14:学院編:筋肉ではどうにもならないこともある。
お待たせしました。
年明け。
マーセルヌ王国王都ルナルダンでは年末に起きた『モラデイオン公爵家王都屋敷強襲事件』で持ちきりであった。
完全武装した冒険者クラン『幼獣団』がモラデイオン公爵家王都屋敷に乗り込み、
『ダンジョン内で“助太刀”を賜った御礼に参りもうした―――――――っ!!』
屋敷の正面玄関前園庭で『感謝のキャンプファイヤー』を催すという大騒ぎをやらかした。
全身を真っ黒な戦闘装備で包んだ少年少女達が焚き火櫓を囲み、酒をかっ食らい、肉を貪りながらバカ騒ぎ。しかも酔っ払ったガキ共が『剣舞』と称してヤッパを振り回したり、射撃の腕を競うと言って弩銃をぶっ放したり。
蛮族の宴かよ。
いうまでもなく、モラデイオン公爵家の園庭が瞬く間に荒廃していく。モラデイオン公爵家は『ふざけんな』と家人を繰り出して叩き出そうとした(正確には無礼討ちにしようとした)。
しかし、巻角を生やした怪物面の兜をかぶり、どす黒い全身甲冑を着込んだアイヴァン・ロッフェローが『モラデイオン御家中をもてなして差し上げようっ!』とモラデイオン公爵家の家人を片っ端からノックアウト。中にはモラデイオン公爵家付の騎士や魔導術士達も居たが、誰もアイヴァンに敵わなかった。その姿、まさに悪鬼羅刹の如し。
モラデイオン公爵家の家族と残りの家人達は屋敷の奥で震えているしかなかった。
幼獣団は深夜近くまで騒ぎに騒いだ末、
『お邪魔しました――――――っ!』
アイヴァンと幼獣団は去っていった。大量のゴミを残し、園庭を荒らし尽くして。
この騒動に王宮内は『大爆笑』。他人の不幸で飯が美味い。
モラデイオン公爵家とその派閥は『アイヴァン・ロッフェローを誅すべし』『不埒な冒険者クランを討伐すべし』と騒いだ。妥当な反応であろう。
ところが、涙を浮かべて笑う国王が『公の“送り込んだ助太刀”に感謝して、のことなのだろう? 人死にが出たわけでもなし、これで痛み分けにせよ』と“命じた”ため、沙汰止みとなった。御都合主義ィ。
とはいえ、物事には何らかのオチがつくものだ。
学院から『王都学院生にあるまじき狂態』と激しい叱責を受け、アイヴァンは二週間の停学と反省文10枚を書かされることになった。
おまけとして、アイヴァン・ロッフェローは『女王ナメクジを手籠めにした男』という二つ名に加え、『狂犬ロッフェロー』と呼ばれ始めた。
これもまた妥当であろう。
★
女王ナメクジとの死闘後に発見された『御褒美部屋』には、金目の物に加えて高性能装備品がいくつかあったが、最大のお宝は巻角の生えた怪物面の兜が特徴的な、漆黒の全身甲冑だった。
冒険者組合の鑑定士曰く――『凶鬼の鎧』。
ゲーム的表現を用いれば、驚異的な防御力を誇り、ステータスの大幅向上をもたらすSランク装備。ただし、神聖系魔導術への弱体化。高確率での精神系デバフ――発狂状態に陥って敵味方関係なく襲う。
しかし、アイヴァンには後者の代償が発動しない。なんたって既に狂っている。とっくにアッパラパーである。
さて、悪鬼羅刹に似せたこの甲冑に対し――
「ボスの鎧、格好良い」「ロッフェローの鎧……良いな」
年頃男子団員達が中二病ウイルスを強く刺激されていた。
「俺達も似たような感じで揃えたら……ちょー格好良くね?」「やべえ。天才だ」「あ~いいっすね~」「マジ名案っ!」
一方。
「バカ共め」「ただでさえ真っ黒で可愛くないのに、あの甲冑に合わせる?」「ないわーマジないわー」「あーりえなーい」「幼稚すぎー」
乙女な御洒落心を捨てていない年頃少女団員達が嫌そうに顔をしかめる。
女子勢のビックボスたる副長アーシェは「バカじゃないの?」と容赦ない。
で、当のアイヴァンは「好きにしろよ」と気に掛けなかった。
というより、気に掛けている場合ではなかった。
病に臥せっていた祖父が危篤になっていたのだ。
★
自動車も電車も飛行機もなく、電話も電信もネットもない時代だ。
移動と連絡には時間が掛かる。テレパスみたいな魔導術もあるにはあるが、王都からロッフェロー領までの移動時間を短縮する術はない。
要約すれば、アイヴァンが馬を換えながら休まず駆けても、実家に到着した時には祖父が冥府へ旅立っていた。
アイヴァンは泣いた。
冷たくなった祖父の手を握りしめ、死に水を取ってやれなかったことを詫び、大泣した。豪壮なアイヴァンの男泣きは見る者の涙を誘う。
推定家督相続人のため、アイヴァンは喪主として祖父の葬儀を取り仕切る。実務はまあ、家人達や領内の村長などに委ねてしまっているが。
涙の多い葬儀が終わり、アイヴァンは考える。
目下の問題は祖父亡き領地をどうするか。実際問題として配下の連中が切り盛りしてくれるだろうが、“責任者”が必要だった。
どうせ数年後には内戦で荒らされる可能性が高い領地だとしても、放置も出来ない。いっそ叙爵を条件に王家へ返納しちまってもいいんだが。
--そうだ。
アイヴァンは執事に問う。
「継母殿と異母弟妹はどうしている? 御爺様のことだ。厳しいことを言っておられたが、保護はしているんだろう?」
「――ご存じでしたか」と執事が顔を蒼くした。
「経緯はアレだが、異母弟妹は御爺様の孫だ。情に篤い御爺様が無下にできようはずもない」
アイヴァンは鼻息をつく。
「連れてこい」
「如何なさるおつもりか、お考えを拝聴させていただけるでしょうか?」
緊張した面持ちで執事が問う。
彼はアイヴァンが留守中、先代男爵--アイヴァンの祖父から異母弟妹を『どうか、よろしく頼む』と言われていた。
「心配せんでも、継母殿や異母弟妹を害したりせん。俺が学院にいる間、継母殿にこの領の面倒を見て貰おうと思っているだけだ。実務はともかく先代領主夫人なら責任者代理の看板に丁度よかろう」
「それは……“よもや”、があるかもしれませんぞ」
継母に領地経営の実権を握られ、アイヴァンを排して異母弟を当主に据える可能性。
封建制度社会における家督相続の争いはエグい。執事の危惧は妥当であった。
執事にしてみれば、先代当主の遺言は大事だ。同時に御家の安定した存続も大事だ。アイヴァンが排された後、継母や異母弟妹が先代に仕えてきた者達をどう扱うか分からないという不安も大きい。
が。それはアイヴァンにとってズレた危惧でもある。
どうせ数年後には内戦が起きる。自分はこの国を滅茶苦茶にする。おそらく継母も弟妹も報復に殺されるだろう。ロッフェロー家は絶える。絶やされる。領も荒廃させられるだろう。領民も虐殺されるだろう。
全ては自分のせいで。
摩耗しているはずの良心が酷く痛む。
「俺は王都学院を卒業後、軍人になるつもりだ」
アイヴァンはどこか苦い顔を浮かべる。
「継母殿と弟妹が領地経営に手腕を発揮するならば、陛下に申し出て領地を異母弟に分け、俺が軍務で留守中は俺の領地の代官を務めさせても良い」
「なんと」
驚く執事へ、アイヴァンはもう一度告げた。
「継母殿と異母弟妹を連れてこい」
★
継母エイメ男爵夫人は30代半ば。退嬰的な官能さを漂わせる美熟女であった。
礼装越しでも優艶な肢体が目に浮かぶ。その生来の気弱さと現状の不安から彩られた憂い顔は、性欲旺盛な類の男なら下半身的征服欲と嗜虐心を強く刺激されるだろう。
事実、アイヴァンも獣欲が疼いていた。
今生の亡き父に親子の情は一切持ち合わせていないが、アイヴァンも認めざるを得ない。
イイ女を囲ってたじゃねーか、クソ親父。
そんなエイメ夫人の傍らに控える異母弟妹。
14歳のカーロ。12歳のジョセ。どちらも夫人に似て美しい少年と少女だ。
もっとも、カーロ少年は仇敵を見るような目を向けており、ジョセ少女は怯え切って泣き出しそうだったが。
前世の愛する子供達が脳裏をよぎり、アイヴァンは大きく深呼吸した後、口火を切った。
「我ら“家族”は慣れ親しむ仲でも無いゆえ、さっさと用向きに入らせてもらう」
当主然とした物言いに、カーロ少年がますます敵意を強める。エイメ夫人がそんな息子の手を強く握りしめた。ジョセ少女は今にも泣き出しそうだ。
アイヴァンは傲岸に言葉を続ける。
「俺が王都学院を卒業して正式に家督相続されるまでの間、ロッフェロー男爵領は継母殿に委ねる。無論、カーロとジョセも含めてこの屋敷に住まわれるが良い」
「――え」
目を丸くして驚くエイメ夫人と子供達。
「誤解するな。この領の主権を与えるわけではない」
釘を刺すように告げ、
「俺が留守の間、領の経営は役付きの者達の合議制とする。継母殿は俺の代理人。悪し様に言えば、看板にすぎん。棟梁として好き放題にできるわけではない」
アイヴァンは続けた。
「“馬鹿な真似”を考えなければ、異母弟妹の身の振り方も悪いようにはせん。ゆくゆくはカーロに分家を起こさせ、領地を分けても良い。ジョセは良縁を探そう」
放逐、あるいは密やかな処分を恐れていたエイメ夫人にとっては、僥倖ともいうべき申し出であった。
エイメ夫人は安堵から目尻に涙を滲ませ始める。
旨い話には裏があると疑念を抱くべきところなのだが。おそらくは素直な性質なのだろう。あるいは、頼れる人間に全てを投げ預けてしまう性質なのかもしれない。
アイヴァンの申し出を疑わない母の隣で、カーロ少年は筋肉ゴリラの物言いに激怒していた。
カーロ少年は世を知らぬ小僧にすぎぬ。されど思春期の繊細な心ゆえに鋭敏だった。父が健在であったなら御家を継ぐのは自分だったはずだ。家督も領地も財産も父に愛された自分が受け取るべきもののはずだ。
誰からも愛されない筋肉ゴリラが父の不幸を利用して当主面し、あまつ自分や家族へ慈悲をかけたことにカーロ少年は酷く激憤していた。否、憎み恨んだ。このゴリラをいつか討つと心に強く誓う。
不安から解放されたエイメ夫人は息子の心中に気付かなかった。自分と子供達が救われことをただ素直に喜んでいた。男に愛でられて生きる女らしい暢気さといえよう。
「用向きは以上。退室されよ」
話は終わりだと言わんばかりに、アイヴァンが手を振る。
「あ、あのアイヴァン殿。今少しお話を――」
エイメ夫人が慌ててアイヴァンを留めようとする。細かい話をする必要があることに気付いたようだ。
も、アイヴァンは歯牙にもかけない。凶相を浮かべ、強く告げる。
「退室されよ」
子供達を連れて退室していくエイメ夫人を見送りながら、アイヴァンは思う。
あ~面倒臭ェ。
大きく息を吐き、アイヴァンは巨躯を椅子の背もたれに預けた。懐に忍ばせているメモ帳を取り出す。
ひとまず御家の件は目途が立った。次は領兵の状況を確認だな。領の規模なら最大動員でも100人前後が限界だろう。
ロッフェロー男爵領は人口1000人前後の小身。人口の一割を常備兵(実態は治安維持を目的とした警察組織に過ぎない)に費やしている。有事動員してもせいぜいが150人から200人が限界。300人は無理だ。
人口1000人と言っても老若男女から成るわけだし、軍役適性者とは領の生産人口層――10代後半から40歳まで――だから、軍役に引っ張り過ぎれば、領の経済も領民の生活も成り立たなくなってしまう。それどころか将来的な領の人口増減にも影響をもたらす。
将来のことなんかどうでもいいアイヴァンだが、強引に総動員なんてできない。男爵家に仕える者達や領民達が猛反発するに決まっている。
その意味では、反政府軍に領が荒らされた方が“好都合”だ。
故郷を焼かれ、家族を殺された者達がこぞって軍役――復讐へ志願するだろう。
だが、それは許されるのか。
神とかいうクソによって人生を滅茶苦茶にされた自分が、ロッフェロー家を慕う領民を裏切るのか。
なけなしの良心と道徳心と倫理が強く軋み、酷く傷む。
狂気に身を焼かれながらも人間性を完全消失していないが故の、苦悩だった。
★
『黒鉄と白薔薇のワーグネル』は敵味方にそれなりの登場人物がいる。
これはルート分岐があるため。それと、キャラゲーの側面もあったからだろう。なんたってオタクはハマれば、いくらでも金を吐く。ソーシャルゲームが良い例だ。ゲームとしてチープ極まりないものに万札をジャンジャカ注いでくれる。
話がズレた。
アイヴァン・ロッフェローは死亡イベントを避けるため、能う限りゲーム本編のネームドと関わり合いを避けてきた。
ところが実際には、デカパイ・エルズベスを起因に王女と知己を得たり、ダンジョン潜りでの悪名やモラデイオン公爵家との諍いから、関わり合いを持たないネームド達にも、それなりに名前を知られていた。
好奇心や打算という観点から彼らの中に、アイヴァン・ロッフェローという怪人に関心を持つ者達が現れたことは、至極当然のことだろう。あるいは、自業自得というべきか。
そして、季節は春に近づいていく。
いよいよ主人公様が王都学院に入学してくる春が。




