0:エピローグ導入からのプロローグ。
不定期更新です
※投稿ミスで書き直し前の物をあげてました。12・1にブックマークしてくださった方々、申し訳ありません。
晩秋の昼下がり。王都が燃えていた。
グリザネア半島の真珠と言われた美しい街は、そこかしこで煌々と燃え盛り、どす黒い煤煙を立ち昇らせている。
王都外周堡塁群が分断され、最終防衛線の外郭城壁線も突破され、戦火が市街内へ及んでいた。街のいたるところから壮絶な怒号と罵声と雄叫びと悲鳴と断末魔が聞こえてくる。大通りで小路で建物内で屋根裏で地下室で剣劇が繰り広げられ、銃撃戦が交わされ、魔導術が吹き荒れている。
王都は破壊と殺戮の坩堝と化していた。
無理もない。
ここ数年に渡る王国軍と革命軍の内戦はまさに血みどろ。残酷無残絵巻さながらの殺戮劇だった。王国の近衛軍団や王党派勢力は革命派の村や街を焼き、幼子を惨殺し、老人を縛り首にし、女を強姦して、男を虐殺してきた。革命軍も同様に王党派の村や町を焼き、老若男女を虐殺したし、男子を斬首し、女子を凌辱した。
そうしたおぞましい暴力が繰り返され、憎悪と怨恨が積み重ねられてきた結果、王都を舞台とする最終戦はあらゆる善悪の分別や倫理的節度や道徳的尺度が失われ、極限の暴力が爆発していた。
王都を地獄に変えるほどに。
そして、地獄の焦点はじりじりと王城へ向かって進んでいく。
王城を中心とする王都市街は外郭城壁線を破られ、完全に包囲されていた。外周堡塁群の南部は堅持され、サーキス湾軍港も王国軍が死守していた。包囲を突破できさえすれば……海への脱出も不可能ではない。
それが分かっているからこそ、革命軍は王都外郭城壁線の包囲を分厚くし、後顧の憂いを断たんと近衛軍団も王党派も殺戮し尽くそうとしている。近衛軍団も王党派も国王一家も一人残らず。憎悪と怨恨と憤怒と復讐心と報復願望が、革命軍から慈悲と寛容を奪い去っている。
ただし……今、王都に留まっている王国軍将兵達は、この期に及んで生き長らえようと思っていない。
逃げる機会はいくらでもあった。それでも、彼らはこんな様になるまでこの街に残り、こんな様になっても戦うことを選んだ。
なぜか?
今、このクソッタレな王都で戦っている近衛兵も王党派のほとんどが、勝つために戦っているのではない。生きるために戦っているのではない。王家や重臣達を守るために戦っているのではない。
彼らは一人でも多くの革命軍将兵を道連れにするために戦っている。一人でも多くの革命軍将兵を死傷させ、戦後の傷跡を深くしようとしている。大義でも希望でも忠誠心でもなく、憎しみと恨みと悪意のために戦っている。
そんな狂気的で破滅的で残忍な戦いが王城に迫っていく。
革命軍のシャールン伯率いる先鋒部隊が内郭城門通りに突入した瞬間。
通りに面していた赤煉瓦で造られた背の高い建物が図ったように爆砕、倒壊した。
落雷の如き轟音がつんざくと共に、少なくない革命軍将兵が倒壊に飲み込まれ、煉瓦の赤い粉塵混じりの衝撃波に薙ぎ倒される。
赤煉瓦の粉塵が霧のように漂う中、シャールン伯を始めとする革命軍将兵が毒づき、悪態を吐き、咳き込みながら身を起こす。
内郭城門通りに奇妙な静寂が訪れていた。
刹那。
シャールン伯を始めとした将兵が磁石に引き寄せられるように顔を通りの先に向けた。霧のように漂う赤煉瓦の粉塵によって視界はまったく利かない。だが、革命軍将兵達は息を呑んで赤い薄闇の先を凝視し、手にした武器を構える。
そいつらは現れた。霧のように漂う赤い粉塵の奥から。
赤い薄闇の中、真っ黒な獣の群れが瓦礫の上に屹立する。
全身つなぎに似た鎧下の戦闘服に、頑健なマクラタイト鋼板と翼竜甲皮革の複合全身甲冑。耐熱難燃性のポンチョに似たサーコート。オーガやワーグの頭蓋骨を模した不気味なアーメット式兜。
獣共の手には肉厚な盾。片手剣、片手戦鎚、片手戦斧、槍、長柄物等々。あるいは軽重の弩銃。
誰も彼もが甲冑も盾も武器も傷だらけで、サーコートや戦闘服は裾や縁がボロボロで、汗や泥汚れや返り血のシミだらけで臭くて汚い。傷だらけで汚れ切った装備同様、疲れ切っていて腹を空かせている。が、兜の奥で双眸がギラギラと凶悪な暴威を発していた。
次いで、獣共の群れが二手に割れ、巻角を生やした怪物の兜を被る、長身の大柄な黒騎士が姿を見せる。
左手に分厚い盾を、右手に片手戦鎚を握るその黒騎士を目にした瞬間、革命軍将兵は憎悪と恐怖と憤怒と怯懦に駆り立てられる。
「げぇっ! ロッフェローっ!」「ロッフェローだあっ!」「ロッフェローが出たぁッ!」「皆の者、ロッフェローぞっ! 武器を取れっ!」「ロッフェローっ! ゲス野郎っ!!」
ロッフェローと呼ばれた巻角兜の黒騎士は片手戦鎚を指揮棒のように掲げ、
「ぶっ殺せっ!」
号令と共に振り下ろした。
「おおおおおおぁぁあああああああああああああああああああっ!!」
直後、漆黒の獣達が雄叫びを挙げ、ロッフェローを先頭に革命軍へ襲い掛かる。
獣共は片手剣や両手剣で兵士達を叩き切り、片手戦斧や片手戦鎚で兵士達を蹴散らし、長柄物や槍で革命軍の部隊を薙ぎ払っていく。まさに鎧袖一触。圧倒的な暴力だった。
獣達を率いるロッフェローはさらに凄まじい。
片手戦鎚を振り下ろし、眼前の若い兵士の頭を容易く破砕。返す刀で右隣の兵士の胸を殴りつけて甲冑ごと胸骨を砕き、肺や心臓を圧潰させながら吹き飛ばす。頭を殴りつければ兜諸共砕き潰し、ちぎり飛ばす。攻撃を防ごうと構える盾や刀剣と一緒に腕をもぎ取ってしまう。
強烈な攻撃の繰り返しに片手戦鎚の柄がへし折れると、ロッフェローは右腰に差していた片手斧を抜き、片っ端から革命軍将兵を叩き切り、叩き割り、ぶった切り、ぶっちぎる。挙句は左手の盾を振るって兵士達を撥ね飛ばし、『全身を強く打って死亡』にしていく。
ロッフェローの背後には手足や頭や脳漿や鮮血や肉片が飛び散り、亡骸と肉塊が転がっていく。何者もその歩みと殺戮を止められない。
「王国を貶める暴君の犬めっ!! 我が手で駆除してくれるわっ!」
冷汗塗れのシャールン伯が腰から直剣を抜き、護衛の騎士達と共にロッフェローに挑むも、
「うるせぇっ! ちゃっちゃとくたばれ、クソ雑魚共っ!!」
ロッフェローは片手斧と盾でシャールン伯と護衛騎士達を瞬く間に“破壊”した。
「伯爵様がやられたぁっ!」「バ、バケモンだあっ!!」「ひええええっ!」
革命軍の兵士達はロッフェローと黒い獣達の凄まじい暴虐を目の当たりにし、士気崩壊を起こして逃げ出した。
獣達の中で軽重の弩銃を担いだ者達が、革命軍将兵の背中に向けて弾幕を浴びせた。ガシャコンガシャコンと弩銃が駆動音を奏でる。鋼殻弾頭や火炎弾頭などの矢弾が嵐のように吹き荒れ、革命軍将兵の命を消し去っていく。
担当街区の通りを革命軍将兵の血肉で染め、死体と肉塊で飾り立て終えると同じくして涼風によって粉塵が晴れていく。ロッフェローは刃が砕けた片手斧を捨てて、敵兵の片手斧や戦鎚を拾って腰に差す。
女性副官アーシェがやってきて兜のバイザーを上げながら報せる。
「21名死傷。9名は戦闘継続可能です。敵には……10倍、いえ、20倍以上の損害を与えたかな。ちなみに貴方が殺した騎士達の中にこの部隊の指揮官がいたみたいですね」
アーシェはペッと唾を吐く。赤煉瓦の粉塵の中で大立ち回りしたせいか、唾が仄かに赤い。
「建物を倒壊させて混乱した隙をついて正面突貫とか、マジ頭おかしい。タイミングがちょっとズレてたら私達まで飲み込まれてましたよ」
「上手くいくに決まってんだろ」
ロッフェローは嘲るように鼻を鳴らす。
「このクソ忌々しい“シナリオ”展開じゃあ、俺の最期はこんなつまらないもんじゃねェ」
「意味が分かんねーよ」とアーシェが面倒臭そうに「あんた、ビョーキだよ」
自分のボスは王国最強で最凶の戦士だが、本当に頭がおかしい。事あるごとに訳の分からないことを言う。まあ、異常者だからこそ王国最悪最凶部隊を率いられるのだろうし、指揮官としてまともなら頭がおかしくても構わない。
とはいえ、破滅が迫っている戦況でキチガイの戯言に付き合っていられない。アーシェが悪態を吐き捨てるのも無理はなかろう。
「ま、心配するな。もうじき終わる」
部下の悪態を聞き、ロッフェローはくつくつと喉を鳴らす。
「このくだらねぇ悪役貴族人生をようやく完遂だ」
〇
かくて語らん、憐れなる一人の男の物語を。
彼は引きこもりの穀潰しでもなければ、馬車馬同然の社畜野郎でもなかった。ミレニアル世代の平凡な会社員で夫で二児の父だった。
一言で言えば、不運だ。
車道にボケらっと飛び出したマヌケな社畜野郎が二トントラックに撥ねられた。これはいい。某小説投稿サイトではありがちな話。はいはい、テンプレートテンプレート。説明する必要さえない。紙幅と時間の無駄というものだ。
だが、パニックを起こした二トントラックのあんちゃんが、マヌケを撥ねながらハンドルを切った。運動エネルギーを殺し切れないトラックは歩道に乗り上げ、不運な彼を巻き込み――
ぐしゃり。
憐れなる彼の手元から落ちた鞄から、中身が散乱した。会社で使う書類やノートPC、それにこの日が誕生日の娘に送る贈り物。
ああ、なんたる悲劇か。このままでは、娘の祝福すべき誕生日が父の不条理な命日になってしまう。
その時、世界に不思議なことが起こった。
……そんな表現があるか、ふざけんなって? 某有名作品を手掛ける一流脚本家だって同様の表現してるやんけ。何が問題なんじゃ。
ともかく、不思議なことが起きた(強弁)。
《以下:彼の証言より》
“そういうの”が好きな部下の田中が言うには、異世界転生する奴は総じて実社会でうだつの上がらないボンクラなんだと。
で、そういうマヌケなボンクラが現代地球以外の場所で、転生特典頼りにワンチャン掴んで成功者になるそうな。
別に悪いことじゃない。
チャンスを活かして大活躍し、ハーレムをこさえてルサンチマンを満たせばいい。誰にだって幸せを掴む権利はあるし、幸福と成功を求めることは憚ることのない正義だ。
だが、望んでいない人間に“それ”を押し付けるとなれば、話は違うだろう?
あの日は娘の誕生日だった。
だから、俺が望んだことは二つ。
死にたくない。死ぬにしても、この日は絶対にダメだってこと。この二つだけだ。
娘が誕生日を迎える度、親父が死んだ現実と向き合わされるなんてあんまりだろう。誕生日ってのは純粋に幸せな日であるべきなんだ。
だから、俺は必死に願った。あの“クソ野郎”に。
神とか自称する、脳味噌の代わりに犬のゲロが詰まってるクソ野郎に。
どうか、この日に死ぬことだけは避けさせてください、と土下座してデコを地面に擦りつけながら、涙と鼻水を垂れ流して“懇願”したんだ。叶えて下さるなら来世はクソにたかる蠅になっても良い。いや、永遠に生まれ変わらなくても良い。お願いします。俺はそう“哀願”したんだ。
あのクソ野郎。苦笑いしやがった。分かるか? 苦笑いだ。“本当の殺意”を覚えると頭の中がすっと冷たくなるって初めて知ったね。
で、気づけば俺はイセカイテンセイさせられていた。
望んでも無いクソ人生のリスタートだ。あのクソ野郎、いつかぶっ殺してやる。
俺の転生先は御貴族様の家だった。父親らしい男は愛情の欠片も無い目で俺を見下ろし、それっきり姿を見せなかった。母親とは一度も会っていない。使用人らしい女達は俺をアイヴァンと呼んだ。それが名前らしい。
乳母のおっぱいを吸ったり、寝小便と寝糞したりしながら、俺は使用人達の会話から情報を集めてみた。
“最初”は中近世辺りの欧州風な世界だと思ったんだ。古き良きRPG風のな。見た限りどうもテキトーな文明体系の白人社会だったから。剣と魔法の世界ってことも別段驚かなかった。転生した後だぞ。たかが魔法くらいで驚くかっての。バカバカしい。
数日ほどして、俺はおかしいことに気付いた。
どんな遺伝子構造してりゃあ、ピンクやライムブルーの髪や瞳になるんだ? いーかげんな文明体系だから、中近世なのに若い女がミニスカでウロチョロしてるのは構わねーが……これじゃあ日本のバカなサブカルベースのクソ世界じゃねーか?
俺の疑問が解消したのは、祖父らしい爺様がやってきて家名を口にした時だ。
ロッフェロー。
つまり、俺の名前はアイヴァン・ロッフェロー。
―――聞き覚えがあった。
たしか……そう、たしか俺が部下に勧められてやったゲームの木っ端悪役だ。
瞬間、俺は理解したよ。ああ。理解しちまった。
あのクソ野郎。あの便所虫野郎。クソにたかる蛆虫以下のゲロ野郎。
俺をゲーム世界の悪役貴族に転生させやがった。
・(上を見る)
・・(下を見る)
・・・(目を瞑って)
・・・・(開眼した)
ふっざけやがってえええええええええええええええええええっ! ふっざけんなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
ふざけやが(怒りのあまり貧血発生)
ひ、ひひ、ひひひ、うひ、ええへへへへへへ、あは、あはは、あははは、ははっははははははははははははははははははははっ!!
上等だ。上等だよ。上等だよ。上等じゃねえかああああああああああああっ!
やってやるよ、やってやるよ、やーってやるよぉおおおおっ!
こんな第二のクソ人生、真面目に生きてられっかっ! 御期待通りに悪役として暴れ回ってやんよっ! 見てろよテメェ、クソ野郎。やってやるやってやる俺はやってやっからなぁっ!
俺はっ! 俺が思うまま、俺が望むまま、邪悪になってやるぞおおおっ!!
〇
こうして“彼”ことアイヴァン・ロッフェローは転生した時から頭のネジが何本も抜け落ちた。彼は新たな人生を前向きに捉えることは決してなく、この世界や第二の祖国に対する愛や思い入れといった感情を一切持たなかった。
彼は与えられた役回りを悪意的に果たすべく、この第二の人生を憎悪と怨恨を原動力に歩んで、いや、全力疾走した。
まあ、あんまりにもかっ飛ばし過ぎて、木っ端悪党どころか指折りの憎まれ役になった気がするが、ま、そんなことは些事だ。
彼はどうしようもなく怒っていた。
この世界の全てを。彼はどうしようもなく憎んでいた。
この世界の何もかも。彼はどうしようもなく恨んでいた。
この世界のあらゆるものを。彼はどうしようもなく悲しんでいた。我が身に起きた全ての出来事を。
そして、彼は絶望していた。
どうしようもなく。
この物語は、絶望に狂った男が織りなす笑えない喜劇だ。
ポイントクレクレ中です('ω' )
『転生令嬢ヴィルミーナの場合』という作品も書いております。
よろしければ、どうぞ。