道程を行く
お久しぶりです。逆竜胆でございます。
二日休んだおかげで、執筆が捗るということもなく、日々忙殺されております。今日の投稿も何とか間に合わせた形で、明日の投稿が出来るのかは分かりません。神と自分のみが知ることになります。不定期更新と言っていたのだから、何の気兼ねもなく休んじゃえと空耳がする今日この頃です。
馬車に揺られて数時間。私はソフィの娯楽提供と化していた。
私が単独の戦力として上等だからと言う理由をルーカスから聞き、意外に見ていたのだなと、安易に納得してしまった私の頭をかち割りたい。かち割っても死なないのだから、それはもう遠慮なく。後悔するまで。多分、いや予想するまでもなく一度もやれば後悔するだろう。そしてまた自分の頭をかち割りたいと考えるだろう。無限ループの完成である。死ぬまでと枕詞は付くことになるが。
最初、私は珍道中や逸話などを話せと要求してくるソフィに、ソクラテスの問答法を彼の人生を絡めて物語風に話した。私は護衛を請け負ったのであって、吟遊詩人の役割は請け負っていないのだと、遠回しに主張するために。しかしながら、ソフィは問答法を思いの外、気に入ったのである。ソクラテスと言う奴は、知り合いたくもない嫌な奴だが、その叡智とは語らいたい。大多数を手強く批判するその精神や、死に際の信念を突き通すその姿勢は尊敬に値する。
偉そうに品評しながら語るものだから、次は児童向けの桃太郎を語り聞かせた。しかしソフィはこれも気に入った。果実から生まれた親の顔も知らぬ怪童が、畜生を連れて異種族を殺し回るとは、英雄の為せる業であると、皮肉気に言う。どうやら桃太郎の行為に愚かさを見たようだ。また想像もしなかった観点から見るのだから、私も前の世界で常識と言うものに、どっぷりと全身浸かっていたことが分かった。異世界に来たのだから、改めよう。おくびにも出さず、内心でそう決意した。
そしてこれまた死体愛好家の王子様と、結婚披露宴で実母に鉄靴で踊らせる姫様の話をするも、これにも食い付いてきた。途中、姫様のあまりの美しさに死体でも良いと、従者が口付けをし、それによって生き返ったと言うところでは、彼女から誘ってきたが
「どうです、ヤクモも試します?」
「大変勿体なきお言葉を頂戴致しましたが、ソフィ様の不幸を望むことなど畏れ多く出来ませんので、ご寛恕いただきたく思います」
物語になぞり言葉を返しつつも、こんな美人とキス出来る機械はそうそうないのだから、内心とても残念に思っていた。そしてそう思っているときに、ソフィは残念だと言うものだから、内側を見られたかと驚き、顔に出してしまった。それを見たソフィは扇子で口元を隠しながらも、笑っていたのだから、どうにも玩ばれている気がしてならない。
他にもいろいろな話をした。東方見聞録から拝借し、まるで見てきたかのように、極東の島国では、家の屋根が黄金色に輝いており、そこでは摩訶不思議な呪文を唱えるだけで、主の御導きに預かることが出来ると信じられており、こことはまた別の変わった風習や文化を築いていることも話した。
頑なに洞窟から出ない、元祖引き籠りの話も、ソフィの興味を大いに惹いたようである。意固地になった人を出すには、説得よりも楽し気な声や音か、などと言葉を口に含み咀嚼していたのだから、近いうちに使う予定でもあるのだろうかと疑問に思った。
私の話す、どんな物語にも色好い反応を返してくるものだから、時間を忘れて、もう知っている人はいないからと、皮肉を効かせ、嫌みを効かせ、元とは意味合いが変わってくる物語まで出てきてしまったが、ソフィは満足してたので、後悔はない。私にとっては美人の笑顔一つ引き出すための、体の良い方便であった。
そんな話をしながら、特に何事もなく宿場町を二回三回と通り過ぎた。私は最初、宿場町に着いたときに、ここまでで良いと言ったが、ここには食い扶持を稼げるほどの仕事はないのだから、もう少し乗って行けとルーカスに言われて、いつの間にか馬車で移動してから、四日目の朝を迎えたのであった。
その日は風も凪いでおり、静かな旅立ちとなったが、宿場町から離れて数時間もすると、空が曇り大雨となった。重苦しくべっとりと肌に貼り付く湿気に、日本を思い出した。
私とソフィは馬車の中だから、そう苦労もないが、外を歩く護衛や、馬車馬はそうもいかない。雨に濡れると体力が奪われ、病魔も引き付け易くなるのは、異世界でも変わらないらしく、すぐさま護衛団長のライリーがお伺いを立てに来た。どうもこの先を行ったところに巨大な岩陰があるから、今日はそこまでにしようと進言し、上司たるソフィは急ぎの旅でもないからと是を出す。
それをぼんやりと眺めながら、本来護衛はこうあるべきだろうなと思った。そんな哀愁と今日の天気から、彼の有名な雨将軍の戦いやら逸話などを話した。天下布武を唱えた彼の偉人の軌跡を、興味深そうに聞いているのが分かる。
もう少し踏み込んで、彼の行った施策なども言おうか考えていると、外から雨の音とはまた別のものが聞こえてくるのを微かに捉えた。護衛団が雨対策をしているのだろうかと、内心首を傾げながら続けようとすると、それは怒号に代わり、
「敵襲!!」
の言葉にカットラスを手に取り、
「仕事を果たしに参ります」
とソフィに告げる。お気をつけてと言葉を賜り、私は外へと駆け出していくのであった。