宝の地図は、己の中に
一つの戦いが終わった。
私は七輪の下に厄介になることに決めた。
いつもと業務は変わらない。
しかし日常には、確かに変化が現れていた。
先生の自然な笑顔を初めて見たあの日から、彼との会話が露骨に増えた。
暗殺の壁も無くなったおかげだろう。
事務的な会話ではなく、日常的な会話をするようになったのは大きな進歩だ。
ルブロという大男については、その傍らで聞くことができた。
本来は狼の姿をしているそうだ。
俺の片割れだ、とか言っていたが、意味は分からない。
彼はまだ、全てを話そうとしてくれない。
家族になるのも段階が必要なのだろうか。
「明日、バレッドの家に借り物を返しに行く。一緒に来るか?」
「荷物持ちですか…」
「察しが良くないかぁ?」
「何年従者やってると思ってるんですか…」
「プロに隠し事は無理ってか。流石に両方は持たせないから安心しろって」
「当たり前でしょ…」
常識のズレって怖い。
次の日の朝。
私達は二人で出発した。
そして、森を東に行くこと15分。
なんとか目的地に着いた。
朝食を食べてすぐの運動だったため、結構辛い道のりだった。
ここがバレッド家…なはず。
大きさは、先生の住まいより一回り小さいぐらいか。
といってもそもそもの比較元が大きい。
こちらも、一人で住むにしては手に余る家だ。
手入れが行き届いていない庭。
しかし、草木の生え方は上手く噛み合っている。
森に溶け込むような、そんな印象だ。
むしろ狙って放置しているのかもしれない。
「バレッド。七輪だ。銃とか諸々の返却に来た」
先生がしばらく玄関先でノックしていると、扉が開かれた。
「ああ、七輪さん。お久しぶりです。覚えていますか?」
「サレンか?見ない内にずいぶん大きくなったな」
「最後にあったのは5歳のときですからね」
「そんなになるのか…。月日の流れって、早いんだな」
「先生と同じようなことを言いますね。さ、荷物は私が持ちます。案内しましょう」
背はルブロと先生の中間ぐらい。
少し太めの腕に、逞しい体。
彼もまた、私のような従者だろうか。
しかしあまり親近感がない。
いままで会った人間で、一番礼儀正しく思う。
目が眩むようだ。
私の先生に飲ませたい爪垢、暫定一位にふさわしい。
というか私も飲みたい。
サレンに招かれるまま、私達は奥の方まで着いていった。
通された部屋は作業場を思わせる内装だった。
機械の部品が転がる中、人間の姿が目に留まる。
真ん中の台で何かの手入れをしている様子だ。
あれがバレッドだろうか。
こちらに気付き、彼女は口を開いた。
「久しぶりじゃないか」
「そっちも変わってなさそうだな」
「もう取る年も無いからな」
「確かにな。今日は借り物を返しに来た。使ったのは盾が二種類に散弾銃を一丁。追尾弾が6発だ」
「そうか。なら使った分はきっちり働いてもらおうか」
「そんなに仕事と言えそうなのは見当たらないが?」
「裏に色々放置してる物がある。それを倉庫に運んでくれ」
「軌跡を使えば済む話だろうに」
「変換が手間なんだよ」
「面倒なものばっかりか…。それを片付けたら借りた分はチャラか?」
「考えておこう」
「契約書無いって怖いな」
私も連帯保証人ということで道連れを食らった。
先生が私を誘った理由はこれもあったのだろうか。
裏口から出ると、そこには見たこともない機械の山が聳え立っていた。
「思ったより少なくてなによりだ」
「えぇ…結構な数ですよ。これを二人で運ぶって…」
「まあほとんどは魔術で運ぶからな。見た目ほどキツくないから安心しろって」
「なら私、見てるだけでいいのでは?」
「細い腕でも運べるものはいくらでもあるだろ。そういうのはお前に頼むことにするよ」
「はぁ…」
溜め息も吐きたくなる。
重い物を持たされないだけで、仕事が無くなるわけじゃない。
文句は色々あるが、まぁいい。
早速取りかかろう。
先生の言った通り、作業は予想より早く終わった。
魔法は便利な物だ。
あんなに重い金属の塊をいとも容易く運びきってしまった。
ただ代償はあるらしい。
いつかの日のように息切れしている。
「しんど…」
「水取ってきますね」
そう言って裏口を開けようとしたとき、サレンがコップを二つ持って現れた。
「お疲れ様です。七輪さん大丈夫ですか?」
「まず…水…」
「ああ、すみません。どうぞ。そちらのあなたも」
「ありがとうございます」
変な緊張感が体を襲う。
不自然な挙動をしてないといいが…。
彼は私に顔を向けている。
「挨拶がまだでしたね。私はサレン。バレッドの従者です」
「はじめまして。私は…私…」
名前なんて大層な物、私は持っていない。
こういうときは何て答えるのが正解なんだろう。
「セリカ…その娘はセリカだ…」
「セリカ…いい名前ですね。何か意味が?」
「いや…感覚で付けた…」
「はは、貴方らしいですね」
「どこがだよ…」
「よく言ってたじゃ無いですか。何事も言葉で区切ろうとするなって」
「よく覚えてるな…」
「特に饒舌になっていましたから」
「なるほど…。あぁすまんセリカ…。置いてけぼりにしてしまったな…」
「あぁ…いえ…」
それからも会話は続いていたが、耳には入らなかった。
名前をもらった。
その衝撃に、意識が持っていかれてしまった。
帰り道。
見送りに出ていたサレンが見えなくなると同時に、先生が話しかけてきた。
「名前の件なんだが…、気に入らなかったら捨てろよ。相談もなしに、勝手に着けられた物なんだから」
「嫌です…捨てません…」
「涙堪えてまで我慢するなって」
「嬉しいんです…!なのに…」
「そんなに欲しいものだったのか?」
「わかりません…。でも…、名前を聞いたとき…。心が軽くなったんです…」
「そうか…。俺ももっとお前を知らないとな。ところで、誕生日も今日にしようと思うが、いいか?」
「はい…!」
「そうと決まれば今日はお祝いだ。望みが一つ叶った記念にな」
そう言って、先生は片耳に手を当てルブロに連絡を取った。
望みが叶う、これがもしそうだというなら初めての経験だ。
私はあといくつ、自分の夢に気付いていないのだろう。
前回と比べるとかなり短いですね
ただ綺麗に切れそうだったのでここで一区切り
次も近い内に出せるよう頑張ります。