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近々、死のうと思います。  作者: 逆竜胆
第一章・一輪の花の茎を折る
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厄介な出来事を観戦する


 完全に油断をしていた。どの物語でも、食事時と睡眠時とセックス時は、油断が生じると言っていたことを思い出した。私は辛うじて、右手に触れていた直剣を素早く握り込み、裏拳を叩き込むように直剣を思い切り振るった。

 間に合うとも思えなかったが、案外遠くから敵性動物は襲い掛かってきたようで、振るった直剣から、じんと重く響いた感触が、相手を強く打ち払ったことを教えてくれた。振り向いたまま、相手を確認するとそいつは鼻先が捻じれ、赤い血を流していた。それは四足歩行の黒い毛皮を着ており、犬よりも狼に近い顔をした獣であった。

 その狼は身体を起こそうと、まごついており、私はそのまま跳ぶように駆け出し、握った直剣をそいつの身体目掛けて振り下ろした。毛から皮、筋肉から骨、内臓へと鈍く刃先の丸まった直剣が、嫌な音を立てながら身体に突き通る。ぎゃう、と大きく悲鳴を上げて、くたりと狼が動かなくなったのを確認して、私は剣を引き抜いた。その時に飛び出た血により、服が多少汚れたが替えもないので、そのまま着続けるしかないだろう。

 傷口から細く飛び出していた血液が弱まり、河川の石を赤く濡らしていくのを見ながら、私は周囲を見回した。狼は集団で狩りをすると聞いたことがあったからである。しかし、これ以上は出てこないのか、それとも気付けぬほどに隠密性に優れているのかは判断出来なかったが、さらにじっと見回して、これ以上探ることを諦めた。

 そしてもう一度、狼の死体を見つめると、これを食料とすることに思い至り、錆びた直剣で捌くことにした。まず、血抜きをしようと思ったが、血はどうも静かにしか流れておらず、これ以上の血抜きは無理かと断念した。そこで先ほど突き刺した傷口が腹部だったため、これ幸いとばかりに、私はそこから腹を掻っ捌いて臓物を取り出すことに決める。

 しかしよくよく考えると、今現実で起こっていることは、簡単に予測できたことであった。小学校の理科の実験で、蛙と蛇の解剖をしたことしかない私に、こんな錆びた長物で綺麗に獲物を捌くことなんぞ出来るはずはなかったのである。

 幾重にも刃を突き刺し、ぐずぐずに血と肉が混ざり合った物体を見ていると、無体なことをしてしまったと思う。その元狼へ背を向けると黙祷を捧げた。

 格好つけてその場から去ったは良いものを、本当は今日の夜を明かす場所にと決めていた。しかしあそこまで血臭が漂ってしまうと他の肉食動物が集まってきそうで怖い。血の匂いに肉食動物は誘われることを知識として持っていた。頼りない本の知識ではあるが。

 不安定な石の中を歩き、目に眩しい夕日が徐々に暗くなっていくのを確認すると、今夜の宿を手放してしまったことを内心焦っていた。だが、それもよくよく考えてみると水辺には、多様な生物が集まってくるのだから、あまり感心出来ぬ行動であった。

 日が落ち、森の中が闇に落とされると、さてそろそろ寝床を探さねばと考え、いっそのこと木の上で寝る方が安全ではないかと、丁度良い木を探し始めた。もう暗くてどれがいいかも判断つかなかったため、適当に決めた。適当に決めたため、木の枝に対して身体の収まりが悪く、夜寝ているときに転げ落ちてしまったことが、この日の夜で唯一の誤算であった。


 …………


 朝日で目が覚めると、自分がまだ木の枝の上にいることに、ほうと安堵の息を吐いた。二度も醜態を晒さずに済んで良かった。

 木を下りて、また昨日歩いていた河川まで戻り、流れに逆らい下る。徐々に森が開けており、あと少しで木の群生が途切れるところまで来ていた。すると自然と歩く速度が速くなっているのが分かった。逸る気持ちやら、焦る気持ちやらが、あったのだろう。そのまま足に任せ歩いていると、ついに森が開け、背の低い緑を踏み締め、青く広がる大空を拝み、嫌いなはずの太陽を自然と眺めていた。

 陽の光が目に染みて開けられなくころ、ようやく目を閉じ、瞼の裏の残光を見ていた。そうして風の音を聞いていると、風以外の悲鳴やら怒号やら剣戟やらの音が、鼓膜を掠ったような、ひどく弱い音を拾った気がした。

 耳を澄ませ音を拾うために、じっと息を潜ませていると、またも、それも幾たびも音が聞こえてくるではないか。どうやら後ろから聞こえてきているような感じがした。そのまま周囲を見回すと、目の前と左手には平地が広がり、右手には先ほどまで入っていた森、背後には丘陵があった。そこの陰から、聞こえているような気がしたため、そこへ向かった。私に直接被害があるわけではないため、歩いて、のんびり散歩気分で。

 そして、その丘陵を身を低くして登ると、二つに集団が分かれて戦っているのが見えた。一つは、立派な馬が弱弱しく緑に沈み、車輪が外れ横転した馬車を背に、武器を構える統一した鎧を着た二十人の集団。もう一つは、粗野でばらけた装備を身に纏った百人近くにもなる男たちが、馬車を囲むように武器を振っていた。

 鎧を着た集団の方が、旗色の悪いように見える。馬車を守るように動いているためか、動きにも連携にもぎこちなさがある。馬車を襲っている方は、数と自由に行動が出来る利点から、優勢であった。しかしそれだけでしか優勢を保てていないところを見ると、技量と呼ぶのか、人を殺す術と言うのか、鎧の集団の方が高いように見える。

 さあ、どちらが勝つのだろうと私は冷静に観戦していた。どうにもスポーツ観戦の気分が抜けないが、それぞれの剣や槍が身体に触れると、赤い色を散らすのだから、これは純粋な殺し合いだと言うことを知らせてくれた。

 ふと考えると、人が死ぬところを、どうしてこんなに淡々と眺めることが出来るのだろうかと、疑問が浮かんだ。今更ながらではあるが、人型の生物を殺して、狼を殺して、どうして私はこんなにも平然としていられるのだろうかと思った。しかし自分を二度も殺せたのだから、何も不思議なことではないかもしれない。自死のスリルを味わうよりも、他を殺した方が心は動かないだろう。観戦しながら、自分の手のひらを見ると、自然とそんな答えが出た。

そんな考えの中でも、私の眼は見逃さなかった。馬車の護衛をする人たちが、死んでいき死体を野に晒す。馬車を護衛する者もあと数人と言うところで、馬車の中からぴしりとした黒い燕尾服を着た、灰青色の髪色が良く似合う背筋を伸ばした老人が出てきた。

 そしてその老人が庇うように前に出ながら、その後ろに麗人も一緒に現れた。

 まるで絵画から切り取って、この血生臭い絵に縫い付けたような不自然で、場違いな人物の登場であった。風に靡く金髪と、青々と空のように澄み渡った碧眼が、この遠くからでも見える。彼女はそのまま毅然と背筋を伸ばしながら、何かを言っているように聞こえた。

 それを聞いた護衛は、最後の力を振り絞って奮起するように怒号を挙げ、戦場は激化していくのが分かった。私はどう動こうか考え、一先ずの目的は人類を探して、生活基盤を整えることだ。それを考えると、どちらに就く方が得であるか考えると、断然襲われている方となる。今優勢な方へ就くことも考えたが、得体も知れぬ人間を、あんな小汚い集団が良くしてくれるように思えないからだ。そして優勢な方へ手を出しても恩を売り付けることも儘ならない。今私に必要なものは、当面は面倒も見ても良いかなと思わせるための、恩の押し売りである。見たところ二十人ほどの護衛を用意することが出来るほどであるから、財力は確かなはずだ。いつの時代も人件費は否でもかかるのだから。

 そう結論付けると、私は錆びた直剣を振り上げ、馬車を襲う集団へ駆けていった。

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