しい、玲瓏な声で幼獣達へ語りかけた。
「ロッフェロー卿とそのクラン団員の忠節、大儀です。冒険者の仕事は大変な危険を伴うと聞いております。皆に大過無きよう私も神の御加護を祈りましょう」
「賤業に勤しむ身になんともったいなき御言葉っ! 感謝の極みッ!!」
なんでこんな茶番をせにゃならんのだ、と内心で毒づきながら、アイヴァンは深々と一礼し、団員達も倣って頭を下げた。
「ロッフェロー卿」
アンナローズが言った。
「よろしければ、此度の猟場遊歩に同道なさいませんか?」
「……ほぁっ!?」
予想の斜め上の行く提案を聞かされ、アイヴァンの口から変な声が出た。護衛騎士長が殺意混じりの眼光を飛ばし、殺気を浴びて我に返ったアイヴァンは大急ぎで頭を下げる。
「お、王女殿下のお求めとあらば、否やがあろうはずもございませんッ!!」
「快いお答え、良きかな」
アンナローズはエルズベスへ告げた。
「エル。ロッフェロー卿を猟場に案内して差し上げて。私達は先に」
「承知っ!」
エルズベスが即座に快諾し、アンナローズはアイヴァンと幼獣達へ微笑む。
「それでは、皆さん。御機嫌好う」
へへぇーっとアイヴァン達は頭を下げる。
アイヴァンは頭を抱えて叫びだしたい衝動に駆られていた。
何なんだこの展開はよぉおおおおおおおおおおおおおおっ!
★
『黒鉄と白薔薇のワーグネル』の舞台、マーセルヌ王国の現国王には4人の子供がいる。
先妻の間に生まれた3人の王子。御手付きで生まれた末子の王女(母は産褥熱で死亡)。
王女――メインヒロインAこと“白薔薇”アンナローズはいわゆる庶子だったが、女児だったので国王は娘として認知し、王女として扱うことにした。
これは王子が三人も健在であるため、“安心して”政略婚に利用できるからだ。王の判断は父親としてはゲロ以下だが、権力者としては妥当だ。王侯貴顕は我が子を権益に利用してナンボだから。
こう記すと白薔薇アンナローズはさも冷遇されて育ったように思われるかもしれないが、その扱いは決して悪くない。
当然だろう? 家畜だって愛情を注いで育てれば商品価値がより高くなる。
ただまあ、継母たる王妃は情理からアンナローズを可愛がることは無かったし、年の離れた長男次男にしてもアンナローズは妹というより王家の政治的道具に過ぎなかった。歳の近い三男坊は割合、立場的にも近しいことからアンナローズに友好的だったものの、それとて『王家の中では』という但し書きが付くレベルだ。
でもって製造責任者の国王はアンナローズを可愛がった。それなりに。
いうなれば、有責離婚した男が偶に良心の咎めと父性の疼きから、女房の引き取った子供に会ったり贈り物をしたりするような可愛がり方に近いだろうか。
国王は愛情こそ気まぐれだったが、その他に関してはきちんと不足なく与えていた。衣食住は王女に相応しい格式の物が揃えられ、教育はしっかり施され、侍女はもちろん、エルズベスのような将来を見据えた同年代の人員も配されている。
相談役を除いて。
王子達には侍従や学友の外に“相談役”が用意されていた。相談役は歳費外の雑費(使途報告したくないもの――たとえばエロ本とか――を購入する費用)を負担するパトロンであり、ちょっとした面倒を片付ける用心棒であり、あれやこれやと面倒を見る世話役である。
傅役を兼ねる場合もあり、その場合は幼少期からお仕えする。
王太子である長男は大身公爵家が、スペアである次男はそこそこ名のある伯爵家が、余り者の三男坊には家柄だけはしっかりした世襲騎士家が相談役に就いている。
王女アンナローズにはこの相談役がまだ与えられなかった。
これは『将来、政略結婚する時に変な紐が付いていては面倒だ。エルズベスのような“近侍”が居れば充分だろ』という方針があったから。王家にしてみれば、適切な処置だろう。
まあ、王家にとって適切でも、本人やその周辺に適切とは限らない。
アンナローズは以前から相談役が欲しかった。
彼女は王家に都合が良い御人形として育てられきたが、自我を持った一人の人間である以上、彼女自身の信念や心情、思想に主張、願望、欲求などがある。
そのために相談役が必要だった。
エルズベスがアンナローズに語って聞かせていた“興味深き同級生”は、条件にぴったり合いそうだった。父王や継母王妃、兄王子達を刺激しないという政治的条件に。
――といった事情を猟場への道中、エルズベスからそれとなく聞かされ、アイヴァンはげんなり顔を浮かべた。
故郷で床に伏している祖父が聞けば、王家への御奉公を喜んだかもしれない。しかし、“シナリオ”を引っ掻き回してこの世界に特大級のクソをなすりつけたいアイヴァンは、まったく喜べない。
『悪役貴族に転生したけど死にたくないので生存ムーブを頑張りましゅぅ~』という奴なら、この話は渡りに船だったかもしれない。主人公様御一行にしれっと混ざって主人公のおこぼれに与るチャンスかもしれない。されど、この世界を憎悪する破滅願望者アイヴァンにはあり得ない選択肢だ。
あるいは、ここでメインヒロインの傍に侍り、上手いこと誑かして悪の道や破滅の道を進ませる悪の道化師ムーブや、最も致命的な場面で裏切る『最も信頼される背信者』ムーブを採ることもできるかもしれない。
だが、脳筋ゴリラ野郎アイヴァンにとって、そんなムーブは正面切って暴れる力も根性も無い知恵者気取りのマス掻き野郎がすることだ。性に合わん。
アイヴァンは鼻息をつく。
まったく良い迷惑だ。
★
猟場に張られた天幕の中で、メインヒロイン“白薔薇”アンナローズは優雅にお茶を嗜んでいた。
優美な白絹衣装と紺色のショール。桃色髪のゆるふわ長髪。双眸の瞳はエメラルド色。端正な細面。中背に出るとこが出て、絞るところが絞られた体付きはとても15歳には見えず、なんとも背徳的な色気がある。
ま、和ゲーのキャラデザは基本的にオタクの性欲を刺激する方向へ進んでいる(近年の課金ゲーは特にその傾向が強い)。エルズベスもこの御姫様もそうした文脈の一例に過ぎない。
アイヴァンは一礼して天幕に入り、再び一礼する。
「殿下。本日は斯様な場にお招きいただき、恐悦至極にございます」
「この場は私的なもの。そのように肩ひじ張らずともよろしいですよ、ロッフェロー卿。さ、おかけになって」
柔らかく微笑むアンナローズに対し、
「恐縮です」
アイヴァンは態度を弛緩させることなく、丁寧に首肯して着席する。
だいたい無礼講とか言う上司に限って酒の席の立ち振る舞いをきっちり見ているものだ。同期の山本が新年会で部長にエロガッパと言い放ち、新年度になってすぐさま単身赴任させられたから間違いない。
天幕内には護衛騎士長の壮年男性に女騎士見習いのエルズベス、それと予備知識として知っている貧乳の美少女がいた。
緑髪のボブにウサギっぽい愛らしい顔立ち。小柄で華奢な体を青いワンピースで包み、黒いフード付きマントを羽織って、傍らに魔玉をはめた杖を備えている。
メインキャラ兼サブヒロインの一人で女騎士エルズベスと共に“白薔薇”アンナローズの近侍を務める魔法少女、もとい――
女魔導士ラーレイン・フォン・ガッサ。
ゲーム本編ではメインヒロインのアンナローズと共に来年、王都学院に入学してきて、先輩にして王女近侍仲間のエルズベスと凸凹コンビ振りを発揮する。エルズベスと一緒に主人公様を『スゴイッ!』と持ち上げるヨイショ役の一人でもある。
ゲームキャラの性能としては、序盤中盤は主力ながら、後半は補欠落ちもありえる一軍半選手だ。決して弱キャラではないのだが、パラ的にいまいち突き抜け具合が足りない。
ラーレインはしげしげとアイヴァンを見つめ、次いでエルズベスの胸元――大きな曲線を描く胸甲をねっとりと見つめ、呟く。
「この筋骨たくましい大男を倒すとは……エルのおっぱいは凄い。悔しいが負けを認めざるを得ない……」
唐突に貧乳ロリがしょんぼり顔で下世話なことを言い出した。しかも、自分のまな板胸を弄りながら。
「ちょ、おま、いきなり何言ってだっ!」
エルズベスが羞恥で顔を赤くし、眉目を吊り上げながら、両手で胸元を隠す。くすくすと柔らかく笑うアンナローズにアイヴァンはメインヒロインの貫禄を見た。
「ガッサ嬢。異性の前で斯様な発言は控えたまえ……」と護衛騎士長が眉間を押さえて呻く。
その苦労人の雰囲気が滲む横顔に、アイヴァンは記憶が刺激される。
あれ? このオヤジ、なんかのイベントにワンポイントで出るんだっけか? んー……思い出せん。つまり、俺以下の木っ端役だな。
記憶の検索を放棄し、アイヴァンはゆっくりと鼻息をついていると、侍女が湯気を燻らせる白磁のカップを持ってきた。
ココアだった。
「ロッフェロー卿。私達に合わせてココアにしたけれど、よかったかしら」
「もちろんです。いただきます」
アイヴァンはアンナローズに応じ、カップを口に運ぶ。
ちなみに、ココアは産業革命で食品加工技術が向上した時代に開発されたものだから、中近世では本来ありえないぞ。フワッとしてんな、この世界。
ココアの優しい風味と甘みにアイヴァンの記憶が強く刺激された。前世の子供達が脳裏によぎる。ココアを飲んで『美味しい』と微笑む幼い子供達を思い出し、自分を転生させた神に対する憎悪と怨恨が瞬間、爆発し掛ける。
アイヴァンはこんな調子で常にクソ神への憎悪と怨恨を新たにし、この世界と“シナリオ”に対する悪意と敵意を補強し続けている。完全にビョーキだ。
「……美味しいです」
荒れ狂う内心を隠すように瞑目し、感想を呟くアイヴァン。
アンナローズはにっこりと微笑む。
「喜んでもらえたならよかった。ロッフェロー卿。いろいろお話を伺いたいのだけれど、よろしいかしら?」
「なんなりと」
アイヴァンは取引先の面倒臭い担当者を相手にする時のようなアルカイックスマイルで応じた。
他にどう答えろというのか。
★
アイヴァンが韜晦気味にメインヒロインと茶会をしている頃、『幼獣団』は予定通り王都郊外の『オルタミラ遺宮』に潜り、金稼ぎに勤しんでいた。
「今回の件、姫殿下の派閥づくりかな?」
左耳の欠けた男子学院生が魔石の回収作業を見つめながら、学院の同期にあたるアーシュに問う。アイヴァンを相手にするよりずっと丁寧な口調なのは御愛嬌。
アーシェはつまらなそうに応じた。
「その前段階だろう。殿下は来年、学院へ御入学される。本格的な閥作りに備えてパトロンとケツ持ちが事前に居た方が都合良いからな」
アイヴァンは男爵家とは別に個人で冒険者クランという武力を持ち、クランによって男爵家とは別口の収入を得ている。これは色々都合が良い。
「ロッフェローは姫殿下の閥に入ると思うか?」と男子学院生。
「無いな」とアーシェは即答し「アイツはスラムで撲殺男爵って呼ばれてるんだぞ。いくらなんでも王女殿下の相談役に撲殺男爵は付けられんだろ」
貧民街の通りでチンピラとその手下共を殴り殺した一件以来、住民はアイヴァンを『撲殺男爵』と恐れており、その異名はスラムからスラムの冒険者を通じて貴族子弟冒険者に伝わり、そこから貴族界へも流れていた。じきに王女殿下の耳にも届くだろう。
体裁と風聞が悪すぎるから、相談役に就くことはまずあるまい。
それでも――資金援助者くらいにはなるかもしれない。アイヴァンの立場と状況はそういう『都合の良さ』を有しているから。
アーシェはこの場に居ない”共同事業者”を思う。
ロッフェロー。もしも下手を打ったら、今後お前の取り分を減らすからな。




