28:学院編:僕はいつも誰かに振り回される。
この作品の開始が5年前という事実に震える、初投稿です('ω' )
前回までのあらすじ。
お金稼ぎにダンジョンへ潜ることになりました。
中層の手前。
大回廊は『ハズレ』だった。
屍鬼のスクラムが次から次に突っ込んでくる。前衛が横隊のシールドラインを築き、長柄を持った中衛が側面を守り、後衛が弓や弩銃を放ち、雇われのムッチリ魔導術士レイニーと臨時参加の小娘セレン・グレイウッズが範囲魔法攻撃をぶち込む。
死に物狂いでシールドラインを維持する前衛。躍起になって長柄を振るう中衛。副長アーシェの命令の下、矢玉を放ち続ける後衛。範囲攻撃魔法で焼かれ、引き裂かれた屍鬼の臭いが漂う。
「フーッ!! たまらねェぜッ!!」
禍々しい全身甲冑に身を包んだ魁偉な筋肉ゴリラが、楽しげに喝采を上げる。
アイヴァン・ロッフェローはゴツいメイスを右肩に担ぎ、黒衣の青少年冒険者クラン『幼獣団』の死闘を嗤う。
「死線の際で味わうスリルを楽しんでるか、お前らっ!!」
頭目の豪胆極まる激励に、
「うるせえゴリラッ!!」「まったく楽しくねえよっ!!」「早くなんとかしてよぉっ!!」「さっさと突撃して蹴散らせっ! このゴリラッ!!」
各班長達と副長が罵詈雑言で応えた。
「もう無理っスよボスッ!」「早くっ! ボス、早くなんとかしてっ!」「ボス、早くなんとかしてくださいっ!!」「ボスッ! ボースッ! ボォースッ!!!」
歳若い兵隊共がピーピーと雛鳥のように泣き喚く。
アイヴァンはげらげらと嗤い、部下達へ怒鳴る。
「生きてる実感を味わいやがれっ!! 楽しくなってくるだろっ!」
「何を一人で良い空気吸ってんだ、このバカッ!! さっさとなんとかしろ、このアホゴリラっ! ぶっ殺すぞっ!」
キレたアーシェがアイヴァンの広々とした背中を蹴り飛ばす。
「仕方ねえなあ。可愛い副長に泣いて頼まれたから、働いてやるとするっ!!」
巻き角の悪鬼みたいな兜のバイザーを下ろして、アイヴァンは野太い声で叫ぶ。
「後衛っ! 俺の合図と共に前方中央へ集中投射っ! 前衛っ! 火力投射と同時に俺の突撃路を開けろっ! 中衛の長柄はそのまま側面を支えろっ! しくじったらぶち殺すっ! 以上っ!!」
応ッ!!
野獣染みた怒声で発せられた命令に、黒衣の少年少女冒険者達がヤケッパチの叫び声を返す。
アイヴァンはメイスの柄を砕かんばかりに硬く握りしめ、3度深く息を吸い、雄叫びを上げる。
「撃てェいっ!!!」
アーシェもすかさず呼応して叫ぶ。
「前方中央に集中射撃っ!!」
命令は速やかに実行される。弓や弩銃の矢弾が前方の中央部へ殺到し、レイニーとセレンの魔法が直撃する。
まるで砂山の一角をスコップで抉り取るように、シールドラインへ殺到していた屍鬼の群れがごそっと削られた。
瞬間。
「おぉおおおおおおぉおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
禍々しい全身甲冑をまとった身長2メートル弱体重100キロ前後の筋肉ダルマが駆けだす。前衛中央が飛び退くようにシールドラインを開き、筋肉ゴリラが屍鬼の群れへ襲い掛かった。
筋肉モリモリの右腕によって振るわれるメイスが、屍鬼を片っ端から砕く。
肉が潰れ、裂け、千切れ。骨が割れ、砕ける。頭蓋が爆ぜ、胴が抉れる。もがれ、千切れた頭や手足が体液と共に宙を飛ぶ。倒れた屍鬼を踏み潰し、踏み躙る。
返り血を浴びながら絶え間なく振るわれるメイス。飛散する屍鬼の血肉を宙にリボンのような放物線を描く。
過剰すぎる暴力にメイスの槌頭が割れ、柄が折れる。
悪鬼羅刹と化したアイヴァンは壊れたメイスを眼前の屍鬼に投げつけ、左手に持つ分厚い盾で身を護りながら、腰から代わりの得物――手斧を抜く。
アイヴァンは剣をあまり使わない。メイスや斧の方が好みに合っていた。
魂を焼き続ける暴力衝動のままに扱えるから。
薪のようにかち割られ、乱暴に叩き切られ、強引に引きちぎられ、雑草でも刈るような勢いで屍鬼達が殺されていく。
全身甲冑ゴリラの圧倒的暴力に粉砕される戦場の中央。左右両翼の屍鬼達がアイヴァンを挟撃しようと突撃のベクトルを変える。
が、それこそが幼獣団の狙い。
背を向けてアイヴァンへ襲い掛かろうとした屍鬼達を、後衛の投射武器が刈り取っていき、圧力が減じたことで前衛がラインを押し上げ、中衛が両側から逆襲に出た。
趨勢は決した。掃討戦に移行し、アイヴァンが発破をかける。
「殺せ殺せ殺せ、ぶっ殺せっ!」
おおおっ!! 幼き黒獣達は勝鬨を上げながら、容赦なく屍鬼達を殺戮していく。
○
負傷者の治療、魔石と再利用できそうな矢弾の回収が進められ、アイヴァンは蒸れるヘルメットを脱いで、汗ばんだ髪をわしわしと掻く。
「中層深部のセーフエリアはこっから4階層下だったか?」
アーシェが手帳を開き、事前に調べた内容を確認する。
「ええ。そうよ」
「矢弾の消費量は?」
「今のところ問題なし。此処みたいな大量湧きが続くと不安だけど」
後衛班の班長が告げれば、アイヴァンは厳めしい面で応じる。
「なら自由射撃は無しだ。統制射撃以外で撃たせるな。タマを節約させろ。ヤべえ奴以外は前衛で護って、俺と中衛で潰す」
アイヴァンの発言にアーシェや各班長達の異論や別案はない。
「魔法使い。オメェらはどうだ?」
居候のむっちり魔導術士レイリーと臨時傘下のセレンへ水を向けてみれば。
「疲れたわ。痩せそう」ぼやくレイリーは胸も尻もついでに腹回りも豊満である。
「オメェは乳とケツ以外は少し絞れ。豚の手前じゃねえか」
「ぶっ殺すわよ、このゴリラッ!!」レイニーが血相を変えて怒鳴る。
「ぁ? 生意気抜かしてっと犯して孕ませるぞ」
「目がマジなのやめてよっ!」レイニーが血相を変えて震え上がる。
「マジサイテー」「下品すぎる。最悪だ」「貴族の言動か、これが」
王都学園生徒――すなわち貴族子弟の各班長がげんなり顔を浮かべるも、アイヴァンは反省の色をまったく見せず、全員へ告げる。
「ぐだぐだうるせー! モンスター共がリスポンする前にさっさと発つぞっ! ヘータイ共のケツを叩いてこいっ!」
ブーブー言いながら自分の班へ戻っていく班長達。むっちりレイニーが野獣から逃げるように距離をとる。副長のアーシェは全体を統率すべく攪拌を見て回り始めた。
セレン・グレイウッズだけが傍らに残っていた。
金髪ショートヘアにクリッとした翠眼の美少女。気まぐれな猫のような雰囲気を漂わせるセレンがじーっとアイヴァンを窺っている。
「どーした、猫娘。俺になんぞ用事か」
「提案がある」猫娘なセレンは言った。「以前にも言ったように、私はダンジョン研究をしている。超古代文明の遺跡であるダンジョンには隠しルートがある」
「そいつを捜索させろと」片眉を上げるアイヴァン。その面構えは悪党そのもの。
「話が早い」
我が意を得たりと頷くセレン。
「セーフエリアを拠点に狩りまくるつもりだが……まぁ良いだろ。面倒なことを起こさない限りは好きにやれ」
アイヴァンが許可を出すと、セレンはいつもの無愛想顔をにんまりと笑みを浮かべた。
……なんか嫌な予感がするぞ。
○
さて、聡明なる諸兄諸姉は覚えておられるだろうか。
この王都近郊ダンジョン『オルタミラ地下遺宮』は凡作SRPG『黒鉄と薔薇のワーグネル』に用意されたフリーバトル・ステージだ。レベル上げやレアアイテム獲得用のハック&スラッシュダンジョンであり、設定は『滅亡した超古代文明の遺跡』という名店のシフォンケーキみたいにフワッフワ。まぁ三流ゲーム屋に『ボクちんの考えたちみつな設定』を期待してはいけない。
で、この『オルタミラ地下遺宮』は地肌剥き出しの洞窟風ダンジョンではない。コンクリの打ちっぱなしみたく成形されており、通路や部屋は天井が高く幅広で安心してドンパチチャンバラの大立ち回りが出来る。おまけに天井と側壁下部が照明のように光を点す親切設計だ。
少なくとも、浅層部はそうだった。中層部と境である大回廊も、現代建築感のある施工だった。
しかし、深層部の手前――中層深部からは趣がいくらか変わる。
南米古代文明建築物のように石造りの壁や天井に、石畳の床。いずれもカミソリの歯すら差し込めないほどの精度で組まれている。現代で同じようなものを再現しようとしたら、いくらかかるか分からない。
会敵の確率や頻度は浅層と大差ないけれど、モブモンスターである屍鬼もこれまでと雰囲気が異なり、単純に個々の敵が強くなっていた。敵に弓兵や魔導術士も混ざり始め、遠距離攻撃や範囲攻撃が当たり前になっていく。
アイヴァンの冒険者クラン『幼獣団』はダンジョンに潜り慣れているが、中層深層部まで潜ることは多くない。
手強いモブモンスター共を着実に叩き潰しながら前進していく。
兵士や騎士のグラフィックを遣い回された屍鬼達と刃を交え、アイヴァンは唸った。撲殺した女騎士の屍鬼が塵に帰っていく様を見つめながら、鼻息をつく。
「こりゃ思ったより骨だな」
「無理は禁物……だけれど、魔石の質が浅層と全然違う。これは稼げるわよ」
守銭奴な女アーシェ。
「偵察班は目ン玉をしっかり開けて進めよ。後衛部隊は背後の警戒を怠るな」
アイヴァンは人の悪い笑みを浮かべる副長を横目にしつつ班長達に注意を促した後、丸太のような右腕を挙げて大きく振るう。
「前進っ!」
隊伍を組み、足並みを揃えて進み始める黒衣の少年少女達。冒険者クラン『幼獣団』はもはや軍隊の様相を成していたが、その意味と価値を知る者は凶相のゴリラだけだ。
セーフエリアを次の階に控えたところへ、先行する偵察班から伝令が駆け込んできた。冷汗塗れの顔でアイヴァンに報告する。
なんか妙なことになっている、と。
アイヴァンとアーシェは揃って首を傾げ、息ぴったりで呟く。
「「妙?」」
本隊を止め、行ってみた。
偵察班と合流した後、アイヴァンとアーシェは曲がり角からニュッと一緒に頭を出して窺う。
セーフエリアへ通じる階段前の広場。
ピンク大蜘蛛がいた。
人間の生理的不快感を刺激するようなグロ系造形の階層ボスは八本脚の大半を失い、気色悪い体躯も酷く損壊しており、死んでいないことが不思議だった。
不随状態のピンク大蜘蛛は口から大量の糸を吐き出し続けており、屍鬼達がその糸へ冒険者の死体や装備品などを練り込んで防柵を築き、セーフエリアへ続く階段前に簡易陣地を作り上げていた。
「ダンジョン内で野戦築城陣地だと……どういうこった」
「私に分かるワケないじゃない」
アイヴァンとアーシェは曲がり角から頭を出し、広場の尋常ならざる様子を窺い、困惑を露わにする。
「範囲デバフをばら撒くピンク大蜘蛛に、防柵陣地の向こうには槍と長柄が12、弓が4に魔導術が2。堅いな。平押しは無理だ。何人死ぬか分からねェ」
特大サイズの苦虫を口へ突っ込まれたような顔でアイヴァンが唸る。
「広場へ通じる道はここ一本だけ。迂回して側面を突くことは無理ね」
銀紙を口いっぱいに突っ込まれたような顔でアーシェが呻く。
2人は頭を引っ込め、階段前に築かれた陣地の攻略方法を検討し始めた。
「奇襲も難しい。正面強襲しかねェが……」
「ここで人員を損耗したら、セーフエリアを足場に稼ぐという計画自体が頓挫するわ」
「通路から広場の陣地へ弓と魔導術で一撃離脱」
「効果があるのは初撃だけでしょ。なんなら、戦闘騒音でフロアにリポップしたモンスターが後方から押し寄せてきかねない」
「……退くか? 中層中部にあるセーフエリアを足場にする手もある」
「稼ぎの効率は大きく落ちるけれど、仕方ないわね……」
『幼獣団』のパパとママがそんなやり取りをしていた、刹那。
2人の傍らをひょろりと華奢な影が通り過ぎ、広場内へ侵入した。
「「え?」」
アイヴァンとアーシェが気づいて顔を上げた時には、金髪ショートの翠眼美少女セレン・グレイウッズは腰のレイピアを抜き、魔導術を展開していた。
それもこれまで見せてきたような下級魔導術ではない。高威力範囲攻撃魔法だった。
「そは炎帝の御剣。立ち塞がりし愚か者共に後悔と絶望をもたらす灼熱の制裁。フレアストームッ!!」
中二病臭い詠唱と共に振るわれるレイピア。
そして――
どっか―――――――――――――――――――――んんんんっ!!
広場いっぱいに吹き荒れる炎熱の大奔流。ダンジョン内という密閉空間で発生した高熱の奔流は凄まじい轟音を階層の端から端まで轟かせ、凶悪な熱風が行き場を求めて広場内を巡り、通路へ逆流してくる。
「伏せろ―――――――――っ!!!」
アイヴァンは絶叫しながら傍らのアーシェを押し倒して覆い被さり、
「伏せろっ! 伏せろっ! 伏せろっ!!」「伏せてーっ!」「伏せろおおおっ!」
偵察班も怒号を挙げながら床へ飛び伏せる。
直後、頭のすぐ上を殺人的高熱風が恐ろしい轟音を曳きながら吹き抜けていく。そして、後方に控えていた本隊の方から悲鳴が聞こえてくる。
喉が痛みを発して息苦しいほどの熱気が漂う中、アイヴァンは身を起こすや、凶悪面いっぱいに青筋を走らせながら、セレンの許へ向かう。
「て、おま、こンの……メスガキャアッ!! 何をしくさりやがってンじゃああああっ!!!」
ブチギレゴリラはセレンの華奢な肩を引っ掴み、撲殺するつもりで左拳を振り上げた。
「今が攻め時」
が、セレンは怒り狂うアイヴァンを余所に、しれっと広場の奇怪な陣地を指す。
灼熱の大奔流を浴びた陣地は焼尽し、屍鬼達は半数が焼け死に残りも何が起きたのか分からず茫然自失状態で、元より半死半生状態だったピンク大蜘蛛は瀕死状態に陥っていた。
たしかに仕掛ける好機だった。
「○×▽◇××〇〇※※~~~~~~~っ!」
アイヴァンは言葉にならぬ唸り声と共にセレンを放り出し、アーシェへ怒鳴る。
「本隊の兵隊共を今すぐ連れてこいッ!! このまま攻撃するっ!!」
「無茶よっ! 本隊がどんな状態か分から――」
「なら動ける奴だけ連れてこいっ! 俺は先行して突っ込むっ!」
反論するアーシェへ怒鳴り散らし、アイヴァンは巻き角の悪鬼みたいな兜のバイザーを下げた。馬手に腰に下げていた手斧を握り、弓手に鎚を持つ。
「がんば」
ぐっとサムズアップしてくるセレンに、アイヴァンはブチギレた。
「後でシメっからな、このクソガキャアッ!!」
セレンへ罵倒を放ち、アイヴァンは高熱がとぐろを巻く広場へ単身突撃していった。
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