23:学院編:僕は綺麗なお姉さんよりHなお姉さんの方が良い。
大変遅くなり申し訳ない。
クラン『幼獣団』は大損害からの再建中だった。モンスターの群れを擦りつけてきたパーティに対し、アイヴァンはきっちりカタにハメる。
一年掛かりで育てたクランを半壊させられ、アイヴァンの怒りは凄まじい。
「ウチのクランで肉壁をやるか、タコ部屋と娼館に沈められるか、選べ」
ゴネたクソガキの顎を殴り砕いて黙らせ、数人の肉壁を確保する。
むしゃくしゃしたアイヴァンが娼館に行き、腰振り運動ですっきりして店を出ると、店外で客引きのおっさんが声をかけてきた。
「旦那、またぞろ暴れたらしいじゃねェスか。あんま騒ぎを起こしてっと、御貴族様とぁいえヤベェですよ」
「歌うじゃねーか。そりゃ警告か?」
ぎろりと筋肉ゴリラに睨まれた客引きは、黄色い歯を見せて嗤う。
「老婆心の忠告でさぁ」
とまぁ、こんなこともあった末に夏である。
ここ二月ほど、アイヴァンは学院内では冷静に振る舞っていた。授業を真面目に受け、鍛錬を積み、後輩の指導をして、クランを経営する。主人公様御一行や本編登場者とも慎重に距離感を図っていた。
その内心は――
内戦までは大人しくしてやる。だがなぁ、内戦を迎えたら覚悟しろよ。
村を焼いて、街をぶっ壊して、お前らの故郷を更地にしてやる。お前らの家族を手籠めにして、ぶっ殺して、バーベキューにしてやる。お前らの大事なこの国を焼け野原にしてやる。
せいぜい足掻いて藻掻いて見せろ、クソ主人公共。見てろよ、クソ神。テメェのシナリオをワッチャワチャにしてやるからなぁ。
いつも通りの平常運転だった。
平常運転であるがゆえに、アイヴァンは失念している。あまりにも卒なく大過なく立ち回っているから、原作における木っ端貴族アイヴァン・ロッフェローの役回り――
原作における死亡フラグ……メインヒロイン2号と絡んでトラブルを起こす、というイベントをガン無視していたのだ。
この事態に主人公オーリス・オレッツェが深く困惑していることを、アイヴァンは知らない。
さて。
人格その他を抜きにしてみれば、アイヴァン・ロッフェローは豪壮な若武者だ。
身長190越え。体重は100キロ前後の筋肉達磨。拳を振るえば人間を撲殺できるし、単独で騎士崩れ数人を相手取れるし、大型モンスターとタイマンを張れる。こんな17歳はそうそういない。
ただし、人格その他――王都学院屈指のイカレポンチ。若手貴族一の狂犬。撲殺男爵(予定)。という悪評が足を引っ張り、アイヴァンを派閥に迎えようという貴族は居ない。アイヴァンとつるもうという若手貴族も居ない。
そんな折のことである。
「くれぐれも粗相のないように」
カイル・グリーンがアイヴァンへ警告を発する。端正な顔つきは真剣そのものだ。
「わかってますよ、グリーン先輩。粗相はしません」
アイヴァンは鼻糞をほじり出しそうな調子で応じた。こっちだって好き好んで会いたかねェんだよボケ、と心の中で毒づく。
カイル・グリーンから渡された招待状。
その差出人の名は『アルテナ・ブラックストーン』。
『黒鉄と白薔薇のワーグネル』における最も凶悪なボスキャラ。
参ったな。あの女に目ェつけられちまうとクソ面倒なことになるぞ。
アイヴァンはちょっぴり憂鬱になり、こっそり溜息をこぼした。
★
アルテナ・ブラックストーン。
世界が違えば、東方辺境領姫とか呼ばれていそうな外見の美女だ。豪奢で豊かな黄金色の長髪。鋭い翠眼。冷たい玲瓏な美貌。長身で優艶な体つき。公称40代前後ながら、見た目は完全に20代頭。
まぁ、アルテナは実年齢と肉体年齢が“一致しない”。そもそも”本当は何年生きているのか分からない”。
アルテナは本物の魔女だから。
大陸のあちこちで暗躍している迷惑な連中の一人で、戦乱や動乱の陰にはこいつらが関わっている(よくある設定)。
戦乱の炎が今にも燃え上がりそうな有様も、この女が深く関わっている。
ある意味で、アルテナと狂人アイヴァンは目的と合致しそうではある。
が、根っこの方針が違う。
創作物で行われる戦争は絶滅だの根絶だのである例が多いが、現実に行われる戦争は全てが権益や利権、収奪が目的であって、殺戮を主目的なんて”クソバカな理由”で戦争をする奴なんて早々いない(戦争にどれだけ金がかかると思ってんだ)。
よって、アルテナはマーセイル王国を戦火で焼いた先に、『利益』の獲得を目的としている。
が、復讐狂いの破滅願望者アイヴァンは、利益なんてこれっぽっちも考えていない。この国を滅茶苦茶に凌辱し、蹂躙してやろうという悪意だけだ。資源地帯を破壊し、穀倉地を焼き、国民を犯し、殺し、決定的な不和と憎悪を刻み込んでやろうと考えている。マーセイルを猖獗極まる惨劇の土地にしてやろうと企てている。ゲスぃ。
言い換えるなら、アイヴァンは主人公達とは別ベクトルでアルテナの“ビジネス”を阻害しようとしている。アルテナがアイヴァンの本願を見抜いたら、間違いなく殺しにかかるだろう。
間引きは早い方が良いのだから。
「ぬぁあああああん、ちきしょーぅ……行きたくねぇ~……こんなんじゃ俺、娼館に行く元気もなくなっちまうよ……」
しょうもないことをぼやく筋肉ゴリラに、幼獣団副長のアーシェが冷ややかに吐き捨てる。
「バカじゃないの?」
定型セリフを吐かれたアイヴァンは、愛嬌の欠片もないアーシェをひと睨み。
「いつもいつも一言で毒づきやがって。偶には変化球も投げろや。やだぁ団長ったらぁエッチなこと言うのはやめてくださいぃ、とか。団長、私がベッドで元気にしてあげよっか? とかよぉ」
「気持ち悪い……死ねばいいのに」
ゴキブリを見るような目つきでセメント対応を返すアーシェ。
「真顔で言うなや」
アイヴァンは鼻を鳴らし、告げた。
「ともかくだ。俺はお偉いさんと会食に出かけっから団の方は頼む。肉壁共は使い潰しても構わねーが、見どころがあるなら取り込め。使えねーなら後ろから撃っちまえ」
「了解。会食で面倒を起こすんじゃないわよ」
アーシェは『会話は終わりだ』というように踵を返す。付き合いが一年を超えても、この塩対応である。
去っていくアーシェのケツを眺めながら、アイヴァンは再び鼻息をついた。
紺色の瞳と髪。細面に切れ長の双眸。背に届く髪は三つ編みに結われ、凛とした佇まいが良く似合う。良く鍛えられた中肉中背の肢体もアスリート的魅力を有している。
真っ当に言えば、アーシェ・クルバッハは充分に美少女だ。
しかし、この『黒鉄と白薔薇のワーグネル』世界では“平凡”なモブだ。まったく和ゲー世界は美醜の偏差値が高すぎる。
その偏差値最上位の美女と顔を合わせるのだが……
「まったく嬉しくねーんだよなー」
★
王都内にある御貴族様御用達の高級レストラン。その個室にて。
「ようこそ、ロッフェロー卿。急な招きに応じて頂き、感謝するわ」
卓から立ち上がって歓迎の意を示すアルテナ。
全くもって実に美しい。蒼い礼装に身を包んだ姿は正しく麗しい貴族淑女だ。ただ、翠色の冷たい目がアイヴァンの容姿や一挙手一投足を冷徹に評価査定している。しかも主に減点方式で。
「こちらこそ宮廷にて要職を務める方に御招待いただけて光栄です」
アイヴァンは恭しく一礼した。男爵家嫡男として礼儀作法をきっちり仕込まれていたし、前世は社会人として礼法とマナーを学んでいる。この辺りは卒がない。
絶世のクールビューティを前にして、アイヴァンは思う。
イイ女だけど、まったくそそられん。目が爬虫類っぽくてこえーし。タマが縮むわ。
室内にはもう一人いた。
金髪ショートに翠眼の美少女。可憐な顔立ちとしなやかな体つきをしつつ、不愛想で気ままな猫を思わせる面持ち。
「やあ」
テーブルに着いたまま、セレン・グレイウッズが片手を上げる。お前はもうちょっとさぁ……
「これ。礼儀正しくしなさい」
アルテナは小言をこぼし、アイヴァンへ柔らかな微苦笑(目は笑っていない)を向けた。
「失礼したわ、ロッフェロー卿。この娘のことは御存じかと思うけれど、私との関係を言っておくわね。セレンの家、グレイウッズ家はブラックストーン一族なのよ」
「そうでしたか」
そういう設定なのね、と内心でメタい感想を呟きつつ、アイヴァンは『今、気づいた』というように、アルテナへ問う。
「そう言えば、グリーン先輩もブラックストーン様の御縁戚だとお聞きしておりますが……グレイウッズ嬢とグリーン先輩も御縁戚になるので?」
「私のことはアルテナで結構よ」
前置きしてから、アルテナは説明を紡ぐ。
「カイルは外縁の縁戚だから、ブラックストーン一族と直接のつながりはないわ。ただまあ、私を起点とした人間関係上、カイルとセレンは以前から知己があったの」
「なるほど。理解しました」
ネタバレは出来ないわな、と心の中でメタなツッコミをしつつ、アイヴァンはアルテナの勧めに従い、着席する。
「メニューはこちらで選んだものでいいかしら? 是非とも召し上がっていただきたい料理があるのよ」
「もちろんです。お任せします」とアイヴァンがアルテナに了承を返す。
セレンが無表情のままグッと親指を立てた。
「美味いぜ」
お前、キャラがブレッブレやぞ。
★
日頃、宮廷という伏魔殿の中で生活しているだけに、アルテナのホスト振りは見事なものだった。
学院のことを中心にアイヴァンへ話題を振り、共通の知人たるカイルとセレンのことを持ち出しながら会話を広げ、アイヴァンの逸話――ダンジョンでの活躍やル・モラデイオン公爵家のアレについて触れ、差しさわりの無い範囲でからかったり、いじったり。
アルテナは堅苦しくない楽しい食事を演出していた。貴族にありがちな二重三重の意味を含めた言葉遣いや言い回し、所作を使うことなく気楽な会話を交わす。年長者として若者を楽しませるという意味では、まったく完璧なホスト振りである。
ちなみに、アルテナと同じくホスト側であるセレンは、マイペースに飯を食い続けていたが。
「素晴らしい料理でした。恥ずかしながら、男爵家ではこのようなものを食べたことがありません」
口元をナプキンで拭うアイヴァンは素直にシャッポを脱ぐ。
メインディッシュ『子牛の煮込みステーキ』は確かに絶品だった。中近世に高品質な肉牛なんて存在しないのだが……ま、文化史がまともに設定されていない和ゲー世界で、そんなもの気にするだけ馬鹿馬鹿しい。
「そのお言葉をいただけただけでも、招待した甲斐があったというものです」
アルテナが柔らかく表情を和らげた(やっぱり目は笑っていない)。セレンは会話に参加せず、三つ目の白パンにベリーのジャムを塗って口へ運ぶ。
「ロッフェロー卿は王女殿下と知己を得ているそうだけれど、王女殿下は学院生活を楽しんでいらっしゃるかしら?」
「私は学年違いですので詳しくは。ただ、御学友の方々との交流や勉学を楽しんでいらっしゃるようです。そちらのグレイウッズ嬢は殿下と同学年ですからより詳しいかと」
「セレンはこの通りだから」と苦笑いするアルテナ。
「む?」とセレンは四つ目の白パンに手を伸ばしながら小首を傾げた。
「気まますぎるだろ。もうちょっと何とかならんのか」とアイヴァンも眉を下げる。
「食事中は食事を楽しむべき、そうすべき。なんというか、自由で豊かに、救われるまで」
酔っ払ってんのか、コイツ。ホントにブレっブレじゃねーか。方向性を定めろ。
くすくすと上品に喉を鳴らし、アルテナは話を続ける。
「宮廷内でも王女殿下のことは相応に気に掛けられているのよ。ほら、殿下はまだ相談役がいらっしゃらないから」
「相談役が定まっていないからこそ、学友の方々と楽しく過ごされているのかもしれません。相談役はお目付け役も兼ねると聞きます。小言は少ない方が良い」
「なるほど。そういう見方もありますか」
アルテナはワイングラスを口に運んでから、鋭い翠眼をアイヴァンへ向けた。
「時に、ロッフェロー卿。貴方は殿下の御傍に侍る意図はおありかしら?」
「自分のような粗忽者は殿下の御傍に相応しくありません。まったくの自業自得ですが、評判も良くありませんので。仮に殿下御自身や陛下から御指名の栄を賜っても、謝辞させていただくつもりです」
俺はあいつらを苦しめたいんだ。仲良しこよしの友達ごっこなんかしたくねーんだよ。
むろん、本心を明かせぬアイヴァンはひたすら謙虚に振る舞う。揉み手と愛想笑いのオプションをいつでも発動可能。
「そう。残念ね。陛下は卿のことを目に掛けてらっしゃるのよ。モラデイオン家の顛末を大層お気に召していらっしゃってね」
「あれは、その、汗顔の至りです。ご容赦を」
大いに“含み”のあるやり取りが交わされる。
魔女め。俺を王女の鈴にする気か。冗談じゃねーぞ。死亡フラグを避けてーんだ、あいつらに関わらせるんじゃねーよ。アイヴァンは内心で悪態をこぼす。
「話は変わるけれど」アルテナは蛇のような目つきで「卿は相続予定の自領を継母様と異母弟妹に預けてらっしゃるとか。領主貴族が領主権を手放すような真似は極めて珍しいわ」
「私はまだロッフェロー家を継いではおりませんから、領を未亡人たる継母様が差配することは妥当です。王都学院に通っていてはどのみち、領経営など出来ませんから」
「あら。卿は冒険者クランを見事に経営しているではありませんか。貧民街の賤民や孤児を見事に戦士へ鍛え上げた。
いえ、それ以上ですね。戦闘技能を与えるだけでなく、組織への忠誠心や仲間への敬意を学ばせ、誇りを持たせた。下の者を率いることが出来るや下の者を上手く使える者は大勢います。貴族なら必須技能と言って良いわ。けれど、貴族でも率いる者達を育てられる者は少ない」
アルテナはワイングラスを軽く揺らしながら、アイヴァンを見据える。爬虫類のようにぬくもりを感じさせない瞳で。隣でセレンが五つ目のパンを手に取っていた。
「ロッフェロー卿。学院を卒業後は国軍に奉職する気はないかしら。卿にその意思があるなら、私が後押しして差し上げられるかもしれないわ。これでも宮廷魔導士として”それなり”の役職をいただいておりますから」
あーあーあーあーあーあー、来たよ来たよ来たよ来ちゃったよ。ここで頷きゃ魔女様の飼い犬の仲間入り。馬車馬の如く扱き使われ、憐れなグリーン少年と同じくあの世へゴー。
かといって断るとなりゃあ、作中屈指の激ヤバ魔女の面目を潰しちまう。イラっとするくらいで済めばいいが、このガキ私の顔を潰しやがって、とか激おこぷんぷん(古代語)したらやべーことになる。
どーする。どーするよ、おれっ! どんなライフカードを切れば良いっ!?
アルテナは内心で慌てふためくアイヴァンを見つめる。毒蛇が獲物を飲み込む機会を窺うように。
魔女の隣で、魔女の妹分がワインをごぶりと飲み、呟く。
「そろそろデザートが欲しい」
空気を読め。キャラブレ女ッ!




