溶けた幹部
66話
近づいてくる足跡の主はからは、そこはかとなく圧を感じた。
「どうする?手をあげて危害を加える気はないと先に出てみるか?」僕はそう言ってヤカナの方を見やる。
「それがいいかもしれない。」ヤカナはそう言って合図代わりに頷いた。僕はヤカナの頷く様子を見届けた後、すぐに行動に移した。
「待った。誰だ?」僕は手を先に出し、後、身体を出しながら言葉を発した。そして、足跡の主は口を開いた。
「君たちは誰?」どこかで聞いたことのある口調だった。その心当たりのある声は以前洞窟で対面ではないが、話をしたことのあるスサイスという魔王の子供の口調に似ていた。しかし、口調のわりには少しごつい体つきの人間の身体で、正直スサイスだということも信じがたいと思える。
「私たちはこの島に閉じ込められてる”人間”だけど?」ヤカナは僕の前に仁王立ちしてそう言った。ヤカナはなぜか自分のことも人間と言った。その疑問は心のうちにしまって僕は口を開く。
「僕の名前はレイド。こっちがヤカナ。さ、次は君の番だ。名前を教えてくれ。」僕はヤカナを一瞬向きそう答えた。すると、スサイスと思われる人は一度沈黙し、口を開く。
「我の名はスサイス。魔王の子だ。なぜここにいる。誰が許可した。ここに居られるのは我の選んだ者だけだ。」そう言葉を放つごとに頭に血管が浮き出るのを確認できた。
「やばそうだ。ヤカナ。ここから拠点まで戻ってくれないか?」僕は小声でヤカナにそう言った。当然ヤカナは聞き返してきた。
「なぜ?」ヤカナのその問いに僕は直ぐ返した。
「拠点には実はお前がいない間に魔王討伐の紋様についていじってたら拠点に特殊効果が付くようになっていたんだ。だから、今丁度その効果を確かめたい。一瞬戻ってすぐこちらに来てくれて構わない。」僕は背をヤカナに向けてそう言って、構えをとる。
「分かった。じゃあ紋様今出して。」ヤカナは僕にそう言いながら、僕の服の袖をまくりだした。そして、何もない腕に紋様が現れる。
「これは...。」紋様は黒く光輝き、その輝きはヤカナに少し移る。
「これで拠点に戻らなくていいでしょ。」ヤカナはそう言ってスサイスであろう人に向いて構えた。
「待てよ?なぁ、お前魔王の子って自分で言うか?そして、魔王の子であるスサイスは基本閉じ込められているはずだ。なのに、なぜ、ここに、いるんだ?」僕の確信を突くような発言と共に、スサイスを偽った人が怯む。同時にヤカナからの不穏な視線も送られているのが手に取るようにわかった。
「どうしてそれを知っているのかな?」スサイスを偽った人はそう言いながら身体が溶けるように落ちていくのが見て取れた。そして、ドロドロの体はもう一度体を再構成し、目の前に現れた。
「俺の名はゴツタ。魔王様の手先とでも言っておくよ。そういえば、魔王様はどうして....。いや、いいや。」ゴツタと名乗る男はそう言って僕らに近づいてくる。そして、手を伸ばせば届く距離になった所で再びゴツタは口を開いた。
「とりあえず、眠って。」ゴツタはそう言って僕とヤカナの頭を前から叩きつけるように握る。そして、最後に放たれた言葉は力の入っていないようだった。
「おやすみ。」
真っ暗だ。ここがどこかさえ、考えたくもなくなるような。そんな場所だ。空気は冷たく。息を吐けば白い息がほんのりと漂う。周りを確認すると、一箇所だけ鉄格子になっている所を見つけた。
「ここは....。」僕がそう呟くと隣の壁からヤカナと思しき声が聞こえた。
「起きた?起きたなら聞いて。ここから出るのは不可能だと思ってくれていいかも知れない。」ヤカナはここから脱出できないと、断言するように言った。
「なにか試してみたのか?」僕がそう聞くとヤカナは一息ついて口を開く。
「何とか音を立てずに削ろうと試みた。でも、欠けたとしても一瞬で元に戻るから出れないと思った。」ヤカナの言い分は自分の出来ることはしたから出れるとは思えない、というそんな内容だった。
「わかった。じゃあ、僕も少し出れないかやってみることにする。」僕はそう言って手に黒い刀を生成する。そして、次の瞬間耳を突き刺す程の響音。余韻が残る。そして、鉄格子は傷一つ付けれていなかった。
「こりゃダメかな。」僕はその一手で諦めの言葉を吐き捨てた。
そういえば、冒険者になりたての頃もこんな事があったな。その時から僕は転落したんだ。落ち続けて、でも、一瞬希望を掴もうとして、また零れ落ちて、ようやく。掴んだと思ったらまた手放された。
今まで起きた出来事が煙のように立ち上りながら、思い出される。
今まで殺してきた。人々の顔が僕の心を蝕む。それでも勝手にいい方向に進んでいるかのように僕は心でねじ曲げた。何も無い空間はいつの間にか、僕に殺された人は草原に笑顔でいる。その影に潜む無数の手を僕は無視している。そうするしかなかった。
牢屋に入れられた時。ジンにぶつけられた痛みが伴うような言葉。忘れたくても忘れられない言葉を心の内に留めて、今日も僕は自分の力を使って殺してしまった人の背後を見て歩く。
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