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7:学院編:筋肉ゴリラと幼獣の群れ

お待たせしました。

 晩秋の夕暮れ。寒気の強まった逢魔が時。


『オルタミラ遺跡』から真っ黒な装備で身を固めた、少年少女の一団がざっざっざと隊伍を組んで出てきた。


 さながら軍隊のようだが、その内実は貧乏貴族の子女に先行き不安な貴族次子以下の王都学院生達、貧民街の孤児、困窮の酷い地方から流れてきたガキ共、実力不足でろくに食えない少年冒険者達だった。


 彼らは一様に疲れ果て、装備も体も傷だらけで酷く汚れていた。肩を借りて何とか歩いている者や担がれている者は一人や二人ではない。

 しかし、誰も彼もが餓狼みたくガンギマリの目つきをしていた。片腕がへし折れている少年も顔に包帯を巻いた少女も、抜身の戦場刀のような気配を発しており、ベテラン冒険者すら道を譲っている。


 こいつらは夏頃に結成されたばかりの新興の若手クランで、一言で言って――

 ヤバい。


 装備も実力も伴わないうちから中層以下へ挑み、死傷者をジャンジャカ出していた。身の程知らずに無茶をする冒険者や、新人や年少者を肉盾や囮にする冒険者は珍しくないが、こいつらは全員が命をチップに金を稼ぐことにガチンコの狂犬共だ。


 階層ボスへ立ち向かう彼らの、気が触れた獣みたいな姿から、ついた二つ名は『幼獣団(ベイビー・ビースト)』。

 その獰猛な幼獣共を率いるのは、とても十代半ばとは思えぬ巨躯の少年アイヴァン・ロッフェローだ。


 アイヴァンは肩越しに団員達を窺い、密やかに嘆息をこぼす。

 ――やっちまった。


        ★


 先に述べたように(6を参照のこと)、アイヴァンは女狐アーシェ・クルバッハの口車に乗った。アーシェは自身と同じようにワケアリかつ金が必要で仕方ない貧乏学院生達と、金に困っていて危険を冒すことも辞さない少年少女冒険者達をすぐさま集めた。どうやら既に人材の目星をつけていたらしい。長く計画していただけに動きが早い。


 が、貧乏学院生達と貧乏若手冒険者達の組織化は容易くなかった。


 貴賤の身分差や階級差別が厳しい時代であるし、アイヴァンもナリはともかく16のクソガキである。年下連中は別として、年上の連中は自分より年下へ素直に従うことを良しとしなかった。


 アイヴァンは手っ取り早い人心掌握策を採った。

 文句のある奴全員と手合わせし、ぶっ飛ばしたのだ。


 こうしてボス猿決定戦を済ませ、見事アルファ・オスとなったアイヴァンだったが、苦労は始まったばかり。なんせ学院生達はともかく、若手冒険者達は学も教養もへったくれもなく、組織活動はおろか、パーティ運営さえろくに出来ていない連中だった。


 教育の時間である。


 アイヴァンの前世は軍事オタクでも何でもない。自衛隊式や海兵隊式の訓練術など知らない。が、彼は日本式体育の経験者であり、ある意味で軍隊より軍隊的なガチの部活動に勤しんでいた過去がある。


 ナチス・ドイツが将来の軍事人的資源のため、青少年の教育にスポーツを重視していたことは有名だ。これは大日本帝国にも言えることで、現代日本教育制度や体育にその名残があった。


 そして、体育会系部活――文系のモヤシ共が小馬鹿にする脳筋ゴリラ共の戯れは、それこそ組織に従属することの基礎を学ぶ。組織の理不尽と不条理とクソさ加減も併せて学ぶ。


 アイヴァンは男爵家相続予定人という肩書と腕力でこのチビ獣共の頭目となった後、体育の方法で集団行動を仕込み、部活動と会社勤めの経験を用いて組織の規律と秩序を叩きこんだ。


 こうしてなんとか最低限の組織戦闘が可能な多人数クラン、超絶体育会系のダンジョン・アタック部『幼獣団』が誕生した。


 ここで気を抜いたアイヴァンはやらかした。やらかしてしまった。


 初陣に先駆け、アイヴァンは団員達へ訓話を発した。

 ――命を懸けた分だけ稼がせてやるっ! だから俺に従えっ! 俺がお前らに稼がせている間は、俺に従って命を張れっ! 俺が稼がせられなくなったら、見限るも裏切るも好きにしろっ!


 やらかしである。

 アイヴァンはとっては発破をかけた程度の発言であったが、団員達はこれを『宣誓』や『契約』と捉えたのだ。


 かくて団員達はアイヴァンの訓話通り、命令に従い、命を懸け、命を張っている。まるで飢えた狼の群れみたいにモンスター達を狩り、強大な階層ボスに怯むことなく、仲間が倒れようとお構いなしに戦い続けている。


 ぎらぎらぎらぎらした獣のような目つきで。


     ★


 ――俺はもっと、こう、なんというか悪役貴族らしく、ちょっと腕の立つチンピラ共でも良かったんだが。『さっすがアイヴァン様は話がわっかるー』みたいな。


 それがどうよ。アイヴァンは再び背後を窺う。

 貧乏貴族の倅と小娘達は目をギラギラさせているし、貴族次子以下の連中も野犬みたいな目つきだ。貧困街の孤児共と困窮農村から流れてきたガキどもに至っては、目が血走っている。まるで後先をかなぐり捨てた死兵みたいだ。こえーよ。


 冒険者らしい未知や驚異に心を躍らせることもなく、戦闘などでスリルを楽しむこともない。ただ稼ぐ。金を稼ぐ。鉄貨一枚でも多く稼ぐ。そのためなら怪我をしても良い。命を張ってやる。冒険なんざクソ食らえ。スリルなんか要らん。金だ。金を稼がせろ。


 貧困という底無しの地獄に生きてきた彼らにとって、稼げる、食っていける、という事実は何物にも勝るのだ。


 その凶暴な眼差しは絶えずアイヴァンの背中にも向いている。

 稼がせてくれるうちは約束通りどんな無茶も危険も応えてやる。だが、約束通り稼げなくなったら即座に見捨てるぞ。いいか、俺達を稼がせろ。それが俺達を地獄へ引きずり込んだお前の責任だ。


 アイヴァンは目を覆いたくなる衝動に駆られた。

 ――どうしてこうなった。俺は『エンジョイ&エキサイティング!』とか叫ぶ集団でよかったのに。これじゃ自分で死亡フラグをこさえたみてーじゃねーか。


「わずかひと季節でこれほど稼げる集団になるとは。私は人を見る目があったな」

 傍らを歩くアーシェがにやりと微笑む。


 ――この女狐、人の気も知らんと抜かしよってからに。

 アイヴァンは口元を大きく歪め、への字を描く。


 たかだか一月の集中訓練とひと季節の実戦経験で精鋭集団になどならない。そもそも元が経験も実力も装備もないガキ共の群れ。まともな戦力は学院生と一部の冒険者崩れくらいだ。その連中にしたって、ゲーム的に言えば低レベルのモブだった。


 個が全く頼りにならないのだから衆に恃んで挑むしかなく、それでも足りない分を練度向上と装備と戦術で補った。人件費以外の儲けを全部突っ込んで団員の装備を強化し、見込みのある者達を班長にして、班単位で攻撃、防御、援護、周辺警戒でこなす。戦術は班長で話し合い、金床と鎚や釣り野伏など戦術を模索し、訓練をひたすら重ね、実戦で試し、あれこれ修正してまた訓練。


 ここまでやってようやく死人を出すことが減った。負傷者は依然多いままだが……団員達は気にも留めてない。金が稼げる限り、彼らは自分や仲間の流血を気にも留めない。

 はっきり言って、イカレている。


 周囲の冒険者達がアイヴァン達をなんとも薄気味悪そうに見ていた。妥当な反応であろう。


 アイヴァンは堪え切れず溜息を吐いた。

 ――風俗代が稼げりゃあそれで良かったんだがなぁ。


        〇


 ガキの集まりが金を稼ぎ始めれば、悪い大人が近づいてくる――通り相場だ。

 頭目兼ケツ持ちが木っ端男爵家の暫定当主の小僧となれば、銭を稼ぐ団員がさも美味しい獲物に見えたのだろう。


 大間違いである。


 ごん、ごん、ごん、と不気味な音色が貧民街の通りに幾度も響く。


 衆人環視の中、通りの真ん中でアイヴァンの大きな拳がチンピラの顔面を殴り潰していた。

 チンピラの周りにはダンビラを持った手下達が数人、自身の血反吐に沈んでいる。全員、無手無腰のアイヴァンにぶちのめされ、半死半生状態だった。いや、七割方死にかけている。


「俺を知りながらウチのモンに手ェ出しやがってッ!! ロッフェロー男爵家を舐めてんじゃねーぞ、チンピラァッ!!」

 顔や着衣に返り血を浴びながら、アイヴァンは罵倒と共にチンピラの顔面へ真っ赤な拳を叩きこむ。


 自力救済の時代、貴族の本質は“戦う人”であった。彼らが領民から税金を取る原初の名目は保護費だった。早い話、ショバ代を巻き上げるヤクザである。その面目を潰せば、命のやり取りしか生じない。


 アイヴァンはぼろ雑巾みたいになったチンピラを軽々と掲げ持ち、貧民街の通りを見回し、

「俺の団員、俺の団員の家族を食い物にする奴はこうなる。わかったかクソ貧乏人共っ!」

 雄叫びと共に再びチンピラを思い切りぶん殴り、数メートルほどぶっ飛ばす。


 通りの端まで転がった血達磨のチンピラは、顔面が完全に潰れ、喉からイビキのような音を発していたが、アイヴァンは無視して踵を返し、件の団員へ拳骨を落とす。


「テメェも問題がデカくなってから話を持ち込むんじゃねーよっ! 報告連絡相談はきっちりしろって言っただろうがっ!」

「さーせんっ!!」


 続いて、団員の上役にあたる班長の頭にも拳骨を落とす。


「テメェの組下だろうがっ! きっちり面倒見ろっ!」

「申し訳ありませんっ!!」


 アイヴァンは不機嫌面を崩すことなく貧民街を出ていく。住民達は悪鬼羅刹を前にしたように道を譲っていく。

 獰猛な幼獣を率いる頭目アイヴァン・ロッフェローが一番危険なケダモノであることを、誰もが理解した。

 団員達もまた理解を新たにする。

『宣誓と契約』が有効なうちは、この男についていこう。


        ★


「頭の芯まで筋肉で出来ていそうな見た目で事務仕事も得意とは。領地を経営する男爵家の跡継ぎは多芸だな」

 王都学院の配食堂にて、アイヴァンが軽食を摘まみながら団の経理仕事をしていると、警戒すべきメインキャラにしてサブヒロイン:エルズベス嬢がやってきて、傍らに腰を下ろす。


 依然、アイヴァンはエルズベスとのかかわりを避け続けていた。しかし、エルズベスは先の実技訓練で剣を交えて以来、アイヴァンを好敵手と見做して話しかけてくるようになっていた。


 近づくな。俺が死ぬ。アイヴァンはいつものように心の中でぼやく。


「……なんか用か?」

「貴殿。学院生を含めた私兵集団を立ち上げ、ダンジョンで練兵しているそうではないか」

「そんな“甘いもん”じゃねえよ」

 アイヴァンは眉目を吊り上げて毒づく。


 あいつらダンジョン潜って稼ぎがショボかった時、血走った眼で俺を睨むんだぞっ! 金の切れ目が来た時、どんな事態になるか恐ろしくてしゃーないわっ!


「? そうなのか? よくわからんが……」

 エルズベスは小首を傾げつつ、居住まいを正して本題を言った。

「然るやんごとなき御方が貴殿の私兵部隊を閲兵したいと仰せだ」


 は? なにそれ。そんなイベント知らないんですけど。

 アイヴァンが顔をひきつらせた。

「ちょ、ちょっと待て。なんだそれは。ありゃ私兵部隊じゃねェ。名目上、俺が頭張ってるだけの単なる冒険者のクランだ。やんごとない方にお見せするようなもんじゃねえよっ!」


「ロッフェロー」エルズベスが真剣な面持ちで「分かっていると思うが、貴殿の意志は関係ない。斯方々がお望みならば、我々は諾と応じる他無いのだ」


 出たよ、和製ファンタジー特有の意味不明な絶対王制の絶対権力っ!


 ぐぬぬぬとアイヴァンは唸り、それでも何とか条件を吐き出す。

「公式にはダメだ。非公式の場で内々に。如何に御不興を買おうとそれ以外ではとても受けられん。お行儀の良い騎士隊じゃねえんだ。礼儀だなんだの責任を負いきれん」


「了解した。そう御報告しよう」

 邪魔したな、とエルズベスは腰を上げ、不思議そうに問う。

「そうだ。貴殿、なぜ秋の競技会に出場しなかったのだ? 貴殿との試合を楽しみにしていたのだが」


「ダンジョン潜りでそれどころじゃなかったんだよ」

 真実半分嘘半分である。


 たしかにダンジョン潜りで忙しかった。団員達の『稼がせろ稼がせろ稼がせろ』という血走った目のプレッシャーに気圧され、暇さえあればダンジョンに潜りまくっていたのだから。


 一方で、アイヴァンは意図的に競技会を避けた。当たり前だ。下手に目立ってエルズベスや他のネームドと関わりたくない。本編開始前に死亡フラグを立てるなど御免被る。


 まあ、こうして全く想定外のイベントをぶっこまれたのだから、アイヴァンのフラグ管理などたかが知れているわけだが。


 去っていくデカパイ・エルズベスの背中を見送り、アイヴァンは溜息を吐いた。

 やんごとない御方って絶対に“あいつ”だろ。


『黒鉄と白薔薇のワーグネル』の公式メインヒロインにして、主人公様ハーレムの栄えあるナンバー01。エルズベスの主君。

 マーセルヌ王国の王女“白薔薇”アンナローズ。



 アイヴァンは目を覆った。

 ちきしょう。

 俺は風俗に行きたかっただけなのに。


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[一言] この環境でエンジョイ&エキサイティング!に心得を変更したらもう道が一つしか残されない…
[良い点] これから主人公はどうなってしまうのか... これからも投稿頑張ってください! ★★★★★!
[一言] このインテリゴリライオン、自分で立てた恋愛フラグとか死亡フラグ気付かずに踏み潰してそのまま雄叫び上げながらドラミングしそう
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