復讐の味
ここは森の奥に建てられた家。私はここである魔法使いの従者をしている。先生に拾われて約10年といったところだ。特に代わり映えの無い日々だ。
しかし、その日常は私の手によって終わりを迎える。
17になって初めての新月の夜。私はかねてからの依頼に体を預け彼の命に手を掛ける。
食事は私が作ることになっている。だから薬を仕込むのは容易だった。風景はいつもと同じ。けれど私の心は締め付けられている。私だけが緊張している異様な空気。平静を装ってはいるが、私の足は震えていた。
最後の一口を見送った私は一先ずの安心を得る。皿を洗いながら廊下の様子に意識を向ける。先生は書斎に向かうことなく寝室に向かったようだ。二枚ほど皿を洗い終え、心を落ち着ける。これからが本番だ。
魔法使いは七輪と名乗った。名前の割に冷たい態度だった。
彼は私に教養と仕事ばかりを与えた。
愛情に飢え孤独なままに、この日を迎えるとは思わなかった。
包丁を片手にゆっくりと廊下を渡る。
10年を要した計画だ。失敗はあってはならない。扉に体を密着させながら物音を立てぬように開ける。
先生は仰向けになって眠っているようだ。慎重な足取りで近付いていく。
あと一歩、そう思い足を踏み出したそのとき。
私は全身を駆ける激痛に崩れた。
悲鳴さえ上げられない苦痛。吐き出せるのは血液だけだった。
「流石にそのままじゃ喋れないよな。」
そう言って彼は私の喉元に手を当てた。
痛みは引いていった、しかし体は満足に動かせない。満身創痍の肉体に鞭を打ち、言葉を絞り出す。
「ど…して…。」
「自分だけが細工してると思うなよ。誰が材料を用意してると思ってるんだ。あと俺には薬が効かない。これは俺の特性によるものだけど、今は省こうか。」
「…」
「さて、こっちとしても気になることが色々ある。まず、誰に頼まれたのかってことだな。まぁ焼いた村の生き残りだろうけど。」
「本当…だったんだ…。」
「村を焼いたことか?事実だとも。」
「なら…あなたは悪人ね…。」
「話の概要だけを聞いて断言するのは感心しないなぁ。ちゃんと調べないと、また騙されるぞ。」
「村を焼いたんでしょ…?それが事実…なんだから…、やっぱりあなたは…」
「悪人という表現だ、そこに引っ掛かりがある。なぜ話のあらまししか知らないのに俺が悪だと判断出来る?そんなもの、誰かに言わされてるだけじゃないか。」
「村人を殺した…その事実だけで十分じゃない…!」
「どんな村人かが肝心だろ」
私には身寄りが無かった。どこで生まれたか、なんと名付けられたのか、その一切が記憶にないのだ。私は町の外れで、周りの死んでいった子ども達のように、ただ、ただ恵みを求めるのみだった。
「お嬢ちゃん、少しだが食べ物を上げよう。」
ある日、珍しく声を掛けてくる人がいた。
極度の飢餓から言葉を認識するよりも先に、差し出されたパン切れに手を伸ばしていた。飛び付きたい衝動を叶えられるほどの体力すら残っていなかった。
「お嬢ちゃん、君に頼み事があるんだ。言葉はわかるかい?」
食事に必死で頷くのがやっとだった。その様子を察したのか、彼は返事を求めず続けた。
「あの森に魔法使いがいるのは知っているかな?それも悪い魔法使いだ。村を一つ、村人ごと焼き払った極悪人だ。もしかしたら、お嬢ちゃんの親もそこに住んでいたかも知れないね。」
「え…」
親という言葉が鈍くなった耳に響く。食事の手が止まるほどの衝撃に痛みすら覚える。
「お嬢ちゃんに頼みたいのはね、その魔法使いを殺すことなんだ。」
「でも…」
親という言葉に引き摺られるままに耳を傾けていたが、すぐに了解はしなかった。
「お嬢ちゃんぐらいの子どもも大勢殺されたんだ。その子達の無念を晴らして上げてくれないかな。それにだ、彼の死は皆が望んでいることでね、彼を殺した人には住む場所が与えられる。お嬢ちゃん、暖かいお家で眠りたいだろう?」
「…」
甘い誘いが、私の思考を鈍らせた。しかし、そんな美味しい話があるのだろうか。小さな疑心が言葉を導く。
「ほんとうなの…?」
「人一人殺したぐらいで住む場所が手に入るなんて簡単過ぎると、そう思っているんだね。お嬢ちゃん、魔法使いというのはそれだけ恐ろしいものなんだ。私も返り討ちにされてね、この腕の傷はそのときのものだ。」
そう言って差し出された腕には、酷い火傷の跡と深い切り傷がいくつも刻まれていた。今までに見たことのないおぞましい傷痕に怯み、疑念は何処かへ消えていった。
「これで、わかっただろう。魔法使い一人の命で住み処が手に入る意味が。」
「出来るかな…殺すなんて…」
「お嬢ちゃんだからこそ出来るんだよ。ちゃんと計画もあるから、それ通りにすればいい。どうだい、簡単だろう?」
飴玉に誘われるまま、ついに頷いてしまった。
今、私は町に向かっている。
「なんて吹き込まれたか知らないが、そんなに疑うなら確かめてくればいい。死体代わりに生首ぐらいは作ってやるよ。」
解毒の後、彼はそれだけ言って私を寝室に押し込めた。
いつもより早く寝ることになったため、目覚めは良かった。とは言っても、清々しい気持ちは長続きしなかった。
昨日の言葉が頭をよぎる。村を焼いたのは事実でも村人を殺してはいないという。どういうことだろうか。他の魔法使いが殺したのか、彼が嘘をついているのか。或いはあのおじさんが…。
思索している内に町についた。
まずは、情報収集だ。図書館に行けば、過去の資料があるだろう。
「すみません。図書館はどこにありますか?」
「それならこの道を真っ直ぐ行って二つ目の角を曲がればありますよ。」
「ありがとうございます。」
随分と親切な人だ。しかもそんな人間がそこらかしこを歩いている。これが常識なのだろうか。私は自分の孤独を改めて悟った。
図書館には色々な資料があった。そこから魔法使いに関する事件、指名手配の情報を集めた。
結論から言うと、彼が貼り出されていたのは私が生まれるよりも前だった。村の件はそこまで大きな騒ぎになっていた様子もない。
先生の言った通り、彼の救世主っぷりが記されている物がほとんどだ。
私は未だ確かでない虚無感を抱えて帰路に就く。おじさんの話は今調べた分には嘘だった。しかしまだ確認出来ていないことがある。わずかな望みにすがりながら重い足を引き摺っていた。
しかし、町を出るかというそのとき、私はある店先に知った顔を見つけたのだ。
「あの…」
「いらっしゃい、見ない顔だね。」
「覚えてないんですか…?」
「すまんね、物覚えが悪くて。」
「10年前、あなたが頼み事をした少女です。」
「あぁ…生きてたのかい。」
「はい。ちゃんと依頼も達成しました。」
そう言って先生に貰った生首入りの袋を取り出した。
「ご苦労様だねぇ。」
「それで…私の住む場所は…?」
「そんなことも言ったかねぇ…。」
「…っ!言いましたよ!」
「大きな声を出しなさんな。町の外れの空き家が空いてる。そこに住みなさい。」
「戸籍は?」
「それは約束してないよ。」
「そんなっ…」
「ちゃんと話は聞いてくれないと困るね。それに君なんかに住む場所があるだけでも十分じゃないか。路上で物乞いするしかない子どもが随分と欲深くなったもんだ。乞食はこれだから駄目だねぇ。」
苦しい。気力が失せていく。言われるがままを、心は受け入れる。何も知らない家無しの子が、勝手に話を解釈しただけだった。現実に甘味を求めすぎた。
私は能無し。生きているのすら非常識。あの仲間達のように死んでいく宿命。むしろ今に至るまで生きてこれたことに感謝するべきだという理解に辿り着いた。
虚無がついに心を覆い、私は行く宛のないまま店を後にしようとした。そのとき、フードを被った男にぶつかった。しかし彼は私が謝罪するよりも先に、店に向ってこういった。
「生首のお会計はどうなさいますか?ボルガさん」
緊迫した空気が流れ始める。
「やっぱり死んでなかったか。」
「まあ、腐っても魔法使いなもんでね。」
「その憎たらしい笑顔を止めろ。フードで隠しきれてないからな。」
「笑顔がただで拝めるんだよ?感謝してくれよ。」
先生はそう言いながらフードを外す。
「そっちはそっちで殺気が隠れてないみたいだし、お互い様ということでどうかな?」
「今からやったっていいんだぞ?」
「落ち着けって。今日は昔話をしに来たんだからさ。」
「誰に聞かせようってんだ。」
「そりゃこの子しかいないでしょうに。」
その返答と同時に私を指差す。
「当事者交えての客観的な昔話。ちょっとは付き合ってくれよ。」
「こちらに利益を感じないが?」
「あるある。どうせここでやり始めてもさ、そっちもこっちも用意が無いわけで。それなら来週のこの日とかって決めてやる方がいいでしょ。今日はそれも込みでのお話。」
「なら予定だけ決めればいいだろ。」
「冷たいこと言うなよ、こいつが変なこと吹き込まれて敵になるのも面倒だろ。」
あまり気乗りしない様子だ。それでも話をする気になったのは、私の10年間や生首の嘘が原因か。疑いの目がそれを思わせる。
ボルガは私達を店の中に招き入れ、先生は座ると同時に、肩に掛けていた大きめの鞄を開いた。
中からは、狐とも猫ともつかぬ奇妙な生き物が現れた。その生き物についての説明もないまま、先生は話し始めた。
ある日のこと。村を歩く生き物がいた。猫とも狐とも言えぬそれは、森に帰る途中であった。
その優れた耳が、後ろからの飛翔物を捉えた。気付き様に奇妙な生き物は飛び上がる。ただの石ころだったようで、難なくそれを躱した。
しかし、着地する寸前、またもや石が投げられる。こちらは狙いが悪く当たることは無かったが、二度目の投石を機に、四方八方から石だけでなく刃物や皿までもが投げられた。俊敏な足取りであっても、その弾幕に一発二発と捉えられていく。足がやられ道に倒れると、村中から人がこちらに向かってきた。
生き物は見下ろされると同時に、腹部に痛みを感じた。
一番に近付いた物が力任せに蹴飛ばしたのだ。それを皮切りに、周りの者の暴力も始まる。血を吐いてもなお続く暴行。
死を覚悟したあたりで、それを庇うものが現れた。
通りかかった森の魔女だ。彼女は生き物を抱えて逃げ出そうとした。片腕にヒビが入り、頬骨は折れたがなんとか助け出し、森に帰っていった。
それを見た一人の魔法使いは、彼の師に治療を任せ村に向かった。
復讐であった。村には空気を介して毒が運ばれる。苦しむ瞬間すら無く、村人は死んでいった。その後魔法使いは火を放ち、村は次の日には焼失していた。
「俺の復讐は未だ果たしていない。事件から森を出るまでに少し時間差があってな。そのせいで、外出した村人という生き残りが出てしまったわけだ。」
「忌々しいものを連れてきやがって!次は石ころじゃすまないぞ!」
声を荒げる。
「だからって殺そうとするかね。」
「村に勝手に入ってきたのが悪いだろ!」
「別にお互い譲る気はないんだ。落ち着けよ、こっちはお前を絶対に殺すし、許さないからさ。無駄話をしに来たわけじゃない。日時は決めたか?」
「来週の朝五時、町と森の間にある平地だ。分かったらさっさと帰れ!」
先生は返事をすること無く、片腕に生き物を抱え、余った手で私の腕を引いていった。
帰路の途中、先生は質問を投げ掛けた。
「あの話だけじゃなくてもいいが、疑問はなにかあるか?」
「どうして村人を殺したんですか?」
「自分が正しいと思ったから。なんなら俺は、村人を殺したつもりすらない。」
「はぁ…?」
「まず殺すとは命を奪うことだ。客観的な事で言うと確かに俺は村人を殺しただろう。しかし俺としては違う。俺はある定義をしている。人には体と心、そして魂が存在し、人の命の本質は魂であると。魂と心の分け方は割愛する。今は重要なことじゃない。話を戻そう。俺にとって人を殺すとは魂を殺すことだ。つまり、俺は魂を殺してはいない、ということだ。ここまではいいか?なんなら無理にでも呑み込め。」
「わかりました…」
「あの村人の魂はすでに死んでいた。あの肉体には別の物が入っていたんだ。つまり、俺がやったことは死人の火葬だ。傍から見れば毒殺に焼殺だろうがな。
そして、あの生き残りのおじさん、名前をボルガというが、あいつも同じく死人だ。この生き物、名をハギネという。これに対する異常な嫌悪感がその証拠だ。」
片腕に眠るそれに視線を落とし、彼の様子を思い出す。
確かに、私への嫌悪感とは全く違う。それを隠そうとどころか町中でなければ何をしてでも殺す。そんな嫌悪、というより殺気を孕んでいた様だった。
「お前が何を信じるかは勝手だ。だがそれは自分の言葉であるべきだ。あの死人達のようにはなるなよ。お前の魂は、確かにお前のものなんだから。」
一週間はとても短いように感じた。この日が私の人生の分岐点になる、その確信が幼い心を揺さぶった。
帰り道の最後に言われた言葉に、少し救いを感じてはいた。けれど、信じていたものに裏切られた心は酷く複雑で、とても素直に受け入れることは出来なかった。気持ちの整理がつかぬままに、今日になってしまった。どちらが勝っても未来は見えない。
苦悩に頭を抱える。
「そろそろ行くが、お前はどうする?」
「ついていきます。」
「わかった、ならこの鞄を頼む。あまり揺らすなよ。」
そう言われ、先生から受け取ったのは、昨日彼が掛けていた鞄。中には勿論ハギネがいるのだろう。
4時50分頃に約束の場所に着いた。
先生の荷物は二つとも大きく、森を抜けるまで予想より時間が掛かったからだ。
平地にはすでにボルガが来ていた。武器に向かって手を動かしている。調整でもしているのだろうか。持つにしても人より大きいであろう武器だ。機関銃だろうか。
先生の方は鞄を開けてなにやら探し物の様子だ。中から金属の棒のようなものを取り出すと私の方に歩いてきた。
「これを持っとけ。これから半径3メートル以内には絶対出るなよ。」
口調からするに防護壁でも展開する道具だろうか。見た目は頼りないが、ハギネを連れているのは私だ。性能は確かだろう。
内側から掻く音に気付き、私はすぐに鞄の口を開けた。狐のような顔を出し、辺りを見回す。
「やっぱり着いてたのか。移動が終わったんならなんで起こしてくれないんだ。」
「えっ…と…その」
「あぁ…七輪が言いそびれたんだな。なら別にいい。腕借りるぞ。」
何で当たり前のように喋るんだろうか…。でも私の理解は待ってくれそうにない。私はしゃがんで鞄を置き、狐顔の猫を抱えようとした。
「その棒は私の背中にでも乗せておけ。別に握ってる必要はない。」
「え…でも…」
「半径3メートル以内ならそこら辺に置いていても問題ないものだ。。ましてやバレッドからの借り物だ。5メートルでも機能するだろう。」
知らない名前が出てきた。気にはなるが、それ以上に、緊迫した雰囲気が意識を奪った。
「そろそろやろうか。準備はいいな?」
ボルガ自身が返事をすることはなく、代わりに彼の銃が声を上げ、それが合図となった。
先生は鞄から漆喰を塗るコテのような形状の道具を取り出し、ボルガにそれを向ける。左手には腰から抜いた拳銃を携え、ボルガの右側から回り込むようにして走り出した。
ボルガの放つ銃弾は、先生の前方で勢いが死んでいった。どうやら右手に構えているのものは、盾を展開しているようだ。
弾を防ぎながら、間隔を開けて撃ち放つ。先生は右利きだったと記憶しているが、左の狙いは良いようだ。弾はボルガの右太股と左脇腹を掠めた。回転式の拳銃なため残弾を気にしていたが、大きなお世話だったようだ。続けて残りの4発を撃ち込んだ。
しかしその全ては、触れることもなく空を切った。ボルガの異常な反射神経と、それを叶える身体能力。突然、先生の言葉が頭に浮かんだ。
人の命は体、心、魂。この魂が、異形の物に支配されている。であれば、肉体はそれに引っ張られることもあるだろう。病気が治って心が軽くなるなんてよく聞く話だろう。その逆はありえる。心と魂の区別はまだつかないが、一つの命なのだ。全てが互いに影響し合うのは道理だ。ただの村人ではもうない。村を焼かれてもう20年は経つ。体は中身に合わせ形を変えるには十分な月日だ。
先生は腰を下ろし、懐から短刀を取り出した。右手の盾を置き、左の掌を切りつけた。短刀を捨て、右手に再び盾を持ちながら立ち上がる。傷つけた掌を上に向け何かをぶつぶつ言っている。
すると突然、傷口から血が吹き出した。かと思えばその血は地面に落ちること無く変形し、刀に姿を変えた。新たな武器を左手に構えボルガとの間合いを詰め始める。
弾丸は相変わらず先生に届いていない。着実に間合いを詰める先生が依然有利に見える。それは間違ってはいないようで、ボルガの方は苦い顔で後退している。
先生はやはり魔法使いなのだろう。弾丸を躱すほどの身体能力をもってしても逃げ切れない。
間合いに入ったようだ。先生は盾を捨て、体を右に捻る。全身の力を乗せる一撃。ボルガはなんとか自分の体を刀から遠ざけようとする。しかし、この至近距離だ。必中必死の斬撃にとって、無駄な足掻き以外の何物でもない。
「ぐっ…」
辺りに血潮が飛び散った。
先生は右側に倒れ、その勢いに任せ平地を転がる。
すぐさま体勢を整え、刀を血に、その血と左肩から流れ出す血で巨大な盾作った。正面からボルガのいる方角にかけての広範囲を抑える形だ。
血を流したのは先生の方だった。先生から向かって正面には町がある。何者かに狙撃されたのだろう。
力の抜けた腕をなんとか動かし、掌を耳に当てる。何かを言っているようだが、ボルガの連射に掻き消されて聞こえない。形勢は逆転した。
狙撃があるために迂闊に動けない。しかし、ボルガは先生の右側から回り込んでくる。彼は脱力した腕を地面に向け指先で触れた。そこから持ってきた大きな荷物に向かって、光が走った。鞄の中が光ったかと思うと、光は軌跡を辿り彼のもとに戻っていった。その手元には散弾銃が出現していた。
右手に構え、盾の向こう側から近付くボルガを待ち伏せる。一連の行動は、ボルガには見えていないだろう。血の盾も限界の頃合い、先生は陰から飛び出しながら、引き金を引いた。
散弾の不意打ちに対応しきれず、弾は胴を捉える。痛みに声を上げぬまま、ボルガは後ろに倒れた。盾は崩れ去り、その血が先生の傷口に還っていく。撃たれた傷痕は残るが止血は済んでいるようだった。不思議なことに、狙撃の手は止んでいた。
「一騎討ち…なんて…はぁ…言ってなかったもんな…。」
「先生、怪我は…?」
「あとで…治す…。どのみち…すぐには無理だ…。」
呼吸が荒い。血を使うだけあり、その代償は重そうだ。
「狙撃手は…?」
「あいつ…に頼んだ…。」
指を指す先には老人を抱える大男がいた。先生は見上げながら会話を始めた。
「いや…助かったよまじで…。」
「最初から全部任せておけば良かったのにな。」
「そうは流石にな…。俺が…始めたことだ…。とりあえず…ここに並べてくれ…。」
「何をするんですか?」
「焼く…。だから…下がれ…。」
「七輪、お前もだ。ここはルブロに任せておけ。帰りはどうするつもりだ。」
「はぁ…わかったよ…。」
先生はルブロと言うらしい男に任せ、少し下がった。ハギネには頭が上がらないといったところか。なんにせよまだ息が整っていない。これ以上魔術を使うのは自殺行為だろう。
二人の死体に火が着いたかと思うと、瞬く間に灰へ変わり、朝日に溶けていった。
「年寄りの方は…ボルガの父親だ…。一緒に釣りにでも…行ってたんだろ…。」
顔を下に向けながらそう語る。
疲労感、というよりは解放感だろうか。先生の顔には、初めて見る暖かな表情が浮かんでいた。10年以上に渡る月日を、たった一つの争いに縛られ続けたのだ。どれほどに苦しかったかは想像に難くない。
復讐にしては爽やかな後味だった。
勢いだけでの一作目。
構想はなんならシリーズ完結まで出来ているぐらいですが、なかなか文字にするのは難しいですね。
拙い点ばかりが目につきますが、ご容赦ください。