16:学院編:新しい御友達が出来ました。
大変にお待たせして申し訳ありませんでした。
新入生をグループ分けし、上級生が指導役に就く。
リリア〇女学園やホグ〇ーツじゃあるまいに、ンな面倒くせェことやってられっか。とアイヴァン・ロッフェローは内心で毒づいていた。
「二回生のアイヴァン・ロッフェローです。よろしく頼みます」
それでもまあ、サイバー・パンクのニンジャ同様、挨拶は疎かにしない。
前世では妻子持ちの真っ当な社会人だったのだ。頭がこの世界への憎悪と怨恨で濁り切っていようとも、TPOを弁えるくらいの分別はある。
「三回生のカイル・グリーンだ。こちらこそよろしく」
アイヴァンと組んで担当グループを指導することになった、カイル・グリーンは爽やかな微笑みを返した。
カイル・グリーンはある種の女性達が描く理想像みたいなイケメンだった。
丁寧に鋏が入れられた金髪。優しげな翠眼。眉目秀麗な顔立ち。バレエダンサーのような引き締まった長身痩躯。制服の着こなしにもそつが無く、清潔感に満ちている。
アイヴァンと並び立てば、まさしくケダモノと美男。
挨拶を述べたカイル・グリーンがごく自然に握手を求めてきた。恐ろしく絵になる所作だ。
アイヴァンも素直に握手へ応じる。
キャッチャーミットみたいなアイヴァンの手に伝わる、カイル・グリーンの手の感触は優男な見た目と違ってとても堅い。鍛錬ダコがいくつもあった。
美女相手に詩でも披露していそうな容姿とは裏腹に、カイル・グリーンが手練れの戦士である証拠だった。
カイル・グリーンの背後事情を知らなければ、驚くところかもしれないが、『黒鉄と白薔薇のワーグネル』プレイヤーであるアイヴァンは内心で鼻を鳴らすに留まった。
あの“魔女”の忠犬野郎だからな。当然と言えば当然だわな。
アイヴァンは握手を終え、カイル・グリーンに問う。
「グリーン先輩。この指導役について色々相談したいことがあります。お時間をいただけますか」
「評判と違って折り目正しいな」カイル・グリーンは涼しい微苦笑を湛え「そう堅苦しくなくていい。こちらは爵位持ちという訳でもないし、その予定もない。男爵家を相続する君の方が格上だよ」
「お気遣い有り難く。しかし、ここでは学院内の学年順が優先ですので」
アイヴァンは敬語を用いながらもつっけんどんに応じる。
オメェと慣れ合う気はねェよ。俺ぁ内戦で好き放題暴れる予定だけどなあ、あの魔女の紐付きなんて御免被るぜ。
そんなアイヴァンの心中を知ってか知らずか、カイル・グリーンは小さく肩を竦めて頷いた。
「分かった。ともかく、君の相談事を聞こう。入学式まで日も無いからな。調整できることはさっさとすませておこう」
「御配慮、助かります」とアイヴァンは大きく頷く。
「それじゃあ……」
カイル・グリーンは少し考えてから、提案した。
「親睦を深めがてら食事でも行こうか」
★
港傍のとある大衆食堂。その店外席。使い込まれた樫のテーブルに料理が並んでいく。
ベーコンと芽キャベツの炒め物。小エビとジャガイモのフライ。メインは大きなカサゴとキノコのワイン煮込み。新鮮なバターとスライス・バケット。
若い女給の手で香味が混ぜられたスパイス・ワインがグラスに注がれる。
「ごゆっくりどうぞ」
若い女給は素敵な笑顔を振りまいていった。カイル・グリーンにだけ。アイヴァンとは目も合わさなかった。まあ、灰色羆に色目を使う人間なんていないわな。
カイル・グリーンがナイフを手にし、大皿に盛られたカサゴを手早く切り分けていく。その姿はメスを振るう外科医のようだ。
アイヴァンは櫛切りにされた揚げジャガイモを摘まみながら、カイル・グリーンに言った。
「グリーン先輩。噂に聞いてると思いますが、俺は冒険者クランを経営してる。新入り共の面倒なんて見てる余裕がありません」
「ああ。忙しくやっていると聞いてる。たしか、俺と同学年の者も何人か参加しているそうだな」
切り分けたカサゴの身とキノコを取り皿に盛りながら、カイル・グリーンは淡々と言った。
「指導役と言っても何から何まで教えるということでもないだろう。学園生活のちょっとした相談に乗る。その程度のことだと思う」
「どうですかねえ」とアイヴァンは脳裏に主人公御一行の面々を浮かべた。
少なくとも、エルズベスは手取り足取りで王女殿下(ヒロインA)に尽くすはずだ。同水準の世話を要求される可能性は否定できまい。
カイル・グリーンは切り落としたカサゴの頭を乗せた取り皿をアイヴァンの手元へ置く。
「なんなら、君の“指導”は新入生グループを君のクラン活動に同道させる、というのはどうだ? 一度の実戦は半年の訓練に優るそうだぞ」
「試合で泣きたくなければ、練習で泣けともいいますがね」
アイヴァンは取り皿に鎮座するカサゴの頭を見つめる。白濁したカサゴの目玉が不気味だ。
「まあ、新入り共をクランに混ぜるだけで良いってんなら、“ついで”で済ませられるんでありがたいことですが」
「じゃあ、そういうことで」
カイル・グリーンは女殺しな微笑と共に話をまとめ、問う。
「ロッフェロー。君はこの指導役制度をどう判断する?」
「どう、とは?」話の焦点が見えず訝るアイヴァン。
「これまで指導役制度など無かった。事前の調整も噂話もなく、まるで突然降って湧いたようだ。何かしら裏がありそうな話だと思わないか?」
そりゃゲーム本編の都合だろ、とアイヴァンはメタなことを思いつつ、カイル・グリーンの疑問へ回答する。
「王女殿下の御入学に合わせた措置なのでは? 殿下は後見人も相談役もいらっしゃらないと聞きます。いくら政略婚で王家の外へ嫁がれるにしても、独自の伝手やコネは必要でしょうから」
「普通に考えたら、そんなところなんだろうが……」
カイル・グリーンは少し考えこみ、
「ところで、俺の親戚が宮廷勤めをしていてね。君に少しばかり関心を持っている」
唐突に話の向きを変えてきた。しかも、内容が内容だった。
アイヴァンは思わず内心で『うげ』と呻く。
カイル・グリーンの遠縁の親戚“ということになっている”宮廷魔導士、ゲーム本編のボス敵アルテナ・ブラックストーン。
実のところ、カイル・グリーンとアルテナの両者に血縁は無く、完全な上司と部下に過ぎない。否、飼い主と飼い犬と言った方が近いかもしれない。
ただし。
カイル・グリーンのアルテナに対する忠誠と敬愛は、武田勝頼に最期まで付き合った土屋昌恒か、徳川家康に尽くして果てた鳥居元忠の如しであり、その健気で直向きな在り方が女性プレイヤーをキュンキュンさせていたらしい。
気狂い筋肉ゴリラのアイヴァン・ロッフェローは知らなかったが、カイル・グリーンはそのアルテナに対する忠誠と献身から、ゲーム『黒鉄と白薔薇のワーグネル』の女性プレイヤーに人気があるキャラクターだった。
逆に、そんなカイル・グリーンを走狗の如く扱ったアルテナは、女性プレイヤーに嫌われている。
某二次創作サイトでは女性プレイヤーがアルテナに憑依転生し、カイル・グリーンをひたすら愛でたり、あるいは、オリジナル主人公がアルテナからカイル・グリーンを略奪愛したり、といった話が投稿されている。
どうでも良いことでしたね、ハイ。
前世では妻子持ちで相応の社会経験を積んでいるアイヴァン・ロッフェローに言わせれば、カイル・グリーンの在り方は『ロクデナシ女に惚れ込んでしまい、都合よく扱われるバカ男』と大差ない。
アイヴァンはカイル・グリーンともアルテナとも深く関わりたくない。内戦で暴れまくる予定のアイヴァンと、主人公達の敵となるアルテナは一見、利害が一致するように思えるが、アイヴァンは“好き勝手に”暴れたいのであって、アルテナの“事情”や“思惑”に服従したくない。
「モラなんちゃら公爵の件で悪目立ちして以来、学園に睨まれてます。宮廷勤めの方に関わって面倒を増やしたくはないですな」
アイヴァンは予防線を張りながらフォークでカサゴの身を刺し、口に運ぶ。
ワインの風味と出汁がしっかり染みた白身魚のなんと美味か。
「そう言うな。貴族の世界はコネ社会だぞ、ロッフェロー。宮廷内に伝手を持っておくのは悪くない」
カイル・グリーンは上品に料理を食べ進めながら、
「ま、近いうちに顔合わせの場を用意する。予定を開けられるようにしておいてくれ」
有無も是非も言わせずさらっと話をまとめた。柔和そうに見えて意外と強引である。
忠犬野郎め。
アイヴァンは渋面を浮かべ、スパイス・ワインを干した。
「ねーちゃん。お代わりだ」
飲まずにやってられない気分だった。
★
今年の年明け頃、『幼獣団』はダンジョン傍の倉庫街で、拠点代わりの古倉庫を借り受けていた。クランの人員が50人に拡大していたし、消耗品や整備資材など団の物資を管理する場所も必要だった。もっぱら団員達の溜まり場になっていたが。
「カイル・グリーン? 胡散臭いイケメンの?」
弓の調整をしていたアーシェが手を休め、眉をひそめる。
「なんだか棘があるな。アーシェの好みにゃ合わねェのか」とアイヴァンが指摘する。
「あいつの笑みはいつも嘘っぽい。ああいう笑い方をする奴は裏があるのが通り相場よ」
苦い顔で告げるアーシェに、アイヴァンは思わず笑う。
女の勘か。アーシェの観察眼か。なんとまぁ無自覚に正鵠を射るものだ。
「えー、グリーン先輩って格好良いじゃないですかぁ」
幅広短剣をしゃかしゃか磨いていた斥候班長が横から口を挟む。
「俺の方がイケてるぜ?」と長柄を整備している遊撃班長が言う、も、
「笑える」
斥候班長は平坦な口調でザクッと切り返す。惨い。
がっくりと肩を落とす遊撃班長を横目に、前衛班長がちくちくと鎧下服を修繕しながら言った。
「グリーンは腕が立つぜ。いわゆる魔法騎士タイプだ。学年で五本指にゃあ入る」
たしかに、ゲーム本編でも中々に強い敵だった。まあ、ゲームの仕様上、レベルを上げてぶん殴るか、囲んで袋にすれば余裕ではあるが。
「それよりも、場合に応じて新入りグループの面倒を見るってのは、どーいうこったい?」
救護班長が装具の手入れをしながら言った。
「そいつらが参加した時ぁ一人当たりの報酬が減るのか?」
「クランの正式メンバーじゃねェんだ。小遣い分を渡すくらいだな」
アイヴァンは太い首を揉んで応じる。
「入学前でどんな連中なのか分からねェから、何とも言えねェが……ま、“御守”をやるときゃあ浅層で遊べばいいだろ」
各班長達は顔を見合わせ、斥候班長が意地悪顔で言った。
「ロッフェローが軽く言う時って大抵、激ヤバなことが起きるんだよねぇ」
「確かにな。先週のファットマンの群れ。ありゃトラウマもんの光景だったな……」
「先月のダンジョン潜りはもっと酷かったろ。一回のダンジョン潜りで女王ナメクジが3匹だぜ? どんだけ女王ナメクジに愛されてんだよ」
「ロッフェローと深層に潜ったら、どんなバケモノと遭遇することになるやら……」
班長達がやいのやいのとブー垂れ、アイヴァンは砲声みたいな舌打ちを返した。
「どっちも俺のせいじゃねェだろ。だいたい、テメェらだって大枚稼げたって喜んでただろうが……っ!」
「それはそれ、これはこれ、よ」
アーシェは鋭い目つきをアイヴァンへ向けた。
「ともかく、カイル・グリーンとの付き合い方には気を付けてよ。話を聞く限り、あんた、しれっと言いくるめられたみたいだしね」
「むぅ」とアイヴァンは唸る。
たしかに先のランチミーティングを思い返せば、アーシェの指摘通りだ。会話の主導権を握られ、新入生の面倒を見ることを了承させられている。
大きな手で顎をさすりながら、アイヴァンは思案した。
ネームドと深くかかわりたくねェと消極的に接したが、なるほど、結果的にゃあ向こうの言いなりになっちまってたな……こりゃあ関わり方をしっかり検討した方が良いか……
……でもなぁ。グリーンと下手に関わっと、あの若作り魔女と縁が出来そうなんだよなぁ。
見た目は20代そこそこの美女だが、中身は40過ぎのババア。否、正確な年齢は分からない。アルテナ・ブラックストーンは女妖、化生、魔女、そういう存在に近い。肉体的な老若や数字としての年齢に意味がない。
「入学式は来週で、王女殿下が入学してくる。妙な真似して面倒事を起こさないように」
「厄介者のように言うな」
アーシェが母親みたいな口調で釘を刺し、アイヴァンは嫌そうに顔をしかめつつ、内心で深々と慨嘆した。
王女どころの騒ぎじゃねえよ。来週にゃあ主人公御一行が来るんだぞ。
ついにゲーム本編に突入し、死亡フラグ回避の戦いが始まるのだ。
余計なことに気を回している余裕などない。
見てろよ、クソ神。絶対に死亡イベを生き抜いて、このクソ世界とクソシナリオを”わや”にしてやっからなぁっ!!




