24:僕の人生は振り回されてばかり。
大変お待たせしました。
前回までのあらすじ。
筋肉ゴリラがいろいろあった。
「――で、結局なんて答えたのよ? 余計なこと言ってないでしょうね?」
冒険者クラン『幼獣団』の副長にして、アイヴァンの“共犯者”たるアーシェ・クルバッハが詰問する。目つきが冷ややかなのはいつものこと。
一年間、死線を共にした戦友なのだが、アーシェとアイヴァンの間に信頼とか信用とか、友愛とか、そういう感情は悲しいほどに薄い。
「下手に答えりゃ不味いことになるだろ? だから、俺は知恵を絞ったさ」
アイヴァンはごつい手で顎先を弄りながら、どこか得意げに答える。
「色々事情があって、将来のことは即答できません。もう少しお時間を下さい、てな。揉みてしながら言ってやったぜ……」
ダンディズム全開で語ったアイヴァンへ、
「単なる先送りじゃねーか」「ダサッ! ダッサッ!!」「取り立てて貰えよ、で、俺達も拾い上げろ」「お前にはがっかりだっ!」
卒業後の進路が不明瞭な木っ端貴族の子弟である少年少女が不満げにブーイング。
「俺の苦渋の決断と苦慮の選択を非難するじゃねえっ! ぶっ飛ばすぞテメェらっ!」
アイヴァンがぶー垂れる班長達へ怒鳴り散らす。
しれっと幹部に収まっているムッチリ女魔導師レイニーが問う。
「それで、アルテナ様はその先送りを了承したの?」
「ああ。苦笑いして、こちらも話が急だったと言ってくれたよ」
アイヴァンはレイニーへ答えつつ、ぼやくように続けた。
「ただまあ、今回の“御縁”から、今後はダンジョン潜りに猫娘を伴うことになるかもしれん」
「……いつぞやみたいなダンジョン・トラップを発動するかもしれない訳ね」
アーシェはわざとらしく溜息をこぼし、アイヴァンを睨む。
「もっと要領よく立ち回りなさいよ。どん臭いわね」
「ンだと、このアマっ! ちっとは俺を労えやっ! 団長ベッドで癒してあげようか、ぐらい言えよっ! 気が利かねえなっ!」
「バカじゃないの?」とアーシェは犬のクソを見るような目を向け、斥候班の女班長も真顔で「うわ、キッモい」と吐き捨てる。
ぎゃーぎゃー喚きあうボスと班長達に、平民の団員達は『また始まった』と苦笑い。
幼獣団の日常的光景。
★
さて、アイヴァン・ロッフェローはゲーム『黒鉄と白薔薇のワーグネル』において、メインヒロイン2号ヒルデ・フォン・ガイアーに絡んでトラブルを起こし、近く行われる郊外大演習にて無様にくたばる。本来は。
しかし、件の演出用小悪党アイヴァン・ロッフェローに“彼”が転生インスコされたことで事情が大きく変わった。
平たく言えば、アイヴァンはヒロイン2号ヒルダとほとんど関わりがない。
それはアイヴァンが自身の死亡イベントを回避すべく動いていたからであり、同時にアイヴァンの存在がゲーム・シナリオから乖離しているからでもある。
ゆえに、もう一人の転生者であるゲーム主人公オーリス・オレッツェは困惑していた。
ひょっとしたら、アイヴァン・ロッフェローは自分と同じ転生者かもしれない、と疑い始めている。一方で、オーリスは疑念の確信を持てずにいた。
なぜなら、転生物のテンプレ――悪役転生した奴は死亡イベントを回避するべく主人公側にすり寄ったり、なんらかの派手な活躍をして主人公の立場を乗っ取ろうとしたりするからだ(某小説投稿サイトの悪役転生を幾つか読めば納得してもらえるだろう)。
言い訳しておくが、テンプレが悪いわけではない。テンプレとは最大多数に容認された『王道』なのだ。そもそもテンプレから外れた作品が面白い保証も無いのだから。
話を戻そう。
ともかく、オーリスは困惑していた。
ゲーム本編において重要とは言えないが、大事なイベントの添え物であるアイヴァンが妙なことになっている。もしも、アイヴァンがヒルダとイベントを起こさなかったら、シナリオがどうなってしまうのか?
いっそアイヴァンを直接問い質そうかと思ったが、『お前、転生者?』と尋ねて、『何言ってんだ、お前。頭大丈夫か?』と返されたら、イタい奴認定されるだろう。“この世界の”主人公として、そういう悪評は被りたくない。
それとなく日本に関するネタを振ってみて、反応するかどうか窺ってみるか。
オーリスが思案顔で寮の自室を出て、食堂で朝飯を食い、友人達と共に校舎へ向かっていく。
と、正面玄関の辺りがなにやら騒々しい。
「なんだぁ? 朝っぱらから騒がしいな」
主人公様御一行の盾役ロブ・バーガンディが訝しげに眉を上げる。
「喧嘩……かな?」
主人公の親友キャラであるライル・ラ・フローレントが小首を傾げた。
2人ともイケメンだ。前世のオーリスなら、友達になるどころか肩を並べて歩くことすら無かっただろう。
「ともかく行ってみよう」
そんな2人を率いることに自尊心が満たされつつ、オーリスは正面玄関へ急ぐ。
ゲームでは、正面玄関ホールの中でアイヴァンがヒルダに絡んでいた。
そこへ主人公が介入し、アイヴァンを追い払ってヒルダの好感度が上がる。後の実戦演習でピンチになるが……ま、主人公である自分と仲間達がいれば、問題なくクリアできる程度。問題はない。
オーリスは正面玄関ホールへ足を踏み入れ、人混みを掻き分けて騒ぎの中心へ踏みこみ――
「……あれ?」
ヒルダと対峙していたのは、アイヴァンではなかった。
★
この朝のホームルーム後(なぜ異世界中世風世界の学園に朝のHRがあるのか、和ゲーだからだ)。
「ロッフェロー。正面玄関の件を聞いたか?」
デカパイ女騎士見習いエルズベスがやってきた。
やめろ。近づくな。俺が死ぬ。
いつもの被害妄想を浮かべつつ、アイヴァンは愛想の欠片も無い仏頂面を返す。
「知らん。なんぞあったか?」
エルズベスは端正な顔立ちを曇らせた。
「私の指導グループの男子がな。モラデイオン公爵家の御令息と揉め事を起こしてな」
「あーん?」
アイヴァンは怪訝そうに眉根を寄せ、次いで『ああ、そういうことか』と内心で納得した。
本来なら自分が関わるヒロイン2号のイベントが起きたのだろう。
どうやら生贄の祭壇から逃れることに成功したらしい。大いに結構。後は演習でモラなんちゃら公爵のドラ息子がくたばっておしまいだ。
死亡フラグを回避したことで密やかに安堵し、アイヴァンは投げやりに言った。
「そりゃ御愁傷様。ま、指導役として上手く収めてくれや」
エルズベスは眉間に深い皺を刻み、噛みつくように言った。
「他人事だと思っているようだがな、貴殿とて無縁とは言い切れんのだぞ」
「なぬ?」とアイヴァンは怪訝そうに眉根を寄せ「どういうこった」
「オーリス……ああ、揉め事を起こした者だがな。彼は正式には貴族ではなく、領主貴族の育預にすぎん。いくら学院内にて身分平等といえど、貴族が衆目の前で平民に舐められ、黙っていられるか?」
問われたアイヴァンは即答する。
「俺ならその場で殴り殺す」
「私でもそうする」エルズベスは首肯し「ましてや、モラデイオン家と御令息は既に一度、貴殿に“舐められて”いるのだ。何を置いても恥を雪ぐだろう」
「なるほど。先立って俺がモラ……公爵家に恥を掻かせたせいで、事が大きくなりそうだと」
「そういうことだ」
どうだ理解したか、とエルズベスが言いたげに腕組みした。デカパイが両腕に圧迫され、胸元をいっそう強調する。
アイヴァンは強烈な視線誘導に抗いつつ、鼻を鳴らす。
「俺としては『知るか。俺には関係ねぇ』で済む話なんだが? そもそも俺にどうしろと。間違っても仲裁なんぞ出来んぞ。ウチは直参領主貴族とはいえ、たかだか男爵家だからな」
「本件は姫様が仲裁を買って出られるおつもりだ。ただ……姫様には相談役が居られない。校内では建前上、身分平等。王族の権威を用いて話を抑え込むわけにもいかん」
エルズベスの言が正しいなら、このままだとアイヴァンに姫様の“命令”を下されかねないらしい。
ピンク髪のヒロイン1号め。主従揃ってそんなに俺を殺したいのか。アイヴァンは被害妄想を抱きながら、筋肉塗れの脳ミソを捻って代案を絞り出す。
「校内身分平等の建前をごり押しして、件のアホタレとなんちゃら公爵の倅でタイマン張らせて済ませてはどうか」
エルズベスはうーむと唸り、思案する。そして、うんうんと頷き始めた。
「……投げやりの割に良い案だな。御家同士のトラブルではなく、個人間のやり取りで済ませてしまえば良いか。放課後に訓練場で一対一。悪くないな」
「いや、それで綺麗に収まるかは知らんぞ。仮に公爵家の倅が負けて本格的にブチギレても俺は責任を取らんからな」
言い出しっぺの責任を追及されては敵わんと予防線を張る筋肉ゴリラ。デカい図体して情けねえぜ。
「正式な準決闘ということにすれば、収まりがつかんでも付けるしかない。それが貴族というものだろう。うむ。早速姫様に御奏上してくる。助かったぞ、ロッフェロー」
エルズベスは男前な笑みを湛え、颯爽と教室を出ていく。
女騎士見習いの尻を眺めながら、アイヴァンは内心でほくそ笑む。
……まあ、上手くいく訳ねェけどな。
こいつは面白くなってきたぜ。ゲーム本編じゃあ俺は木っ端男爵家だ。親父も爺ちゃんも死んで御家相続も怪しい。シナリオ上で死んじまっても、なるほど後腐れがねえわな。
だが、なんちゃら公爵家は違う。王家門閥。公爵家自身もデカいし、派閥持ちだ。郊外演習で死んじまったら大問題になる。
――くくく。
下手打ったなぁクソ神ィ。だからテメェは能無しの腐れ疫病神なんだよドクズがよぉ。
クソバカなテメェのシナリオがワッチャワッチャになる様を高みの見物してやるぜ。
「ぐふふふ」
筋肉ゴリラが突如含み笑いを始めたことに、「ひぇっ!?」と隣にいた生徒がビビッて体をのけぞらした。
★
そんなこんなで放課後。
訓練場の試合線。その左右両側に主人公御一行とモラデイオン公爵家取り巻きが並び、互いを睨みつけている。
そして、双方に一人ずつ訓練用甲冑と武器を持った者が居た。主人公様と栄えある演出用死亡キャラに昇格したモラデイオン公爵家御令息だ。
ヒロイン2号ことヒルダが主人公様に何やら話しかけている。きっと主人公様とヒロインの御約束なやり取りだ。中身が無いので省かせていただく。
競技場の出入り口傍で、
「――なんでこうなった」
アイヴァンは銀紙を噛んでしまったような顔で唸る。
「それはこっちの科白だ、このゴリラ」隣のアーシェが小声で毒づく「巻き込むなって言ったじゃない。何やってんのよバカ」
アイヴァンの提案通り、転生者にしてゲーム主人公のオーリス・オレッツェとモラデイオン公爵家御令息の決闘――模擬戦を行うことになった。
立会人はヒロイン1号ことにアンナローズ姫とモラデイオン公爵家令息の取り巻きA。加えて決闘観戦人にオーリスの愉快な仲間達と、モラデイオン公爵家御令息の取り巻き達。ここまでは分かる。事に関与している連中だから。
では、なぜアイヴァンがクランの副長であるアーシェとセットでこの場に呼び出されたかというと、アンナローズが『発案者であるロッフェロー先輩にも立ち会ってほしい』と言い出したからだ。
俺は関係ないって言ったよねっ!? デカパイにきちんと念を押したよねっ!? なんで俺を巻き込むの? まさか……陰謀? 陰謀なのか? 意地でも俺を殺そうという陰謀なのか? おのれピンク髪め、淫乱ピンクの癖しやがってなんて陰険なんだ。許せん。許せんぞおい。
被害妄想で発狂しそうになった筋肉ゴリラへ、ヒロイン1号の取り巻きサブヒロインBことロリ魔法使いラーレインが告げた。
――ロッフェロー卿。姫のお召しであらせられます。良きに計らいくださいませ。
――へへえ。
反射的であった。完全な無意識であった。アイヴァンは愛想笑いしながら揉み手と共に了承してしまった。
こうして放課後、アイヴァンは訓練場でイベントに立ち会うことになったのである。
では、なぜ完全に無関係なアーシェが巻き込まれているのか。
と言えば、アイヴァンが一人で行って死亡フラグが立っちまったらどうする。どうするどうする、どうするっ!? と悩んだ結果。
――そうだ、イレギュラー要素を増やしちまえばどうだ?
我ながら妙案だ、と自画自賛しつつ、アイヴァンはアーシェに『放課後、団の金のことで相談がある』とだまくらかして訓練場へ誘い込んだ。
ヤリサーのロクデナシが上京し立ての女の子をホテルに連れ込むように。
斯くて騙されたアーシェはゲシゲシとゴリラの足を幾度も踏みつけているが、筋肉ゴリラには痛痒も与えない。
そこへ、
「御足労頂き、感謝します。ロッフェロー先輩」
ヒロイン1号アンナローズがにっこりと微笑みかけてきた。
やめろ。俺に近づくな。俺が死ぬ。
被害妄想を抱えつつ、アイヴァンは揉み手を始めそうな低姿勢で首を横に振る。
「いえ。姫様のお召しとあらば喜んで」
そういうこと言ってっから付け込まれるんだバカゴリラ、とアーシェがアンナローズの見えない角度からアイヴァンを殴る。
「クルバッハ先輩も御足労に感謝します」
「――いえ、上級生として監督する必要もありますから」とアーシェは姫殿下相手にも愛想の欠片も見せずに応じた。さっすが副長。頼りになるぅ。
「姫様。そろそろ始まります」
「わかりました。では、先輩方。失礼します」
エルズベスがやってきて、アンナローズを試合線の前へ連れていった。
試合線の左右から決闘者が試合線の中へ進んでいく。主人公とモラデイオン公爵家御令息がお決まりのやり取りをしているが、さして意味が無いので(以下略。
「で、この茶番は何なの?」
アーシェがうんざりした顔で吐き捨てる。
「知らねぇよ」
アイヴァンも辟易した顔で吐き捨てた。
「両者、いざ尋常に」
アンナローズが凛とした面持ちで告げ、
「勝負始めっ!」
決闘という名の消化イベントが始まった。
次回更新は未定。申し訳ない。




