森の力の代償
87話
身体が痛む。全力で走るオレの後ろから母と父の声が響く。
「待って!やめて!」母は俺の背に向けて手を突き出している。
「止まるんだ!ヴァイル!」父はそう言ってオレを追いかけている。町人は驚いた顔をしているが、それだけだ。この小さい身体は大人に追いつかれて捕まる確率が高いだろう。それでもなおオレは走る。
「ラフ!今までありがとな!永遠にさよならだ!」俺がそう叫んだ後町の門がオレの目の前に見えた。ここでオレは死ぬんだ。そう悟って勝手に動くような足を止めることなく躊躇なくもう一歩を踏みしめた。その突如オレの意識は途絶えた。
「おいおいおいおい。折角助かった命なのに無下にする気か?人間。」その声は紛れもなく赤黒い霧に包まれたものだった。そして、その正体は相手から晒してくれた。徐々に霧が晴れていく。
「よう。人間。おれはまぁ人間でいうところの悪魔だ。」悪魔はそう言ってケタケタ笑う。
「なんなんだ?今からオレは死ぬ所だったんだぞ。」オレは冷静に言った。
「何言ってんだ。人間ごときが。おれからしたらこの身体は扱いやすいんだ。なんか馴染んでな。」
「うるさい。あと少しで死ねるんだ。そこを退けないか。」オレは静かに怒りながら言い放つ。
「そうカッカすんなよ。今からおれはお前にかかった呪いを解こうと思う。勘違いするなよ人間。おれはこの身体が気に入ったから、この身体が無くなるのが惜しいと感じたから、呪いを解いて殺させないためだ。」悪魔はそう言ってオレの胸に手を突き刺した。
「おい!何してる!」オレがそう怒鳴ると悪魔はオレの口を塞いだ。
「静かにしろ人間。」しっかりと悪魔の目を見るとそこには怒りや憎しみ、憎悪など色んなマイナスの感情が渦巻いているように見えた。俺はその目を見てすぐに口を噤んだ。
オレの胸は水面のように波打っていてまるで何をしているのか全然分からなかった。オレが神妙な顔で悪魔を見ていると悪魔がオレの顔を見る。
「なんだ。簡単な呪いだな。」そう言って悪魔は勢いよくオレを投げ飛ばすと同時にオレの胸に入れていた手を出した。悪魔の手には黒い妖精のようなものが握られていた。そして、次の瞬間妖精は苦しみの声を上げながら死んでいった。悪魔は躊躇なく妖精を潰したのだ。
「これで呪いは解けた。人間。さぁ、現実に戻れ。」悪魔はそう言ってオレの頭を掴み、砕いた。
次の瞬間オレは町を出た。オレは死ぬことなく。済んだ。
「え?」父はオレの肩を掴んで疑問の声を上げた。元々呪いは簡単には解けないものだ。そもそも呪いは解けないものだとほとんどの人が知っている。そして、オレもその中の1人だった。
「死んでねぇ。はは....。」俺はそう呟いて笑い出す。
「おい。ヴァイル町に戻...。」
「戻らねぇよ。ありがとう父さん。もういいよ。じゃあな。」オレが父の言葉を遮ってそう言い放った瞬間、遠くから声が聞こえた。
「おーい!」俺は目を擦った。そこにはラフノが荷物を背負って走ってきていたのだ。
「俺も冒険者になるんだから、置いていくなよ。」ラフノはそう言ってオレに剣を押し付けてきた。オレがその剣を抜こうとすると太陽に反射して輝いていた。
「これは....。」オレは目を疑った。
「冒険者には必須だろ?」ラフノはそう言って笑いかけてきた。そうだった。オレは全てを諦めてしまう所だった。オレは泣きそうな感情を頭を振って解消し、言葉を放つ。
「よし!行くぞ!今日からオレたちは冒険者だ!」オレがそう言うとラフノが掛け声をした。
「おう!」
突如俺は引き戻される。
「ここは....。」俺はそう言って起き上がる。目から溢れ出る涙は巨大な植物に当たり、弾ける。
「戻りましたか。」そこには妖精王オロベインが立っていた。そして、その背中から現れたのは見覚えのある人物だった。
「よう!起きたか?ラフ!」この声、俺は聞き覚えがある。しかし、以前より憎しみというものは感じられ無かった。
「ヴァイルか?」俺は呆然として聞いた。
「ああ、オレはラフに救われたんだな。」ヴァイルは腰にかけた剣を触って言った。そこで俺は声を上げる。
「なあ。オロベイン。これはどういう事だ?」俺は疑問に思った事を口にした。
「あなたは未来を変えたのです。ただこのヴァイルさんは別の世界から連れてきた方。あなたは自分の心だと思っていたのでしょう。」
「そりゃ、そう言われたからな。」
「そうでしょう。だからこそ、あなたは動いた。そうでしょう。別の世界は私がこの森のみで作った小さな世界でしかありません。森で作られる世界には成長の時間があります。私はその世界でのヴァイルさんを森で複製したのです。血肉もそのままにしてね。つまり、この世界では彼は突如として現れた謎の生命体というのが正しいでしょう。」
「待て、その作った世界は今も続いているのか?」
「いえ?もう崩れているでしょう。パズルのように合わさっていたピースが1つ欠けたようなものですから。」オロベインの言葉に俺は安心のような感覚を味わった。その後などきっと分かっているからだ。小さい子供が剣をまともに振れるわけが無い。それは薄々気づいていた。この森が上手いこと進めていただけの空想に過ぎないことも。そう思っているだけで安心出来た気がした。
「さぁ、ヴァイルさん。あなたはここからどうしますか?」オロベインはそう言ってヴァイルの方へ目を向ける。
「ああ。決まってる。な、ラフ。」
「そうだな。....俺をここから出してくれ。オロベイン。」俺がそう言った瞬間オロベインが険しい顔をする。
「あなたはこの1ヶ月間の間。眠っていました。だから....。この森から出られません....。」オロベインはそう言って顔を下に向ける。俺は自分を責め出す。俺が遅かったからか?俺がもっと早くこの結末を見ていれば良かったのか?どうすれば良かったんだ。そう考えていると、急に激痛が俺たちを襲う。
「ああああああ!」
「なん....だ?これ....!」焦るオロベインを目尻に視界はやがて何も示さなくなった。
目を開けるとそこにはレイドと見慣れない目の赤い女の人、ハルが倒れていた。次の瞬間俺の意識は途絶えた。
どうでした?
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