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彼は悪名高きロッフェロー ~悪役貴族になったので散々悪さしたら、主人公御一行が殺意ガンギマリになりました~  作者: 白煙モクスケ


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11/27

10:学院編:だって、そこにあったから。

『オルタミラ遺宮』中層中盤。大回廊の階。

 ただまっすぐに伸びる一直線のフロアには、迂回路も身を隠す物陰もない。そして、このフロアに出現する敵は二パターンしかない。


 一つは階層ボス級の大型モンスター。

 もう一つは大量の雑魚敵による数の暴力だ。


 アイヴァン・ロッフェロー率いる『幼獣団』が遭遇したのは後者だった。

『幼獣団』が大回廊に入ると、回廊の先から様々な得物を持った屍鬼の群れが無秩序に駆けてくる。


「クソッ! 階層ボスの方が稼げるのにっ!!」

 守銭奴アーシェが毒づいた。


「言うてる場合かっ! 盾持ち集合っ! ラインを組めっ!」

 アイヴァンが吠えると、盾を持った前衛組がアイヴァンを中心に横列を組み、長柄を持った遊撃班がシールドウォールの両端を守る。飛び道具持ちが前衛の背後に並んでそれぞれの得物を構え、回復役や荷物持ち達が後方で待機。


「来るぞぉっ!! 崩されるなよっ!!」

 アイヴァンが怒声を飛ばした直後、屍鬼兵の群れが盾を並べた前衛と“激突”した。


 それはさながら、ローマの亀甲陣へ蛮族の群れが飛び掛かったような光景だった。整然と並ぶ幼獣団の前列へ考え無しに突っ込み、そのまま群れで押しながら手にした得物をただ振り回す。


 前衛の誰もが恐怖に顔を歪め、死に物狂いで盾を構え続ける。盾が殴られ、引っ掻かれる金属音が止まない。時折、盾の上や脇から屍鬼兵の手や振るわれた切っ先が飛び込み、肝を冷やす。


「押し負けるなっ! 踏ん張れっ! 崩れた奴はぶち殺すぞっ!!」

 兜の奥で目を血走らせたアイヴァンが怒鳴る。


 盾を構える前衛列の両翼では、長柄物を構えた遊撃班が回り込もうとする屍鬼を串刺しにして押し留める。


「これより斉射するっ! 前列、用意っ!」

 弓を構えた司令塔アーシェが叫ぶ。

「しゃがめっ!!」


 刹那、アイヴァンを始めとする前衛列が一斉にしゃがみ込む。突如、前衛の圧が薄れてつんのめった屍鬼達の最前列へ、弓や弩や弩銃が放った矢玉の弾幕が襲い掛かった。


 屍鬼達の体が穿たれ、千切れた肉片や体液が飛び散った。屍鬼達の最前列が崩れる。


「今だっ!! ぶっ殺せっ!」

 アイヴァンが吠えた。


 直後、前衛組が一斉に立ち上がり、斃れて崩壊し始めた屍鬼達の骸を踏み潰しながら前進。眼前の屍鬼を剣や斧で切り伏せ、棍や鎚で殴り倒し、再び盾を構えて壁を作った。


「よぉし、上手いぞっ!! 突破するまで繰り返しだっ! 気ぃ抜くんじゃねーぞっ!!」

 アイヴァンはしぶとく足掻く屍鬼の頭を踏み砕きながら、団員達に激を飛ばす。



 こうして小一時間に渡って屍鬼の群れと戦い、大回廊の奥に達した『幼獣団』の面々は誰も彼も疲れ切っていた。死者こそ出ていないが、負傷者は多い。


「これまでに前衛班が負傷者4名。遊撃班に負傷者3名。射撃班に負傷者1名。負傷者8名のうち、5名が戦闘不能。射撃班は矢玉の4割を消耗」

 副長のアーシェが淡々と報告を続け、

回復薬(ポーション)や医薬品はまだ余裕がある。食料と水も大丈夫」

 まっすぐにアイヴァンを見た。他の班長達もアーシェに倣ってアイヴァンの判断を待つ。


「――厳しいな」

 アイヴァンは小休止を取っている団員達を窺う。


 誰もが長丁場の戦いに疲れていた。装備は傷だらけで体も着衣も汚れ切っている。それでも彼らの顔は明るい。戮殺した屍鬼の群れは大量の魔石をもたらしたからだ。一つ一つが端金でも山となれば、話は別だった。


 彼らは楽しげに今日の稼ぎをどう使うか話しあっていた。装備に金を使う者。生活費に回す者。享楽に浪費する者。家族に美味いものを食わしてやると微笑む少年を横目にし、アイヴァンはアーシェと班長達に言った。


「よし、今日は帰るぞ。生きてりゃまた潜れる」


 アーシェ達はどこか安堵したように、同時に悔しそうに頷く。班長の一人が呟く。

「範囲攻撃魔導術が使える奴が居れば、もっと楽に突破できたのに」


「言い分は分かるけれど、魔導士は高い」

 アーシェは渋面で応じる。


 冒険者なんてヤクザな商売にゲソをつける魔導術士は少数派だ。一部の例外――腕試しで冒険者をやっているとか、魔導術素材を集めるためとか――を除き、冒険者業に勤しむ魔導術士は、大抵が落ちこぼれかロクデナシかワケアリだった。

 そして、少数派ゆえに魔導術士は雇用費が高い。全体稼ぎの2割3割を採る奴がザラだ。


『幼獣団』は金稼ぎ目的の餓狼の群れ。稼ぎが減る提案を呑むくらいなら、命を張る方を選ぶだろう。


「やれやれ。なんでも金が掛かりやがる」

 ぼやくアイヴァンにアーシェが皮肉っぽく笑う。

「それこそ私達があんたの下についてダンジョンに潜ってる理由だよ」


       ★


 引き際を弁えても、不幸に出くわすのが冒険者家業である。

 浅層終盤階に戻ってきたアイヴァン達を階層ボスが出迎えた。


「おいおいおいおーいっ!! なんで女王ナメクジがこんな浅いところに出るんだよっ!!」


 象ほどありそうな黒い巨大ナメクジ、大蛇のようにもたげられた上体には全裸の女性が生えている。剥き出しの乳房や程良くしまった腰回りが粘液物質でネバネバヌラヌラしている様は非常にエロい。

 しかし、濡れそぼった漆黒の髪が貼り付いた真っ黒な細面には、大きさと並びが非対称の目玉が4つ。気持ち悪っ!


 クトゥルフ神話かフ〇ム系ARPG辺りに出演しそうなダンジョン専用階層ボスモンスター『女王ナメクジ』だ。


 巨大黒ナメクジの全裸女性部分が両腕を広げ、剥き出しの乳房をぶるんと揺らした直後。その背後に菱形魔方陣が浮かぶ。


「! 退避ぃ――――っ!」

 誰かが叫んだ直後、菱形魔方陣から黒い塊が発射され、大爆発を起こした。


 爆圧衝撃波と爆風に薙ぎ払われる『幼獣団』の少年少女達。運悪く爆心地付近にいた数名はバラバラに砕けながらダンジョンに撒き散らされ、一部の肉片が壁や天井に張り付く。


 溶解液でも吐き出しそうなナリと違い、『女王ナメクジ』は凶悪な魔導術ユニットで、その魔導術は強力なものが揃っており、体躯が示す通りとてもタフだ。救いはその図体通りに動きが鈍いことくらい。


 しかも『女王』と関するだけあって……

「クソッ! 女王衛士(クイーン・ガーズ)だっ!!」

 血塗れになった遊撃班の班長が通路の背後を見て叫ぶ。

 女王衛士、全身甲冑の隙間から触手を覗かせる屍鬼騎士達がぞろぞろとやってくる。その数は8。


 正面に階層ボス。背後に強ユニットの群れ。こちらは半壊状態のモブ部隊。

 笑える。


「やってくれる」

 アイヴァンは忌々しげに毒づきながら身を起こし、絶望的状況に半ベソを掻く少年少女達へ罵声を浴びせる。

「何泣いてやがんだ、腰抜け共ッ! 勝手に諦めてんじゃねえっ!!」


 唖然とする団員達へアイヴァンは叫ぶ。獣のように目を血走らせ、唾を飛ばしながら怒鳴り飛ばす。

「ナメクジババアは俺が押さえるっ! 動ける奴らは衛士共をぶっ潰して退路を確保しろっ!いいか、死にたくなけりゃあ気合いと根性を絞り出せっ! 背中は必ず俺が守るっ! お前らで突破口をこじ開けろっ!」

 団員達が呆れとも感動とも取れる顔でアイヴァンを見て、勇気と闘志を取り戻す。


 アーシェが何か叫んでいたが、アイヴァンは完全に無視し、兜のバイザーを下げて女王ナメクジへ向かって進んでいく。


 恐怖と怯懦が歩みを鈍らせるも、手にした得物を強く握りこんで心の弱さを扼殺する。

 強大で不気味な怪物へ近づきながら、呼吸を繰り返す。最初は浅く早く、徐々に深く遅く。情動を集中力へ転換する。恐怖や怯懦を戦意と闘志に昇華する。


 前世、部活で体得した切り替えと集中のプロトコルを行い、アイヴァンは獣のように雄叫びを上げ、女王ナメクジへ向かって突撃した。

「ナメクジババアッ! その乳を揉みしだいたるぁッ!!」


 アーシェが呟く。

 バカじゃないの。             バカじゃないの。


      ★


 凡夫が女王ナメクジと戦う術は白兵戦(クロスレンジコンバット)しかない。

 距離を取れば、強力な魔導術の餌食になってしまう。巨躯に圧殺される危険性を冒しながら白兵距離を保ち、ちまちまと攻撃を繰り返し、女王ナメクジに魔導術を撃たせないよう徹するのみ。


 アイヴァンはヤケクソの蛮勇を以ってクソッタレな現実に立ち向かう。

 巨躯の体当たりを避け、かわす。全裸女性部分の打撃を盾で防ぎ、いなす。足元に広がるヌメヌメ粘液に足を取られぬよう注意しつつ、間隙をついて手斧で巨躯を切りつける。


 ワンミスで致命傷に至る恐怖の綱渡り。みみっちい攻撃をひたすら続けるマヌケな綱渡り。


 鼻先でちまちまと手傷を負わせてくるアイヴァンに苛立ったのか、女王ナメクジが大きく吠える。細面から吐き出されるやたら野太い声。墨を塗りつけたような漆黒の肌からぬめった粘液が滲み出し、剥き出しの乳房や優艶な腰回りが淫靡に濡れる。


「いちいちエロい仕草し腐りやがってっ! 気が散るだろうがっ!」

 アイヴァンが八つ当たり気味に怒鳴りながら手斧を振るい、腰下から伸びる巨大なナメクジ部分を切りつけた。裂けた体表から青黒い体液が飛び散る。


 アイヴァンの雄叫びを聞いたアーシェが『バカじゃないの』と毒づき、女王衛士共へ向けて矢を放つ。

 女王衛士達は強い。

 その頑健な全身甲冑は生半な攻撃など全く通じない。屍鬼騎士の甲冑を貫くアーシェの弓射すら火花と共に弾かれる。


 それでも盾持ち達が必死に黒騎士達の攻撃を防ぎ、射撃班の飛び道具と遊撃班の長柄物で削る。彼らの背後で衛生班が負傷の手当てをし続ける。

 少年少女達は恐怖と怯懦に涙と鼻水を流し、焦燥と不安から冷や汗を流し、それでも闘志と戦意で目を血走らせながら生きるための戦いに臨む。振り返れば、たった一人で大怪物に挑む我らの頭目がそこに在るから。


 女王ナメクジが拳を振り上げ、巨躯を捩じるように殴りかかる。女性上半身の細腕と侮るなかれ。アイヴァンの分厚い盾を歪め、亀裂を走らせるほど強烈だ。


 ここだっ!!


 アイヴァンは手斧を殴りかかってくる女王ナメクジに向けて投げつけ、盾を投げ捨てながら怯んだ女性上半身へ組み付く。腐った魚みたいな悪臭を放つ粘液が酷く滑る。爪を立てるようにガントレットの尖った指先を女王ナメクジの裸体に食い込ませた。


「くっせーなっ! ナメクジババアッ! お肌ムチムチじゃねえか、この野郎っ!!」

 発言の知能指数が酷く低俗だが、兜の中のアイヴァンの顔はガチだ。むしろ恐怖に引きつっている。


 戦いの成り行きを見守っていた回復班と負傷者達は、アイヴァンの取った狂気的行動に圧倒され、その頭の悪い発言に絶句していた。


 女王ナメクジにとって組みつかれるなど未知の体験であり、その意図がさっぱり理解できず恐怖し、混乱した。両手でアイヴァンを引っぺがそうと足掻き、振り落とそうと巨躯を大きく揺らしながら粘液の分泌を促す。


「ぬぁああっ!」

 アイヴァンは目に悪臭の粘液が入り、毒づきながら滑る右手でそれを掴む。



 むにゅ。



 女王ナメクジの左乳房が鷲掴みされた。強く強く握りしめられた。


 瞬間、女王ナメクジの口から野太い声の悲鳴が上がる。

『きゃああああああああああああああああああああああああああああっ!?』


 フロアの端から端までつんざく、異様な恥じらいの悲鳴に、死闘を繰り広げていた団員達と女王衛士達も思わず戦いを中断し、見た。


 大男が女王ナメクジの女性上半身に組みつき、左乳房を鷲掴みしている、という非常識極まる光景を。


 女王ナメクジは強引にアイヴァンを振り落とし、両手で胸を隠すように抱きしめ、辱められた娘っ子のように俯きながら逃げ出した。


 唖然とする周囲を余所に、粘液塗れになったアイヴァンが身を起こす。

「いってェなクソッタレ。何がどうなってんだ」


 おえ、とえずきながら兜を脱ぎ捨て、アイヴァンは目元を拭ってから、茫然としている団員達へ怒鳴った。

「テメェら、何油売ってんだっ!! さっさとそのマヌケ面共をぶち殺せっ!!」


 は、と我に返った団員達が、未だ衝撃的光景から立ち直れていない女王衛士達へ襲い掛かる。

 遊撃班の長柄物が鉤部分で女王衛士達の首元や足元を絡めとり、無理やり引きずり倒す。そこへ盾持ち達がのしかかって押さえ込み、甲冑の隙間――特に下腹部辺りを鎧通しやナイフでめった刺しにしていく。


 股間辺りから青黒い体液を噴出させる黒騎士達が悲鳴を上げ、その光景を見ていた負傷者の一部――少年達が無意識に股間を押さえる。


 そうして弱った女王衛士達の首周りや脇の下など非装甲部分を深々と抉り、トドメを刺した。




 かくて幼獣団は絶体絶命の危機を生き延びた。

 この日、アイヴァン・ロッフェローは二つ名を持つ。

『女王ナメクジの乳を揉みしだいた男』。この二つ名は尾ひれ背ひれが付き、『女王ナメクジを手籠めにした男』に変わった。


 なんとも不名誉なあだ名だが、アイヴァンが『ヤベェ男』という印象を決定的にし、アイヴァンが率いる『幼獣団』は一目置かれるようになった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 女王がいるならプリンスやプリンセスもいるはずで、母上の仇やらな隠しシナリオの扉開きましたかね
[良い点] 面白過ぎる。
[一言] めっちゃ面白いんだけどw
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