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彼は悪名高きロッフェロー ~悪役貴族になったので散々悪さしたら、主人公御一行が殺意ガンギマリになりました~  作者: 白煙モクスケ


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9:学院編:メインヒロイン様と望まぬ茶会をした件。  

お待たせ申した。ちょっと短いですが、区切りが良いので。

 王女アンナローズの近侍にして幼馴染みラーレイン・フォン・ガッサは、眼前でへいこらしている筋肉ゴリラをそれとなく、だが、注意深く観察していた。


 で、ラーレインが抱いたアイヴァン・ロッフェローの印象は一語に尽きる。


 ――俗物


 16歳とは思えぬ巨躯と筋肉量、噂では市井にて、得物を持った複数人のゴロツキを無手で撲殺したという。王国には護衛騎士長やエルズベスを始め、手練れの騎士や戦士は数いるが、素手で複数人を殴り殺せる者はそう多くない。


 蛮族のような男かと思っていたが(見た目はその通りだ)、アンナローズの美貌と微笑みを前に浮かれることもなく、礼節や立ち居振る舞いも貴族令息として不足はない。言葉遣いや言い回しは武骨な見た目に反し、教養人の風情すら感じる。

 その意味では、この年若き大男が愛すべきアンナローズの忠臣たりえれば心強い限りだ、が……


 卑屈さギリギリのへりくだりと、丁寧さと丁重さでアンナローズとの関わり合いを避けようとする言葉選び。この礼儀正しさの薄皮一枚下には計算し尽くした忌避がある。


 下手な発言をして厄介な事態に巻き込まれぬようにする立ち回りは、木っ端男爵家の推定家督相続人という立場に即した及第点の在り方だ。


 しかし、その姿は宮廷内でアンナローズにかしずきながら、心中で舌を出している奴輩共と同じだった。アンナローズの人格や人柄を見ようとせず、王女という肩書と付随する損得でしか見ていない。


 そして、このゴリラはアンナローズに『関与を持つと損をする』という評価を下している。


 ――俗物め。こいつもローズのことを王女という“商品”で見ている。ローズという等身大の人間を見ようとしていない。


 ラーレインは忸怩たる思いで年上の幼馴染エルズベスを横目にした。


 エルはこのゴリラに一定の評価を抱いているようだが、知性と知能を筋肉と胸の脂肪に奪われている脳筋なエルのことだ。どうせこのゴリラに対して武人としての評価しかしていないだろう。


 ラーレインは心の奥で沸いた苛立ちを抑え込む。ここで、ゴリラに噛みついてアンナローズに恥を掻かせるわけにはいかない。

 思わず出そうになる溜息を押し戻すため、ラーレインはカップを口元へ運んだ。




 アンナローズの役割は明確だ。

 王家とマーセルヌ王国のために政略結婚すること。嫁ぎ先が国内貴族か外国の王族かは今のところ決まっていない。最も価値ある時、価値ある相手へ嫁がせる。


 ゆえに、アンナローズ自身に知性の類は求められていない。ただ美しく育ち、嫁ぎ先の歓心と好意を得られれば、それで良い。


 要するに最高の牝馬たれ。あるいは、最高のダッチワイフたれ。というわけだ。

 女性権利団体が聞いたら戦争になりかねないが、そもそも貴顕婦女子なんて政略結婚の道具であるから……御気の毒、と受容するしかない。


 ただし、周囲の求めに反してアンナローズは理知的で聡明だった。

 幼い頃から自分を人形の如く扱い、自分を商品としか見なさない家族や大人達に囲まれて育った彼女は、社会学的に言うところのアダルトチルドレン――精神的早熟を環境的に“強要された”子供だった。


 ゆえに、笑顔でアイヴァン・ロッフェローと接しながらも、アンナローズの内ではアイヴァンを厳しく評価査定している。


 ――頭の芯まで筋肉で出来てそうな見た目だけれど、思ったより頭が回るようね。言葉遣いや語彙の豊富さから確かな教養が感じられる。調べによれば、実父に疎まれていたそうだけれど、嫡男としてしっかり育てられたのね。


 でも、とアンナローズは疑問に思う。


 この人は少し“違う”。王家内で立場の弱い私と組むメリットが薄いことを理由に、関わりを避けようとしているのではない。私自身の何かを“恐れて”距離を取ろうとしている。かといって、そこに私への嫌悪や反感、侮りや貶めはない。


 これまで私と関わりがあったわけでもないのに、何を恐れているのかしら。


 アンナローズには想像もつくまい。

 アイヴァン・ロッフェローが彼女を忌避する理由。主人公御一行の一人としてアイヴァンの死亡イベントに関与しているから、などという事情を察せられるわけがない。


 現段階において、アイヴァンがこの事情を第三者に吐露したところで、反応は『こいつ、被害妄想がヒッデェな』『妄想と鬱の気があるんだろうな。気の毒に』と可哀そうな目で見られるだけだろう。

 アンナローズはアイヴァンと談笑を進めながら、その人となりを探り続けた。



 で、主人公様御一行の一人にして、アイヴァンとメインヒロインAの邂逅を生む原因となったサブヒロイン:エルズベスは、暢気にお茶を啜りながら『姫様にロッフェローの腕をご覧いただくために、軽く試合でも出来ないだろうか』と考えていたりする。

 ラーレイン辺りが知ったら『エルは知性や知能をおっぱいに吸い取られている』と毒舌を吐いただろう。



 そして、アンナローズとラーレイン、エルズベスを相手にするアイヴァンは、この場を無難に切り抜け、今後に王女達と関わり合いを持たぬようにすることへ全神経を注いでいた。


“白薔薇”アンナローズはゲーム本編において、自壊一直線の国情を憂い、また搾取される民を救済したいと願う啓蒙主義者だった。当初のソレは弱った小動物に同情する、程度の低い慈愛と無自覚な傲慢だった。

 しかし、主人公と触れ合い、過ごすうちに『祖国を根幹から改善したい』と考える社会改革者へ成長していく。


 すなわち、王女殿下を支える役割は主人公様達が担うことであって、アイヴァンの役どころではない。それどこかアイヴァンは彼女の希求する『善き国』を踏みにじってクソ塗れにしたいのだ。まったくヒデェクソ野郎である。


 アイヴァンはアンナローズ姫の要請を断るべく全力を尽くした。言質を取られぬよう丁重な言い回しを重ね、前世の会社勤めで上司や取引先の無茶振りをかわすために獲得したスキルを駆使し、就任役を回避して今後の交流を断たんと務める。


 この国に癒せぬ傷を刻み込まんと企む悪鬼羅刹が、卑屈なほどへいこらし続ける姿がそこにはあった。まるで上役への処世術中の虎〇先生である。



 日が西へ傾き始め、王家所領の狩場で催された野外茶会は終わりを告げる。

 天幕を辞し、姫様御一行が狩場を発つ。一行の見送りにするアイヴァンはすっかり神経を擦り減らしており、『街に帰ったら風俗に行って命の洗濯をしよう』と心に誓った。

その刹那。


 馬車からアンナローズが顔を覗かせ、告げた。

「来年からはよろしくお願いしますね、ロッフェロー“先輩”」


「---は、ははぁっ!!」

 一瞬呆けた後、反射的に深く一礼するアイヴァン。大地へ向けたその顔は奥歯を噛み砕かんばかりに歪んでいた。


 ぐぅううう。メインヒロインめぇ、何としても俺をシナリオ通りに殺す気かっ!!


       ★


 翌日。晩秋の早朝。清涼な朝靄が煙る王都の一角で、

「お、若旦那。楽しんでいただけました?」

 娼館を出たアイヴァンへ歩み寄り、客引きがニヤニヤと黄色い歯を見せて近づいてきた。


 アイヴァンはムスッとした顔で応じる。

「お前、話と違うじゃねェか。どこが初心で奥手な可愛い新人だよ。手慣れたバリバリのプロだったぞ」


「そないゆうてん、若旦那。あんさん朝までコースに延長しとるやん」

 女衒の指摘通り、アイヴァンは時間を延長したのだ。朝までコースに。


       ★


 こうして高給娼館から通学した(!)アイヴァンに対し――


「あんたの金だから、とやかく言わないけど……バカじゃないの?」

 とやかく言わないといった傍から罵倒を浴びせるアーシェ。


「バカって……お前な、そうは言うけどな、お前な。王族絡みの面倒事の後だぞ。そりゃ風俗行くだろ行くしかないだろ。分かるだろ? 察せられるだろ? そのうえで言うべき言葉があるだろ?」

「バカじゃないの?」

 繰り返されるアーシェの毒舌にアイヴァンは舌打ちした。

「振りでも良いから、そこは大変だったねとか言えよ」


 御茶の入った陶製カップを口に運び、アーシェは蔑むように鼻を鳴らした。

「それで、王女殿下の件はどうなった?」


「丁重にお断りした。クランの稼ぎで王女殿下のパトロンをやるなんて言ったら、団員に後ろから刺されっちまうよ」

 アイヴァンは御茶を飲み、大きく息を吐く。

「クソ大変だったぜ。王女殿下の御頼み事を断るのは」


 二時間近く丁寧に拒否し続け、アイヴァンは成し遂げた。

 で、その精神的疲弊を癒すべく、娼館へ直行した。何もかも忘れておっぱいの谷間に顔を埋めたかった。何もかも放り出して女の股で蕩けたかった。で、その欲求通りに朝までたっぷりと肉欲に溶けていたわけだ。

 間違っても十代の少年が採る行動ではない。仕事のストレスを風俗で解消するオッサンの所業である。


 話を聞き終えたアーシェは憐れみと蔑みを混ぜた目でアイヴァンをひと睨みし、大きく息を吐いた。

「今後も問題なくダンジョン・アタック出来るのね?」


「どうかな。今回の件で王子方や大物貴族からもちょっかいを受けるかもしれねェ。そん時ぁうまく立ち回らねェと不味い。なんせ王女殿下の要請を袖にしてんだ。下手を打ちゃあ王女殿下と対立する」

 アイヴァンの見解にアーシェは鋭い舌打ちを放ち、問う。


「どうする?」

「これまで通りさ。何が出来るわけでもねェし、何か起きたわけでもねぇからな」


 投げやりに応じつつ、アイヴァンは思う。

 あの御姫様が“やらかす”のは来年入学してから。主人公様と合流してからだよ。


「俺の方はともかくとして、そっちはどうだった? 俺抜きでも問題なかったか?」

「指揮統制では問題ない。でも、あんたが居ないと戦力や士気面での不足が目立った」


 元より『幼獣団』の戦術は単純だ。運動部活風に例えるなら、アイヴァンは先頭に立って力と勇姿で味方を鼓舞する脳筋エース。弓遣いのアーシェが後方からチーム全体の統制と作戦の指揮を執る司令塔。


「遺憾だけど……あれだけ頭数が居ても、あんた抜きじゃ中層の序盤も覚束ないわ。遺憾だけど」

 念押ししてぼやくアーシェにアイヴァンも苦笑い。

「ま、しばらくは様子見だな。悪目立ちしない程度に金を稼ごう」


 今回は胆が冷えた。

 サブヒロインのデカパイはまだしも、メインヒロインだと? 冗談じゃねェよ。好き放題暴れるのは俺が死亡イベントを乗り越えてからだ。その腐れイベントまで一年を切った。その後の内戦にも備えてきっちり支度を整えておかねぇとな。


 不意にアーシェが表情を引き締め、打算的な目つきで告げた。

「ちょっと興味深いネタを仕入れたわ」


「またぞろ悪企みか」

 茶化すアイヴァンを無視し、

「中層終端部で中堅どころのクランが全滅したんだって。連中の装備や荷物の一切合財が未回収よ」

 アーシェが口端を吊り上げて笑う。女狐らしい狡猾な笑みだった。

「装備と金が一度に入手できる。やらない?」


 ダンジョンに転がる死体も立派なお宝、というわけだ。

 アイヴァンもにやりと笑う。絵に描いたような悪党笑いだった。

「やろう」


 そういうことになった。


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― 新着の感想 ―
[一言] >――俗物め。こいつもローズのことを王女という“商品”で見ている。ローズという等身大の人間を見ようとしていない。 「等身大の人間として見る」云々以前に、対価もロクに用意できない実権のない王女…
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