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近々、死のうと思います。  作者: 逆竜胆
第一章・一輪の花の茎を折る
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筆舌し難い夢に惑う


 私が直剣を振り上げて駆けて来るのが見えたのか、二つの集団はどちらも時間が停止したかのように、ぴたりと止まり、

「何だてめえは!」

粗野な言葉遣いと野卑な格好をした男が、誰何の声を挙げる。私はそれに答えもせずに、手近な男に斬りかかり、頭部と胴体を斬り分けた。

「いや、重そうな頭をしてたので、つい」

そう笑顔で返り血を浴びながら、言葉を口にしたものだから、この場にいる全員から警戒されてしまった。何か間違えただろうかと振り返ると、人を殺めておきながら、笑顔で言う台詞ではなかったと、原因は簡単に割れた。自業自得であった。本当に、変な空気にしてごめんね。

 それを誤魔化すように、私は慌てて体の良い言葉を紡いだ。

「そちらのお貴嬢様(きじょうさま)、助太刀いたします」

そう大きな声で言うと、また近くにいた男へ駆け出し、剣を振るう。それが戦闘再開の合図であった。私はすぐさま近くの蛮族に斬りかかろうとするも、あちらの(かしら)が、私のようなど素人に十人で囲んで三枚に下ろせと怒鳴るものだから、さあ大変。

 私は周りを見渡しながら、どうしたものかと馬車の方を見る。しかし彼らは私の言葉に返事をすることもせずに、そのまま人数が減って幸いとばかりに、こちらを無視して攻勢を強めていた。無視されたことに寂しく思うも、笑顔で人を殺す狂人には、それは関わりたくはないと同意する。そのまま気を持ち直して、私は包囲網が縮められ身動きが出来なくなる前に、正面の敵へ向かって駆け出した。

 私は袈裟懸けをするように直剣を振り上げた。そして相手の男がこちらの剣の動きを見て、斬り結ぶように横から打ち付けようとするのが分かった。私はそのまま斬り結ぶように振り下ろす直前、周りで囲んでいる敵の存在を思い出し、そのままさらに強く踏み出し相手の刃を左腕で受けた。衣服が裂かれ、肉が斬れ骨に響く。覚悟を揺らす痛みに、眉を顰めながらも、そのまま右腕を相手の頭から振り下ろし、驚きに目を見開いたまま、目の前の男は脳漿を零しながら、崩れ落ちた。

 私はすぐさま手に持っていた直剣を後ろに向け投げつけ、左腕に食い込んだ剣を掴む。そして引き抜く痛みに呻き声を漏らしながらも、姿を現した刀身は反り、身は厚く、カットラスと言われる武器に見えた。左腕に向かって、早く治れと悪態を付きながら、正面へ駆け抜け包囲網から出たころには、すでに血の滴っていた左腕は、血の跡を残すだけであった。

 便利な回復能力に頼りながらも、右側にいた最も近くにいた敵にカットラスを振るい、その力強さと滑らかな切れ味に、良い拾い物をしたと嬉しくなった。次の相手を探し、その相手を切り捨てたところで、敵は私に良いようにされている事実に、怒り怒鳴っていた。

 そこで私は敵に背を向け、わざと一瞬立ち止まると、そのまま駆け出し戦場から離れたところまで走り出す。私を追いかけていた敵は、その急な行動に怒号を挙げながら、連携も何もなく走り周りも何も見ていないことが、ちらと盗み見た背後の光景に表れ、くすりと笑みを零すと、反転して迫ってきていた一人の男にカットラスを投げつけた。そしてそのままその男へ飛び掛かり、首を絞め組み合うと、彼の汗と血の臭いに眉を顰めながらも、その腰に下げていた短刀を奪い、心臓へ突き立てた。

 そして抱えた男を、後ろの鈍間集団に投げつけ、地面に転がっていたカットラスを拾い、そのまま彼らに向かって駆け出し、一人、二人と斬り付けた。私を追ってきた馬鹿どもは、残り五人である。他の護衛も奮闘をしており、その数の差は徐々に縮まっているのが分かった。先ほど、私をリンチして三枚に下ろせと、偉そうに命令していた偉い人は、護衛の中でも一番体格の良い戦士と斬り結ぶ始末。これはあと五人始末すれば、美酒を味わえそうだと、二日前に飲んだウィスキーの味を思い出し、もう同じものを飲めぬと分かっていながらも、酒精に酔うように、血を捧げたのであった。


 …………


 私は斬った相手を足蹴にしながら、取りこぼしがないのを確認すると、金髪美女の方へ向かった。どうやら護衛も、みなどこかしらに傷を負っているような状態を晒しつつも、勝利を収めたようである。その凄絶な戦闘の痕跡を見ながらも、特に心が動かなくなっていた自分の状態に、少しばかり不思議と思いながらも、これから恩を大きく盛大に押し売りするための算段を、頭の中で練っていた。

「いや、ただ働きにならず、良かったです」

と浮かれたことを呟き、近づいていった私に現実の過酷さが突き付けられた。

 どうにも私が登場したときから、ずっと警戒されていたらしく、私が近づくと護衛の人たちが抜身の剣を構え、切っ先をこちらへ向けてくるのだから、それはもう大誤算であった。そののっぴきならない緊張した空気を切り裂くように、鋭く凛とした声が耳朶を打った。

「剣を下げなさい。私を命の恩人に刃を向けさせるような恥知らずにするつもりか」

その堂々とした高貴なありように、私は軽く頭を下げてしまう。彼女と自分の羞恥心の方向を見ると、とても恥ずかしく思ってしまったのだ。しかし私はこの思いを隠すが如く、無意識の内に武器を手放し、足を引き、左手を見せ、右腕を心臓の上に置いたのである。このその凛と高貴な佇まいを見て、階級格差を感じて、礼を正したように見せる最低限の所作はしたつもりである。

 無意識にこれを行う辺り、やはり私は道化であったと自嘲していると、草ばかりで埋まっていた視界に、その喪服のように黒々としたドレスの、スカートの布地がチラついたのである。その陽の光を反射するように輝く、品の良い光沢を眺めていると

「顔をお上げください、強き御人。私はサー・ソフィ・アメリア・マクドナルドです。

 貴君は名を何と言いましょうか」

そうお声が掛かったものだから、

「初めまして、私は八雲祥雲と申す者にございます。名を祥雲、姓を八雲にございます、マクドナルド様」

こう名乗りを上げると、

「名は覚えましたよ、ヤクモ。我が窮地に良くぞ、駆けつけました。礼を言います」

ゆっくりと視線を上げる。

 そしてそこには心が騒めくような、凛とした麗人がいた。遠目から見て、美人だと分かっていたが、間近で見ると、それはもう筆舌に尽くし難いものがあった。陽に照らされ輝くプラチナと、怜悧なスカイブルーの瞳と、高い鼻から薄く笑みの描かれた唇と、白雪のように白い肌。吹けば折れてしまいそうな華奢な身体を持ち、その器量の高さに圧倒された。

 思わず、二の次を継げられず、音にならぬ音を数度発していると、目の前の美人は、私の様子なぞ気にせず、声を掛けてくるものだから、何とか気を落ち着け、歯の浮くようなむず痒い台詞を吐く。

「マクドナルド様のあまりの美しさに、極楽浄土の夢を見ておりました。この流浪の身に、(しゅ)のお心遣いに預かったものと、この幸せを頂戴しておりました」

このお姫様然とした容姿に釣られ、夢を見させられたのだ。そうでもしなければ、私がこの文明の礼式に合っているかも分からぬ、所作を持ち出し、あまつさえあんな枕に顔を埋め叫ぶような黒歴史を作るはずないのである。しかしこのソフィとやらは、名前の前に称号を付けていたいたのも含め、どこか物語に聞く貴族の姿と相違なく、どうにもこの気障な台詞を止めることは出来なかった。

「あら、お上手ね。でも私のことはソフィでいいですよ。マクドナルドの姓は呼ばれ慣れておりません故」

「畏まりました。では畏れながらも芳名(ほうめい)頂戴いたします、ソフィ様」

「あら、呼ばれ慣れないとは言えども、同年の殿方に、名を呼ばれるのも新鮮です」

 ころころと口元を扇で隠しながら微笑むその姿に、まるで夢に惑うように誘われてしまうのであった。恩を売りつける、せこい商売をすっかり落として。

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