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2:プロローグ追加:筋肉ゴリラと御家事情。

 時流れてアイヴァン15歳。言い換えるならば、転生して15年。


 15年経ってもアイヴァンの狂気は決して色あせない。


 不意に前世の子供達や妻の思い出がよぎる度、アイヴァンの憎悪と憤怒と怨念は鮮やかに燃えあがり、絶望は一層色濃くなり、彼の人格をより強固な狂気へ駆り立てている。


 5歳の頃より大いに飲み食いし、鍛えに鍛えたその体、なんと身長180センチオーバーで体重は90キロオーバー。15歳で、だ。日本なら相撲部屋からスカウトが来る。

 領民達が日々腹を空かせている中、毎日毎日たらふく食らい続け、ひたすら鍛え続けた結果、この非常識な肉体が完成していた。ブルジョワ的贅沢の産物である。


 しかも、本人が企図していたプロレスラー的筋肉ダルマではない。緻密な計画と周到なトレーニングで完成させたボディビルディング的マッスルボディだった。


 強靭な筋肉を適度な脂肪が包む肉体は、ネコ科肉食獣のようなしなやかさすら感じられる。十年以上休むことなく剣を振るい続け、実戦的甲冑武術をひたすら練ってきた結果、手のひらや拳、肘、膝、足の甲などにはハンマーみたいなタコが出来ていた。


 幼さの残る十代少年の顔に不釣り合いな険しく鋭い双眸、その瞳は人食い鬼のような獰猛さと野蛮さと狂気が滲んでいる。黄土色の髪はモヒカンとツーブロックの中間みたいな髪型にしてあった。道で出くわしたら、絶対に目を合わせない類の容貌である。


 とても15には見えない『若様』について、侍女達が井戸端で話し合う。

「厚い大胸筋。良き……良き」「あの背筋と臀部と太腿のライン。たっまんねー」「あの上腕二頭筋を愛でたい」「でも、まあ、あれよね」「ええ」「あれが一番よ」


『ばっきばきのふっきーん』


 ……方向性はともかく、侍女達はアイヴァンに好意的だ。


 ま、アイヴァンの非常識な身体についてはこれで良いとして。

 アイヴァンは大飯食いと鍛錬ばかりで悪役らしいことを一切してこなかった。ただの筋トレマニアじゃねーか。というツッコミがあろうが、アイヴァンの言い分を聞いていただきたい。


 サイコパス系悪役なら小動物を殺害したり、幼い残忍さで家人や領民を虐げたりするところだが……

 動物を虐待とか、悪役というより人間性が腐ってるだけじゃん。カスだろカス。俺はクソ野郎の道を歩むつもりだが、カス野郎の道は進まねーぞ。

 領民は虐げるまでもなく困窮しててイビリようがねえ。あ? 侍女や使用人を虐げたらって? オメェ~はアホか? そんなもん只の内弁慶じゃねーか。悪役貴族のやっことじゃねェだろ。


 ……こいつ、本当に悪役貴族になる気はあるんだろうか。


 ただ、ありがちな『現代知識を生かして領民の生活向上、領地発展っ! 領民の支持率アップで税収アップ!』といった行為を一切していなかった点は、評価できるかもしれない。


 どーせ最終的にゃあクソ主人公にぶっ殺されンだ。先が見えてんのに、改革改善なんかするかっ! この世界の連中の生活や産業なんか知ったこっちゃねーんだよっ!



 ともかく、15歳を迎えたアイヴァンは筋肉ムキムキマッチョマンのイカレポンチになっていた。



 アイヴァンは日課の筋トレを行いながら、考える。

 そろそろ“本編”が始まるな。

 このクソ国が限界を迎えてクソ内戦も始まるわけだ。

 

 俺が転生して15年、めっためたな状態で持ち堪えられたこと自体奇跡だが……どーせクソシナリオの都合だろーよ。クソゲームのクソ世界だからな。なんもかんも主人公様優先の御都合主義だ。忌々しい。


 だがな、そう楽しい主人公ライフを送れると思うなよ。

 クソ王国のクソ騎士としてクソ暴れしてクソ内戦をクソ引っ掻き回して、クソシナリオにさらなるクソを塗りたくってやる。

 クソ戦争をクソまき散らすクソ野郎になってやる。これぞまさに悪。ふふ。ふはははは。ははははは。俺って悪い奴だぜええええええっ!


 侍女A:若様がまたぶつぶつ言ってるわ。

 侍女B:いつものことでしょ。ほら、仕事仕事。


      〇


 実は……アイヴァンは秘密の手帳を持っている。

 そこに記されている内容は、彼が覚えている限りのゲーム内容だ。なんせこの世界はネット評で『凡庸』と言われている三流ゲームの世界。彼だって細部やキャラごとの設定など覚えてはいないし、そもそも知らないことの方が多い。

 ゆえに、記録に残し、記憶し続ける努力しなければ、あっという間に忘れてしまう。


 アイヴァンは自作バーベルを振りながら、手帳に目を通す。

 木っ端悪役アイヴァン・ロッフェローが王都学院に入学するのは来年だ。で、アイヴァンの王都学院入学の一年後に主人公様が入学してくる。


 そして、ヒロインの一人に絡んで主人公にぶっ飛ばされる。


 で、実戦演習だか実戦研修だかの際、逆恨みの復讐で主人公とヒロインを害そうとし、返り討ちにあって死亡。


 改めてみると、本当になっさけねェ小悪党だな……

 まあ、クソ野郎を目指すこの俺はそんなみっともねェ真似ぁしねェがな。フフフ……ふはははははっ! 待ってろよクソ野郎っ!! 俺の緻密に計算された悪役ムー


「若様」と不意にドアがノックされた。


「うぉうっ!?」

 驚いたアイヴァンは巨躯をビクッ大きく揺らし、うっかり手放したバーベルが爪先をかすめるように着地。あっぶなっ! あっぶなっ!


「若様? あの、何か?」

「い、いや、何でもない。何でもないっ! なんぞ用か?」

 アイヴァンは心臓をバックンバックンさせながら、ドア向こうの家人へ問う。

「大旦那様がお呼びです。御寝室までお越しくださいませ」


「分かった。すぐに行こう」

 アイヴァンは手帳を懐に収め、部屋を出ていく。まだ心臓がどきどきしていた。


       〇


 アイヴァン・ロッフェローが家族と見做せる人間は父方祖父母だけだった。

 母方の実家は、実母がアイヴァンを出産後に逝去して以降、没交渉。オヤジは愛人を後妻に迎えて異母弟妹をこさえ、ほとんど関与がない。


 そして、心優しい父方祖母もアイヴァンが12の時に他界。15を迎えた今、祖父もまた臥せがちだった。先は長くないかもしれない。


 中近世の平均寿命は50代前後。老け込みも早く、人によっては20代で40並みの容姿になる。これは慢性的な栄養不良、安全性に欠ける食事、不衛生な生活環境、未成熟かつ低水準な医療環境、過酷な日々の労働などが重なり、命の時間を短くし、肉体の衰退を早めている。

 人類史の観点から言えば、むしろ現代人類が長命化したと見做せるだろう。それが良いのか悪いのかは別にして。


 アイヴァンが祖父の寝室へ許に顔を出すと、ベッドの上に横たわる祖父が重苦しい顔つきで、静かに告げた。


「お前の父が死んだ」


 ……ん?

 アイヴァンは目を点にした。誰が死んだって?


「お前の父が死んだのだ、アイヴァン」

 祖父が繰り返し告げて、ようやくアイヴァンは理解する。あ、俺の親父が死んだのか。

「父上が亡くなられた……」


 え、だから何だって話なんだが。


 ガチな感想だった。

 これまでも述べたが、アイヴァン・ロッフェローの親父、現ロッフェロー男爵はアイヴァンに対して父親としての務めを一切放棄していた男である。


 生まれたばかりのアイヴァンを実家の祖父母に押し付け、母亡き後にすぐさま愛人を後妻に迎えて異母弟妹をこさえた。自身の家族家庭からアイヴァンを完全に存在しないものとして扱ってきた。この15年の間、親父がアイヴァンに顔を見せた回数は、辛うじて片手の指の数を超える程度だった。


 前世に二児の父親だったアイヴァンから言わせれば、ロッフェロー男爵は親ではない。単なる精子提供者だ。子に対する義務も責任も果たさず、愛情も注がぬ人間を親とは言わない。生物学的血縁者、法的縁類。道義的に言えば、クソ野郎かゲス野郎と呼ぶが正しい。


「……それは、事故か御病気でしょうか」

 どこか他人事のようにアイヴァンが問うと、祖父は瞑目して告げた。

「いや、殺されたのだ」


「なんと」

 アイヴァンは目を瞬かせた。他に女でもこさえて刺されたか? それともオフクロ方の身内に消されたか? かなり憎まれてるって耳にしたからな。


「職務中、国王陛下に弓引く叛徒共の刺客に襲われたそうだ。アレは同道していた他の貴顕と共に抵抗したようだが、武運拙く命を落としたらしい」

 祖父は長く、長く嘆息を吐いた。悔恨と自責の念がこもった吐息だった。

「アレはまったくもって愚かな倅であった。人の親としてあるまじき、恥ずべき男であった。アイヴァンには幾万言詫びても詫びきれぬ。お前がアレを憎んでも仕方あるまい、いや、憎み恨むことはお前の正当な権利であろう」


「御爺様。私は」

 アイヴァンが口を開くも、祖父は手でアイヴァンの言葉を制す。

「良いのだ、良いのだ、アイヴァン。だが、済まぬ。どれだけ愚かで阿呆で恥ずべき男であっても……アレは儂の血肉を分けた息子なのだ……愛想を尽かしたとはいえ、かつて慈しみ育てた息子なのだ」

 哀切と寂寥の心情を吐露する祖父。


 アイヴァンはそんな祖父の手を握り、告げた。

「良いのです。父が亡くなっても泣けぬ不肖の私に代わり、存分に泣いてください。泣いてあげてください」


「済まぬ、済まぬ」

 静かに落涙する祖父の手をより強く握り、アイヴァンは空いた手で肩を優しく撫でる。


 完全にとち狂ってはいても、いや、狂っているからこそ、アイヴァンはこれまで惜しみなく愛情を注ぎ、願いを叶えてくれた祖父母を敬愛していた。


 三年前に他界した祖母にしても、アイヴァンは祖母が天に召されるその瞬間まで、祖父と共に祖母の傍らへ寄り添い、臨終の際には男泣きした。


 アイヴァンをつなぎとめる鎖は祖父母の2人だけであり、これで祖父が亡くなれば、もはやアイヴァンを抑えるものは何もない。ロッフェロー家の家財を全て売却し、家人達にこれまでの慰労金として渡しても構わない。なんなら領地を王家に返納したって良いくらいだ。


 なんといってもアイヴァンは後に起きる『本編』を最後まで生き延びるつもりなど更々無いのだ。この国を、このシナリオをしっちゃかめっちゃかに掻き回すこと以外、どーでもよかった。


 ゆえに、男爵家の家督相や領地経営なんぞにかかずらっていたくない。学院ではクソ主人公御一行相手の立ち回りや、内戦を踏まえた身の振り方に集中せねばならない。家族や御家事情などに煩わされたくなかった。


 ひとしきり泣いた祖父は目元を拭い、大きく深呼吸していった。

「アイヴァン。来年は王都学院に入学せよ」


「王都学院、ですか」

 片眉を上げる孫へ、祖父は大きく頷いた。

「うむ。お前の父、現ロッフェロー男爵が逝去した以上、嫡男たるお前が家督を継ぐは必定。しかし、王都学院を卒業せねば叙爵出来ぬ。ロッフェロー家は領主貴族なれど、王国と王家の藩屏としてその幸を得た。ゆえに、当家は領地より王国と王家への御奉公を第一と心得よ。学院にて学びと技を修め、陛下の臣として忠を尽くせ」


「分かりました。御爺様の命、しかと」

 アイヴァンは首肯しつつ、心の中で詫びる。


 俺は悪役として派手に暴れっから、ロッフェローの家名は地に落ちるだろうなぁ。恩を仇で返してすまんな、爺ちゃん。

 だがまぁ、一つだけ約束するよ。


 数百年経ってもこの国の連中がロッフェローの名を忘れられないようにしてやる。”奴ら”がロッフェローの名を思い出す度、恐れ、怯え、怒り、憎み、恨むようにしてやる。奴らの心とこの国の歴史にロッフェローの名前を刻んでやる。


 あ、とアイヴァンはふと思いつき、言い難そうに問う。

「継母様と異母弟妹は如何なさいます?」


 この国の法律関連はたしか、中近世欧州相続制度に準じていたはず。

 つまり、基本的に家財その他は全て家督相続者が受け取り、次子以降は路傍に放り捨てられる。もちろん、家督相続者が兄弟姉妹の面倒を見る例もあるが、懐事情の苦しい御家はほとんどが兄弟姉妹を切り捨てたらしい。そのため、中近世欧州に置いて家督相続争いは非常に陰惨極まる事例が多い。


 なので、アイヴァンが家督相続をした場合、継母と異母弟妹を放りだしても許される。

 なお、親父はアイヴァンではなく異母弟に家督を継がせようと考えていたらしい。もしかしたら、親父と殺し合うことになっていたかもしれない。


「知ったことではない。あやつらが素直に儂やお前の慈悲に縋るなら、多少の小銭を与えてやっても良いが、身の程を弁えぬなら、然るべき処置をするだけだ」

 祖父は慈悲の欠片も見せずに吐き捨てた。

 よほど腹に据えかねていたのだろう。異母弟も一応、血のつながった孫なのだが。


「よいか、アイヴァン。お前はあやつらに関わるな。儂に任せておけ。後顧の憂いを残したままでは死んでも死に切れぬからな。しかとケリをつける」


 思い詰めた顔の祖父に、アイヴァンは優しい苦笑を湛えた。

「縁起でもない。そう死ぬ死ぬおっしゃられるな。御爺様には私の叙爵に立ち会ってもらいます。孫の晴れ姿を見て頂かねば困ります」

「……そうよな。うむ、その通りよ。もう少し長生きせねばな」

 祖父は表情を和らげ、言った。

「王都学院への入学は春じゃ。準備をしておくようにな」


「分かりました、御爺様」

 アイヴァンは祖父に一礼し、部屋を出る。


 そして、確信する。

 爺ちゃんは多分、じきに死ぬな。クソシナリオの“辻褄合わせ”に。


 ゲーム上の御都合主義なら、クソバカな悪役貴族が一人死んだところで問題にもならない。

 しかし、血肉の通う世界となれば、話は別だ。男爵(仮)が死んで何も無し、などありえない。その所領や財産の扱いが法的問題になる以上、官憲や他貴族も動くだろう。何より、遺族が黙っていない。貴族は面子の生き物だ。やられたらやり返さねばならない。


 だが、アイヴァンが死んでも”誰も”文句を言わなければ? シナリオの進行に何の齟齬も出ない。ゲームと同じように進んでいくだろう。

 アイヴァンの継母と異母弟妹はむしろ、アイヴァンが死んだ方が好都合。障害は祖父だけだ。

 ゆえに、シナリオの円滑な進行のため、祖父はじきに死ぬだろう。あるいは、親父の死もシナリオの都合なのかもしれない。


 あくまでアイヴァンの考えに過ぎないが、アイヴァンは確信していた。あのクソ神ならありえると。

 そして、全てがシナリオ通りに進むなら、自分もやはり学院編で死ぬ。


 ざけんな。


 アイヴァンのこめかみに青筋が浮かび、握りしめた拳がミシミシと恐ろし気な音色を奏でる。

 そうはさせるか。見てろよ、クソ神ィ。

 俺は必ずクソ学院を生き延びて、このクソシナリオをワヤにしてやっからなぁっ!





 かくて、アイヴァンは王都学院に入学する。

”シナリオ”開始まで猶予はあと一年だけ。

クレクレ中です('ω' )

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― 新着の感想 ―
[一言] 鬼武蔵とかの「やべーやつだけどコアな人には謎な人気があるタイプ」の武将として名を残しそう
[良い点] 面白いです!
[一言] >……こいつ、本当に悪役貴族になる気はあるんだろうか。 0話読む限り悪役というよりは、呂布っぽい超強敵役だよね。 後世では作家によっては無双の武を持ちながらも滅びに向かっていくハードボイルド…
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