1:プロローグ追加:転生先は凡ゲー。
投稿ミスで修正前の物を挙げてしまいました。
12/1にブクマしてくれた人、申し訳ありません。
『黒鉄と白薔薇のワーグネル』は2000年代に発売された日本製AVG+SRPGだ。
ゲーム雑誌の提灯記事ではなく、辛辣なネット評を用いてご紹介するならば、
『タクティスオ〇ガをギャルゲー的に陳腐化したゲテモノ』とか『FEの出来損ない』とか『クソゲーにもなれない凡ゲー』やら『特別面白いわけでもつまらないわけでも奇をてらった話でもなく、日用消耗品みたいな作品』
とまあ、御世辞にも評判は良くない。
ただ続編こそ作られなかったが、後にスマホ版やPC向けHD版が発売される程度には売れた。
その内容は暴君の悪政で腐敗したクソ国家で革命内戦が勃発、イケメン主人公がヒロイン達とイチャつきながら革命を達成して新国家を興すという、ありきたりのストーリーである。
世界観にしても中近世ファンタジー欧州を舞台にしており、和製サブカルのお家芸――ミニスカ少女や水着みたいな恰好の痴女が出てくる。もちろん、髪や目の色は和製アニメの古典的文脈に従い、赤青緑黄色にピンクと幼児のクレヨンセットみたいなザマだ。中近世なのに剣と魔法に加えて弩銃という銃要素(近代戦要素)があるのも、ゲーム上の都合である。
まあ、この辺をあーだこーだと指摘するのは野暮であろう。我が国はエナメルタイツを穿いたクノイチが出てくる時代劇がバカ受けし、ウン十年も放送された国だ。マジョリティは創作物にリアリティなんて求めていない。それっぽくて納得できれば良い。
システム的にオリジナリティが感じられる点はほぼ無い。オーソドックスと言えば聞こえは良いが、ありきたりで凡庸。評価点は……AVGパートがフルボイスでキャラがぬるぬる動くこと、ARPGパートでアニメ的カットインなどが入ったりすることくらいか。
さて、ここで今一度、基本的なストーリー構成を確認させていただこう。
第一章として『王都学院編』がある。ここで主要登場人物やヒロイン達と合流する。いわばキャラや世界観の紹介、ゲームに慣れてもらうための章。
第二章からが本命の『内戦編』だ。ここでシナリオ分岐――メイン攻略ヒロインごとに第三章の展開が分かれる。具体的に言えば、追加キャラが異なってくる。
いわゆるハーレムルートを進んだ場合の第三章は、王国軍主力を撃破するガチンコの戦争ルートで難易度がかなり高い。
そうして、第四章で王都を攻め落として戦争を終わらせるわけだが、ハーレムルートの場合は隠しボスが現れる。なお、ハーレムルートのエンドがトゥルーエンドではない模様。シナリオの出来栄えに過度な期待を抱いてはいけない。所詮は国産三流デベロッパーの凡ゲーだ。
この全四章立て構成の中で、悪役貴族アイヴァン・ロッフェローが登場するのは第一章。退場するのも第一章。その立ち回りはヒロインの一人に絡み、主人公のイケメンムーブで犠牲になること。プレイヤー達が『そんな奴いたっけ』と小首をかしげる程度の存在だ。まさに木っ端悪役。
つまるところ、アイヴァン・ロッフェローとは『演出用素材』に過ぎない。
この辺り、同じく悪役貴族に分類されながら、『家畜に神は居ないっ!』という伝説的名言を残した某ゲームの中ボスとは比較にならない。まぁ、十把一絡げの凡ゲーと名クリエイターの作った傑作を比べるのは、某国の自動車と日本車の性能を比べるような不毛な行為だが。
ともあれ。
あくまでゲーム“作品”のキャラクターならともかく、ゲーム“世界”の血が通う人間となれば、話は変わってくる。
なぜなら、善人でも悪人でも英雄でもカスでも、血が通う人間である以上、己という人生の主役だからだ。
そして、主役である以上、脇役のことなど気にかける必要もない。
どんな人間にも己の人生を全うする権利があるゆえに。
〇
『黒鉄と白薔薇のワーグネル』において、アイヴァンは『演出用素材』に過ぎないから、キャラ設定など無きに等しい。おそらくは開発スタッフすら把握していまい。せいぜい脚本家が数行の設定を用意したくらいだろう。ひょっとしたら用意すらしていないかもしれない。
しかし、ゲームではなく血の通う世界であれば、あらゆる者に背景事情が存在する。木の股から生まれ落ちない限り、どんな人間にも親が居て、父祖がいて、生育環境があり、歩んだ人生がある。
アイヴァン・ロッフェローの出生に愛は無い。
オヤジとオフクロは御貴族様で政略結婚。そこに愛は無かったし、愛が育まれることもなかった。オヤジはアイヴァンが生まれる前から御執心の女がいて、結婚してからもその女と逢瀬を重ねていた。オフクロと夫婦として愛や絆を育む気などなかったようだ。
このオヤジはオフクロがアイヴァンを生み、産褥熱で逝去しても眉一つ動かさず、アイヴァンを実子と認知はしても、我が子として愛情を注ぐことは一切無かった。それどころか、オヤジは生まれたばかりのアイヴァンを追い出すように実家へ預け、御執心の女を後妻として迎えている。
オヤジの両親とオフクロの実家は、このオヤジの態度と仕打に対し、常識的に憤慨した。
オフクロの実家は娘の嫁入り道具と持参金を没収、貴族としてオヤジに対してあらゆる嫌がらせを行うようになった(当然だよなあ)。
親父の両親――アイヴァンの祖父母もオヤジの不義理と人の親としてあるまじき態度に激高し、ロッフェロー家の家督が後妻の子に継がされるにしても(オヤジは必ずそうするだろう)、祖父母の持つ財産その他は全てアイヴァンに渡るよう手配した。
そうしてアイヴァンを引き取った祖父母やロッフェロー家の使用人達は、父に憎まれた幼子を憐れみ、慈しみを以って接した。
子供にとってその愛情は黄金より価値あるものではあるが、実の親に全く愛されていないという残酷な現実を糊塗するには至らない。何よりも、憐れまれる、ということは誇りある人間の自尊心や矜持を少なからず傷つける。
『ゲーム本編』のアイヴァンが悪役貴族の道を歩んだのも、そうした哀しい歪さゆえかもしれない……まあ、プレイヤーがこうした背景事情を知る機会など無いから、さして気にせずぶっ殺し、ぶっ殺したことも忘れてしまう。
悲惨過ぎない?
しかし……この哀しい生育環境を、彼は“歓迎”した。
親の目が無い。祖父母と家人は哀れみから甘やかし気味。
こりゃ俺が“好きに”動けるってもんじゃねーか。良いぜ、ガキの時分から悪役貴族の道をガンガン突っ走ってやっぞっ!
悪役に転生した連中のテンプレートで言えば、『このままじゃ死んじゃう~前世知識やチートを駆使してバッドエンド回避して~スローライフしますぅ~』とか抜かし、実際はスローライフなんかせず、バカ婚約者やクソ家族やカス仲間に『ざまぁ』をして、より上ランクの美形の男や女を捕まえて勝ち組人生を送るわけだ。
誤解の無いよう言っておくが、これは批判でも非難でもない。事実の列記だ。むしろユーザーのニーズに応えることは“商売”として正しい。テンプレとは大多数に支持された完成形なのだから、胸を張って発表すればよろしい。
が、アイヴァンはこのテンプレに沿う気が無い。あるはずもない。
なんせアイヴァンは頭のネジが外れている。この第二の人生に何の希望も抱いていない。イカレている人間に普遍的人生を歩めるわけがない。
というわけで、5歳を迎えた頃、彼は本格的に考え始めた。
決して衰えることのない憤怒と憎悪と怨恨と絶望に歪み狂った脳味噌で、よぉく考えた。
悪役貴族としてくたばるのは構わねェ。優しい爺ちゃん婆ちゃんには悪いがな、こんなクソッタレな第二の人生を真面目に生きてられっかっ! 俺はどっかの負け犬共みたいにスローライフにもハーレムにも興味なんてねーんだよっ! 悪役としての死にっぷりを見せてやるよ、クソ神っ!
だがな、テメェの望み通りには踊ってやらねーぞっ! 木っ端悪党としては死んでやらねえっ! 俺はこのクソ世界の中でも最低のクソ野郎として死んでやるっ! クソシナリオを引っ掻き回してめっちゃくちゃにしてやんよ、クソッタレっ!!
猛ったアイヴァン(5歳)は思わず自室で叫ぶ。
「俺の悪役貴族っぷりを見せてやるよぉおおおおおおおっ!」
後日、侍女達が井戸端で話し合う。
「“また”、若様が部屋でぶつぶつ言ってるんだけど」「お寂しいのよ。気づかない振りをしてあげなさいよ」「まあ、“そういう”お年頃でもあるし」
侍女達の優しさが痛い。
かくてアイヴァンは考える。よく考える。ひたすらに考える。
どのような悪役を目指すか。そも悪役貴族の定義とは?
一言で悪役と言ってもその類型は幅広い。
汚職に手を染め、権力を笠に着て善人を苦しめるロクデナシ。世界征服を企むアホンダラ。ノータリンのパープリンのラリパッパな殺人鬼。ひたすら無軌道に破壊的狂乱的に騒ぎを起こすトリックスター(気取りのアホ)。美女美少女を手籠めにするポコチン野郎。などなど。
目指すべき悪とは何ぞや。そも、悪とは何ぞや。悪。悪とは?
しょうもないことを真面目に考えてしまうのは、理性以外を削ぎ落された狂気の状態だからだろうか。
屋敷の中庭、アイヴァンは物憂げな面持ちで、若い侍女の尻を眺める。
若い侍女や領地の若い娘を手籠めにするのは、悪役貴族としてスタンダード、R18モノなら王道である。嫌がる娘を無理やりモノにするという行為はある種、男性が好んで妄想するシチュエーション。アダルト産業の一大ジャンルだ。
が、彼はかつて年頃の娘を持つ父親だった。若い娘達を見ると、自分の娘が脳裏をよぎり、酷いことなどとても出来そうにない。そもそも性欲が刺激されない。じゃあ、ある程度の年増なら良いのかというと、それはそれでなんか萎える。萎えるんだよなあ。“誘って”も素っ気なく袖に振る嫁……う、頭が。
……シモ絡みは先送りしよう。アイヴァンは日和った。
では、領民を虐待するか。重税を課して……もう課されとるがな。自分がイジメるまでもなく御国がイジメとるがな。むしろ爺ちゃん婆ちゃんがあの手この手で保護してるくらいやがな。これ以上領民を絞ったら、俺の飯代を納める人間がいなくなっちまわぁ。
なんてこったい。定番の領民イジメが出来ねェ。汚職に手を染めようにも汚職をするような環境にない。賄賂を受け取るにも、商人も金がないし、そもそも金なんかあっても使い途がろくにねェ、ときた。なんだこれは。どうしろというのだ。どうすればいいのだ。
アイヴァンは頭を抱えた後、何もかも面倒臭くなり、数日ほど不貞寝して過ごした。
そして……天啓来たれり。
そうだ。
体を鍛えよう。
マッチョになろう。ムキムキマッチョの筋肉ゴリラになろう。
ぐぐぐっとアイヴァンは力強く拳を握りこむ。
どうせくたばるにしても、主人公とその一行を出来る限り苦しめてやりたい。他人様の死体を足場にヒロインとイチャイチャするのだから、こっちにゃあ嫌がらせをする権利がある。そうだ。これは悪役貴族として正当な権利だ。
俺はマッチョな脳筋悪役貴族の道を進むのだ。
天啓を得たことでテンションが上がったアイヴァンは自室で叫ぶ。
「見てろ、見てろ見てろよこの野郎っ! 滅茶苦茶鍛えまくって筋肉ダルマになってやっからなぁっ! 腐れ主人公共め。俺を楽に殺せっと思うなよッ!」
侍女達が井戸端で話し合う。
「最近、若様が妙なこと始めたんだけど……」「鍛錬と言ってたわよ? まだお小さいのに立派ねえ」「馬鹿ね。少しでも旦那様の気を引きたいのよ」「御可哀そうに……優しく見守ってあげましょ」
侍女達の優しさが切ない。
そんなこんなでアイヴァンは体を鍛え続けた。
学生時代は運動部だったし、部下の鈴木君に誘われて通ったスポーツジムで科学的トレーニング法を学んでいる。効率的な器具もプロテインも無いが、体を作るために飢饉で値上がりした食料を惜しげもなくたらふく食らい、体を育み、筋肉をつけていく。武術を学び、研鑽と鍛錬を重ね続けた。
爺ちゃん婆ちゃんが「幼いうちから、そこまで武を鍛えずとも」と釘を刺してきたり、家庭教師(よく分からんが、学校に通うことはなかった)は「体だけでなく頭と魔導術も鍛えなされ」と真っ当な忠告をしてきたりしたが、アイヴァンはとにかく体を鍛えた。
ある賢人は述べている。
『筋肉は全てを解決する』と。
ゆえに求めるは筋肉。願うは筋肉。叶えるは筋肉。筋肉だ。筋肉こそ真理だ。筋肉は決して裏切らない。筋肉はあらゆる問題を解決する。絶対正義とは筋肉のことだ。
牛乳飲んで体を鍛えて、飯食って体を鍛えて、牛乳飲んで体を鍛えて、飯食って体を鍛えて……アイヴァンはソ連人民最大の敵を育んだ生活を送り続けた。
ちなみに、中世の武士や騎士が農民上がりの兵卒に比べて圧倒的に強かった理由は、幼い頃からしっかりと飯を食い、延々と戦闘技術を練っているからだ。
戦闘技能は立派な高等専門技能であり、正規の訓練を受けた者とそうでない者では天と地ほどの開きがある。才能や発想だけでどうこうできれば、訓練なんて要らねーし、誰も格闘技なんて習わない。つまり、漫画雑誌やラノベの展開は嘘っぱちだ。真に受けてはいけない。
よーするに、アイヴァンが選んだ脳筋悪役の道とは、武人に至る道だった。
既に悪役道から逸れ始めていたが、頭のネジが外れているアイヴァンは気付かない。
「ぅおおおおおお、筋肉っ! 筋肉っ! 筋肉ぅっ! 明日のための筋肉っ! 悪に至るための筋肉っ!」
侍女A:若様がまた何か叫んでるわ。
侍女B:しっ。気付かない振りをしてあげましょ。
クレクレ中です('ω' )