13:学院編:目と目が逢う瞬間。
「ぎゃっ!?」
騎士崩れの一人がアーシェの矢を膝に受けて崩れ落ちる。
その間隙を見逃さず、アイヴァンが膝を撃たれた騎士崩れの頭を兜ごとかち割った。兜が破壊される金属音と共に鮮血が散る。
「まずひとーつっ!!」
悪役笑いを挙げるアイヴァンへ、
「このクソガキがあっ!!」
騎士崩れの一人が激高して切りかかる。
も、頭に血が昇ったためか大振りとなった袈裟切りを、アイヴァンは身を屈めてかわし、そのままタックルをぶちかます。
「ぐぉおあっ!?」
力士のぶちかまし染みたタックルを受け、すくい投げられた騎士崩れは驚愕する。成人男性の体重+フルプレート+その他装備だ。100キロは楽に超えている。それを軽々と投げ飛ばす膂力に言葉もない。否、言葉を発する暇がなかった。
騎士崩れが何か言うより早く、アイヴァンの戦斧が騎士崩れの顔面を深々と砕いていた。大穴の開いた顔面から夥しい血が溢れ出る。
「ふたーつっ!」
「おのれっ!!」
最後の騎士崩れが嘲笑うアイヴァンへ挑む。
騎士剣と戦斧が一合二合……と剣戟を重ね、削られた鎬や盾や刃をかすめた甲冑から鮮烈な火花が踊る。
「ぐぅ!? なんという暴威っ!!」
アイヴァンの攻撃に押された騎士崩れは、唸りながら盾を捨てて両手で剣を握る。守りを捨て攻めに比重を移し――後を捨てた大踏み込みの横薙ぎ一閃。
「我が戦技、食らえぃっ!」
轟音と衝撃。
アイヴァンの分厚い盾が割られ、頑丈な左手甲が砕ける、が、斬撃の運動エネルギーはそこで使い果たされ、鎧下服の左袖も左腕も断ち切れない。
「――ばかな」
愕然とする騎士崩れへ、
「いっ―――――てェな、この野郎っ!!」
憤怒で目を血走らせたアイヴァンが、全膂力全体重を乗せた反撃を繰り出す。
騎士崩れが咄嗟に剣を掲げてアイヴァンの一打を受け止め――
――られない。
ばぎゃ。
戦斧が騎士剣を振り砕き、騎士崩れの右肩口から胸元まで深々と埋まる。口から大量の血を吐きながら騎士崩れがストンとその場に腰を落とした。
騎士崩れが薄れゆく意識の中、アイヴァンへ最期の言葉を残そうと顔を挙げた刹那。
アイヴァンは腰から抜いた鎧通しで騎士崩れの喉を突き刺し、深々と抉って即死させた。
「みぃ――っつっ!! 雑魚がっ!!」
兜のバイザーを上げ、アイヴァンは汗まみれの顔を拭い、粘っこい唾を吐き捨てた。
「雑魚共が手間取らせやがって」
亡骸を蹴り飛ばして戦斧を引き抜く。その所業には相手への敬意など微塵もなかった。
★
「もう駄目だっ!!」
騎士崩れ達が敗れると、アイヴァン達を襲った敵冒険者達の幾人かが踵を返して逃げ出――そうとして足を止めた。
逃げようとした通路の先から、そいつが現れたから。
象ほどありそうな体躯を持つ真っ黒な巨大ナメクジ、その上体には女性が生えている。粘液で濡れそぼった黒髪が貼り付く細面には、大きさと並びが非対称の目玉が4つ。
ダンジョン専用階層ボスモンスター『女王ナメクジ』で、10を超える女王衛士を引き連れていた。
女王ナメクジはその非対称に並ぶ四つの目玉で、アイヴァンを見つけると、目を血走らせながら手甲に包まれた指でアイヴァンを差し、野太い金切り声を上げた。
まるで憎くて憎くて仕方ない仇敵を見つけ『此処で逢うたが百年目』と吠えているようだ。
続けて、女王ナメクジはその唇の両端を大きく吊り上げ、大きく胸を張って両手の親指で胸元をズギャアンと指し示す。
女王衛士達までキレッキレのポージングしていることはともかく、女王ナメクジの女体部分が女性用甲冑できっちりと覆われていた。そのため、粘液に塗れてぬらぬらのオッパイやぬめぬめの腰回りやへそ回りが、まったく拝見できない。
女王ナメクジが浮かべる得意満面の笑みと、腰の入ったポージングが意味することは一つ。
『前回みたいな痴漢行為は許さない。絶対、絶対だっ!』
ここまで感情豊かなモーションを次々に見せられたら、クラン幼獣団の面々も気づく。
「……あれ、ボスが前に手籠めにした個体っスよね?」「あの甲冑を着てる理由ってロッフェローに犯されたから?」「めっちゃ闘志に溢れてるんだけど……」「まーたお前のせいかっ!?」「勘弁してくださいよボスっ!!」「変態ゴリラッ!」「バーカバーカッ!!」
いつものように団員達からつぎつぎと文句と抗議と罵倒を浴びたアイヴァンは、
「うるせーっ! ゴチャゴチャ抜かしてねェで戦闘準備に入れ、愚図共っ!!」
いつものように逆ギレした。
「都合が悪くなると怒鳴るの、やめなよ」
「冷静に言うのやめろよ……やめろよ……」
アーシェの真顔のツッコミに、アイヴァンが心底嫌そうに顔をしかめた。
茶番劇がひと段落した瞬間。
女王ナメクジとその黒騎士達が逃げ出しかけた敵冒険者達を瞬く間に蹴散らし、アイヴァン達へ襲い掛かる。
「総員、階層ボス戦闘用意っ! 急げっ!」
アイヴァンが野獣のように吠え、
「死にたくなけりゃあ手を貸すか失せろ、クソ共っ!!」
生き残りの敵冒険者達を睨んで怒鳴る。
アイヴァンの怒号を聞き、敵冒険者の生き残り達は迷わず遁走していく。
敵魔導術士――丸顔のむちむち小太り女魔導術士も、この場から逃げようとそーっと物陰から出た、直後。
いつの間にか傍にいたアーシェに襟首を掴まれる。
汗と戦塵に塗れたその顔つきはゾッとするほど冷酷で、とても十代の少女の物とは思えない。
そんな恐ろしい形相のアーシェは、女魔導術士を睨みつけた。
「手を貸せ」
「な、なんであたしが――」
「従わないなら今すぐ殺して奴らの餌にするか、後で団員に輪姦させる」
アーシェが真顔で薄ら恐ろしい脅し文句を吐く。エグい趣味の拷問官みたいな目で。
「うぇっ!?」
目を剥く女魔導士へ畳みかけるように、アーシェは脅迫を続けた。
「ウチの筋肉ゴリラは女王ナメクジだって手籠めにするような人間なんだ。あんたなんかどんな目に遭うか。孕まされるだけで済めば良いけど、〇○○とか〇○○〇されるかもな」
眼前の小娘が間違いなく有言実行すると理解した女魔導士は、思わず内股を締めて身震いする。
慄然としている女魔導士の胸ぐらを掴み、アーシェは犬歯を剥いて告げた。
「さっさと決めろ」
★
通路の先より迫りくる巨大ナメクジとその手下共を睨みながら、アイヴァンが吠えた。
「荷駄班っ! アレを用意しろっ!!」
クラン『幼獣団』は範囲攻撃能力が不足している。
そう痛感したアイヴァンはある“武器”をこさえていた。そして、荷駄班が『重てェし、邪魔臭ェし、最悪だ』と嘆いていた大荷物を取り出し、組み立てる。
それは馬鹿馬鹿しい代物だった。
それは全長二メートルの太い金砕棒に、太い鎖でボーリング玉大の鉄球が繋がれていた。
それは特大サイズの鉄球連接棍棒だった。
それはあまりにも頭の悪い代物だった。
たしかにこんなもん振り回したら、一度に3、4人くらい容易く薙ぎ倒せるが……あまりに脳筋過ぎないだろうか。
アイヴァンはその知能指数の低い武器を両手で担ぎ持つ。筋肉ゴリラのアイヴァンをして、肩に担ぐようにしなければ持てないほど重い。
「遊撃班、射撃班ッ! しっかり援護しろよっ!!」
こんな得物を振り回せば、もちろん隙だらけになる。味方の援護なしには三振りも出来ずに討ち取られよう。
かといって、ボーリング大の鉄球付金砕棒を振り回されては、とても傍で戦えない。飛び道具と長柄物で距離を取って援護するしかなかった。
「突撃じゃああああああああああああああああああああああああっ!!」
鉄球付金砕棒を担いだアイヴァンを先頭に団員達が突撃してゆく。
女王衛士達がシールドウォールを組み、女王への接近を阻むべく迎撃態勢を整えた。
「しゃあらくせェえいっ!!」
アイヴァンが大きく踏み込み、女王衛士達のシールドウォールへ金砕棒をフルスイング。遠心力と速度をたっぷり乗せたボーリング大の鉄球が、女王衛士達の隊列へ飛び込む。
大型トラックが衝突事故を起こしたような轟音が響き渡り、割れた盾が宙を舞い、直撃を受けた女王衛士が体を大きくひしゃげさせ、仲間を巻き込みながら壁際まで吹っ飛んでいく。
まるで砲撃だった。
が、さしものアイヴァンもこの馬鹿馬鹿しい得物を振り回した直後はまるで動きが取れない。両足を踏ん張り、全身の筋肉を総動員して遠心力で暴れる鉄球を抑え込む。ヌンチャクを振り回す素人よろしく自爆したら、下手しなくても死にかねないから、アイヴァンも必死だ。
鉄球の攻撃に巻き込まれなかった女王衛士達が襲い掛かる。狙いは隙だらけのアイヴァン。そこへ、遊撃班や前衛班が飛び込んで攻撃からアイヴァンを守る。
そんな彼らの頭上すれすれを慣性の法則で暴れる鉄球が駆け抜けた。アイヴァンを援護する遊撃班や前衛班もまた別の意味で命懸けだ。あの鉄球や金砕棒に巻き込まれたら、良くて重傷、悪ければ即死。なんて迷惑な武器だ。
「散れィッ!!」
アイヴァンが怒鳴った瞬間、遊撃班と前衛班が血相を変えて退く。直後、風切り音を挙げながら鉄球が女王衛士達に向けて飛び込む。
再びの轟音。
だが、此度は軌道が高い。首を毟り取られた一体が斃れるだけで、残りが吹き飛ばされることなくアイヴァンへ切りかかる。
「やっべっ! 守れ守れ守れっ! 俺を守れっ!!」
アイヴァンの裏声気味な怒声が響く。
「その傍迷惑な武器は今回限りにしろっ!!」「命がいくつあっても足りねェよっ!!」
団員達が怒鳴りながら女王衛士達の攻撃からアイヴァンを守る。
なんかもうグッダグダだが、当人達は真剣そのものだ。
そんな間の抜けたマジな戦いを余所に、女王ナメクジは攻めあぐねていた。
いうまでもなく、女王ナメクジの狙いはでたらめな得物を振り回す筋肉ゴリラ一択。
しかし、射撃班の間断ない阻害射撃が女王ナメクジの魔導術攻撃を邪魔し続けている。この一戦で用意した矢玉を使い切らんばかりの弾幕射に加え、丸顔の小太り女魔導術士がせっせせっせとデバフ魔導術で女王ナメクジの行動を抑制し続けていた。
滝のような汗を流し、襟元や脇の下に酷い汗染みを作りながら、丸顔の小太り女魔導術士が喚く。
「ま、まだなのっ!?早く切り込んでよーっ!! このままじゃあたし痩せちゃうーっ!!」
「うるさい。その贅肉を絞ってでも魔導術を打ち続けろ。止めたらそのデカケツに槍をぶち込んでやる」
「ひぃいいい」
アーシェが小太り女魔導術士の大きな尻を蹴飛ばした。射撃班は思う。なんてこった。副長の姐さんまでボスに似てきちまった。
体のあちこちに矢弾が刺さった女王ナメクジが苛立ちの雄叫びを上げ、戦術を変える。その巨躯を活かした突進を開始。
軟体生物は足が鈍い。が、女王ナメクジの場合、その巨躯が足の鈍さを補う。人間でいうところの一歩がデカい分、相応の速度が出る。ちなみに、女王ナメクジほどの質量ともなれば、時速10キロ、20キロ程度の体当たりで十二分に殺傷力を持つ。
「やばいっ!! 突っ込んできたっ!!」「下がれっ!!」「退避ーっ!!」
団員達が声を張って女王ナメクジから逃げていく。生き残りの女王衛士達でさえ、突進を避けるべく退いた。
そんな中――
「来いやあああああああああああああああああっ!!」
アイヴァンは退かない。
大きく股を開いて重心を下げつつ、金砕棒を八双に構え、ぶんぶんと鉄球を振り回す。速度と遠心力が乗った鉄球が唸り、鎖がぎちぎちと悲鳴を上げた。
アイヴァン・ロッフェローは退かない。
この突進に合わせた渾身のカウンターなら一撃で倒せる自信があり、その一撃を成功させる自負があった。そこには命を懸ける気も張る気も賭す気もなく、ただただ勝利の確信があるのみ。ゆえに、アイヴァン・ロッフェローは退かぬ。退かぬのだ。
女王ナメクジもまた呼応するように野太い声で猛々しく吠え、突撃の速度を上げた。象サイズの女妖が能う限りの最大速度で突っ走る。眼前の仇敵が並々ならぬ戦意を発していたが、ここで止まるなど女王ナメクジにはあり得ない。女王は二度も退かぬ。退かぬのだ。
そして、女魔獣が戦鬼の間合いに入った瞬間。
「しねえええええええええええええええええええっ!!」
アイヴァン・ロッフェローは全身全霊と運動エネルギーをたらふく乗せた鉄球を女王ナメクジへ叩きつけ――
女王ナメクジもまた、限界まで絞り出した速度を乗せた自身の体躯をアイヴァンへ衝突させ――
階層の端から端まで巨大な雷が落ちたような大音が轟いた。
★
ロッフェロー君、吹っ飛ばされたーッ!!
女王ナメクジにはねられたアイヴァンの脳裏に、前世ガキ時分に読んだ某サッカー漫画の実況科白がよぎる。
暢気な心理状態だが、現実の物理現象は過酷だ。
筋肉ゴリラがダンジョンの床をゴムボールみたいに跳ね転がっていく。
甲冑と床の摩擦熱や衝撃により、半板金甲冑の装甲部分が削げ落ち、鎖帷子部分が千切れていった。床の凹凸や堅い小異物によって鎧下服は裂け、皮膚が削られ、摩擦熱で焼け、肉が抉られ、仕舞いには壁に衝突して頑健な右肩の骨にヒビが走り、下腕の尺骨がべきりと折れる。
象サイズのバケモンにはねられれば、そらそうよ。
一方、鉄球をぶち込まれた女王ナメクジは巨大なナメクジ部分に大穴が開き、決壊したダムみたくどす黒い体液が大出血し、細面の鼻や口からも夥しい量の体液を垂れ流していた。誰の目にも致命傷であることは確定的に明らか。
それでも、階層ボスたる女王ナメクジは身を起こし、仇敵アイヴァン・ロッフェローへ向かって進む。女王ナメクジにはアイヴァンしか見ていない。アイヴァンしか見えていない。アイヴァン以外映らない。
「今だっ!! 殺せっ!!」「トドメを刺せっ! 早くっ!」「ぶっ殺せーっ!!」
そこへ遊撃班が長柄を、前衛班が刀剣類を次々と突き立てていく。
これは御伽噺の決闘ではない。ダンジョン内の狩りだ。ルール無用。負ける奴が悪い。狩られる奴が悪い。
女王衛士達の残余が女王を守ろうと遊撃班や前衛班へ切りかかるが、射撃班の弾幕が彼らを射止めた。倒れ込んだ彼らを斥候班が組み伏せ、滅多刺しの滅多打ちで始末する。
そうして、ついに女王ナメクジが力尽き、全身から黒い体液を流しながら倒れる。
如何なる偶然か、女体部分が丁度アイヴァンと重なり、アイヴァンが女王ナメクジの女体部分を抱きかかえるような絵面になった。
歪んだ兜の中で血走る豪傑の双眸と、非対称に並ぶ4つの目玉が、互いを見つめ合う。なんだこれ。
アイヴァンはふ、と微笑み、女王ナメクジも柔らかく口元を緩め――
「くたばれっ!」「がぉあああおおおっ!」
アイヴァンは鎧通しで、女王ナメクジはその右拳で、互いにトドメを刺そうと最後の一撃を繰り出した。
鎧通しが女王ナメクジの眉間を貫き、女王ナメクジの右拳がアイヴァンの頭をかすめ、背後の壁を砕く。
背後の壁がガラガラと崩れていく音を聞きながら、アイヴァンは崩壊していく女王ナメクジの女体部分を蹴り除けて叫ぶ。
「いってぇええおおおおおっ! 回復班っ! かーいふくーはーんっ!! はやーくっ! 早くしろーっ!!」
「無茶しすぎっスよ。まったく。大丈……ぶ、ス―――」
回復班の団員が駆け寄ってきて背中の荷物を下ろしながら、固まった。
「なにやってんだっ! この状況でお預けプレイとか、しまいにゃ泣くぞコラッ!!」
アイヴァンが喚き散らすも、回復班の団員はアイヴァンへ視線を向けることなく、崩れ落ちた背後の壁を指さした。
「ボス。あれ」
アイヴァンは激痛の生理反応として密かに涙を流しながら、肩越しに背後を窺い――見た。
崩れ落ちた壁の先にある空間。
それはハック&スラッシュにお決まりの御褒美部屋だった。
お詫び。
いわゆる『語録ネタ』を倦厭される方がいるのは承知しているのですが、ネタにし易いし、『語録』に限らず『なんJ』などネット言葉の類は文章を砕くのが楽なので……すいません。




