12:学院編:僕は悪役貴族だもの。
お待たせしました。
年末年始休暇前、今年最後のダンジョン潜り。
アイヴァン・ロッフェロー率いるクラン『幼獣団』は気合いが入っていた。基幹人員約30名に加え、前回のアタックで死傷した人員の補充でさらに20人を追加。階層ボスやFOE、大量湧きのウェーブやラッシュも数の暴力で撃破していく。
まあ、こんな強引な手が通じるのも浅層のうちだけだ。頭数だけでなんとかなるなら、有力クランがそれこそ中隊、大隊、連隊、旅団クラスの頭数を揃えて、ダンジョンそのものを資源鉱山の如く占有しかねない。
中層以下は、ダンジョン潜りがゲームのような少数精鋭主義に“ならざるをえない”敵がひしめいている。
サブカルにありがちな量より質の偏重。衆より個の偏向。物語の演出上、仕方ないと言えばそれまでだが……だからこそ、サブカルにおける戦いの描写はどこまで行っても『嘘臭さ』を解消できず野暮なツッコミを受ける羽目に―――
話を戻そう。
浅層と中層の狭間。
大回廊で階層ボスの『ピンク大蜘蛛』がアイヴァン達を歓迎する。
『ピンク大蜘蛛』――字面は可愛いが、全長全高数メートルの巨躯が人間の筋肉や臓器を思わせる色味と質感のグロ系モンスターだ。
腹部は内臓を丸めて煮凝りにしたような造形だし、長い四対の脚には人間の手や指が無数に生えている。極めつけはその頭部だ。人間の顔がいくつも敷き詰めてありやがる。きっもちわるぅい。
女王ナメクジがアレなら、対比としてロリ女体蜘蛛にでもすべきだろうに、なぜこんなグロ&グロに走るのか。凡ゲーをこさえる3流クリエイターの程度が知れよう。
大回廊を偵察した斥候の報告に、前衛班の団員がぼやく。
「ピンク大蜘蛛かよ。おれ、アレ嫌いなんだよ。臭いしキモいし、デバフが怖いし」
ちなみに『ピンク大蜘蛛』は浅層が主の階層ボスで、Lサイズモンスターの中では比較的弱い部類に入る。範囲系デバフに注意して戦えば、問題はない(逆説的に言えば、デバフを食らうとかなりヤバい)。
「アーシェ。策を出せ」
兜のバイザーを下ろしたアイヴァンがアーシェへ問う。
「前衛班と射撃班で引き込んで、遊撃班が裏取り。蜘蛛が遊撃班へ意識を移したら、前衛班の突撃」
「遊撃班が裏取りをしくじったら?」
「その時は『戦術・ロッフェロー』よ。あんたが突撃して奴を抑え込む」
にやりと冷笑するアーシェに、アイヴァンも兜の中で笑う。なんかJリーグであったよな、戦術○○。誰だっけ。もう思い出せねェな。
不意にアイヴァンの狂気が大きく蠢く。転生してから十五年以上。前世の記憶は少しずつ、だが確実に摩耗し、劣化し、風化し、今生に塗り潰されつつある。愛する妻子の記憶とて例外ではない。そのことが一層、神とこの世界に対する憎悪と怨恨と憤怒を強める。
突如、眼前の大男が発するどす黒い殺気に、アーシェも他の団員も怯む。が、彼らはおぞましさすら感じるこの殺気を、アイヴァンの戦意や闘志と誤認する。
だって、いつものことだから。
「野郎共、続け。さっさと腐れ蜘蛛を解体するぞ」
アイヴァンはそう言って大回廊へ踏み出し、団員達がその大きな背中に続く。
申し訳ないが、見せ場は無い。
なんせピンク大蜘蛛との戦闘はアイヴァンの言う通り、『解体』だったから。
射撃班が頭部へ集中射撃を浴びせ、遊撃班が側背に回って腹や後ろ足を攻撃。大蜘蛛の気がそぞろになったところへ前衛が突撃。主脚をへし折り、叩き切り、動けなくなったところを囲んで袋叩き。憐れピンク大蜘蛛は食肉の如く解体され、あえなく死亡である。
「ドロップは無しか。シケてんな」
消滅していくピンク大蜘蛛の惨殺体を横目に、アイヴァンが呟く。
「でも、稼ぎは悪くない」とアーシェがほくほく顔で高純度魔石の回収作業を眺める。
「損耗は?」
「これまでで負傷6名。戦闘可能が4名。食料、水、医薬品その他はまだ余裕がある。矢弾は準備したうちの3割消費。あと、用意したアレはまだ使ってない」
「中層の半ばまでは潜れるか」
「多分ね。かなり稼げるわ」とアーシェが女狐らしく口端を歪めた。
守銭奴め。楽しそうに笑いよる。アイヴァンは鼻息をつき、小休止中の全員へ告げた。
「進撃再開っ! 斥候班、周辺警戒を怠るなよ」
クラン『幼獣団』はダンジョンを潜っていく。
★
中層の浅いところを三階ほど潜ったところで、
「なーんか尾行られてるっぽい」
斥候班を率いる女子学院生の班長が報告してきた。
アイヴァンと同い年だが、この数カ月に渡る無茶なダンジョン潜りを重ねてきたため、経験と練度は下手な本職並みになっている。
曖昧な報告にアイヴァンが片眉を上げ、ぎろりと斥候班長の女子学院生を睨む。
「ぽいってなんだよ。適当なこと言ってっとガバガバになるまで犯すぞ」
「ちょ、酷くないっ? アーシェ先輩っ! 変態ゴリラが酷いぃっ!」
「そんなことより、どういうことか説明しなよ」
「!? アーシェ先輩も扱いが酷いぃっ!」
泣きついた先のアーシェから手酷くあしらわれ、女子学院生は不貞腐れながら説明する。
「なんか大回廊を過ぎたぐらいからぁ、うちらに張り付いてる奴らが要るんですよぉ。最初は活動階が被らないようにしてるのかと思ったけど、どーもこっちを監視してるっぽくてぇ」
その報告に、アイヴァンもアーシェも学院生の班長達も顔を強張らせた。
「ウチを的にしてるってことか?」「いや、まさか50人越えのクランを的にするとは」「まして女王ナメクジを手籠めにする撲殺ゴリラを狙うかぁ?」「だからじゃねえか? 冒険者組合がロッフェローの変態行為を行確してるとか」「テメェらをまずぶっ飛ばしてやろうか?」
アイヴァンを始めとする学院生達が渋面を浮かべて話し合い始めた時、平民団員の一人が言った。
「あの、ボスが御貴族様の倅をぶっ飛ばした件の絡みなんじゃ……」
学院生達が『あー』と納得の慨嘆をこぼす。あり得る話だった。ダンジョン潜り中ならいくらでも死因を誤魔化せる。同時に、ダンジョン潜り中に仕掛けてくるということは、クランの団員もまとめて消すということも意味する。
団員達が勘弁してくれと溜息を吐き、どーすんだよと苛立たしげにアイヴァンを睨む。
元凶たるアイヴァンは団員達の剣呑な視線を完全に無視してアーシェに問う。
「どう仕掛けてくると思う?」
「限界まで潜ってから帰途についたところだと思う。疲れてるし、負傷者も抱えてるし、私らの稼ぎも横取りできるし」
「殺しだけが目的なら、大回廊で蜘蛛とやり合ってる時に仕掛けてきたか」
アーシェの意見にアイヴァンも同意し、鬱陶しそうに舌打ちしつつ、言った。
「ここはひとつ策を弄してみっか」
「策? 脳筋のあんたが?」
訝しげに眉をひそめるアーシェへ、アイヴァンは野蛮な薄笑いを返した。
「任せとけ。授業で習ったんだ」
現代地球なら『駅前留学したから英会話よゆーだし』とほざくような顔つきのアイヴァンに、団員達は一斉に不安顔を浮かべた。
★
モラデイオン公爵家に雇われた手勢は、猖獗極まるマーセルヌ王国に掃いて捨てるほど居る手合いだった。食い詰めて悪事に手を染めた元貴族子弟の冒険者(兄弟の家督相続で赤い血に落ちた連中)や、群盗山賊崩れの冒険者。そういう手合いだった。
一言でいえば、十数名のクズ共だ。
それでも、中堅どころだけあって装備はそれなりに整っているし、踏んだ場数もガキ揃いの幼獣団に比べれば、段違いだ。装備、技量、経験、全てにおいて優っていた。しかも、魔導術士まで居る。
彼らは仕事に臨むまで、
「坊主は皆殺し、小娘共は嬲ってから皆殺しだ」「貴族娘をヤるのは久し振りだぜ」「いひひ。大人の怖さを味合わせてやる」
なんて下卑た笑いを浮かべていたが、大回廊で幼獣団がピンク大蜘蛛を一方的に解体する様を見て、
「ええ……何あのガキ共、怖い」「あのロッフェローって奴、あのガタイで16とか嘘だろ」「ひえー……」
ドン引きである。
幼獣団の少年少女達は飢渇した餓狼のようだった。飢えに狂った農民一揆だってあそこまで凶暴じゃあない。
王都学院の貴族子女らしき連中も、蒼い血の誇りや矜持を投げ捨てたかのような獰猛さを発揮している。
そして、主目標のアイヴァン・ロッフェローだが……なんだあいつは(困惑)。
190に届くだろう筋肉ゴリラ。片手戦鎚や戦斧で屍鬼達を撲殺し、分厚い盾でモンスター達を撲殺し、仕舞いには、金属手甲の右ストレートで屍鬼騎士の顔面を陥没させよった。あれで16? 冗談だろ? オーガかなんかかよっ!?
それでも、彼らは仕事をやり遂げる気だった。
公爵から貰った報酬の前金は飲んじまっていたし、成功の暁には当代騎士叙任や陪臣抱えを約束されている。クソガキ共を皆殺しにするだけで、まともな人生へ復帰できるのだ。やめるという選択肢はない。
『ガキどもが傷つき、疲れ、帰途につくまで待つ』
妥当な選択だった。
そして、中層深部手前でようやっとアイヴァン達が引き返し始める。
かなりの負傷者を出したらしく、負傷者達は担架代わりの野営用毛布で運ばれていた。得物を杖代わりにして歩く者も少なくない。
チャンス到来。
襲撃者達は薄く笑いながら決めた。
浅層と中層の狭間、大回廊を上がってきたところを、襲う。
★
チンピラ共がほくそ笑んでいた頃、アイヴァン達もほくそ笑んでいた。
なんたって負傷者は全員偽装である。いつでも全力で戦う準備が整っている。
「奴らをぶっ殺して装備と金をマルッと頂きだ。二、三匹生け捕りにするが、そいつらは拷問しても犯しても構わねェ、好きにしろ。奴らの命も尊厳も蹂躙しちまえ」
アイヴァンの凶悪無比な命令に、貧困街に生きる少年少女達は残忍な笑みを浮かべ、学院生達はドン引きした。
「ロッフェロー、流石にそれは……」
遊撃班の少年が心底嫌そうに苦言を呈すが、
「よそのパーティやクランを的にするってこたぁ、自分達が何をされても仕方ないって覚悟があるんだろ? その心意気に応えてやろうじゃねえか」
アイヴァンは狂気を全開にした答えを返す。
「これが叛徒鎮圧でも盗賊討伐でも、俺は同じことをする。王国に逆らうってこたぁ、王国内で生きる権利を捨てるってことだ。王国の法や秩序に守られる権利を捨てるってことだ。つまりぁ、何をされても文句は言えねぇよなあ?」
「いや、その考えはおかしい。おかしいから」と抗議の声が上がるも、
「うーるせーな。俺のやり方が気に食わねえなら、戦利品を受け取らずにダンジョンを出た後にクランを抜けろ。それだけの話だ」
アイヴァンは説得などしない。
来たる内戦ではもっとエグいことをする気なのだ。この程度でイモを引くようなら、今のうちに抜けてもらう方が双方に良いだろう。
俺ぁ悪役貴族だからな。良識ある善人は要らねェよ。
「ボス。奴らが動きました。大回廊を上がったところで仕掛ける気です」
斥候班の報告が届く。ドブネズミより小汚い恰好をしているが、それゆえに“敵”の目を避けられた。偵察は隠密性こそ最優先だ。
「よくやった。斥候班にゃあ寸志を出す」
「あざっすっ!」と斥候班が再び周辺警戒に移る。
アイヴァンは蛮族よりもはるかに野蛮な笑みを浮かべた。
「さぁてひと狩りいこうか」
★
十数人の中堅戦士と数十人の少年兵。戦えばどちらが強いか。
個の力を比べたら、少年兵に勝つ道理はない。
だが、集団で統率された戦術を駆使したら? 数の暴力は絶対である。人間には腕が二本しかなく、目玉は二つしかないゆえに。
ましてや死傷を恐れない餓狼の如き少年兵の群れだったならば。
多少、腕が立つ。程度では勝利など覚束ない。
「ぅおおおおっらぁーっ!!」「ぎゃっ!?」「足だっ! 足を狙って転がせっ!」「来るなっ! 来るんじゃねえよっ! クソガキ共ッ!」「殺せ殺せ殺せっ!!」「ぎゅああああああああ、ああ、ああ」
迷宮に剣戟と怒声と悲鳴の交響曲が流れる。
幼獣団の少年少女は自身が傷つこうが、仲間が斃れようが全く怯まない。まるで猛り狂った獣の如く敵冒険者達に襲い掛かる。
前衛班が盾となって相手の攻撃を受け止め、遊撃班が長柄物で敵冒険者達を無理やり引きずり倒し、そこへ手透きの者達が殺到して襲い掛かる。手足を押さえ、鎧通しやナイフで滅多刺しにしたり、喉を掻き切ったり、手首や脇や股間の動脈を抉ったり、防具の上から滅多打ちにしたり。
「クソッ!! 何がガキ共蹴散らして大儲けだよっ!?」
敵冒険者の一人が先ほどから一向に魔導術を撃たない魔導術士へ罵倒を浴びせる。
「なにやってんだ、アバズレッ!! 仲間がやられてんだぞっ! 早く魔導術でなんとかしろよぉおおおっ!!」
物陰に隠れていた敵魔導術士――丸顔でむっちむちに小太りな女魔導術士が眉目を吊り上げて怒鳴り返す。
「あんたの目は節穴なのっ!? 狙われてんのよっ! めっちゃ狙われ、ひっ!?」
鼻先を飛び抜けていく矢弾。周囲には女魔導術士を狙って放たれた矢や矢弾がいくつも転がっている。
「詠唱の隙を与えるなっ!」
アーシェが射撃班を指揮し、敵魔導術士に牽制、制圧射撃を繰り返す。矢や矢弾の嵐が敵魔導術士を物陰に釘づけにしていた。
「何とかしてよぉっ!? これじゃ魔導術なんて撃てないっ!!」
絶え間なく射撃を浴びる女魔導士の悲鳴に応える者はいない。誰だって自分の命が優先だから。
そして、我らが狂人アイヴァン・ロッフェローは敵冒険者を一人ぶち殺した後、三人の騎士崩れを相手にしていた。
――そこのちっとばかり腕が立ちそうな雑魚共は俺が始末する、とのたまって。
「一人で我らを相手にすると? 舐めやがって」「忌々しいクソガキめ」「身の程知らずめ、三人相手に勝てるわけないだろっ!」
全身甲冑の騎士崩れ達が罵声を吐く。
「バカ野郎テメェ俺は勝つぞテメェ」
アイヴァンはにやりと笑い、右手に握る片手戦斧をくるりと回して血を払う。
人間の手は二つしかなく、目玉は見える範囲が限られる。腐れ創作物のインチキキャラでもない限り、意識外の死角に対応できる人間など存在しない。どんな剣豪でも取り囲まれて同時攻撃をされたら勝てない。無理だ。勝てない。人体の限界だ。
ただし、数的不利を覆す術は、ある。
この場合、全ての敵を常に視界内に捉えるように動き、敵の連携を妨げるような位置取り――たとえば、敵AとBが同一線上に並ぶようにしたり、敵Aの攻撃が敵Cに当たりそうにしたり――をすることで数の不利を可能な限り覆せる。
アイヴァンは運動戦を試みる。絶えず位置取りを変え、騎士崩れ達を死角に逃さない。攻撃を仕掛ける時も一撃離脱を徹底した。
むろん、騎士崩れ達も相応の技量を持ち、それなりの場数を踏んでいるから、アイヴァンの意図を見抜いて連携で動く。1人が押さえ、1人が攻撃し、1人が死角へ回り込む。
それでも、騎士崩れ達はアイヴァンを殺せない。倒せない。
齢5つの時より鍛えに鍛えてきたこの筋肉ゴリラは、少年少女の先頭に立って無茶なダンジョン潜りを繰り返してきた。不利な状況で戦うことなど、とっくに慣れている。
それに、乱戦時において数的条件ほど不安定な要因もない。
「さっさと援護しやがれ、クソアマっ!」
アイヴァンの口汚い罵声と同時に、アーシェの放った矢が電光の如く飛翔した。




