表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深層ダイヴ  作者: 龍谷新生
5/5

5

数分後、俺は芥山の元へと帰ってきていた。とりあえず頭からの流血で目が見えにくくなっていたが、何とか手探りで辿り着けた。

惨敗だ。ぐうの音も出ないとはこのことだ。完全にしてやられた。正しくタイトルの通りだ。「迷走するオマエ」。オマエとは作中の誰のことでもない。読者自身のことを指していて、かつ、この場合は思い込みで勝てる算段を組み立てていた俺、「京川春彦」のことも指していたのかもしれない。このゲームが始まる前から、いや、誘いをかけたときから、こうなることを読んでいたのだとすれば、やはり恐るべし、天才・芥山文楽郎。


「全部、わかっていたのか」


俺の問いに彼は軽く首を振って見せた。


「まさか、そんな神のような所業、可能なはずがなかろう。わかっていたのはゲームの勝者は自分、ということだけだ」


参った。あるいはそれしか信じていなかったからこその勝利なのか。案外、文才とは非常にシンプルなものなのかもしれない。


陽は傾き、橙色の世界が更に色濃く、鮮やかさを増していった。終焉は近い。

俺は大人しく椅子に座り、残りの数ページを読みきった。最後の「完」を心の中できっちりと発音し、天井を仰いだ。


「ああ、負けた。完敗だよ芥山。やはりおまえは天才だ」


「いいね、悪くない。聞こえのいい言葉だな、天才とは」


そう凛々しく受け答える彼は、憎たらしくもあり、同時に誇らしく思った。

さあ、と言いながらゆっくり立ち上がる芥山。どうやら彼も読み終えたらしい。


「ゲームは私の勝ちだが、京川よ、おまえの作品も実に読み応えのある良作だった」


よしてくれ、と俺は手を振って見せた。照れ隠しではない。負けは負け。いくら文学は勝ち負けでないと言われたところでこの事実は覆らないのだから。


「謙遜するな。負けたから全てが無為というわけではなかろう。ああ、京川よ、そこでだ。俺は勝利というご褒美をもらった。代わりに、俺がおまえの願いを叶えてやろう」


一瞬何の話だと思ったが、何のことはない、ただのお戯れだ。


「願い、願いか……」


辺りを見回しながら思考する。叶えたかった願いは既に叶えてしまったから、取り立てて芥山にお願いすることはない。


ジュースでも奢ってもらおうか、そう思いながら彼の姿と俺の体とを見比べたとき、


「あっ」


と思い付いたことがあった。


「なんだ?」と芥山が聞いた。俺は外の景色へと目を移した。もうじき夜の帳が降りようとしている町。それを見ながらあまり時間がないじゃないか、と思う。


一番の願い。それはとてもシンプルだ。


「病院へ連れていってくれ」


数秒の間があって芥山が答えた。


「妙案だ」


その日、俺たちは二人揃って入院。翌日から仲良く学校を欠席することとなった。

文学。それは血生臭い代物であった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ