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或るゴブリンの憂鬱

作者: 麻田ひろみ

 我輩はゴブリンである。名前は無い。我らは個体を識別するための名前というものを持たない。人間やエルフ、ドワーフたちと違って、名付けの習慣を持たないのだ。それで特に困っていないのだから、今後も名前を持つことはないだろう。自分と自分以外。その区別がついていればよい。


 我らゴブリンの役割は、地下迷宮(ダンジョン)の低層域(第一階層から第五階層)で冒険者の力量を試し、篩にかけることである。

 地下迷宮には数多くの冒険者が訪れる。だが、過半数の冒険者は自らの実力を正しく認識していない。そうした力不足の冒険者は、なるべく浅い階層で己の実力の程を思い知らせて、追い返さなければならない。そうしなければ、迷宮内に冒険者の死体が無駄に積み重なってゆき、迷宮の維持管理に支障を来すからだ。

 実際、身の程知らずの冒険者が多数押しかけた結果、死屍累々となってしまい、そのことで迷宮の評判が悪い方に広まってしまい、冒険者の足が途絶えて、すっかり寂れてしまった地下迷宮もある。もう何百年も前のことだが。

 地下迷宮というものを、単に魔物が徘徊する宝物庫のように考えている者も少なくはないが、それは大きな誤解である。もっとも、迷宮を造営した魔道師たちは、意図的にそのような誤解を世に広めて、人々を迷宮へ集めたのだから、誤解している冒険者を責めることはできないが。

 古の魔道師たちは、世界各地にある魔物の湧出点(ダークスポット)を覆い隠すように、地下迷宮を造営した。それによって、湧出する魔物を地下迷宮内に封じ込め、魔物の害を減じることが目的であった。

 だが、迷宮を造るだけでは足りない。いずれ迷宮内は魔物で飽和し、外へ魔物が溢れ出てきてしまう。それでは単なる時間稼ぎにしかならない。

 そこで、魔道師は迷宮内に様々な魔術的な仕掛けを施した。迷宮内で魔物を倒すと、魔石と呼ばれる魔力の結晶体を得ることができるが、それも実は地下迷宮に施された魔術式による効果である。

 平原や森の中といった地下迷宮以外の場所で魔物を倒しても魔石を得られないのは、そういう理由なのである。

 そうやって迷宮内へ冒険者を誘導して魔物を倒させることで、魔力を集める。集められた魔力は迷宮の結界や魔術式を維持するために使われる。だから、強力な魔物を迷宮内に封じ続けられるというわけだ。

 そういう仕掛けになっている以上、地下迷宮には相応の実力ある冒険者にこそ来てもらいたい。しかし、魔石は高値で取引されるため、実力のあるなしに関係なく、多くの人々が迷宮にやってきてしまう。

 そこで、魔道師たちは一計を案じた。本来は地下迷宮にはいなかった、スライムのような対処の容易な魔物を低階層へ配置したのだ。低レベルな冒険者や、うっかり迷い込んでしまった一般人を追い返し、実力ある冒険者のみを深い階層へ誘うための仕掛けを施すようになったのである。

 我らゴブリンは、地下迷宮の浅い階層で低レベルの冒険者を篩い落とすために、魔道師たちに創造された、いわば人造生命体だ。地下迷宮の周辺を巡回して、そこに人々が定住しないように妨害したり、迷宮に冒険者が残していくゴミを回収するといった役割も担っている。冒険者ではない民間人が近づくと、軽く威嚇して遠ざけることもやる。迷宮内で死亡した冒険者を運び出したりもする。そして、強い冒険者が来たら、上手く迷宮深部へ導き入れ、思う存分魔物退治を満喫してもらう。

 それが、我らゴブリンに与えられた崇高なる任務である。


 最近では、我らが人間やエルフの女性を襲って陵辱するという噂が立っているようで、この点については大変に迷惑している。

 そうした噂を恐れて、女子供が地下迷宮に近づかないようにしてくれるのであれば、まぁ、そうした悪評も止むを得ないかと甘受するのであるが、変な正義感に駆られた冒険者たちが『ゴブリン退治』と称して、ゴブリンを狩りまくる事案が見られるようになってきたので困っているのだ。

 正直、これは憂慮すべき事態である。聞いた話ではあるが、ゴブリンが駆逐された地下迷宮ではレベルの低い冒険者が中層域まで入り込んでしまうケースが増え、多数の死傷者を出しているという。

 我らの名誉のために主張しておくと、ゴブリンが女性を襲うという話は全くの事実無根である。我らは人造生命体であるから、繁殖行為は行わない。そもそも種族が違うから、人間やエルフの女性を見ても、我らは何とも感じないのである。犬とまぐわう猫はいない。

 事の真相は、実に単純なものだ。低レベルの男性冒険者が地下迷宮でのストレスに耐えかねたり、あるいは人目のない環境で邪な気持ちを抱いた結果、同じパーティーや他パーティーの女性冒険者を襲うという暴挙に及んでいるのだ。

 もちろん、他の冒険者に危害を加えるという行為は、冒険者ギルドでも固く禁止されている。発覚すればギルドメンバーとしての登録は抹消されるし、そもそもが犯罪行為である。国によっては、死刑になるところもあると聞く。

 そのため、事実を隠蔽するために、自分が襲った女性冒険者を殺して口を封じ、あたかもゴブリンの仕業であるかのように吹聴する輩が出てきた。しかも、それを信じてしまう者が後を絶たないのである。

 まぁ、女性冒険者の遺体を迷宮外に運び出している我らの姿を目撃されて、それが誤解を招いているということもあるのだが……。

 別に人間たちに理解してもらいたいとは思わないが、我らがなぜゆえ地下迷宮の低層域に配置されているのか考えようともせず、人間以下のクズどもの言うことは簡単に信じてしまう愚かさにはほとほと呆れ果てる。

 地下迷宮攻略を志す女性冒険者には、くれぐれも男性冒険者の振る舞いに警戒を怠らないよう、注意を促したい。地下迷宮は人里離れたところにあるため、国家権力の目も行き届かないし、ギルドも守ってはくれない。そうした場所へ立ち入ることの危険性を、今一度自覚してもらいたいと思う。敵は魔物だけではないのだ。


 明日、吾輩たちは住み慣れた紅の迷宮(クリムゾン)を去って、白の迷宮(ヴァイス)へ移動することに決めた。ゴブリン狩りが苛烈になってきて、とても役目を果たすどころではないための苦渋の決断だ。

 このままでは、魔物で飽和する地下迷宮が出るのも時間の問題だろう。このことを知れば、古の魔道師たちはどう思うだろうか……。

 冒険者が冒険者を傷つける愚を止め、少しでも早く地下迷宮のバランスが正常化することを、吾輩は切に願うものである。

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