5 家の中へ
マーラの頼みを、アリアは断った。危険だからと断るアリアに、マーラは一目だけでもアリアの夫の顔を見て、本当に殺人鬼かどうか確かめさせて欲しいと、さらに頼み込んだ。
「確かめて、どうするのですか?」
「本当は、アンのことを聞きたい。何で殺したのか、どんな風に姉は死んだのか・・・でも、まずは確かめるだけでいい。」
「・・・わかりました。でも、彼はめったに外へ出ません。なので、外へ出る瞬間を狙って、顔を見てください。」
「いつ、外に出る?」
「村に魔物が近づいた時です。おそらく、マーラにも連絡が行くはずなので、その時私の家に来てください。うまくいけば、彼が出るところを見られますし、タイミングが合わなければ、家で彼の帰りを待ちましょう。」
「・・・頼んどいてなんだけど、家に行くのは迷惑じゃないかい?旦那にどうやって説明する?」
「ちょうど届け物に来たと言います。それか、戸棚に隠れてもらいます。隠れていれば、説明は必要ありませんから。」
「・・・わかった。隠れるのは難しそうだから、届け物に行くことにするよ。」
それから話を詰めて、マーラの手作りクッキーをプレゼントしに来た、という設定に決まった。以前、お菓子づくりが得意だと言ったマーラのお菓子を食べたいと言ったアリアの言葉を思い出し、マーラはクッキーを持っていくことにした。
という設定を、3日後に使って、マーラはアリアの家に上がった。
1週間後。
冷たい水を使って洗濯をするアリアの隣に、一人の村人が腰を下ろした。
「おはよう、アリア。最近は平和だね、あれから魔物の気配がしない。」
「そうですね。」
1週間前、村に近づいていた魔物を、キラが倒した。それから、見張りは魔物の陰すら見ずに過ごし、村には一時の平和が訪れていた。
「・・・最近、外にいることが多いね。食事も外でとっているんだろう?」
「・・・」
「処分したのかい?」
「・・・いいえ。なので、あまり家にいたくないのです。」
「そうだろうね。よく、そんな場所で過ごせるよね、アリアの旦那もさ。」
「・・・」
「マーラとは、仲が良かったんだろう?大丈夫かい?」
「・・・」
アリアは手を止めて俯いた。それを見た村人は、アリアの方に優しく手を置く。
「アリアのおかげで、私たちは安心して生活ができる。困ったことがあったら、何でも言って・・・なるべく助けるから。」
「・・・ありがとうございます。」
「お礼を言うのはこちらの方だよ。」
アリアは首を横に振って、立ち上がった。
「戻ります。」
「そう、気を付けてね。」
洗濯物をかごに入れて、アリアは家へと向かった。
洗濯物を干し終えて、アリアは家へと目を向ける。
「あの家が、私を縛っている・・・」
優しい両親と共に暮らした家。だが、今その家はどこまでも冷え切っていて、ぬくもりを全く感じない家となっていた。
昔を思い出させてアリアを苦しませる家でもある。
そんな家に、アリアは足を向けた。
家の中に入っても、ただ冷たい空気が充満しているだけで、寒々しい。時折、顔をしかめたくなるにおいが鼻につくが、アリアはもう慣れてしまった。
家の中で、いつもアリアは2つの場所にいた。寝室か、キラの私室の前か。
「・・・あなた。」
「・・・」
返事はない。毎日聞いていたキラの声を、ここ1週間アリアは聞いていない。前だったら、そんなことで泣いてしまうアリアだった。でも、今は違う。
ため息を一つついて、まっすぐに家を出た。
今日は、町へ買い出しに行く日だ。気分転換にと気を使われた結果、アリアが隣町に村のための買い出しをすることになった。
あっさりと抜けることができた村を振り返って、アリアはぽつりとつぶやく。
「逃げるとは思わないのかしら?」
そんなこと、以前のアリアなら全く考えなかった。そんなアリアをよく理解している村人たちは、全く心配せずにアリアを見送ったのだ。
隣町では、一人の刑事が殺人鬼を追っていた。無駄だとは思いつつも、見慣れない顔の者に、姿絵を見せて尋ね歩いた。
それは、村から久し振りに出てくるアリアにも行われ、その姿絵を見たアリアは表情を硬くした。
「心当たりでも?」
「・・・」
迷うアリア。その迷いを見抜いて、逃がさないとばかりに刑事は距離を詰めた。
刑事の名は、ヒストレード。女性刑事だ。
殺人鬼を追うことに熱心で、マーラとも手紙のやり取りがある人物だった。