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近々、死のうと思います。  作者: 逆竜胆
第一章・一輪の花の茎を折る
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嘘偽りの履歴書で職を手にした


 私は夢心地になりながら、彼女の美に恐怖を覚えていた。あまり他人に興味を持たない私が、一目見てから一時間もしない内に、まるで恋の熱に浮かれた馬鹿者にさせられた事実に、魔性の言葉も足りぬ魅惑が潜んでいるように思えた。私は内心の警戒を表にはおくびにも出さず、気を正した。この美貌から逃れるように、顔を背けようとするが、彼女の悠然とした微笑みに、癖から心の中まで、私の全てを覘く深淵を見たため無駄に逃れることを断念した。

 そして心に言い聞かせながら、私は嘘に塗れた自身の身の上を、滔々と語る。

「私はうだつの上がらぬ旅芸人。流浪の身にあり、街から街へと移り変わっておりました。しかし途中、とても身を守ることの出来ぬ未知の化物に襲われ、命辛々、着の身着のまま荷物すらも投げ捨て、逃げ惑っていたのです。山を一つ、駆け抜けたところで、私はようやくその化物を撒いたのですが、どこにいるのかとんと検討も付かぬ次第にて、森の中を彷徨い歩いておりました。そこでも獣に襲われ、薙ぎ倒し、森を抜けたところに可憐な淑女が襲われているではありませんか。私はここが男の見せ所と最後残った力を振り絞り、剣を振り上げ、参上したのでございます」

一度も言葉を途切れさせることをせず、詠うように語り、私が旅芸人であることを証明するように演じる。目の前のお嬢様は、私の一言一言に大袈裟なまでに反応をするものだから、つい語り口にも熱が入ってしまった。

「けしにぐの(つるぎ)でもあれば、私にもあの正体不明の怪物を倒すことも出来たのでしょうが、この手に持っていたものは、護身用にと買っていた直剣一つ。鉄の鈍らを易々と通すほど、彼の怪物の鱗は柔くなかったでしょう。もし討ちかかっていたならば、今頃、私は彼の怪物の鋭く伸びた鉤爪と、全てを噛み砕くあの門歯に、この身を打ち砕かれていたことでしょう。

 忸怩たる思い、汚泥を啜って逃げ延びた先に、しかしソフィ様のような、月も羨み、風が歌い、花が踊る。可憐で華やかな美貌の方に出会えた、この行幸。私は(しゅ)のお導きに感謝いたします」

 彼女は上品に口元を隠しながら笑い、こう言った。

「それでヤクモは、私に何をお求めになられて?」

言われなくとも分かると言いたげなその視線から逃れるように、その微笑みから目を逸らし、少しばかりの情けなさを出しながら言う。

「実はお恥ずかしならが、先ほどお話しした通り、着の身着のまま食べ物も金もなく、途方に暮れております。そこで私からこう申し上げるのも、またお恥ずかしい限りでございますが、少々の金銭と街までの同行をお願い致したく存じます」

困ったように苦笑を浮かべると、彼女は扇子をすっと閉じ、まるで分っていたかのように一声発した。

「ルーカス」

先ほどまでソフィの前に出て肉壁をやっていた老境の燕尾服を着た男が、呼びかけに答えた。

「は、失礼致します。先ほど近くの宿場町まで人を遣わしました。

 お嬢様、大変申し訳ございませんが、本日はこちらで一泊野宿をしたのち、明日の朝には馬車が到着すると思われますので、そちらにご乗車いただきたく存じます」

とその執事然とした、いや多分貴族号を名乗っていたソフィをお嬢様と呼ぶくらいだから、本当に執事、または家令になるだろう。

 ルーカスはそのまま言葉を続ける。

「そして差し出がましいかと存じますが、こちらのヤクモ殿を街まで護衛に加わっていただければ、良いと思われます」

ただ働きは許さぬとばかりに、ルーカスはそう言った。先ほどの功績は加味したのだろうかと、憤りを感じたが、これは働くことに対する心の反射であった。

「その道中の護衛をしていただき、また別にお出しすれば、私どもも、ヤクモ殿も、どちらにとっても良いことになると愚考致します。いかが致しましょうか、お嬢様」

そう言葉を締めた彼の懐の深さに、感服するばかりである。

 ルーカスの言葉を聞いたソフィは、

「ヤクモはそれでも良いか」

と短く訪ねてきたものだから、私としても渡りに船と、その申し出を受けた。ただ少しばかり気懸りなことに、どの程度のお給金をもらえるのかが、疑問であったが。

 そしてソフィはそれに是を出し、私としてもこれ以上話すことはないと、成果を噛み締め、周りへ視線を向けると、横転していた馬車は車輪が外され、起こされていた。そして話し合いの最中に、半数の六人の護衛が、散らばり死体の選別と処理をしていた。それ以外は、ソフィを守るように侍っていた。

 私もソフィに手伝いを申し出て、あの中に混ざりに行くのだった。


 賊の死体を焼き払い、それとは別に護衛の死体も綺麗に並べ焼いた。賊の死体はしっかりと数えていなかったが、観戦していた時よりも若干少なく感じたが、不利になり逃げだしたのかと納得する。そして護衛たちの死体は僅か五人と、驚くほど精強であることが分かった。筋肉達磨ばかりで、それはもうむさかったから、その強さにも納得出来た。

 そして日も沈み始めたころ、死体が燃え尽きたのを確認すると、他の人たちは食事の用意をしていた。ルーカスを筆頭に、もう一人、馬車の中に隠れていた女中と護衛たちとで、何やら保存性ばかりを気にしていそうな粗食を、それでも食べられるように火を焚き調理しているのが見えた。

 私はあの食事に耐えられるのだろうかと、真剣に悩んでいると、そう言えばと思い出すことがあった。この二日間、まともに食事を摂ることもせず、森を抜ける最後の方では喉の渇きすら満たすことなく、動き続けていたのだが、なぜあんなにも元気良く、重い鉄の塊を振り回していられたのだろうかと。そしてやはりその答えの行き着く先は、私の超回復、不死能力が原因だろうというものだった。異世界に迷い込むまでは、普通に二食は食べねば、腹の減る生き物だったのだから、やはりこちらに来てから、有難迷惑にも備わっていた能力が問題を引き起こしたのだろう。

 その予想を出しながら、私は今、ソフィご一行に混ざって、食事を囲んでいる。護衛の半数は、私たちが食べ終えてから交代で、いただくようだ。ソフィは私と話し、馬車に戻ってから、出てきてはいない。それとなく他の者に聞くと、これも護衛の観点から、野に晒されているよりも安全だと答えをいただいた。ソフィの食事は女中の者が、馬車の中へ持っていくと言った徹底振りである。

 私もこんなむさい男たちに囲まれて食事ををするよりも、女性と一時を楽しみたいと思ってしまうのも、仕方ないことであろう。そう思いながら、口にした食事は、塩っ辛く、食感もゴムみたいに固い干し肉の入ったスープと、焼き固めた黒パンであった。

 こんな食事食えるか、日本人舐めるなよ、と憤りを覚えながらも、身体は正直なもので二日ぶりの食事に有りつけた幸福から、これでもかとがっつくのであった。

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