損失
226話
「お前、あなたは、殺す、差し上げましょう」僕は微笑みに近い顔をする。次の瞬間魔王のバリアが全て消え去った。
「ほう...」魔王が関心の音を上げる。そして全身に激痛が走る。
「......ッ!」この痛みは道化師から渡された禁忌に関係していることだとすぐに分かった。身体に馴染まぬ道化師のチカラ。
「どうした。来い」魔王は余裕の表情でボクを煽る。僕は全身に走る痛みに耐え、口を開く。
「分かってるよ、わかってますよ...」僕はその瞬間、全身に力を入れる。順に身体能力の上昇、魔法陣を身体に張り巡らせ、氷塊、紫苑の光、海水の塊、氷針、爆発、黒い雷、血の活性化、時間操作、鱗。今まで手に入れた力全てを解放し、辺り一面に広げる。それに空が連動して爆発音が降り注ぎ、海水の雨が降り、世界が紫に覆われ、空から黒い稲妻が降り注ぐ。
次の瞬間僕の身体は魔王の目の前に飛ばされ、僕は右拳を後方に肘を出すようにし、拳を前に突き出した。その瞬間魔法陣が僕の腕の後方に広がり、即腕に巻き付き、衝撃が魔王に行き、黒い稲妻、紫苑の槍、氷針、氷塊、爆発、海水の槍、地面の槍が僕の拳を引き金に魔王の顔に叩きこんだ。その瞬間轟音が轟き、魔王の顔は潰れ、道化師の力によって潰れた顔の部分が消える。
「ぁあ...。これは効くな」魔王は草臥れた声を出した。
「そうだろ...よ」僕は全身に巡る激痛に耐えながら、額に汗を滲ませる。
「だが、弱い事には変わりな...」
「甘いわ」魔王の言葉を遮り、キセキが口をはさんだ。その次の瞬間魔王の顔が完全に消え、更に首から下も全て消え去った。
「魔王が消えた...」僕は小さく弱々しく口を動かし、僕の体は地に落ちる。
「あんたのお陰で助かったわ。一撃で魔王を疲弊させたのは褒めてあげる。でもこの世の腫瘍を消したのは私よ」キセキは宙に浮き、痛みで地面に這いつくばっている僕に、自分の手柄だ、と主張する。僕はその言葉に頷くだけだった。
「それでいいよ。僕は今動けない状態なんでな」僕は傷む全身を軋ませながら、右手を掲げた。キセキは僕の言葉を聞いて顔を逸らす。
痛みが僕を襲ってきている。それは時間が経つごとに引いていく。僕は痛みが未だありながらも体を起こし、倒れたハルの方に目を向け歩いていく。
一歩また一歩と歩き、徐々にハルへと近づいている。痛みが僕の精神を蝕み、疲れ切った顔つきに変貌させる。それでも歩き続けた結果、僕はハルのもとに着き、膝を着いた。異様に頭から汗が垂れてくる。それさえ無視して僕は口を開く。
「後5日は大丈夫じゃなかったのか?聞いてるのか?」僕は身体を軋ませた。僕の問いにヤーズとラフノが同じような疲れ切ったような顔で涙跡を滲ませながら、僕の肩を掴んだ。そこで僕は悟った。ハルが死んだことを。それと同時に僕は思い出す。
「僕に入っている不完全な時間操作の力ではハルを生き返らせられないのか?」僕の言葉を聞いたラフノとヤーズが目を大きく開き、口を噛みながら頷いた。
僕は右手に時間操作の力を宿し、痙攣する手でハルの右手をわしづかみにしておでこに持って、目を瞑る。そして、唱える。僕がどうなろうとかまわない。もう一度ハルが生き返るなら...お願いだ。生き返ってくれ。何が何でも生き返ってくれないと...せめて別れの言葉だけでも僕に言う権利をくれ。もう一度もう一度だけでいい。もう一...
『レイド?』僕が願っていると空耳の様に籠ったようなどこか遠い昔の様な声が響いた。その名前を呼ぶ声で僕は目を開く。
しかし、そこには倒れたハルの姿しかなく。痙攣し続けている僕の腕。そこで完全に理解する。
「ハルは死んだんだ...」僕の一言でラフノとヤーズがハルの身体にしがみついて泣きわめく。僕は痙攣した手を虚ろな目で見つめ、目線をハルに移した。僕はそこで涙を流した。目から顎にまで伝り、顎から地面やハルの冷えていく右手に軽い音と共に垂れる。
ほんの二か月。ほんの二か月だと思うだろう。でも、それにしては濃厚で、毎度の様に戦闘が起き、いつ死んでもおかしくは無かった。だが、それでも僕には耐えられなかった。胸が締め付けられるようだ。肺が心臓が空気を送り込むことを拒む。
たかが一人の人間の命だと思うだろう。それでも僕にとってはなくてはならない命だった。僕みたいな人間を受け入れてくれた。初めて信用した仲間だった。気高く、勇ましく、心強い仲間だった。だから僕はここまでも辛い。
僕も嗚咽を吐き出すかと思われた瞬間背後から声が聞こえた。
「こっちにおいで...」その声は誰の物か今の僕には判断できなかった。ただ僕はその声になぜか惹かれていた。僕の身体は何時しかその声の方へと歩いていた。
「やぁ、僕のこと覚えてる?この司書のラナだよ。僕から二言ほど言いたいことがあるんだ」ラナは能天気な声で中指と人差し指を立て、ピースサインをする。僕はラナの言葉を呆然として聞くだけ。
「...まず一つ目。魔王を倒してくれてありがとう。お陰で図書館は乱れない。魔王は図書館に直接ではないけど間接的に攻撃してきていたんだ。それは”生命体の強制削除”だよ。この力で生き返れる命と生き返れない命ができる。魔王がもしこの図書館に攻撃出来ていたらこの世界は壊れていたかもしれない。その点では覚醒する前に倒してくれて感謝するよ」ラナは僕の呆然とした顔つきをみて、淡々と話し続ける。
「そして二つ目。君たちの損傷を見たままにするわけもない。だから、これは置き土産とでも思っていてほしい。置き土産は現界の君の故郷”コセトマ”で確認するといいよ。じゃあね」ラナは微笑みながら僕に手を振っていた。
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