15:学院編:そういう展開は聞いてない。
大変お待たせして申し訳ない。
春。運命の一年が始まる春だ。
アイヴァン・ロッフェローは酷く機嫌が悪い。
自身にとっての死神共が入学してくるのだから、無理もない。
死神共の“一部”を並べよう。
A:主人公様。
B:主人公の幼馴染にして親友様。
C:メインヒロイン1号・王女様。
D:メインヒロイン2号・貴族令嬢。
E:王女様の幼馴染のロリ魔法使い様。
F:主人公の頼れる仲間の少年戦士。
さらっと並べただけで6匹も居やがる。
ゲームの都合的に言えば――
主人公と少年戦士が正統派アタッカー。
親友様とメインヒロイン2号が遊撃組。
王女様とロリ魔法使いが後方支援/後方アタッカー。
この6人に名も無きモブが加わるのが、主人公様の初期パーティだ。
で、物語が進むにつれて増えていくネームド達が、モブ達をパーティから駆逐してしまう。学校内の上級生や教師にいるネームド達も、直に主人公様御一行に加わる。
あるいは、明確な敵に回る。
そう。学内にいるネームドはその全てが主人公の味方になるわけではない。中には主人公の敵になる者もいる。ルート選択次第で敵にも味方にもなる者もいる。
主人公達はこのマーセルヌ王国を根っこからひっくり返そうというのだから、それを良しとしない連中が居ること自体は何らおかしくない。
ちなみに創作論で言えば、友人と殺し合う悲劇は立派なテンプレだ。基礎の範疇である。
ともかく入学式が近い。
寮の自室で体を鍛えながら、アイヴァンは考える。考えずにいられない。
ゲーム本編でアイヴァンがくたばる流れは、メインヒロイン2号様に絡み(平たく言えばナンパし)、こっぴどくあしらわれ、それを逆恨みして愚行に走り、主人公様にぶっ殺される。という塩梅。
では、主人公一行とメインヒロイン2号を徹底的に避ければよいか、というと全く安心できない。昨年にメインヒロイン1号こと王女殿下と知己を得てしまったからだ。デカパイ女騎士エルズベス経由で無理やり接触させられる可能性が拭えない。
仮に主人公一行とメインヒロイン1号2号との関わりを上手く避けても、気が抜けない。
メインヒロイン3号が控えているからだ。
市井の小娘であるメインヒロイン3号の登場はもう少し後だが、ヒロイン3号は反貴族主義で共和主義者的傾向にある少女だ。貴族のアイヴァンにしてみれば、相容れぬ存在である。関わるだけで危険極まろう。
「入学してからしばらくはチュートリアルの学生生活だったよな」
鍛錬を中断し、アイヴァンはゲーム本編のことを記した手帳で確認、思案する。
ゲーム序盤は初期メンバーで校内訓練という名のチュートリアル・ステージをこなしつつ、ADVパートで物語が進む。
ロッフェローの死亡イベントは夏休み前にヒロイン2号と揉め事を起こし、夏休み中の野外演習イベントで発生する。
モンスターを誘導し、ヒロイン2号を含めた主人公様御一行へけしかけるのだ。で、その際に“あーだこーだ”があって、主人公にぶっ飛ばされてモンスターに食われる。
しょうもな。
「野外演習イベントってなんだよ。去年、そんなもんなかったぞ」
アイヴァンはキャッチャーミットみたいな手を顎先へ当て、小首を傾げる。
ま、いいか。要は死神共と関わらなきゃいいだけだ。柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処すっぞ。
アイヴァンは手帳をしまい、日課の鍛錬を再開する。
――賢明な方なら、明日以降の展開はお分かりだろう。
〇
昼休みの学食にて――
「上級生が新入生の指導監督役に就くだぁ? そんなん、去年はやってなかったぞ」
「私達の代もその上もなかったわよ。多分、王女殿下の御入学に合わせた措置でしょうね。王子方が在校中は前例があるみたいだし」
怪訝顔のアイヴァンへ、アーシェが面倒臭そうに言った。
「まあ、全員が全員、指導役に就くことは無いでしょうし、あんたみたいな評判の悪い人間が任されるとも思えないけどね」
「バ……ッ!? フラグを立てるんじゃねェよッ!」と顔をしかめるアイヴァン。
「ふらぐ? また意味の分からないことを……」
鼻息をつき、アーシェはもみあげ辺りを掻く。
「そんなことより、あの女魔導術士の件よ」
モラデイオン公爵家の刺客に混じっていた小太り女魔導術士は、どういう訳かアイヴァンの『幼獣団』に混じって活動していた。
「相場より安いとはいえ、やっぱり報酬が高い。ウチは今のところ浅層終盤から中層中盤までを主要な狩場にしてるけど、魔導術士への報酬で収益率が落ちてるわ」
「かといって今より深いところを狩場にするにゃあ、装備と実力が足りねェぞ」
「だから、装備の充足と実力が向上するまで、随時契約にしたらどう?」
アイヴァンはアーシェの提案を吟味する。
確かに相場より安いとはいえ、魔導術士だ。アガリから良い額を引っこ抜く。許容できる範囲ではあるものの、負担になっていないとは言い切れない。
一方で、件の女魔導術士を確保できてからダンジョン潜りが楽になったのも事実だ。人員の死傷率は大幅に低下したし、狩り易い階層ボスや弱い雑魚の大量湧きなら、苦も無く返り討ちにできるほどだった。
「随時契約はダメだ。向こうに利が無い。契約内容を変更するくらいだろう。今後は基本報酬額に潜った階層による手当てで対応。これだって向こうに利は薄いが……」
アイヴァンは顎を撫でながら、にやりと笑う。
「まあ、いざとなったら愛人契約でも結ぶか」
「バカじゃないの?」
アーシェが即座にゴキブリを見るような目を向けてきた。
「というか、あんたってああいう太めの女が好みなのね」
「太めとは違う。ああいうのはムチムチって言うんだ」
「どうでも良いわよ、そんなこと」
訂正を求めるアイヴァンへ毛虫を見るような目を向け、アーシェは鼻息をつく。
「雇用形態をどう変えるにせよ、今のままはよくない。考えておいて」
「考えておいて、と言われてもなあ」
アイヴァンが丸太みたいな腕を組んで唸っていると、サブヒロインの一人エルズベス・フォン・アイトナがやってきた。今日も今日とてGカップの曲線美が麗しい。
「談笑中に済まない。ロッフェロー。少し良いか」
やめてくれ、俺が死ぬ。アイヴァンはルーチン通りに内心でぼやきつつ、疎ましげに応じる。
「なんぞ急用か?」
「うむ。担当教師殿から伝言だ。新入生の指導役の件で貴殿が候補に挙がっている。放課後、会議室へ出頭せよとのことだぞ」
「あ? マジか。俺が新入生指導役? 俺が? 悪評塗れの俺が? どこのバカが俺を選びやがったんだ?」
エルズベスの用向きを聞き、アイヴァンは仰々しいほどの渋面を浮かべた。
「悪評塗れという自覚はあったのだな」とエルズベスは端正な顔に愛らしい微苦笑を湛え「私は存じ上げないが、ともかく伝えたぞ。逃げないようにな」
エルズベスはアイヴァンに釘を刺してその場を去っていった。
去っていくエルズベスの尻を眺めながら、アイヴァンは盛大な不満顔を浮かべた。
くそったれ。どうあっても俺を主人公とその関係者に関わらせようってか。クソシナリオがぁっ!
「候補に挙がっただけでしょ。本決定じゃないわよ」とアーシェが指摘した。
「いいや、こういう時ぁ大概が最悪の結果に結びつくもんだ」
アイヴァンは憎々しげに吐き捨て、ぎりぎりと歯噛みする。
「こうなりゃあ、なんとかゴネ倒して指導役から逃れるしかねェな」
「その方針に異議はないけれど、悪評を増やすようなことはしないでよ。こっちが恥ずかしい思いするし、面倒に巻き込まれたくないから」
「ちっとくらい団長の不遇に同情したらどうだよ」眉間に深い皺を刻むアイヴァン。
「身から出た錆じゃない。悪目立ちするからよ」
ぐうの音も出ない正論を返され、アイヴァンは不貞腐れることしかできなかった。
〇
和ゲーであるから、ネームドキャラはイロモノか年かさのキャラ以外は美男美女ばかりだ。まぁ、美形という点はモブキャラも大概であるが(その辺りは制作の意向とイラストレーターの描き分け能力が大きい)。
また、アニメ的文脈からネームドキャラはクレヨンみたくカラフルな髪と瞳をしているし、服装もモブと違う例が多いため、“見分け”易い。
放課後、会議室に集められた新入生指導役候補者達のうち、主人公一行に加わる者や敵に回る者や敵味方どちらにも転じる者が幾人かいた。
ここは地雷原かなんかかよ。端っこの席に座ったアイヴァンが内心で悪態をつく。
そうこうしているうちに学院教頭が姿を見せ、説明を始める。
いわく新入生を10人ほどずつのグループに分け、ひとグループに付き、2、3人の指導役を付けるという。指導役は最高学年と二回生のペア、もしくは最高学年1名と二回生2名となるそうだ。集められた候補者の頭数を見る限り、どうやら候補とは建前らしい。召集された人間は全員が指導役に就くようだった。
ハメられた、とアイヴァンは被害者意識を覚える。同時に、状況をすぐさま勘案する。
王女殿下の指導役は一人が確実にエルズベスだろう。死亡イベントを鑑みれば、アイヴァンが王女の指導役に就くことはあるまい。
その意味では指導役になっても危険性は薄い。もっとも、指導役として組まされる最高学年生や同期次第では死亡イベントに足首を掴まれる危険性が跳ね上がってしまう。
なんとしても、指導役就任を断らねばならぬ。
アイヴァンが決意し、手を挙げた。
「教頭先生。指導役を辞退することは可能ですか?」
「基本的に辞退は認めない予定だが……ロッフェロー生徒、理由を述べたまえ」と怪訝顔の教頭。
「悪評塗れの俺が指導役じゃあ、新入生が気の毒です」
アイヴァンの自虐ネタとも言える発言に、あちこちから失笑が漏れた。
そんな中、件の公爵家――面目を丸潰れにされている被害者ことモラデイオン公爵家三男坊と、その関係者が殺意のこもった目でアイヴァンを睨んできた。
アイヴァンは気にすることなく、発言を続ける。
「それに、一身上の理由から指導役をしている暇がありません」
「ロッフェロー生徒の意見は分かった。君の意見を充分に考慮し、最適に叶う結論を出そう」
教頭は官僚的発言を返すだけだった。
その意味は『指導役の辞退は認めない』だ。
アイヴァンは堂々と舌打ちし、強硬策を検討し始める。この場で大騒ぎして指導役失格の烙印を押されるよう誘導するか。また停学になるかもしれないし、最悪、累積で退学もあり得るが、その時は王国騎士ではなく、義勇兵でも傭兵でもやって暴れれば良いだけだ。
職業的クレイマーの如く喚いてやろうか、炎上系動画配信者のように奇行へ突っ走ってやろうか。
アイヴァンが新たな悪名を作ろうと検討し始めた、その矢先――
「動くな、筋肉ゴリラ」
ぎろりと斜め前の最高学年生が睨みつけてきた。
青い長髪のツインテール、吊り気味の鋭い眼差しが特徴的な小娘だった。体つきは小柄な体躯に巨乳のいわゆるトランジスタ・グラマー。
ゲーム知識に当たりがあった。
エリーザ・デ・グラツィーニ。
メインヒロイン1号2号ルートでは味方になり、3号ルートでは敵に回る“盾役”だ。
和製サブカルの大好きな大得物をぶん回す小娘キャラで、重甲冑に両手持ちの大型戦斧を扱う。キャラ性能的には優秀なのだが、仲間になる時期が遅いため、大概のプレイヤーが育成を面倒臭がってスタメン入りさせない不遇キャラである。
他にもキャラ付け設定があったが……アイヴァンは覚えていない。
ともかく巨乳チビ・エリーザはアイヴァンを睨みながら、毒舌を吐く。
「これ以上、私の時間を無駄にする気なら皮を剥いで剥製するぞ。ゴリラ野郎」
ンだと、この巨乳チビが。一軍半如きが図に乗りやがって。裸にひん剥いて調教してやろうか、ああ?
額に青筋を浮かべたアイヴァンがエリーザ相手に無言でメンチを切り返していると……
今度は数席隣の眼鏡イケメンが口を挟んできた。
「君達、静かにしてくれたまえよ」
このすかした眼鏡野郎もアイヴァンは覚えがあった。
名前は忘れたが、全ルートで主人公様御一行に敵対する魔導術士キャラだ。第一王子だか第二王子だかの嫁だったか、婚約者だったかに横恋慕しており、その嫁だか婚約者だかへの愛に殉じて主人公にぶっ殺される男だ。
アイヴァンは舌打ちし、巨乳チビから目を背けて不貞腐れる。
ここでネームドと関わるのは得策じゃねェ。主人公のハーレム要員と横恋慕野郎に関わって死ぬなんて笑えねェよ。
そんなこんなで教頭が指導役の担当グループを発表していく。
予想通り、主人公様はメインヒロイン1号の王女とメインヒロイン2号の貴族令嬢と同じグループだった。その指導役は―――
読んだ通りにエルズベス。意外なことに担当の最高学年生はモブ。そして、三人目は無し。
よっしゃあ、第一の危機回避っ!!
アイヴァンは大きな手をグッと握りこむ。
教頭がアイヴァンの名前を挙げた。
来たか。担当グループの一年にネームドは居ねェ。勝ったっ! 俺は死亡フラグに
「最高学年の指導役はカイル・グリーン」
は? アイヴァンは固まった。
その名前にも憶えがあったからだ。
カイル・グリーンはストーリー上のとある強敵、その部下だった。
グリーン自身は中盤にあっさりくたばるのだが、上司の強敵はちょっと不味い。死亡フラグとは別に不味い。
アイヴァンは思わず顔を覆った。
なんてこった。とんでもねェ厄ネタ掴まされちまった。
〇
マーセルヌ王国高官にアルテナ・ブラックストーンという女性魔導術士が居る。
年の頃は40に迫っているはずだが、容姿はどう見ても20代前半にしか見えないほど若々しい。
豪奢な金色の長髪。怜悧な印象の強い細面。青い礼装に包まれた体は長身で、きめ細かな白肌と優艶なメリハリを持つ。そして、刀剣を思わせる鋭く冷たい翠眼。
世界が違えば、東方辺境領の姫元帥とか呼ばれそうな類のクールビューティ。いや、怖い美女だ。
そんな冷たい麗容の持ち主アルテナは報告書に目を通していた。
遠縁という関係から後見しているカイル・グリーンが、目的の青年と同じ指導役になったようだ。予定通りと言ったところか。
モラデイオン公爵家の騒ぎをきっかけにアイヴァン・ロッフェローの調査資料を読んだ時、アルテナが抱いた感想は『困惑』の一語に尽きる。
何かと拳骨を振り上げる狂犬染みた男であるが、日々喧嘩相手を探して繁華街をうろつくような低能な人間ではない。
普段は学院生として学びを修め、クラン頭目としてあれやこれやの雑事――特に経理などをこなしていた(団員が学のないバカばっかで代わりがいないだけだが)。空いた時間があれば、アスリートのようにひたすら体を鍛え、技を磨き、精神修養という名の狂気を研いでいる。
ストイックな優等生。変態イカレポンチ。狂犬的な若き豪傑。理知的なクラン経営者。
どう評したものやら。
さしものアルテナも評価に困っていた。
しかしながら、一から私兵部隊を立ち上げて切り盛りする手腕。高位貴族へ“面白い”喧嘩を売る気概と知恵。曲がりなりにも大過なく学生生活を過ごす適応性。
これでまだ十代。
優秀なことは間違いない。はずだ。
そう考え、アルテナは部下のカイル・グリーンに関わりを持たせた。
アイヴァンが有能であれ、無能であれ……利用する価値があるかどうか査定するために。
アルテナ・ブラックストーン。
『黒鉄と白薔薇のワーグネル』全ルートにおいて強力なボス敵であり、ストーリーにおいて主人公側の登場人物を幾人も殺し、味方にも容赦しない冷酷無比な魔女である。
アイヴァンはそんな魔女に目を付けられたのだ。
すなわち。
既存シナリオとは全く異なる死亡フラグが立ったのである。




