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近々、死のうと思います。  作者: 逆竜胆
第一章・一輪の花の茎を折る
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平手を受けるその前まで


 私たち護衛は二交代で眠りにつき、夜番を行った。あの後、一度だけ出てきたソフィに、今日はもう眠りなさいとお声を頂戴したが、仕事だからと、元来日本人の生真面目さを前面に押し出してしまうという、失態を犯してしまった。前の世界のことを思い出しても、そんなところはなかったのだから、変に格好をつけてしまったものである。

 そう後悔するのも、他に数人起きて、小声で無駄口を叩いていたりするものの、ゲームも何もない夜半を過ごすには、少々娯楽に囲まれ過ぎた生活を送っていたのである。正直に言って、眠いのだ。睡眠時間が問題でない。退屈な時間を持て余すと、顔を出す眠気の存在が厄介なのである。

 月が中天まで来たら交代だと言うのだから、もう少し頑張るしかない。私一人であったら、眠っているときに襲われても死なないから、夜番は関係なかったと、開き直れる。自分から増やした面倒事に眉を顰めた。ソフィの言う通り、私も寝ていれば良かったと。


 夜も明け、私の眠りも覚める頃、食事の用意も終わり起きて食べるばかりとなっていた。寝惚け眼を携えて、頭を掻きながら起き出すと護衛のフィンチが、食事を持ってきてくれた。

「おお、おはよう。食事、ここに置いておくから、しっかり食べろよ、ショーウン」

「おはようございます、フィンチさん。いただきますね」

 そう軽く挨拶をし、フィンチはいつの間にやら到着していた馬車の方へ向かっていった。フィンチとは夜番を一緒にやった一人だが、彼だけは物怖じせず、私に積極的に話しかけてきた。他の護衛はどこか胡散臭いものを見るように、私に視線をくれるので、どうにも話は弾まない。その中でフィンチは私の偽珍道中を、根掘り葉掘り聞いてやろうと言った意気込みで、話しかけてきたのである。彼は薄い人間性を前面に出した元居た世界の同年代と同じ、風味を出していた。何というか軽々しいのである。他の護衛に比べて、見た目も軽々としていた。骨格の問題だろうか。グレーの瞳を、妙に人懐っこく歪めるから、邪険に扱うのもどことなく悪い気がするのだ。

 フィンチの持ってきてくれた食事に手を付けながら、昨日からのことを思うと、どうにもお客様待遇を受けているような気がしてならないのだが、事実、お客様待遇であった。私に薪を拾え、水を汲め、料理を作れと言う人間は、誰一人としていなかったからである。いや、どちらかと言うと腫れ物扱いだろうか。私の話し相手は、雇用主のソフィか、護衛のフィンチだけである。その他、業務連絡でルーカスと、女中のリリーが話しかけて来るばかりであった。

 食事も終わり、食器を手にうろついていると、女中のリリーがこちらへやってくる。リリーを見ると、視線が合ったため、私から話しかけることにした。

「おはようございます、リリーさん。どうかされましたか?」

「おはようございます、ヤクモ様。お嬢様がお呼びになっております。出発前のお忙しい中、大変恐縮でございますが、どうぞこちらへお越し下さいませ」

そう言い、クラシカルな女中服のプリーツスカートを揺らしながら、先導するようにリリーは歩いて行った。返事も聞かずに、スタスタと歩いて行ってしまう不届き者の言葉なんぞ、無視してやろうかと反抗心が芽生えたが、それはあまりにも子供染みた行動だったため、控え耐えるのみであった。これはもしかしなくとも嫌われているのだろうと考えると、どうも悲しい気持ちになって仕方がなかった。私が何をしたって言うのだろう。

 嘘と軽口が駄目だったのかと黙考しながら後ろを歩く。手慰みに食器を玩びながら進むと、替えの馬車に着いた。リリーはこちらへ軽く顔を向け、

「少々お待ちください」

と言うと、そのまま馬車の扉に五度ノックをすると、私を連れてきたことを中にいるソフィへ伝える。私は食べ終わった食器を持ったままで良いのだろうかと悩んでいると、

「通しなさい」

と朝とも思えぬ凛とした声が耳朶を打った。そして仕方なく、食器を持ったまま、馬車のステップに足を掛けると、女中は手の中の物を渡しなさいとばかりに、こちらへ腕を伸ばしていた。私はステップから下り、伸ばされた手を掴み握手をすると、リリーは目尻をひくひくと痙攣させながら、あくまでも優しく手を振り解く。そして私が持っていた食器を奪い取ると、どうぞと馬車へ掌を向けた。

 こういったことをしているから嫌われる。そう思いながら、扉をノックし開いた。そして一礼し、

「八雲祥雲、参上致しました。何か御用にございますか、ソフィ様」

口上を挙げると、中にいたソフィから命令をいただいた。

「ヤクモには道中、この車の中で護衛をしてもらいます。準備が整い次第、もう一度こちらへ、来てください」

「畏まりました。急ぎ支度してまいります。それでは失礼致します、ソフィ様」

「ええ、頼みましたよ、ヤクモ」

そう会話を終えると、もう一度、礼をしてリリーへ一声かけて、水と布を貰いに、配給をしていた護衛のところまで歩いていくのだった。


 水で顔を洗い口を漱ぐ。そしてごわごわとした手触り肌触りの悪い布で顔を拭く。私の繊細な肌と心が、ささくれ立っていくのが分かったが、顔を洗えてすっきりとした。ソフィと同乗すると言うことで、私は急に日本人らしい清潔観念を思い出したが、まさか風呂に入れるわけもなく、仕切りもないのに裸になれるわけもなく、いろいろと諦めるのだった。

 そうして、昨日の賊から分捕ったカットラスを何ともなしに光に照らし、玄人っぽく頷き、鞘にしまう。一通り、デキる男アピールをすると、ソフィの言いつけ通り、馬車へ行き、目の前にいたルーカスに取り次いでもらうよう頼む。

 しかしルーカスは黙して首を振るばかりで、少々お待ちをと繰り返すため、素直に私も待っていると、ごそごそと布の擦れるような音を耳が捉えた。最初は、不思議に思い、黙って聞いていると、どうにもそれは意味のある音に聞こえ、だんだんと形を持っていき、着替えの最中であることが分かるのだった。

 だが、私がその答えに辿り着いた頃には、目の前のルーカスも私を警戒するように見ており、内に秘めた計画は止めざる負えなかった。ここで雇い主の肌を見て、首を斬られるのも馬鹿らしく思えたからだ。断じて、ルーカスの老獪な鋭い視線に怯えたわけではないのである。断じて違う。私はやっていない。

 そうこうして、音も聞かぬように意識を逸らしていると、ようやく視線からも解放されるのだった。

こんにちは、逆竜胆です。明日の投稿は流石に遅れるかもしれません。もし投稿出来ていたなら、よくやったと心の中でも褒めていただけると幸いです。

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