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4:学院編:ダンジョンだってあるよ、和ゲー世界だもの。

お待たせ申した。

 入学から3ヶ月。季節は春から夏に移っており、生徒達の制服姿は夏服に変わっている。

 中近世ファンタジーなのに、半袖ワイシャツとスラックス風ズボンという姿に、ゲーム会社は違和感を覚えなかったのだろうか。まあ、女子がミニスカの時点で野暮な疑問だが。


 さて、先の実技授業において、メインキャラにしてサブヒロインの一人エルズベス・フォン・アイトナに敗れたアイヴァンは、日課の鍛錬を止めて代わりに静修を行っていた。


 自室で座禅を組み、目を瞑って黙想し続ける。


 10年。10年だぞ。10年だぞ。ひたすら飯食って体鍛えて……飯食って技鍛えて……筋肉ゴリラになるまで練り上げた結果があの様だと……っ! 俺の腕回りの半分にも足りない細腕の小娘に崩されただと……っ!?


 こめかみに青筋が浮かび、体がわなわなと震え始めた。


 ネームドのメインキャラ様はこのクソゲー世界に愛されてるってかぁ……っ!? ざっけんなクソッタレがぁ……っ!


 魂の芯で燃え続けている憎悪と怨恨と憤怒が一層激しく炎上し、血が沸騰して筋骨がみしみしと軋む。突発的に大声で喚き散らし、部屋にある物を手当たり次第破壊し、拳で壁を粉砕したい衝動に駆られる。

 が、必死に理性で堪える。能う限りの自制心を働かせて大きく深呼吸。


 ……いや、こう考えるんだ。ゲーム本編前にこの事実を知ることが出来て良かったと。対策を取る時間を得たと。俺がこのまま体と技を鍛えても、クソ主人公御一行が成長して強くなったら、逆立ちしても勝てねェと。


 ふぅうううう、とエンジン排気みたく息を吐き、魂を焼く熱量をなんとか下げる。


 何か手がいる。戦術戦略で奴らを追い詰めるか? 木っ端貴族の小倅が腐敗国家で戦術戦略に関与する立場にまで出世する方がキツいわボケが。そもそも俺はミリオタでも何でもねーんだ。戦争の手練手管なんぞ知らん……まあいい。この辺りは本職(せんせい)から学ぼう。


 ネームドを仲間に引き込むか? 腐れ主人公がどんなルートを選ぶか分からねェのにンな博奕ぁできねェ。仲良くなりました死亡確定です、とか泣くに泣けんわチキショーめ。


 ……まず装備だな。装備で“不足分”を補うしかねェ。グレードの高い装備を持ちゃあ、木っ端悪役だって主人公御一行の二軍くらいはガチンコでやり合えるはずだ。


 次に、戦力だ。国軍じゃない。俺個人の兵隊が要る。俺の命令に忠実で俺の悪役ムーブに付き従える奴ら。領民はダメだ。善良すぎる。俺の悪役ムーブに付いてこれそうにねェ。賊か犯罪者の類を使うか? 使い捨てるにゃあ良いが、手駒としちゃあ厳しい。なんぞ手を考えねば。


 ただ……アイヴァンはエルズベスと戦ってうっすらと理解した。おそらく、どれだけ自身を鍛え上げ、装備を固め、戦力を整えても、主人公御一行と殴り合いでは勝てないだろうと。


 そういう世界で、そういうシナリオだから。

 クソ神め。呪われろ。


 まあ……手が無いわけじゃない。

 アイヴァンは前世の学生時代、部活の先輩の言葉を思い出す。


 ――敵の強いところを避けて弱いところを徹底的に叩く。それが戦術だ。卑怯? お前は馬鹿か? 俺達は勝つために毎日毎日クソ練習してるんだろうが。ロマンを追求したいなら同好会でも作って遊んでろ。


 素晴らしい教えだ。まさに悪役ムーブ。木原先輩、俺ぁやったりますよっ!!


 木原先輩は悪役ムーブを指南したわけではないのだが。ともかく冷静さを取り戻し、アイヴァンは先の訓練を見つめ直す。


 怒りに我を忘れてあの小娘を殺そうとしちまった。あれは不味かった。本編開始前にゲームオーバーしかねなかった。もっとクールにクレバーに立ち回らにゃあ。

 

 しっかしよぉ……

 俺が投げ飛ばした衝撃で甲冑の留め具がイカレたのかもしれねェが、都合よくあんな勢いで胸甲が撥ね飛ぶか? どんな確率だよっ! ズッけェよなぁズッけェよなぁメインキャラ補正とかズッけェよなぁっ! サブヒロイン様はおっぱいまで凶器ってかコノヤロー。

 



 ……おっぱい。




 不意に煩悩が湧き、下半身が『お、出番か?』と蠢く。


 ヤリてェ。


 アイヴァン・ロッフェローは現在16歳。健康的な十代半ば。

 ホルモンギラギラ性欲ムラムラだ。


 憎悪と怨恨と憤怒で魂を焼き続け、絶望でどす黒く染まった狂気を抱き続けていても、肉体的欲求と衝動は別に存在する。意識が飛びそうになるほど鍛錬して体をイジメ抜いても、夢精するほど精力に溢れている。

 そんな訳で、精通以来、アイヴァンは度々侍女達にバレぬよう汚れたパンツを洗っていた。

 なお、侍女達は全てを知っていた模様。


 今生、アイヴァンはまだ女を抱いてない。

 ぶっちゃけた話、下事情のことを考えると前世の女房子供が脳裏をよぎる。


 だから、悪役貴族の道を歩むつもりなのに、どこぞのエロゲーやエロ漫画みたく同級生の貴族子女や学院付近の街娘を手籠めにする気はまったく無い。

 今のアイヴァンにとって、前世女房子供の思い出は心に築かれたアイヴァンだけの絶対不可侵領域であり、この世界で至尊のもの。その思い出を穢すようなことはできなかった。


 しかしながら……心のありようとは別に、体は性的欲求の解決を欲しており、日に日に強まっている感がある。このままでは欲求不満が変に爆発しかねない。


 となれば……手っ取り早く悪所へ通って解決すべきだろう。


 問題は悪所通いのために御家の銭を使うのは憚られるし、安淫売を買って性病を貰っては貴族の体面に関わる。なにより、悪役としてダサすぎる。

 金が要る。高級娼館に行ける程度のあぶく銭が。


 クワッとアイヴァンは開眼した。

 ダンジョンに行こう。

 

 娼館のために。


      〇


 SRPGゲームにはフリーバトル・ステージが組み込まれているものがある。

 それはプレイヤー自身による難易度調整が可能な救済措置だったり、ハック&スラッシュ――単に戦闘とアイテム収集を楽しみたいプレイヤー向けのオマケ要素だったり、容量に余裕があったから入れてみました的な開発側のサービス精神だったりする。


『黒鉄と白薔薇のワーグネル』にもフリーバトル・ステージが用意されている。

 ダンジョン、という名前で。

 

 設定上は滅亡した古代文明の地下遺跡で、モンスターという怪異生物が潜んでいる。詳しいことは分からない。滅亡してるんだから、分かるわけないじゃない。

 

 でもって、この世界の人間はダンジョンを一種の鉱山として扱っている。炭鉱夫が鉱物を採掘するのではなく、冒険者がモンスターをぶっ殺して素材を採集する鉱山だ。

 

 ダンジョンは冒険者ギルドが管理しており、冒険者資格を申請すれば、誰でも入ることが出来る。それこそ王侯貴顕からスラムの超貧乏人まで、誰でも。

 そんな冒険者のマジョリティは、学も教養も技術も伝手もなく、真っ当な仕事にありつけなかった負け犬が、当座の食い扶持を稼ぐためにゲソをつける、だ。


 夢もへったくれもねェや。


        〇


「ダンジョンか」

 学院教師は禿頭を撫でながら呟く。


 人格その他に問題はあれど、体格に恵まれ、武に優れ、前世日本人の学識ゆえに座学も秀でているアイヴァンは優等生である。そのため、規則通りに学院へダンジョン・アタックの申請をした(学校の与り知らないところで、ダンジョンに潜って死なれたら困る)。


「理由はなんだ? 実戦経験を積むためか?」

「いえ、娼館に行く金を稼ぐためです」

 アイヴァンが真顔で答えると、学院教師は超レアモンスターを見たような顔をした。


「お前も冗談を言うんだなっ!?」

 学院教師は禿頭を撫でつつ、話を続けた。

「ロッフェローの実力なら浅い階層は問題ないだろうが……仲間(パーティ)は居るのか?」

「ソロで挑むか、冒険者ギルドで適当に募ろうかと」


「そういうことなら―――」

 学院教師が一つの提案をした。


 ――ここで少々、話を寄り道させていただく。

 我が国の江戸時代、先祖伝来の武具や刀まで質に入れてしまう貧乏旗本がいたように、貧乏貴族もいる。ましてやマーセルヌは失敗国家だ。食い詰めた貧乏貴族なんていくらでもいる。


 貴族階級の凡例を挙げておくと、王族〈高い壁〉公爵・侯爵・伯爵〈高い壁〉子爵・男爵〈超高い壁〉準男爵・世襲騎士〈乗り越え困難な壁〉一代騎士。ここに法衣貴族/領主貴族、聖職者や富裕平民や嫡流傍流庶流、本家分家、養子などが絡み、面倒な話になる。

 

 はっきり言って、貴族と言っても利権や権益、高収益を上げる領地経営、高所得な特別職を有していないと懐具合は厳しい。なんせ貴族は交際費やらなんやら金を食うし、青い血という面子の関係上、手を付ける仕事も選ばざるを得なかった(不名誉な真似をすると、御家取り潰しになりかねない)。

 

 色々制約が多い貴族暮らしにおいて、ダンジョン・アタックは貧乏貴族が手っ取り早く挑める貴重な仕事だった。

 建前は貴顕の武芸試しや遊興的冒険、ということになっている。その実が借金返済や生活費獲得のためだとしても、そういう事になっている。実家の仕送りが期待できない王都学院生も、実地鍛錬や腕試しという名目でダンジョンに潜って小銭を稼いでいる。

 自助救済世界の世知辛さは貴族も例外にしない。

 

 王都学院もこの辺りの事情を察し、死傷者が出ないようパーティを斡旋したり、階層制限をしたりしていた。


 で。


 なんかパラの低そーな連中だな。

 昼休み。アイヴァンは教師に紹介された学院生パーティと顔を合わせていた。


 彼らは『モブ』である。ゲーム本編に出てくるネームドは一人もいない。まあ、居たら居たで『ご縁が無かったようで』と断ったが。実技訓練でエルズベスと関わって以来、アイヴァンはその辺に過敏気味だ。


 上級生の男子モブ・剣&盾。茶色の短髪に中肉中背。

 上級生の男子モブ・魔導術。赤紫色のロン毛に長身痩躯。

 同級生の男子モブ・槍。  水色髪のウルフヘアに中肉中背。

 上級生の女子モブ・弓&短剣。紺色髪の三つ編みに中肉中背。

 

 野郎三人に女子一人。前衛と後衛が半々のオーソドックスなパーティだ。


 姫プレイパーティか? それとも竿兄弟とビッチか? アイヴァンが失礼千万な想像を遊ばせていると、同級生男子モブの槍遣いがにやにやと笑う。

「噂は聞いてるぜ、一回生。アイトナ家の御令嬢にぶっ飛ばされたんだって? そのナリは見掛け倒しか?」


 こいつは後で殺そう。アイヴァンが心のデスノートにペンを走らせる。


「パーティを組む相手を挑発するなよ」

 上級生男子モブの魔導術遣いが槍遣いを制し、アイヴァンに詫びる。

「悪いな。こいつはちょっと頭と心が足りないんだ」


「ヒデェ」と笑う槍遣い。


「そのガタイなら前衛だよな?」

 剣&盾遣いが問う。

「ああ。盾役(タンク)でも構わない」とアイヴァンは応じ「金の分け方は? 総額の頭割りか?」


「基本的には」と魔導術遣いが頷く。「ただし、総額の2割はパーティの回転資金に回す。消耗品やなんかの必要経費、それと素材系が欲しい場合は頭割り分の報酬から天引きだ。何か要望はあるかい?」


「そうだな」アイヴァン少し考えこみ「とりあえずはそれで構わない」


「で、お前は装備を持ってんのか?」

「ある」

 アイヴァンは剣&盾へ頷いた。

「実家から一式持ち込んだ」


 アイヴァンの甲冑はその巨躯に合わせてハーフプレート仕様だ。体の主要部分以外は装甲ではなく、鎖帷子や皮革で守るようになっている。身長が2メートル近くあり体重も90キロクラスの筋肉達磨だ。フルプレートなど金がいくらあっても足りない。


 また、その筋骨を活かした戦い方に合わせ、剣より戦鎚や戦斧を好む。実家の従士達から剣の扱いを叩きこまれているが、戦鎚や戦斧の方が楽で良い。思い切り殴りつければ、全身甲冑ごと殴り殺したり、叩き切ったりできる。手っ取り早くて良い。


「それで、今後の流れは?」

 アイヴァンの問いに、魔導術遣いが答えた。

「今日の放課後に訓練場で打ち合わせ、それから週末に物資の調達。日曜日にダンジョン・アタック。低階層で小銭稼ぎだ」

「了解した。放課後になったら甲冑を着込んで訓練場に行く」

 そう告げるや否や、アイヴァンはさっさと踵を返して去っていく。


「不愛想な野郎だ」とデカい背中を見送りながら舌打ちする槍遣い。


「別に友達になろうって話じゃない。使えれば問題ないさ。それに、卒業すれば男爵になる男だ。縁を持っておいて損はない」

 魔導術遣いが冷笑した。


「違いない」剣&盾遣いが口端を歪め「上手く取り入れば、卒業後の就職先が出来るかもな」


 貴族といっても次男坊以下の将来は暗い。仮に一代騎士に叙されても職にありつけるか分からない。人件費の関係上、軍人や役人になれる者には限りがある。かといって、高位領主貴族の陪臣や寄子になることも難しい。こうして貧乏貴族が量産されるわけだ。


「ま、ともかくは目先の小銭だ。いくぞ、アーシェ」

 魔導術遣いに声を掛けられた、紅一点の弓遣いアーシェ・クルバッハは首肯しつつ、遠ざかっていく大男の背中を見つめていた。

クレクレ中です('ω' )

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[良い点] おっ、0話のアーシェがここで登場
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