20:女難はハーレム主人公の役回りダルルォ!?
大変お待たせして申し訳ない。
どかーん。
『オルタミラ遺宮』大回廊を音の衝撃と閃光の津波が突き抜ける。
視覚と聴覚を打ちのめす衝撃波に幼獣団の団員達がバタバタと倒れる中、Sランク呪物装備で身を固めていたアイヴァンと、事の元凶たるセレン・グレイウッズだけが立っていた。
「流石はSランク装備。なんともないぜ」
アイヴァンは団員達を見回し、安危を窺う。
アーシェを筆頭に倒れている者達はゲームで言うところの『スタン状態』であり、動くことも戦うこともできない。が、命に別条はないし、問題もない。
まあ、フルチンの山羊頭悪魔を前に身動きできない、という状況は普通に考えて、死亡確定状況であるが……
「俺がなんとかすりゃあ問題ねェ訳だが」
アイヴァンは右手で戦鎚を握りしめ、左手で盾を構え、肩越しに背後のセレンを睨みつけた。
「無愛想猫娘ェ……お前にゃあ後できっちりクンロク入れっからな……っ!!」
「解せない」
私何も悪いことしてない、と言いたげに眉をひそめるセレン。
「今動けるのは俺とお前だけだ。きっちり手を貸せよ」
アイヴァンが告げると、セレンは腰からレイピアを抜き、こくりと頷く。
さてと、とアイヴァンは呟き、黒目がちな双眸でこちらをねっとり見つめていたフルチン山羊頭悪魔を見据え、ガシャ、と甲冑を鳴かせながら踏み出した。
「タフな勝負になりそうだぜ」
★
大型モンスターとタイマン。
主人公様や準主人公様ならその強さを十二分に表現し、頭も股も緩い娘っ子達を魅惑するところだが、アイヴァンは木っ端悪役に過ぎず、度々娼館に出入りする非モテ男である。
ゴキブリの如く逃げ回りながら、大型モンスター相手にちまちまとダメージを与えるしかない。まして相手はその巨躯とは裏腹に魔導術主体の攻撃を繰り返す。ワンミスで即死確定の悪戦苦闘が繰り広げられる。
はずであった。
「どーしたどーしたっ!! デカい図体とポコチン晒して、なんだぁそのざまぁっ!!」
げらげらと悪党笑いと煽り文句を叫びながら、アイヴァンは山羊頭悪魔の脛を戦鎚で殴りつけて転倒させ、横っ腹や頭を滅多打ちにし、山羊頭悪魔が藻掻き暴れると距離を取って息を整える。
両脛を血塗れにし、顔や胴体からだばだばと血を流す山羊頭悪魔が、咆哮と共に氷撃の魔導術を放つ。
軽トラほどありそうな氷塊はまさに一撃必殺の威力を有しており、アイヴァンを直撃した。
しかし――氷塊がアイヴァンを直撃した瞬間、粉微塵に砕けてしまい、傷一つ付けられない。
「効かんなぁっ! まーったく効かんなぁっ!!」
巻き角を生やした凶悪な容貌の甲冑を着込んだゴリラが、高々と嘲り嗤う。
アイヴァンのSランク装備『凶鬼の鎧』は驚異的な防御力とステータス向上をもたらす。
その防御力は対物理のみならず、対魔導術でも発揮されるのだ。アイヴァン自身もここまで強力な防御力を誇るとは思っておらず、予期せず圧倒的優位性を得たアイヴァンは、
「むははははっ!! まってろ山羊頭野郎っ! 今からそのデカチンをぶっ潰してやっからよぉっ!!」
哄笑を上げながら戦鎚を振り回すその様ときたら、まさしくイキった小悪党のそのものであった。
まあ、『狂鬼の鎧』は神聖系魔導術に対して被特効なのだが……悪魔が神聖魔法なんて使えるわけもなく。
結果、魔導術主体の山羊頭悪魔の攻撃――魔導術はアイヴァンの怪物的容貌の甲冑を貫けず、アイヴァンが一方的に山羊頭悪魔を殴っている。倒れている仲間を一顧だにすることなく、自身の狂気を発散するが如く暴力に酔いしれていた。
スタン状態から回復しかけているアーシェは、団長の背中を見つめながら、呟く。
「頼もしいのに、素直に喜べない」
そして、事の原因であるセレン・グレイウッズは、ついに両足をへし折られて動けなくなった山羊頭悪魔に乗っかり、その頭蓋を戦鎚で“耕す”アイヴァンをじっと観察していた。
「ジンギスカンにしてやるぜ、山羊頭野郎がよーっ!!」
アイヴァンは返り血を浴びながら山羊頭悪魔を撲殺し続ける。
ジンギスカンは山羊肉ではなく、羊肉であることに気付かず。
★
山羊頭悪魔を撃破した後、アイヴァンと幼獣団の幹部――アーシェを始めとする各班長達がセレン・グレイウッズを囲み、ギロッと睨みつけていた。
が、当のセレンは相変わらずの無表情のまま、周囲の険しい視線を浴びている。
「説明しろ、不愛想猫娘。もっとも、説明次第じゃあ腫れあがるまで尻を引っ叩くがな」
アイヴァンはセレンを睨み据えながら言った。
尻を叩かれると言われ、セレンは微かに眉根を寄せつつ、口を開く。
「ダンジョンは超古代文明の遺跡。これは理解している?」
「理解しているも何も、常識でしょ。まあ、その古代文明自体については何も分かってないけど」
レイニーと名乗るむっちり系女魔導士が答え、各班長も頷く。アイヴァンは内心で『そりゃ開発の連中がろくすっぽ設定してねーんだから、不明に決まってらぁな』とメタなことを考えていた。
ところが――
「超古代文明の遺跡であるダンジョンの中には、当時の機構が“生きている”ケースがある。先ほど現れた大型モンスターは、その証」
セレンがさらっと未設定のはずのダンジョン設定を口にし、アイヴァンが驚く。他の面々もダンジョンの謎の一端がしれっと明かされ、目を瞬かせていた。
「なんでそんなことを知ってる?」とアーシェがもっともな問いを投げかければ、
「私はダンジョンを研究している。だから知っている」
セレンはそんなことはどうでも良いと言いたげに話を続け、
「ダンジョンには秘された構造が存在する。低俗な表現を用いるなら隠しルート。私はそれを探している。今回のアレはただの警備機構。一言で言うならば」
言った。
「外れ」
悪びれない態度を崩さないセレンを前に、アイヴァンは大きく鼻息をついて、
ごちん。
「痛い」
頭のてっぺんを両手で押さえながら、セレンが恨みがましい目つきでアイヴァンを睨む。
アイヴァンが悪鬼も怯みそうな目つきで睨み返す。
「お前なぁ、その外れとやらでウン十人を死なせかけたんだぞ。学院の後輩じゃなかったら、今の拳骨で殴り殺してるぞ。そうでなくても、マワして女衒に売り飛ばしてってとこだぞボケが」
「解せぬ」と小首を傾げるセレン。
「解せないことに驚きだよバカヤロウ。良いか、間違っても指導グループの連中を連れてきてっ時に今日みたいな真似すんじゃねーぞ。やらかしやがったらケツにチーズを突っ込んでやるからな」
「なんでチーズ?」と遊撃班長が不思議がり、
「気にするところが間違ってるぅっ!」と斥候班長が遊撃班長のケツを蹴る。
そんな背後のやり取りを無視し、アイヴァンはセレンを見据え、問う。
「言っとくが俺ぁマジだからな。グリーン先輩がとやかく言おうと、マジでお前のケツにチーズを突っ込むぞ。分かったら返事せぇ」
「……分かった」
セレンは不愛想に応じた。心なしか拗ねているように見える。
「ボス。あのバケモンのお宝はどうします? 魔石はともかく、ドロップ品は流して大丈夫なんスかね?」
団員の問いに、アイヴァンはしかめ面を浮かべた。
ダンジョンで未知のモンスターが落としたドロップ品。間違いなく面倒事の種だ。
「良ければ私が買い取りたい」とセレン。「ダンジョン研究の資料にする」
「買い取る? あんた、そんな金持ってるの?」
金の話になるが否や、アーシェが沈黙を破った。守銭奴らしい反応である。
セレンは答える代わりに懐から小さな包みを取り出し、アーシェに放った。
アーシェは怪訝顔で包みを覗き込む。包みの中には小粒ながら宝玉の原石がいくつも詰まっていた。
「売るわ」
清々しいほどの即答であった。
「団長の俺を差し置いて勝手に――」
「副長の私の判断に文句あるの?」
アイヴァンを睨むアーシェの目は、完全に据わっていた。
前世、ブチギレた嫁を思い出し、アイヴァンは二の句を飲み込む。目の据わった女を刺激してはいけない。その先には苦労と悲劇しかないからだ。
アイヴァンは大きく溜息を吐き、全員へ告げた。
「今日はもう引き上げるぞ……」
奥さんに頭の上がらない恐妻家の悲哀を漂わせながら。
★
寮に帰った後、アイヴァンは覚えている限りのゲーム情報を書き込んだ手帳を何度も何度も読み返し、そのうえで劣化著しいゲームの記憶を掘り返す。
も、やはりセレン・グレイウッズという不愛想な美少女について、まったく情報が無かった。
先立ってのことを振り返れば、間違いなくモブではない。ネームド。それも特別な役割を持ったワンオフだ。
極端な話、オーソドックスなRPGと違い、SRPGはシナリオに関与するキャラ以外、代替が効く。結局のところ、ネームドにしても『モブより高ステータスのユニット』以上ではないからだ(名作タクティクスオ●ガやF●Tなどが、もろにこの系統)。
この辺りの問題を解決すべく、ネームドのキャラを掘り下げる方向へ進んだのが、サモ●ナイトやファイヤー●厶ブレム系統だろうか。
なお、キャラ掘り下げ傾向に走ると、登場人物はイベント以外でまず死ぬことがないので、緊張感がほぼ皆無となる模様。
話を戻そう。
アイヴァンにはダンジョンにあんな仕込みがあったことも初耳であり、アーシェ達の反応を見るに、誰も知らなかったことは間違いない。
つまり、セレンはこの世界においても超レアな知見を持つ存在。
しかも髪や眼の色など外見的特徴が強ボス、アルテナ・ブラックストーンと全て同じ。加えて、カイル・グリーンのセレンに対する態度。
サルでも分かる。
どういう事情――アイヴァンが未プレイのPC向けHD版専用キャラ――か知らないが、あの不愛想な猫娘は厄ネタ確定だ。
「ちきしょう。主人公様御一行と距離を取れたと思ったらコレかよ」
アイヴァンは頭を抱えた。
★
頭を抱えている人間はアイヴァンだけではない。
“彼”もまた、頭を抱えていた。
“彼”はこの世界が『黒鉄と白薔薇のワーグネル』世界であることを知っていた。
知っていたからこそ、“彼”は原作との差異がどういうことなのか、苦悩している。知らなければ、ただ現実を受け入れるだけで済んだのだが、知っているからこそ違いについて悩まざるを得ない。その理由について考慮、検討を余儀なくされる。
木っ端悪役ロッフェローが筋肉ムキムキのゴリラになっていること。
HD版“隠しキャラ”のセレン・グレイウッズが“序盤”から堂々と登場していること。
王女殿下とその幼馴染達の好感値が妙に上がり難いこと(王女には現状、アイヴァンという分かり易い後見役候補がいるため、“彼”に拘泥する必要がない)。
こうした差異の理由は、原因は何なのか。
この変化の違いが自分の知るシナリオにどう影響をもたらすのか。
シナリオが変化した場合、自分が望むルートを進むことができるのか。自分が知るゲーム知識が活かせるのか。
変化を正す修正力が働くのか。
ともかく、“彼”は頭を抱えていた。
なんたって、これからマーセルヌ王国は人が大勢死ぬ動乱の時代を迎えるのだから。
★
王都内某所。
アルテナ・ブラックストーンとセレン・グレイウッズがテーブルに着き、食事を進めている。王国内では食う物に困っている者が山ほどいるが、2人の囲む卓は豪奢な美食に彩られていた。
「――なので、この国のダンジョンは当たりを引く可能性がある」
セレンの報告を受け、
「ふむ。古の遺産が手に入るなら、それに越したことは無いが……アレは劇薬でもある。留意するように」
アルテナはワインを口に運び、“妹”へ問う。
「それで、件の少年はどうだった?」
「弱い。Sランク装備があってようやく使えるレベル。将兵の方は論外。あれでは秘宮探索に使えない」
食事の手を止めず、セレンは“姉”へ即答した。
一人一人は捨て駒にしか使えん雑魚ばかりだが、あのゴリラを核とする群れとしては、それなりの戦力だ。ダンジョンの深奥へ挑むには足らずとも、深層へ至る調査には使えよう。よりふさわしい手駒が見つかるまでは。
セレンは最後に付け加えた。
「あと、あいつに拳骨を落とされた。二回も」
“妹”の言葉に、アルテナは目を瞬かせ、次いでくすくすと楽しげに喉を鳴らした。
「何も知らぬが故の蛮勇だな」
「蛮勇に加え、粗野で無知。だけど、隊を率いる指揮官としてはまあまあ。そちらの“仕事”には使えると思う」
「そうか」
ワイングラスを揺らしつつ、アルテナは目を細めた。
「私も一度会ってみるかな。件の少年に」
作中屈指の凶悪ボスキャラが本格的にアイヴァンを認識した。
ア●ゾンの古本市場。価格変動が大きすぎて買い時が分からないよ。




